【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる

国府知里

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#2、 これは、夢。ただの夢!

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 ――キン、キン。
 ザッ、ドカッ。
 耳慣れない音で気がつく。
 やけにまぶしい光に奈々江はしかめながら目を薄く開いた。

(なに……、なにも見えない……。
 あれ、眼鏡がない。
 あれっ? 
 わたし、なんで寝てるの?)

 背中に感じる地面の感触。
 手でなぞってみれば、それは柔らかな草だった。

(えっ、なにここ、どこ?)

 慌てて体を起こし、目を凝らした。
 目が慣れてくると、耳慣れない音がなんだったのかがはっきりしてくる。
 にも関わらず目の前で見えているものを理解できず、奈々江はなんどもなんども瞬きを繰り返した。

(え、なんで、兵士……が戦ってるの……?)

 広々とした草原で、五人の甲冑や防具を付けた男たちが剣を振り回している。
 中世の西洋風の甲冑を付けた二人組と、革の防具をつけた三人組が戦っているらしい。
 少し離れたところには装具を付けた馬までいる。

(なんだろう、これ……。
 どこなの、ここ……。
 ていうか夢だよね、これ……、あっ……)

 甲冑の兵士の腰帯に見慣れたマークがある。
 あの赤のライオンのシンボルは、"恋プレ"の舞台グランディア王国の紋章だ。

(わたし"恋プレ"の夢を見ているんだ……。
 ってことは、ヤバッ……! わたし、バスの中で寝落ちしてるってこと!?)

 夢を見ていると気がついたはいいが、どうやったら目覚められるのだろう?
 あれだけ疲れていたら、誰かに起こしてもらうでもしないと、簡単には目覚められるはずがない。

("恋プレ"のプレイ中に寝ちゃったから、こんな夢を見てるんだ!
 うわあぁぁ!
 いびきかいて、よだれ垂らして、すっごいだらしない顔してたらどうしよう……!
 しかも、窃盗、痴漢、盗撮、なにがあるかわからない。
 昼間のバスだから、変なことがないと思たいけど!
 ああぁぁ、誰でもいいから、起こして~!!)

 思わず飛び起きて、その場で乱暴に飛び跳ねた。
 じたばたと足を踏み鳴らし、聞こえないとわかりつつも声を上げ、腕をめちゃくちゃに振り回した。
 その手足がやけに重くて、はっと我に返った。
 自分の腕からフリルの付いた長い袖が垂れていた。
 地団太を踏んだと思った脚は、なぜかたっぷりとしたレースのスカートで覆われている。

(なにこれ……。
 あっ、"恋プレ"の主人公のドレス!?)

 そういえば、この場面は"恋プレ"の冒頭シーンそのものだ。

「姫! 目覚められたのですね! ご無事でなによりです!」
(姫!? ……わっ、わたしのこと!?)

 甲冑の兵士が剣を受けながら、顔だけこちらを向けている。
 兜から覗く青緑色の目。
 確か、あれは三等兵士のヒューゴだろう。

「姫のご声援があれば、このような輩を蹴散らすくらい朝飯前です! すぐにご覧に入れましょう!」
(……ご声援……? 
 あ! いや、さっきのは応援していたわけじゃなくて、ただ夢から覚めたくて、めちゃくちゃに体を動かしていただけなんだけど)

 ヒューゴは勘違いよろしく、張り切って敵をふたり続けざまに切り伏せた。
 荒い息で肩を上下しながら、ヒューゴがこちらを見て笑った。どうですかといわんばかりに。

(えと……、そんな笑顔を向けられても……。
 っていうか、確か冒頭シーンでヒューゴは敵に切りつけられちゃうんじゃなかったっけ……。
 そこで、新たに味方の兵が加勢してきて、師団長のキュリオットが主人公を助けるはずじゃ……)

 ゲームのシナリオと違うのは、奈々江の夢だからだろうか。
 夢というのは、自分に内在する欲望や願いを反映することもあるという。

(わたしはゲームの主要な攻略キャラではなく、モブキャラみたいな人を求めている……とか? なのかな……)

 恋愛に疎くこれまで恋人がいたことすらない奈々江にはわからない。
 小学生の頃、クラスの女の子たちには幼いなりに好きなアイドルやアニメのキャラクターがいて、疑似的な恋愛をしていたものだ。
 それが中学生、高校生になるにつれて、現実の男の子へと対象が代わり、本当の恋愛を経験していく。
 ところが奈々江にはそれが全くぴんと来なかった。
 大学生になり、社会人になってからも、そんな感情がちっとも湧いてこない。
 抱かれたい男ナンバーワンの芸能人にも、キャンパス一のイケメンにも、行きつけのレストランの看板スタッフにも、なんにも感じない。
 そんな奈々江だから、よく話す男性というのも多くはない。
 職場の同僚と、よく行くコンビニの店員や路線バスの運転手くらいだ。
 そう考えると、きらきらしい主要キャラよりモブキャラのほうが自分に合っていると思うのは自然なことかもしれない。

「姫、もう安心ですよ!」

 汗で光る頬を輝かせて、ヒューゴが手を差し伸べてきた。
 思わず、ヒロインよろしく、それに応えるように手を伸ばしかけた、その時だ。
 ヒュンと風を切る音がして、次の瞬間、黒い矢がヒューゴの甲冑の隙間を縫って脇に突き刺さっていた。

「ぐあっ……! き、貴様……!
 ラ、ランドルは……!?」

 膝から崩れたヒューゴが睨みつけた先に、敵の兵士が弓を構えて立っていた。

「あんたの相棒なら俺が始末したよ」
「なんだと!?」

 敵の背後には兜の外れた兵士がうつぶせに倒れていた。
 ヒューゴの同期で同じく三等兵のランドルだ。
 草が地で濡れて、赤黒くぬめったようにてらてらと光っている。
 シナリオでは確か、生き残るのは彼のはずだったはずだ。
 この夢は明らかにシナリオ通りに進んでいない。
 援軍もなく、ランドルに続きヒューゴも手負いの今、劣勢どころかジ・エンド目前だ。

(ええ……?
 シナリオ通りじゃないってことは、この夢って……、まさか、やっぱりわたしが思い描いていること……なの?)

 わずかに顔をしかめる。
 いくら"恋プレ"が中世の時代や、王侯貴族、騎士や魔道士らをモチーフにしているからといって、まさかこんな血なまぐさいこんな夢を見るとは思ってもみなかった。
 意外すぎる、なぜ? と首を傾げずにいられない。
 乙女ゲームにおける戦はだいたい記号化されたイベントみたいなもので、ゲームの中では戦闘の描写などほとんどないといっていい。
 ゲームプレイヤーにおける乙女の主戦場は、王宮や学園や夜会の場なのだから。
 自分の胸に手を当ててみても、戦争や格闘技など血気盛んなものが好きという自覚も全くない。

(うーん……。
 暴力的な衝動は自分にはないと思っていたけど、違うのかな……。
 気づかないうちに今回はよっぽどストレスが溜まっていたのかも……)

 ぼんやり考えていると、ヒューゴの悲鳴が聞こえた。
 いつの間にか、ヒューゴの腿に第二矢が突き立っていた。

「ひ、姫! お逃げ下さい!」

 脚を引きずりながらヒューゴが奈々江をかばうように、射手との間に入った。

「え、でも……」
「ここは私が食い止めます! どうかお逃げ下さい!」
(そうはいっても、夢から覚めるには……。
 なんとなくゲームオーバーになったら目が覚める気がするんだけど)

 ゲームオーバー。
 恐らくは、主人公の死。
 乙女ゲームにおけるゲームオーバーは、攻略キャラのルートにおいて、キャラを攻略できずにバットエンドを迎えてしまうことだが、そんな長くこの夢が続くはずもないだろう。
 恐らくはこのままこの敵に殺されたら、自分は目覚めるのではないだろうか、と奈々江は考える。

(きっとそうに違いない。で、でも痛いのかなあ……。
 それで現実のわたしが本当に目覚めるかどうか、ほんとのところわからないし。でも夢なのは明らかだし。
 うん、やってみなきゃわからないよね)

 慣れないドレスの裾を上げると、弓の男の前に進み出た。

「ひ、姫、何を!」
「えーと……、弓のあなた」

 敵の男には確か名前はなかったはず。
 敵襲A、B、C、そのどれかだ。
 弓の男は新しい矢を構えた。

「へへへ、悪く思うなよ。あんたさえ死んでくれれば、我がピュエイラ族から王妃を誕生させられる」
(そうそう、彼らはピュエイラ族の族長の娘を、皇太子と結婚させたいんだよね。だったら……)
「わかりました。わたしの命を差し上げます。
 代わりにこの者の命は取らないでください」

 敵が驚いたように口を開け、そのままにやりとゆがめて笑った。

「愁傷な姫様だな! おい坊主、命拾いしたな」

 脂汗の噴き出す顔を苦痛にゆがめて、ヒューゴがずいと奈々江の前に出た。
 痛々しいが、彼の立場上そうするほかないのだろう。 
 横目に見るヒューゴの甲冑は、もはや血で真っ赤に染まって、辛そうに肩で荒く息をしている。
 彼一人が頑張ったところで、どうにかなる状況には思えない。
 黙っていてもいずれふたりとも殺されるだろう。
 それでもヒューゴは男らしく背にした奈々江を励ます。

「姫、あきらめてはなりません……!」
「い、いいんです。
 あなたまで無駄に命を落とすことはありません」
「いいえ、もとよりあなたに捧げた命です。
 あなたのために失うのなら、なんの後悔もありません!」

 色を失いつつある唇を震わせて、ヒューゴが微笑んで見せた。
 夢とわかっていても、胸を突く表情に思わずは言葉を失う。

("恋プレ"の中のヒューゴはただのモブキャラで、主人公との絡みなんて、ほとんどないはずなのに。
 それなのに、あなたに命を捧げた……なんて口にするなんて……。
 これもわたしの願望が反映しているってこと?
 ……だとしたら、ますます意外だわ……。
 わたしって結構情熱的なアプローチが好きだったのね……)

 夢の中で知る自分のものと思わしき本心に、ひとり新たな発見を見出しながら、そうなのかもしれないと考えてみる。
 それはそれとして、ひとまず夢の中で死んでみる、を試してみることが目下の最優先事項だ。
 現実の奈々江は、今もバスの中で昏々と眠り続けているはずだ。一刻も早く目覚めなければならない。

(えーと、とにかく、この場でスムーズに敵に殺されるためには……)
「だったら、ふたりで死にましょう。
 わたしもひとりで死ぬより怖くないから」
「ひ、姫……!」

 ヒューゴが目を丸くした。
 突如として振り返ると、奈々江の両手を取ってぎゅっと握った。

(うわっ、急になに!? これもわたしの願望?)
「し、し、信じられません……。
 いいのですか、姫とわたしがともに死ぬなんて……」
「う、うん、もうそれしかないよね」

 色を失っていたヒューゴの顔が急に熱っぽく輝き出す。
 まさか自分が血みどろの瀕死の兵士にいい寄られたいという願望があったとは、奈々江はちっとも知らなかった。

(わ、わたしの趣味ってどうなっているの……?
 いや、これは"恋プレ"の設定がかかっているから、こんな変なシチュエーションなんだよね……?
 現実では、もっと自然に普通な人と普通に付き合うことを望んでる……はず……。だよね……?
 ていうか、そもそも、本当に恋愛なんて望んでるの?
 今まで誰のことも好きになったことなんてないのに……)

 弓の男がふんと鼻を鳴らした。

「そろそろ覚悟はいいか、おふたりさん」
「ええ、いいわ」
「ちょっと待て!」

 ヒューゴが弓の男に、ずいっと手のひらを突き出した。続けて、すうっと強く息を吸う。

「人生で初めて最愛の人とたった今、心と心が通じたのだ!
 お前も男ならわかるだろう?
 最後に愛する人と口づけをかわす時間くらい与えてくれてもいいだろう?」
(……なっ、なにをいってるの?)
「そうか、そういわれりゃ、それもそうだ。
 俺も戦地に赴く前には、古女房をこれでもかってくらいに抱き明かすからな。
 時間をくれてやるから、思い残すことがないようにこの世の最後の花を楽しみな」
(……ちょっ、なにをいってるの?)

 突然、ヒューゴの手が奈々江の肩をがしりと掴んだ。

「ちょっ、えっ!? なっ、うそでしょ?」
「姫、わたしの真の愛……。
 過ごした時間は短いけれど、その分わたしたちの愛は熱く深い……」
(ちょっ、ちょっと、急に愛を語り出したけど、なに!?
 これもわたしの願望なの?
 それとも"恋プレ"設定が影響してるの?)
「あなたのその黒き眼にわたしを映してくださる今が至上の喜びです。
 死してもなお、あなたとともにいられる権利をわたしにお与えください」

 血みどろの兵士がそっと顔を寄せてきた。
 奈々江は反射的に体をのけぞらせていた。

「ちょっと、待って!」
「姫、どうされたのですか」
(ちょっと待って、えええっ!? ちょっと、心の整理が……!
 わたしって、こんな荒唐無稽で恥ずかしい願望抱えて生きていたの?
 しかも状況がむちゃくちゃなんだけど……!
 夢の中だからって、自分の理解を超えすぎていて怖いよ!?)
「姫、どうかされたのですか?」
「ちょ、ちょっと待って!」
(い、いやいやいや! これは"恋プレ"の夢。
 ゲームの設定がこうさせているんだよね?
 と、とにかく、死ねば夢は終わるよね?
 終わるって方向でいいんだよね?
 ってか、終わる前にヒューゴとキスしろってことなの?)
「姫……、大丈夫ですか?」
「ごめん、ちょっと黙ってて、ね!」
(現実ではしたこともないキスを、夢の中ならできるって?
 ……し、し、しなきゃ終わらないならやって、や、やろうじゃないの……。
 えっと、えっと……。目をつぶったら、ヒューゴのほうからしてくれるんだよね……?)

 キスどころか、恋愛要素の絡んだ関係性を誰とも持ったことがない。
 それに加えて、素っ頓狂な突然の展開で、なにをどうしたら考えたらいいのかもわからない。
それでも、今やトライして見る他ない。
 そっと上目に様子見すると、ヒューゴは気つかわしげに、それでもなお熱視線を返してきた。
 潤んだような瞳に、淡く染まる頬。なにかを求めるように開きかけた赤い唇。
 出血多量はどこへいった……?

(う~っ! なにこの夢!
 ていうか、乙女ゲームって、こんなのをいろんな攻略キャラ相手に繰り返すんだよね!?
 作っているときは、そこまで深く考えもしなかったし、わからなかったけど……。
 だっ、だめだわっ……! 恥ずかしすぎる!)

 思わず首を横にブンブンと振った。

(い、いや! は、恥ずかしがってちゃそれこそだめだわ……!
 こんなんじゃ、いつまでたっても目を覚ますことができない。
 ……うん? んん?
 ていうか、まさか、もしかしたら、ヒューゴとキスしたらこれでエンディングってことになるんじゃないの?
 それがわたしの願望だったとして、そして、これが乙女ゲームのセオリー通りなら)

 死ぬか死なないかは別としても、ふたりの思いは通じた(?)わけだし、愛する人と結ばれて、ゲームクリアということになるのではないか?
 それで目が覚めればいうことはないが、とにかく、キスをしてみないことには、夢から覚めるかどうかはわからない。
 しばし慣れない恥ずかしさで混乱してしまったが、意を固めて奈々江は、ぐいっと顔を上げた。

「お、お願いします……」
「ああ、愛しい姫……」

 ヒューゴの手の平から込めた力が伝わってくる。
 その強さのせいで神経には緊張が走り、奈々江は呼応するようにぎゅっと目をつぶる。

(こ、怖くない、怖くない……。
 これはわたしの夢、ただの夢なんだから……)

 ヒューゴの気配が近づいてくる。
 吐息が迫ってきて、目を開ければきっと目の前にヒューゴの顔があるに違いなかった。
 そのとき、ふと奈々江の頭に考えがよぎった。

(……キスしても目覚めないって可能性もゼロじゃない……んじゃないの……?
 えっと、そのときは……。弓の男がわたしたちを殺してくれて、それでおそらくゲームオーバーで、目覚められるんだよね……?
 だよね? いいんだよね?
 ………あれぇ……、なんか大事なことを忘れている気が……。
 ……なんだっけ、なんだっけ……?)

 キスという未知の体験を前に、アドレナリンが多量に分泌される。普段以上に高速で脳が記憶の整合処理を行っている。
 お陰でゲームの冒頭シーンをすっかり思い出した。
 主人公がピュエイラ族に襲われたとき、敵のひとりはこういうのだ。

『生け捕りにしろとの命令だ。女に傷はつけるなよ!』
(生け捕り!)
 
はっとして目を見開くと同時に、目の前にあるヒューゴの顔を思いっきり手で押しのけていた。

「いやあっ!」
「うげっ! ……ど、どうされたのですか、姫……!」
「どうって、その……!」
(……ああっ、つい……!
 でも、敵の目的はわたしを今殺すことじゃない。
 死ねないなら、今キスする意味ってないんじゃないの!?
 ――ああでも、キスがゲームクリアってことなら、ちゃんと目覚めるかもしれないし……?
 でも、キスしても目覚めなかったら、わたしどうなるの?
 生け捕りにされたら、その後の立ち振る舞いをわたしはどうしたらいいのよ……!?)

 弓の男が、ぶっと吹き出した。

「若いのの早とちりだったようだな。
 そりゃあそうだろ。一国の姫君と三下の兵士とじゃあ、どう見たって釣り合わない」
「な、なにを!」

 かっと赤くなったヒューゴが、勢いのままに弓の男に飛び掛かった。
 出血多量は!? 傷はどうしたんだ、ヒューゴ!?

(ああ、もう! わたし、なにをビビってるの!?
 ただの夢なのに! 夢の中で知らない男とキスするくらいがなによ?
 わたしったら、わたしったら怖がって……! 馬鹿みたい……。
 ……って……強がってみたってだめか……。
 恋をしたことないんだから、夢の中だからっていきなりうまく立ち回れるわけないのよ……)

 はあ、と大きくため息をついた。
 ぼんやりしていたわずかな時間を追い立てるように、鈍い音と悲鳴が響く。

「はあ、はあっ、やりました、姫!」

 見ると、なぜか気力と体力を取り戻したらしきヒューゴが、弓の男を倒していた。
 血みどろの甲冑の上に、同じくらい赤く嬉々とした顔を乗せている。
 駆け寄るヒューゴに、奈々江は強く抱きしめられた。

「これでわたしたちを邪魔するものはありません!
 さあ、安心してわたしに身も心も委ねてください!」
(えっ、えぇ~っ!? なにこの展開!?)
「わたしに勝利の口づけを、どうか姫……」
「う……」

 急に元気になったかと思えば、アプローチまで勢いづいている。
 シナリオ無視の不死身のモブキャラに、困惑するしかなかった。
 抱きしめられたついでに、ドレスにはべったりと血がついている。
 興奮で周りが見えないのかヒューゴは気がついてもいない様子だ。
 ただの夢のはずなのに、そのムッとする臭いやぬめりがなぜか本当のように感じられて、奈々江の背筋はぞくっとする。

「さあ、姫!」
「む、無理なんだけど……」
「照れずともよいのです。
 ここにはふたりしかおりません!」

 邪魔者が消えたのをいいことに、ヒューゴはもはや見境をなくしている。
 がっちりと腕に掴まれ、奈々江は完璧に動きを封じられてしまった。
 それでも首だけでなんとか嫌々と首を振って見せた。

「は、離して!」
「なぜですか、姫! わたしたちの思いはひとつのはず!」
「ち、違~うっ! あれには訳があって……」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「だ、だから……」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「ひいぃ~っ!」

 まるでなにかの暗示にでもかかったのようだ。
 ヒューゴの目は熱っぽい視線で奈々江一点を見つめ、CPUにそれしか書き込まれていないかのように、同じセリフを繰り返す。
 腕もまるで鋼のようで緩む気配がまったくない。
 まさにそれだけしかできないモブキャラそのものだ。

(な、なにこれ、まさかキスしないと解放されないの!?)

 もう一度ヒューゴの目を見た。
 どう見てもおかしい。奈々江を見ているようで、なにも見えていないような目。
 いくら夢でも、やっぱりつくりもののゲームのキャラクターなのだ。

(こんなのとキス!? む、無理だって……!)
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「や、やだ! 離して! 離しなさいよ!」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「お願いだから、離して!」

 同じやり取りを繰り返しているうちに、攻防戦に終わりがないことに気づく。
 奈々江は疲れ、途中でもがくのをやめた。
 すると、それがスイッチだったかのように今度はヒューゴの顔が近づいてくる。

「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「うそっ、やだあっ!」

 もがくとまた同じセリフを繰り返しながら、鉄の拘束が続く。
 奈々江が少しでも休むと、またスイッチが入ったかのようにキスをしようとしてくる。
 もはやロボットだ。

(うわあぁぁん、なんなのこれ!
 ヒューゴエンド確定なの!?)

 なにがうれしくて、こんな魂のない人形みたいな相手と、人生初のキスをしなければならないのだろうか。
 これが夢だということはわかっている。
 だが、夢ならもっと、それこそ普通に夢を見させてくれてもいいのではないのか?
 ”恋プレ”のシナリオとは違うが、キスをすればこのゲームの夢が終わり、目が覚めるかもしれない。
 しかし、目が覚めない可能性もある。
 その場合は、このモブキャラと夢の続きを見なきゃいけないということなのだろうか?
 それとも、囚われてからもこの夢を見続けなければならないということが?
 思わず叫んでいた。

「い、いくらこれがわたしの夢だからって……、こんなの望んだ覚えはな~いっ!」



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