【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる

国府知里

文字の大きさ
16 / 92

#15、 5人目の攻略キャラ、第一皇太子グレナンデス

しおりを挟む


 グレナンデスの案内によって庭園を散策する。
 右にも左にも、美しく咲き誇る花々が溢れんばかりだ。
 乙女ゲームの世界だからなのか、それとも庭師が優秀なのか、枯れた葉や花などひとつもない。
 それとも、こういうことだろうか。寝ている間に脳は不要な情報を削除していると聞く。夢の世界では枯れた花などというデティールはどうでもいいことなのかもしれない。

「ナナエ姫、あの紫色のバラがロイヤルアメジストローズです。
 わが国で品種改良された新種なのですよ」
「……きれいですね」
「香りも素晴らしいのですよ」

 おもむろにグレナンデスがバラを手折った。
 丁寧に棘を取ると、突然奈々江の前で膝を折る。
 バラを掲げて差し出す青年の頬は桃色に染まっていた。

「どうぞ」
「あ……、ありがとうございます……」

 バラを受け取ると、グレナンデスは嬉しそうに顔を緩める。

(うわ……、男性にこんなふうに見つめられたことなんてないよ……)

「香りはいかがですか?」
「えっ、か、香り? あ、はいっ……」

 ぎこちなくバラに顔を寄せた。

「とてもいい香りです」

 そう答えて顔を上げると、グレナンデスはじっと奈々江を見つめたまま、微笑んでいた。

(えっ、わっ……! み、見られてる)

 にわかにどぎまぎしてしまうのは、なぜだろう。
 グレナンデスに見つめられるだけで、なぜだか急に乙女モードになってしまう。
 奈々江自身、自分の反応に驚いていた。

(あれ……、あれ? わ、わたし、なんか……)

 無理もない。
 奈々江はまだわかっていないが、これが、男性に愛されている、という状態なのだ。
 現実の中では奈々江がいまだ経験したことがない状況。
 男性から一心に愛情を受け、愛を請われている状態。
 夢の中とはいえ、愛しい女性として扱われる初めての経験なのだ。

(すごく、ド、ドキドキするんだけど……)

 そのように扱われて、初めて人は自覚する。
 奈々江はそっとグレナンデスを上目に見た。
 そこには期待と情熱と緊張をないまぜにしたグレナンデスの表情がある。

「喜んでいただけて私もうれしいです」

 ぱあっと光が差すようなグレナンデスの笑顔に、どこかもぞもぞとして、くすぐったいように気分が落ち着かない。
 こんなことは今までになく初めてだが、高揚している自分をはっきりと気づかされる。
 嫌が応にも、今がまさに乙女ゲームの最中なのだ。

(れ、恋愛ってこういう感じ……? 
 そりゃあ、これは現実じゃあないけれど……)

 気恥ずかしさに顔を伏せ、奈々江はバラで口元を隠した。
 なにか返さなくてはと思いながらも、言葉が出てこない。
 すると、グレナンデスが小さく笑うのが聞こえた。

「そのバラがうらやましい……。
 バラのくせに、ナナエ姫のキスをいただくなんて……」
(えっ、えっ……、いや、これは)

 思わず、かあっと頬が熱くなった。
 まさか、そんなつもりじゃない。
 でも、恥ずかしくて、グレナンデスの顔が見れない。

(な、なんでそんな王子様みたいなことを、恥ずかしげもなくいえるの!?
 ……って、王子様じゃん……!)

 頭の中で当たり前すぎるツッコミを入れて、冷静さを取り戻そうとしてみる。
 でも、熱が全然引いてくれない。

(わああ、なにこれ……!
 王子様パワー全開……!)

 奈々江はうつむいたまま、なんども深呼吸を繰り返す。
 こんな顔、とてもじゃないけど見せられそうにない。

「ナナエ姫」
「……」
「ナナエ姫?」
「……」
「ナナエ姫、どうされたのですか?」

 グレナンデスの顔がひょこっと下から奈々江の視界に覗いた。

(うあっ! 見ないでっ)

 慌ててくるりと背を向けた。

「ナナエ姫……?」
「すみません……っ! ちょっ、ちょっと、あ、暑くて……!」
「それは気がつかず、申し訳ありません。
 そばに東屋がありますから、そちらで休みましょう」
「そ、そうしましょう……!」

 東屋まで来ると、グレナンデスが従者を呼んだ。
 グレナンデスの取り巻きの独身男性らしき面々が、ちらちらと視線を投げてよこす。
 皇太子の手前、ジュダイヤのように突進してくる者はいないが、明らかにラブゲージはマックスだ。

(うわぁ……、面倒を起こさないようにグレナンデスだけ見ていよう……)

 いいつけから戻ってきた従者が、グレナンデスに赤いマントを手渡した。
 赤はロイヤルカーマインと呼ばれる王家の象徴の色だ。
 グランディア王国の紋章に使われているのも赤だが、こちらは少しくすんだ秋色のような赤であり、ロイヤルカーマインは王家の者だけが身に着けることを許された特別な色なのだ。
 そのマントをどうするのかというと、グレナンデスは東屋のベンチにふわりとかけた。

「ナナエ姫、どうぞこちらへ」
(……あっ、これグレナンデスのイベントだ!)

 思いもよらず気持ちが興奮していたせいで忘れかけていたが、グレナンデスルートにおけるイベントが畳みかけられている。
 ひとつ目は、さっきのロイヤルバイオレットローズ。
 この、ロイヤルカーマインのマントは三つ目のイベントだ。
 ふたつ目は王家所有のワイン工房で作られているグランディアロイヤルという銘柄のワイン。
 そして四つ目が、王家代々に伝わる代物、ロイヤルエンゲージトラディショナルリング、すなわち婚約指輪だ。
 ふたつ目のワインはすっ飛ばされているが、グレナンデスが胸元から今出そうとしているのは、大きなダイヤの付いたまさにロイヤルエンゲージトラディショナルリングではないか。

「皆の者、しばらくふたりだけにしてもらいたい」
(あわわ……、も、もうまとめて来ちゃったよ……!)

 グレナンデスの従者たちと、奈々江の従者たちが首を垂れて下がっていった。
 グレナンデスの手に導かれ、奈々江は赤いマントの上に腰かけた。
 熱いグレナンデスの瞳。
 少しも逸らさないその視線。
 迷いのないたたずまい。

(こ、これからわたし、求婚されるのね……。
 現実では恋人すらできたことのないわたしが……)

 初めての緊張感に、思わずつばを飲み込んだ。

「初めてお会いしたときから、私の心はあなたのものです。
 あなた以外見えない。
 私はナナエ姫に会うまで、本当の恋を知りませんでした。
 こんなにも胸が苦しく、体が熱くなるなんて知りませんでした。
 今もこの胸の高鳴りを、燃え滾る血潮を、私は抑えるのに必死なのです」

 グレナンデスの愛の言葉に、奈々江はかあっと赤くなる。
 まともに顔など見れやしない。
 案内のままに触れた手と手から、じんわりと伝わるグレナンデスの体温。
 まるで火にでも触れているかのように熱かった。

「この指輪は、王家に代々伝わってきたエンゲージリングです。
 ナナエ姫はまだ受け取ってくださらないかもしれませんが、私の気持ちは変わりません。
 その証としてここに持ってきました。
 この指輪は、真実の愛を誓う者同士の間で交わされたとき、王家の赤に色づき輝くのです。
 あなたの指の上でこの指輪が輝く日を私は夢見ています。
 どうか、その夢を現実にして見せてはいただけませんか……?」



*お知らせ-1* 便利な「しおり」機能をご利用いただくと読みやすいのでお勧めです。さらに本作を「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもご活用ください。


*お知らせ-2* 丹斗大巴(マイページリンク)で公開中。こちらもぜひお楽しみください!



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

【完結】皇女は当て馬令息に恋をする

かのん
恋愛
 オフィリア帝国の皇女オーレリアは和平条約の人質として敵国レイズ王国の学園へと入学する。  そこで見たのは妖精に群がられる公爵令息レスターであった。  レスターは叶わぬ恋と知りながらも男爵令嬢マリアを見つめており、その姿をオーレリアは目で追ってしまう。  暗殺されそうになる皇女が、帝国の為に働きながらもレスターへの恋をつのらせていく(予定)のお話です。  

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...