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6、なんでわたし達なの?
しおりを挟む「異世界って、なに? 意味がわからないんだけど……」
わたしの困惑をよそに、旬さんが指を進める。
「かくものは、ないか」
「書くもの?」
そういえば、ベッド横のテーブルに引き出しがあった。
たしか、紐綴じの帳面と筆と墨、硯が入っていはず。
テーブルの上の水差しから少しの水をたらし、墨をすり、旬さんの左手に筆を持たせた。
旬さんは右利きだ。
慣れない手つきで、紙に文字を書いた。
「これは筆か」
「うん」
「俺の手に、身の回りのものを触らせてくれ」
「わかった」
いわれるままに、わたしは旬さんの左手に衣服や、布団、壁掛けの布を触らせた。
部屋の調度品、鏡や、櫛。
壁の木部や、窓の障子紙、扉や格子の細工。
「プラスチックやビニールのような素材はなさそうだ」
「たしかにそういうものは今のところ見てないよ」
「電気関係もないといったな」
「うん、見てない」
「寺だからそうなのか、電気の技術や文明がないのか」
「それは、わからない……」
旬さんはひとつずつ疑問を検証していく。
利き手ではないとはいえ、手に指で書く方法よりも、旬さんの思考が伝わってくる。
ときどき蛇が暴れたような読みにくい字もあるけれど、おおむね判読できた。
「浮者について他にわかったことは?」
「ごめんなさい、よくわからないまま、座を中断してしまったの。混乱してしまいそうで……」
旬さんからの受信が比較的楽にできるようになったぶん、わたしの送信が少しもたついてしまう。
筆を持ってまま止まった手の甲に、できるだけ簡潔に指で書くように心がけた。
「浮者とはなんなのか。浮の力とはなんなのか。ルドゥーというのも気になる」
「うん、そうだね」
「コルグに聞く必要がある。コルグは真ん中にいた小柄な男か?」
「えっ? 旬さん、どうしてわかったの?」
耳もなければ目もない左手が、コルグさんの位置も体型も知ることは不可能だ。
「森に埋められていた間、俺は少し変わったんだ」
「変わった?」
「前は、美波の指輪を感じるだけだったのが、今は美波の姿、美波の近くにいる人の姿も感じるんだ」
「そ、そうなの? すごい! わたしが見えるの、旬さん!」
「目で見るように見えるわけじゃない。光の輪郭が、ぼんやりとだが。
「なんだ、そうなんだ……。でも、すごいことだよね」
「真ん中にいたコルグが一番強い光を放っていた」
「へえ~、住職だからかな」
「生命力なのか、オーラみたいなものなのか。とにかく、目を閉じて集中している間は、そちらの気配を感じ取れるんだ」
「どうやってできるようになったの? わたしも旬さんの気配を感じたい」
旬さんが教えてくれるとおりに、目を閉じて旬さんの存在に集中をしてみた。
けれど、わたしには感覚を掴めない。
簡単にできそうにはなかった。
「美波とはぐれていた間、俺はできるだけ美波の気配がするほうに気を巡らせていたからな。練習すればできるようになるかもしれない。
「そうだね。旬さんは十日以上も土の中にいたんだもんね。集中して練習する時間が大事なのかも。わたしもがんばってみる」
旬さんはしばらく筆を止め、なにか考えているようだった。
「コルグを呼んでもらえるか?」
「うん、聞いてみる」
再びコルグさんとクランさん、ゼンジさんが部屋にやってきた。
「何度も足をはこんでいただいて、すみません。旬さんが直接話を聞きたいそうです。あの、今はこの書面と、指で伝えあっているので、やり取りに時間がかかってしまうんですが……」
「ミナミ・フーシャ。ワシモ、ヒダリテヲ、ハイケンシテモ、ヨロシイデスカ」
「ええと、聞いてみますね」
旬さんの手の甲に、コルグさんが触れてもいいか、と書いた。
ぴくっと緊張が走ったのがわかった。
構わない、と返ってきた。
「どうぞ……」
「シツレイイタシマス」
日に焼けた筋張った手が、旬さんの左手にそっと触れた。
コルグさんは目を閉じると、交信するかのようにじっと神経を傾けている。
時間にして二、三分はあったと思う。
「アリガトウゴザイマシタ。ハジメテミル、ジショウデハ、アリマスガ……」
「……?」
「タガイニリカイヲ、フカメルタメニ、ココロミタイ、コトガアリマス」
「それは、なんですか?」
「ミナミ・フーシャ。カレノ、テノコウニ、スコシ、フデヲ、ハシラセテモ、ヨイデショウカ」
「聞いてみます。旬さんの左手に、なにか書くんですか?」
「ハイ。キケンハ、アリマセン」
旬さんに確認すると、かなり戸惑った様子だった。
なにがしかを感じるにしても、はっきりと目視できず、いざというとき拒絶もできかねないような状況で、得体のしれないことをされるのは抵抗があるのだろう。
少し考えて、わたしは旬さんに提案してみた。
旬さんはやはり慎重になって、もう少し情報がほしい、と紙に書いた。
「あの、コルグさん。わたしで先に試してみてもらえませんか? 旬さんは見えないぶん、とても慎重になっているんです」
「カマイマセン。イタミヤ、フカイカンハ、ナイトオモイマス。タダシ、コノ、リュージュツハ、ミナミ・フーシャニハ、キキメガウスイカモシレマセン」
リュージュツ……?
また知らない言葉が増えた。
コルグさんは袂から金糸の入った豪華な織物の袋を取り出した。
袋は縦長で、中からは白くほっそりとした筆が出てきた。
新品なのか、墨の色はなく、穂先はまっさらだ。
わたしの手を取ると、その細筆でさらさらと甲をなでた。
墨の付いていないはずの筆から、薄青色をした光が浮かび上がる。
わたしの手の甲に「目」という光の漢字がくっきりと表れた。
「こ、これは?」
「アナタノフハ、カナリヨワイ。ドコマデ、ミエルヨウニナッタカ、ワカリマセン」
「え、見えるように?」
直観的がひらめいた。
目を閉じ、旬さんの左手を握ると、あるべき旬さんの姿かたちに集中した。
さっき試したときのように、はじめはただ暗いだけだったのが、次第に、なにがぼんやりとした光が見えてきた。
「旬さん、そこにいるの?」
思わず目を開けたのと、光を掴もうと手を差し伸べたのは同時だった。
目の前には、かげろうのような光はなく、旬さんの左手がかわらずにそこにあった。
「ミエマシタカ?」
「まさか、今の……!」
「アナタノミタモノハ、ソノヒダリテノ、アルジデス」
「や、やっぱり……!」
す、すごい!
これで、旬さんを感じられる!
その仕組みや現象の謎について考えるよりも先に、嬉しさが勝ってわたしは一気に高揚した。
「旬さん、すごいよ! コルグさんに書いてもらったら、旬さんの姿が見えるの! 旬さんがいったみたいに、光がぼんやりとだけど。もう一回やってみるね!」
「ミナミ・フーシャ」
嬉しさのあまり夢中になっていたわたしは、コルグさんにたしなめられた。
「あ、すみません……」
「コレト、オナジジュツヲ、ソノヒダリテニモ、ホドコシタイノデスガ」
「あ、はい! 旬さんもいいといっています。お願いします!」
不思議な筆で、コルグさんは旬さんの甲に「耳」と書いた。
薄い青の光がくっきりと表れると、左手は驚いたように、ぐっとこぶしを握った。
「コレデ、カレニモ、コチラノコエガ、キコエルハズデス」
「旬さん、どう……?」
左手はかなり乱れながら、紙に書きつけた。
文字から、驚きと興奮が漏れ出している。
「そちらの音声が聞こえる」
「わあ、すごい! 旬さん、わたしの声、わかる?」
「わかるよ、美波。元気そうな声で安心したよ」
「旬さん……!」
よくわからないけど、コルグさんはすごい!
コルグさんがあの白い筆で、「目」や「耳」と書くと、離れ離れになっていても、視覚や聴覚がつながるんだ。
あっ、それなら、もしかして……!
「コルグさん、わたしの手にも耳って書いてもらえませんか? それか、旬さんの左手に口って書いたら、旬さんの声がわたしにも聞こえるということが、できるんでしょうか⁉」
興奮でいっぱいのわたしは、早口でまくしたてていた。
コルグさんは慎重な表情を崩さず、クランさんはくすくすと声を立てて笑った。
ゼンジさんは興味深そうに、わたしと左手を見ている。
「ミナミ・フーシャハ、フノチカラガ、タリマセン。ヒダリテノ、カレニ、クチヲ、カクコトハデキマスガ、ミミト、クチノ、リョウホウニ、チカラヲ、ソソギツヅケルノハ、シュギョウシテイナイモノニハ、カナリムツカシイデショウ。イマデモ、カナリノ、チカラヲツカッテイルハズデス」
「そ、そうなんですか……」
「コルグさんのいうとおりだ。そちらに意識を向け続けるのは、かなりきつい。時間を無駄にしたくない。質問していいか」
きついって、どれくらいきついんだろう。
わたしには少しぼんやりと感じられただけで、意識を向け続けるということ自体が、はっきりいってよくわかっていない。
単純に集中力っていうことじゃないのかな……。
不思議な力であることはわかったけれど、不思議すぎて、わたしには理解できない。
とにかく、旬さんが疲れないように、余計な口を挟まないようにしよう。
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