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27、樹の影響-1
しおりを挟む翌日、わたしたちは再び演習場にいた。
ユーファオーの樹に行くところを、またみんなの前で見せることになったからだ。
今度は戦ったりするわけじゃないからいいけど、あんまり注目を浴び続けるのは得意じゃない。
それに、いろいろ質問されても、正直わたしにはいまいちわからないからだ。
「エレベーター、とはハナムン語に置き換えるとなにに当たりましょうか?」
「この戸の開閉はどのような仕組みに?」
「浮が物質化できるのであれば、流の物質化もできるのでしょうか?」
質問の度に旬さんに聞いてみるけれど、旬さんにもはっきりと答えられるものとそうでないものがある。
例えば、エレベーターのドアがどうやって開閉するのかという質問について、旬さんの答えは、そういうものだから、だ。
旬さんは塊をイメージするのは得意なので、「こういう塊」が「こういう機能を持っている」と考えると、それを物質化できるらしい。
でも、万年筆で字を書くためには、「万年筆という塊」とは別に、「少し粘度のある液体のようでいて、色が黒く発色し、そこに軌跡として線が残るような粒子の細かいもの」が、万年筆の先からよどみなく出てくる、と考えないと物質化できないという。
それを聞いただけで、人体の治癒がどれほど難しいことを考えなければいけないか、なんとなくわかってくる。
ちなみに、流だけでは絶対量が足らないので、物質化は恐らく難しいのでは、というのか旬さんの考えだ。
「では、今回もわたしがお供いたします」
ローワンさんが前に進み出てきた。
ローワンさんと同期らしい僧侶たちが、いや、俺たちにも機会を与えてほしい、などと話し合いが始まってしまった。
そこへ、ずいと現れたのはカーツさんだった。
「わたしがお供します」
「えっ、カーツさん、まだ無理は良くないんじゃないですか?」
「昨日は傷を治していただき心より感謝申し上げます。今朝は目覚めもよく、痛みもだるさも全くありません。朝食でしっかり栄養も補給してきました。これからは、ますますの精進を持って美波浮者の安全のためにお仕えしたいと存じます」
カーツさんの圧に対抗できる人は誰もいなかった。
旬さんがわたしの手をとんとんと叩いた。
「カーツに触らせてくれ」
「カーツさん、旬さんが触っていいかと」
「構いません」
旬さんの手をカーツさんの腕へ導くと、旬さんはぴょんと蜘蛛の様に飛び乗る。
この様子だけ見ていたら、たしかに、マシンくんが蜘蛛と見間違えてしまったのも無理はなないように思える。
しばらくしたあと戻ってきた旬さんが空気に字を書く。
「流が減った様子はないし、安定しているみたいだ」
「そう、それならよかった。ついてきてもらっても構わないよね」
そのとき、幾人かの参加希望者から声が上がった。
「しかし、今ユーファオーの森では赤毛猿の繁殖期だ。気の荒ぶった群れに遭遇することもある。万全を期した方がよいのではないか?」
「赤毛猿?」
ローワンさんの後ろにいたコルグさんが前に出てきた。
「この地域に生息する大型の猿です。普段は大人しく人里に近寄ることもありませんが、ユーファオーの樹に浮が満ちたので、とても活発になっています。昨日ローワンに調査させていたのですが、ユーファオーの樹のそばでもいくつかの群れと遭遇したそうです」
「いずれにしても、長居は無用かと存じます。最少人数で、最短時間で行って戻るのがよいでしょう」
「ローワンもこういっていますので、美波浮者、同行者は腕に覚えのあるものをお連れするのがよいでしょう」
「わかりました、ちょっと旬さんと相談してみますね」
「赤毛猿? なんだ、モンスターじゃないのか」
「モンスターだったら困るよ」
「とりあえず、ローワンとカーツでいいんじゃないか? ローワンもやや硬質な流だから、なにかあっても治しやすい。あとはマシンか」
「そ、それは無理だよ……」
わたしはちらっとマシンくんを見た。
マシンくんはいつにも増してこちらを遠巻きに見ている。
「いや、あいつの流の触りが一番素直でつかみやすいんだ。マローのときも、マシンにだけテレパシーが使えた」
「あっ……、そういえば……。でも、怖がっているのに無理やりはちょっと……」
「不測の事態があったとき、美波以外の誰ともコミュニケーションが取れないのは困る」
「そっか……。じゃあ一応、聞いてはみるけど、断わられたらしょうがないよね」
「断れないように命令すればいい」
「そ、そんなことできないよ……」
はー……。
いいづらいなあ……。
ためらいながら、マシンくんを見た。
「あの……、嫌なら無理はいわないけど、マシンくん、ついてきてくれないかな? 旬さんからテレパシー……、マローのとき旬さんから思念の発信っていうのかな、あったのおぼえてる? わたしに不測の事態があったときに、誰とも交流できないと困るから、ぜひついてきてほしいっていっているんだけど……」
マシンくんが目を見開いたのがわかった。
あ、やっぱり、無理だよね。
ごめんごめん。
「行きます!」
「えっ……!?」
マシンくんが駆け足でこっちへ向かってきた。
「こ、断ってもいいんだよ!」
「いいえ、僕を指名した下さったのなら、ぜひ同行させていただきます」
「でも、あんなに怖がっていたのに……?」
急にどうしちゃったの?
無理強いならさせたくないのに。
マシンくんの顔を見ると、不思議と嫌そうな感じはなく、目はいつものように真っ直ぐに開かれていた。
旬さんが指を揺らした。
「ただし、マシンの触りは俺には治しづらいタイプだからな。美波のシールドとシェルターからできるだけ出ないように」
わっ、そうなの!?
それってまずい気がする。
やっばり、やめようといいかける前に、ローワンさんが、音頭を取ってしまった。
「では、出発しましょう!」
ちょっ、ちょっと……!
三人はさっさとエレベーターに乗り込んでしまった。
「ちょっと、みなさん、ちょっと待ってください!」
「美波、早く入れ」
「美波浮者、どうぞこちらへ」
むむむむ……、誰もわたしのいうこと聞いてくれない……。
しぶしぶ入ると、プシュッとドアが閉まった。
「ユーファオーの樹は、左列の一番上だ」
ああ、もう……。
どうにでもなれだよ。
ボタンを押した。
前回は五分ほどだったけど、今回は数秒で到着の合図が鳴った。
「もう着いたんですか?」
「ああ、この狭さはどうかと思うが、この速さは素晴らしい利点だ」
「カーツ、マシン、戸が開いてからすぐあたりに警戒をしろ」
旬さんいわく、今は樹のそばに生きものらしき浮流は感じないらしい。
間違って赤毛猿の上に降り立ったら嫌だもんね。
ドアが開くと、目の前にユーファオーの樹があった。
ローワンさんとカーツさんが先に出て、あたりを見渡した。
無事を確かめて、全員が出ると、旬さんはエレベーターを消した。
「わたしたちはあたりを警戒します。美波浮者は旬浮者とともに樹のそばへ」
「ありがとうございます。マシンくん、できるだけわたしのそばから離れないでね」
「はい、わかりました」
マシンくんと一緒に樹の前に立ち、わたしは旬さんの左手をそっと幹の肌に持って行った。
「どう、旬さん?」
「しばらくこのままにさせてくれ」
「わたしも側にいたほうがいい?」
「少し時間がほしい。後でまた来てくれるか。マシンと一緒にいてくれ」
「わかった」
マシンくんにもそう伝えて、わたしは少し離れたところから旬さんを見守ることにした。
隣を見ると、マシンくんが真剣そのものといった顔つきで同じように樹を見ている。
「マシンくん、今もこのあたりは怖いくらいに浮が満ちているの?」
「浮が満ちてはいますが、もう怖くはありません」
「そうなの?」
「はい」
そういうマシンくんの顔は、以前の様にすっかり戻っている。
あれぇ? 昨日まではまだ怖がっていたよね……。
このかわりようはなんなんだろう。
でも、無理している感じには見えないし……。
わたしは内心大いに首をかしげていた。
「そういえば、旬さんからのテレパシーってどんな感じなの?」
「そうですね……。ぐいっと引っ張られるような感じでした。それから、声が聞こえた気がしました。マシン、それから、美波、と。それが旬浮者の声だとすぐにはわかりませんでしたが、そんなことは今まで一度も体験したことがありませんでしたから、きっと、美波浮者になにかあったんだと思いました。それで、あの消えた町の真ん中に美波浮者が倒れていたので、やっぱりそうだったんだと思いました」
「そうだったんだ。旬さんはまだハナムン語が出来ないけど、わかってくれたんだね。ありがとう」
「旬浮者が僕の名前を呼んでくれたからです」
「旬さんは、マシンくんの触りが素直でつかみやすいっていってたよ」
「そうですか。それで僕を指名してくださったんですね。お役に立てて光栄です」
話しぶりもすっかり以前の様に、礼儀正しく恐怖のかけらはみじんもない。
なにがどうなってなのかはわからないけど、とりあえず、怖がられなくなって良かった……。
けど、なんだろう、なんか、わからなくて……もやもやする。
「旬さんまだかなあ……」
「あっ、今、旬浮者に呼ばれました」
えっ、今?
本当に、テレパシーなんだ!
わたしたちが旬さんのところへ行くと、旬さんの左手がふわっと宙に浮いた。
「えっ、どうなってるの?」
「だから、ユーファオーの樹に触れると、浮の操作性が上がるっていっただろ」
「空も飛べちゃうの? すごい!」
すいっと鳥のように飛んできて、わたしの肩に止まった。
「いろいろ疑問も解消したし、もっとうまく使える気がしてきたぞ」
「よかった! テレパシーもうまくいったんだね」
「ああ、まあこれからは少しは俺もハナムン語を覚えたほうがいいな。あれとって来い、お座りとか」
「ちょっと……! 犬じゃないんだから。言葉ならちゃんとわたしが教えるよ」
「いや、いい。俺にはまだ早すぎる」
「どうして?」
「浮による情報量が増えたんだ」
「えっと……つまり?」
「今までコルグさんの耳の術に頼っていた部分を一〇〇とすると、今は三〇くらいにセーブしている」
「どうして?」
「聴覚的な情報が多すぎて、少しうるさいんだ。浮からの情報、今までは触りっていってたけど、今は音も聞こえる」
「流に音があるの?」
「ああ。だから、言葉にばかり集中できないんだ。今は美波の声しか聴いてない。他の人の声は聞こうと思ったときにだけ聞くことにする。というか、流の音でなんとなくいおうとしていることや考えていることがわかるんだ」
「へえー。浮流ってすごく便利だね」
「でも、隠し事はしづらいぞ。見ろ、マシンがなにを話しているか気になって仕方ないって顔してるはずだ」
振り向くと、マシンくんが興味津々という目でこちらを見ていた。
「……でも、それでもなんかちょっと不安だよ。わたしが聞いているものを旬さんが聞いてないと思うと」
「それは今までだって同じだろ? 俺はハナムン語がほぼわからないんだから。わかるのはクラシュンとムタコークくらいだ」
「ありがとう、はわかるけど、なんで、熱が高い、なの?」
「クラシュンは美波がよくいう。ムタコークはクランとゼンジがよくいってる」
確かにそうかも……。
でも、最低限の言葉はちゃんと覚えてもらうからね。
「じゃあ、そろそろ帰る?」
「その前に、美波も樹に触れていったほうがいい」
「わたしはいいよ。触ってても、別にいい気持ちくらいにしかわからないもん」
「そんなことない。俺にはわかる。美波の浮は本当に少ないけど」
「千切れた蜘蛛の糸なんでしょ」
「そうだけど、俺にこれだけ変化があったんなら、美波にだってないはずがない」
「そうかなあ……」
わたしはとりあえず旬さんのいう通りに樹に触れてみた。
でも、前回同様に気持ちがよくなって少し眠くなるだけだ。
相変わらず、浮が見えたり、気配を強く感じたりということはない。
「マシンくんも触ってみたら? 旬さんによると、なにかいいことがあるらしいよ」
「えっ!? お、恐れ多いです、僕には」
「どうして? あ、そっか工房でも師父にならないとユーファオーの樹に触れないんだっけ?」
「といいますか、ユーファオーの樹には浮者しか触れられません」
「そんなことないでしょ? ムラークくんにも枝の加工を手伝ってもらってるよ」
「切り離されたものにおいてはそうですが、ユーファオーの樹から枝を切ることは、ハナムンの民には誰一人としてできないのです」
「それじゃあ、印帳や師筆をつくるときはどうしてるの?」
「あれは浮者が切り取ってくれたものをいただくのです」
「そうだったの。だから貴重なんだね」
「はい。今はどの領地にも浮者がいないので、印帳と師筆が作れなくなっています。せっかく流の力があるものがいても、印帳や師筆を手にできないのです」
「それなら、一度切る道具を取りに帰ろうか。どう見てもはしごかなにか必要だもんね」
そういいながら木を見上げたその時だ。
「わあっ!」
頭の上に枝が降ってきた。
「ま、まただよ……」
「枝が枯れていたんでしょうか、でも、葉はまったく枯れてませんね」
「前回もこんなふうに枝が落ちてきて、ビックリしたんだよね。怪我しなくてよかったけど」
「え、前回もですか?」
「うん。不思議なこともあるんだね。あとどれくらい必要なの?」
「そうですね、今もは年に一度普段使いのための紙づくりと筆づくりの行があって、量としてはこの二十倍くらいは必要かと」
「そんなにいるんだ。じゃあ、みんなで採りに来ないと……」
そういいかけてもう一度顔を上げたときだった。
空から無数の枝が音もなく落ちてくるのが見えた。
「きゃあっ!」
抱えた頭からそっと目を上げると、わたしたちを取り囲むかのように、落ちた枝が散らばっていた。
叫び声を聞きつけたローワンさんとカーツさんがやってきて、目を丸くしている。
「なにがあったのですか……?」
「わかりません……。旬さん、なにかしたの?」
「俺はなにもしてない。樹の意志だと思う」
樹の意志……。
もうなにがあっても驚かないや。
もともと不思議な木だもんね。
そうだよ、ハナムンの人のために枝ぐらい自分で落としてくれるよ。
「あはは、切る手間省けちゃったね」
「これも大いなる力のなせる業。御心に感謝いたします」
三人が同様にして手を合わせて頭を下げたので、わたしは急に改まってしまった。
あははとか笑っていい感じじゃなかったんだ。
「枝はあとで採りに来させましょう」
「こんなにいっぱいあるなら、ほかのお寺にも分けてあげればいいですね」
そう言った矢先、また枝が何本も落ちてきた。
ひえー……、ほんとは枯れてるわけじゃないよね?
木にもたしか病気ってあるんじゃなかったっけ?
心配になって樹を仰いだ。
「大丈夫かなあ、あんまり枝が折れたら禿げちゃうよ……。ほら、あそことか……」
「別に病気とかじゃないみたいだぞ。心配いらないんじゃないか?」
「ならいいけど……」
旬さんがそういうなら間違いないか……。
突然、ローワンさんとカーツさんが声を上げた。
「美波浮者!」
「お下がりください!」
驚いて見ると、ローワンさんもカーツさんも、人と同じくらいの大きさの赤い毛皮の猿に向かって棒を向けていた。
気がつくと、あたりからキイキイと鳴き声が響き、無数の猿に取り囲まれているのがわかった。
「なぜこんなにも急に……!」
ローワンさんの動揺ぶりから、普通のことではないと分かった。
猿の数匹が、そろそろと近寄って来たかと思うと、ユーファオーの樹の枝を掴んでまた群れの方へかけていった。
猿が取ってきた枝に、周りの猿たちが一斉に群がった。
猿たちは、葉や、若い枝をむさぼるように食べていた。
「そうか、枝を目当てに来たのか!」
カーツさんが枝を守るように棒を振って威嚇した。
隣にいたマシンくんまでもが自分の体より大きな猿に向けて構えを取る。
「ユーファオーの樹の恵みを横取りしようとするなんて、なんてやつらだ!」
「あっ、マシンくんだめだよ! わたしの側から離れないで!」
てゆうか、こんなにあるなら少しくらい譲ってあげればいいんじゃないの?
この森に住む獣なら、この世界の人間と同じように、浮の力が必要なんじゃないだろうか。
「旬さん!」
「美波はマシンと一緒に樹の側にいろ。追い払う」
「う、うん、だけど……」
ギャッという鋭い声がした。
ローワンさんが、大きな猿に突きを食らわせたところだった。
カーツさんはまるでカンフー映画のロングカットシーンのように、次々に猿を倒していく。
カーツさんて、ほんとに武術の達人なんだ……。
旬さんが指を鳴らすみたいな仕草をすると、その手に灰色の自動式の銃のようなものが現れた。
まさか、あれで撃つ気なの?
「旬さん、待って! その銃で撃つつもりなの?」
銃を構えている旬さんから返事はない。
「やめようよ! それなら今すぐエレベーターで帰ろう!」
「美波浮者、後ろへ下がっていてください!」
マシンくんに手を止められた。
威嚇に使うだけのつもりなのかもしれないけど、旬さんの銃はきっとあの猿たちを死なせてしまうだけの威力を持っている気がする。
同じハナムンに生きる生き物なら、不足していたという浮を求めてここへ向かってきたのは充分考えられるしことだし、それはきっと生きるためにしていることのはずだ。だとしたら、野生の動物はどう出てくるかわからない。
「旬さん、お願い! その銃は使わないで!」
「美波浮者、なぜ旬浮者を止めようとするのですか? 旬浮者はあなたを危険から守ろうとしているのに」
「なぜって……」
旬さんから見たら、もしかしてあの猿たちは、倒すべきモンスターに見えているのかもしれない。
けれど、わたしには違う。
これは、ゲームじゃない。
ここにいる猿たちは、みんなひとつずつの命だ。
シューティングゲームみたいに簡単に撃っていいような標的じゃない。
旬さんの手から本物の銃が出てきてことに、わたしは信じられないような思いだった。
「ローワンさんも、カーツさんも、ふたりともわたしの側に来て! もう猿たちと戦わないで!」
「しかし……」
「枝が奪われてしまいます!」
「食べたいだけ食べたら、きっといなくなります」
ローワンさんとカーツさんはためらいながらも、樹の側にやってきて、わたしたちの脇についた。
猿たちは次々に枝を取り、その場でむさぼり、あるいはどこかへ持ち去っていく。
赤毛の獣たちはざっとみても二十がそれ以上の個体がいた。
カーツがしげしげと猿たちの様子を観察する。
「赤毛猿がユーファオーの樹を食べるなんて、知らなかった」
「俺も見たことない。今まで何度もこの森で猿を見かけたことはあったが。ひょっとすると、ほかの生き物も、ユーファオーの樹を食料にしているのかもしれないな」
「あり得る話ですね。……しかし、幸い結構枝が残りそうです」
満足したらしい猿たちが一匹、また一匹と去っていく。
葉や若い枝はあらかた食い散らかされていたが、枝の部分はかなりの数が残っていた。
ローワンが手近な枝を拾い集める。
「これだけあれば紙や筆をつくるに十分だろう。マシン、カーツ、エレベーターに入るだけ持って帰ろう」
「はい……。でも、赤毛猿にいいようにされたのが口惜しいです」
存分に戦えなかったくやしさがにじんでいる。
子どもでも立派な武闘派なんだね。
わたしはローワンさんの方を向いて尋ねた。
「そういえば、紙をつくるのに、葉っぱも使うんですか?」
「いえ、使うのは主に、樹の繊維です」
「じゃあ、赤毛猿に食べられても、あんまり影響はなかったんですね」
「まあ、そうですね……。このようなことがはじめてだったので、予想もできませんでしたが」
旬さんの出してくれたエレベーターに入るだけの枝を詰め込んだ。
ローワンさんがあたりを見わたして、腰に手を当てた。
「あとは他の者に取りに来させましょう」
「また猿が来なければいいですが」
マシンくんもローワンさんに習ったようにあたりを見わたした。
目ざとく猿を見つけたのもマシンくんだった。
よほど猿の猛烈な勢いに憤っていたのか、マシンくんは棒を取ると猿のほうに向かっていった。
赤毛猿はこれまでの猿に比べて一回り小さく、若い印象だった。
群れの中ではまだ力の弱い個体なのかもしれない。
「この枝に手を出すなよ! 出したら承知しないぞ!」
「マシンくん、もう行こうよ」
わたしは念のためマシンくんのあとを追った。
一匹なら襲ってくることもないと思ったが、それでも念のためシールドとシェルターを持つわたしがそばにいた方がいい。
しばらく猿とにらみ合っていたマシンくんだったが、ふんと鼻を鳴らすとようやく棒を降ろした。
「すみません、お手数おかけしました」
「ううん、小さくてもマシンくんは立派な僧侶なんだね。勇ましくてびっくりしちゃったよ」
二人でそろって猿に背を向けたときだった。
キイイッと叫び声がして、振り向いたときには猿がこちらに飛び掛かってくるところだった。
今から考えても、わたしにそんな反射神経が備わっていたことに驚いてしまう。
わたしは飛び掛かってくる猿をかわして、マシンくんをかばう様にして飛びのいていたのだ。
同時に、バリッと音がして、猿が跳ね返されて吹っ飛んでいくのが見えた。
そこまでは完ぺきだった。
それを見届けたのと同時に、わたしの足はもつれて、マシンくんを道ずれに地面に転んでしまった。
痛った―!
運動神経のなさがなせる大業だ。
受け身というものを知らないわたしは、無様に地面に体を打ち付けていた。
「あてて……、ごめん、マシンくん大丈夫?」
「美波浮者……!」
そろって起き上がると、ふたりとも、横顔に土がついていた。
「ごめん、押し倒しちゃった。運動神経がなくて、あはは……」
「い、いえ……!」
ローワンさんとカーツさんが駆け寄ってきて私たちの怪我を検めた。
ローワンさんが柳の目に焦りを浮かべていた。
「美波浮者、無茶をしないでください!」
「ごめんなさい……、でも、旬さんの防御浮術があったから」
「マシン! 守るべきおまえが守られてどうする!」
カーツさんが燃えるような目でマシンくんを見下ろしている。
「弁明のしようもありません! 本当に申し訳ありませんでした、美波浮者」
「旬さんから、マシンくんの側にいるようにっていわれてたから。マシンくんの触りは旬さんには治しにくいんだって」
「そ、そうだったのですか……。それでこんな無茶を……」
「そんな顔しないで。マシンくんに怪我させないで済んでよかった。ていうか、マシンくんだから頑張ったけど、ローワンさんやカーツさんだったらやってないよ! でもなれないことはするもんじゃないね。今でも心臓がバクバクいってる」
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