【完】左手だけの婚約者~Hanamun Life~一緒にワープした婚約者は、左手だけなのに最強です!?

国府知里

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27、樹の影響-2

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 そのあとすぐエレベーターで寺に帰ると、発ったときと同じく修練場に戻ってくることができた。
 思わぬお土産と、それに勝るお土産話に、エレベータの周りに集まってきた面々は沸いた。
 クランも駆け付けてきた。

「美波浮者、お顔に土が!」
「ころんじゃった」
「すぐにお湯を用意しますわ、さあ、お部屋に」

 部屋に戻って、顔を洗った。
 土で汚れた服も脱いで着替えていると、クランがアッと声を上げた。

「美波、腕にあざが……」
「あれっ、本当だ。興奮してたからかな、全然気がつかなかった」

 アドレナリンだとかドーパミンだとかが出ていると、そういうことに鈍くなるってなにかで聞いたことがあるけど、もしかしてそういう状態だったのか。
 まさか、自分の身にそんなことが起こるとは、思いもしなかったけど。
 そのあと、さらにクランがわたしの髪を梳かしてくれているときに、側頭部にたんこぶができているのがわかった。

「よほど派手に転んだのですね」
「そうみたい。なんか、興奮が冷めてきたら、だんだん痛くなってきたような……」
「冷たい水をお持ちしましょうか」
「うん、あとでもらおうかな……。まずは旬さんに看てもらうね」
「わかりました、でもなにかあればすぐに呼んでください。無理は禁物ですよ」

 クランが出て行ったあと、旬さんにあざとたんこぶを看てもらった。
 
「無理をするな。これぐらいで済んでよかった」
「旬さんにいわれたことはちゃんと守るよ。でも、結局転んだのは自分だから、シールドもシェルターも発動しないんだね」
「その辺は改良の余地があるな。そうすると今と違った機能をつける必要があるけど、どうしたもんか。クランの靴にはどういう付与がついていたんだろう、あのときはあまり気にしなかったが」
「わたしの運動神経が一〇〇倍良くなる靴とかどう?」
「美波の体力が一〇〇〇倍上がるマントとか? 衣服のような布っぽいものの物体化はまだあまりうまくできないが、やってみる価値があるかもな」

「そういえば、いろいろ疑問が解決したっていってたね」
「その分課題も増えたけどな」
「でも確実に進歩してるよね、しかもすごい速さで」
「今日の一番の問題は、ああやって複数の敵に囲まれたときの対処だな」
「うん……。でも銃はよくないよ。正直、ショックだった」
「威嚇射撃で逃げると思ったんだけどな」
「そうかもしれなかったけど、旬さん、シューティングゲームみたいって思ったでしょ?」
「ばれたか」
「人の傷は治すのに、動物は撃っていいの?」
「撃っても治せばよかった?」
「治すのは得意じゃないっていったのは誰? ハナムンでは、浮者の行いは自然のなせる業だってゼンジさんがいってた。だから悲しむことはないって。だけど、一度奪ったものは帰ってこないし、壊れた家も浮では治せない。簡単に壊しちゃだめだよ。一度でもそう思っちゃったら、きっと二度と歯止めが効かなくなると思う」
「美波に止められるまで俺はそのことに気がつかなかった。猿たちの流がゲームの的に見えていたのは確かだ」
「ああいう状況がまた起こったときにどうすべきかは考えておかなきゃいけないね」
「ローワンやカーツたちが追い払えるなら良しだが、そうできない場合がな。考えてみるよ」
「それで、今回ユーファオーの樹に触れてみて、どんなことがわかったの?」
「まだ見せられるほどじゃないな。でもきっと驚くから待ってろよ」
「うん、すごく楽しみ!」

 クランが冷たい水と布を持ってきてくれた。
 それをたんこぶのあった場所に載せて、わたしは少し休むことにした。

 わたしはそれから、夢を見ていた。
 夢を見ている間ははっきり覚えていたのに、目を覚ますとどんな夢だったか思い出せなかった。
 目を覚ましたとき、クランとゼンジさんがふたりしてわたしの顔をのぞき込んでいた。

「美波!」
「美波浮者!」
「あれ……、もう夕方? わたしずいぶん眠っちゃったんだね」
「心配しましたよ! 丸一日眠ってたんですよ」
「え、丸一日?」

 ゼンジさんがすぐに薬湯を持ってきますといって部屋を出て行った。

「昨日からずっと?」
「そうですよ。打ったのが頭でしたから、もしかしたらとは思っていましたが、目が覚めて本当に良かった」

 でも、痛みは気持ち悪さもないし、旬さんの治療はちゃんとしていたと思う。
 だとしたら、ひょっとして、ユーファオーの樹の影響かもしれない。
 廊下を走るパタパタという音が近づいてくる。

「マシンです! 美波浮者がお目覚めと聞いて……! 入ってもよろしいでしょうか?」

 わたしはクランに手伝ってもらって身支度を整え、マシンくんを中に入れた。

「よ、よかった……、このまま目覚めなかったら、僕はどうしたらいいのかと」
「心配かけてごめんね、別になんともないよ」
「本当に申し訳ありません。僕が未熟なばかりに……」
「もういいから、気にしないで」

 クランが裾を払って立ち上がる。

「美波浮者、おなかが空いていらっしゃるでしょう?」
「あ、うん、そういえば」
「すぐ温めてお持ちしますから、眠っちゃだめですよ。マシン、美波浮者が眠らないように見張っていなさい。それくらいならあなたでもできるでしょう?」
「はい!」

 マシンくんは罪悪感の消えない面持ちでわたしを見つめている。

「そんなに顔しなくても大丈夫だよ」
「しかし……」
「本当にもう、そんな顔はおしまいにしよう。旬さんもそういってると思うよ」

 わたしの隣にちょこんといた旬さんが、指で歩くようにしてわたしの手に重なった。
 指を振ると、その場に黒い文字が浮かぶ。

「美波が眠っていたのは多分ユーファオーの樹の影響だろう。マシンには心配ないとテレパシーで伝えてあるんだが」
「マシンくん、旬さんがユーファオーの樹の影響だろうって。心配ないってテレパシーでも伝えてたっていってるけど」
「えっ、そうなのですか? テレパシーでは、心配があると……」
「え?」

 わたしは旬さんをみた。

「旬さん、テレパシーでなんて伝えたの?」
「ミナミ、アラ、デン。美波心配ない。合ってるだろ?」
「違うよ! それまったく反対。アラは心配があるっていう意味。心配がないはアルっていうの」
「でも否定語がデンだろ?」
「あのね、そこがハナムン語のちょっと変わっているところで、心配があるっていう単語と、心配がないっていう単語があるの。だから、正しくは、ミナミ、アルなの。ミナミ、アラ、デンだと、美波が心配だ、嫌だ、っていう意味になっちゃうの」
「そんなのわかるかよ」
「だからちゃんと教えるっていったじゃん」

 誤解が解けたところで、マシンくんにも笑顔が戻った。
 その代わり、旬さんはハナムン語に対する意欲が著しく低下してしまったけれど。

「でしたら、僕が下町言葉を覚えるというのはいかがでしょうか?」
「わあ、それってすごく助かるかも」 
「コルグ流者やクラン様のように、旬浮者のお言葉がわかるようになれば、今後はもっとうまく連携できるはずです」
「でも、そんな時間あるの? マシンくんは武術の訓練をしたいんじゃ」
「はい。でも、僕は寺で己を磨いて、いずれはコルグ流者のようにりっぱな流者になりたいと思っています。ですから、いずれは下町言葉をが必要な機会もあると思います」
「そうなんだ。じゃあぜひ。わたしも日本語が、下町言葉が通じる人が増えると嬉しいよ」

 早速簡単な日本語をいくつか教えていると、部屋の戸のあたりで布ずれの音がした。
 クランが戻ってきたのかと思ったが、入ってこないところを見ると違うようだ。

「お前たち、なにしてるんだ?」

 ゼンジさんの声で、戸口にいたのは何人もの小坊主さんたちだとわかった。
 ムラークくんの声がする。

「シュトン様にいわれて、美波浮者に本をお持ちしたんですけど……」
「じゃあ、こんなとこで固まってないでお声がけしろよ。邪魔だなあ」

 ゼンジさんの勧めによって、少年たちがわらわらと入ってきた。
 彼らの手には一冊ずつ本がある。
 わざわざ一人一冊ずつ持ってきたようだ。

「美波浮者、ご機嫌麗しく。あの、シュトン様から本をお届けするようにいいつかってまいりました」
「コルグさんにお願いしていた浮者のことについて書かれた本だね? ありがとう、ムラークくん。みんなも」

 それから、なぜか、なにかの儀式のように少年たちから一冊ずつ本を受け取った。
 心配してきてくれたのだろうか。
 でも、どこかみんな落ち着かないようにそわそわしている。

「ほら、お渡ししたならさっさと帰れよ。お気に障るだろ」
「……えと……その」
「いいたいことがあるなら、さっさといえって。薬湯が冷めちまう」

 ムラークくんの後ろに立っていた少し年上の小坊主さんクンくんがぱっと顔を上げた。

「美波浮者に置かれましては、連日のご活躍につき大変なご成果をなされたことを、我々一同拝聴し深く感銘を受けている所存であります。この度のユーファオーの森遠征につきましては、我らが同胞マシン・パイクンの危機を身を挺してお守りくださったと聞いております。ビアン様への人体治癒、カーツ様への治癒という深きご温情にも、我ら一同は深い感銘と強い尊敬の念を抱いております。そこで……その……」
 
 難しい言葉を朗々と話していたクンくんだったが、なにやら言葉に詰まり始めた。

「えーと……?」

 子どもたちの顔を見ていても、その続きが出てこない。
 わたしはゼンジさんを見た。

「こいつらは僕と同じで貧乏なので、触りのお礼を払えない連中です。マシンやムラークは実家に頼んでいろいろ買ってもらえますが、こいつらにはそういう余裕がないので、慈悲深い美波浮者の恩恵にただで預かりたいっていうことです。美波浮者、こんなのいちいち相手にする必要ありません」

 そういうことだったのね。
 恐らく、本を頼まれたのはムラークくんひとりだったんだ。
 それを知ったこの子たちが、なんとかわたしと話をしたいがために、無理矢理ついてきたのだろう。
 ひょっとすると、本の数が足らなくて、ここへ来れなかった子もいるかもしれない。
 ムラークくんを見ると、断れなくて済みませんとでもいいだけに、眉毛をハの字に下げている。

 それでも、彼らはきっと必死なのだ。
 ビアンさんの家を知らなければわたしにはわからなかっただろう。
 流さえあれば、流がうまく使えるようになれば、立身出世ができる。
 家族を助け、貧しい暮らしから抜け出せるチャンスかもしれない。
 その可能性が少しでもあるなら、手を伸ばさないわけがない。
 だけど、簡単に引き受けていいことでもないよね。

「ゼンジさんのいう通りでいいのかな、みんな」

 子どもたちの顔を見ると、期待と萎縮とが入り混じっている。
 
「わかった。ひとまずのところは、引き取ってもらえる? ゼンジさんがせっかく作ってくれた薬湯が冷めるまえにいただきたいから」

 子どもたちはめいめいに頭を下げて部屋を出て行った。
 勧められた薬湯を飲み干して、ふうと息をついた。
 ゼンジさんが器を引き取ってくれた。

「触りの鑑定を受けてやるのですか? きりがありませんよ」
「コルグさんや旬さんに相談してみる。気持ちとしてはいくらでもやってあげたいけど、みんなが納得できる形でないと」
「美波浮者、僕からもお願いします」

 マシンくんがぺこりと丸い頭を下げた。

「クンは槍の才能があるし、マキリは図形を書くのが得意なんです。レンシューは誰よりも掃除が丁寧だし、トンシャーはすごく力持ちで、年上の僧侶相手でも相撲に勝つんです。キンセンはあんまり特技はないけど、あいつの配膳が一番均等です」

 思わず吹き出してしまった。
 槍とか図形はわかるけど、配膳が均等か。

「マシンくんは友達思いだね」

 よしよしと頭をなでた。
 驚きと恥ずかしそうにしてマシンくんは顔を上げた。
 一方、ゼンジさんは腕組みをして眉間にしわを寄せている。

「マシン、気に入られているからって、軽々しくめったなことをいうな。いうのは簡単だが、美波浮者と旬浮者のご負担になるのは目に見えてるだろ。ただでさえ、美波浮者は些細なことで熱を出したり寝込んだりするんだ。僕はその分治療や看病ができて楽しいが、美波浮者の身にもなってみろ。おまえだって経験あるだろう、体の調子が悪いのは辛いことなんだぞ」

 ゼンジさん、一応、その気遣いは持っていてくれたのね。
 それが聞けて、少し安心したよ……。

「それに、中央からの浮者がもうすぐ来るんだ。そのお迎えの準備はどうした? 自分のことばかりにかまけてないで、ちゃんと役割を果たしているのか?」
「来る日がきまったんですか? ゼンジさん」
「首都から早文が届いたそうですよ。あと半月もすればトラントランにもお見えになるでしょう」
「すみません。美波浮者のご温情に縋るようなまねをして……」

 マシンくんがうつむいたので、わたしはまたついよしよししてしまった。

「マシンくんは弟みたいだから、ついなんでも聞いてあげたくなっちゃうけど、ごめんね。少し時間をくれる?」
「弟ですか」
「あ……。別にいいんだ、そう思ってくれなくても。クランにも姉には思えないっていわれてるし」
「そうではありません。それなら、僕も美波浮者を姉と思ってお仕えします。体の弱い姉を助けるのは、弟として当然ですから」

 ほら、いい子だなあ。
 バズくんに爪の垢を煎じて飲ませたいよ。

「それはそうと、ちょっと気になっていたんたげと」
「はい、なんでしょう」
「マシンくん、この間までは旬さんの力をすごく怖がっていたよね。どうして急に怖くなくなったの?」
「それはその……」

 いいよどんだマシンくんに、わたしとゼンジさんが顔を見合わせる。

「いい方に失礼がありましたら申し訳ありません。森であの日、旬浮者の力を見るまで、僕はこう思っていたのです。浮も弱く体の弱い美波浮者と、美波浮者のいうことを聞く左手のだけの浮者と。でも、森で浮を注力したときの左手は、僕の想像をはるかに超える強大な力を持っていました。このまま浮に押し流されて死ぬかもしれない、トラントランごと消え去るかもしれない、そう思いました。でも、そんな浮の中で、美波浮者はひとり、なにごともないかのようにけろりとしていました。美波浮者は、本当に、少しも浮の威力をわかっていませんでした。僕はそれで余計に怖くなってしまったんです。もしも、美波浮者が一言、こんな世界はいらないといったら、きっと左手はハナムンを消し去るだけの力があると思いました」
「まさか、そこまでは……」
「いいえ、あれを見たものならだれもがそう思ったはずです。森から帰った後、旬浮者の浮の様子が変わりました。今までは目的もなく揺らめいていただけでしたが、はっきりと意志を持つようになりました。そばで仕えていたクラン様やゼンジさんもわかっていたはずです」
 
 ゼンジさんを見ると、すこし眉を上げてうなづいて見せた。
 まさか浮者にそんな力が備わっているなんて、本当だろうか?
 ファンタジーな映画やアニメみたいな不思議な力や出来事は、本当にすごいと思う。
 でも、浮者たちのだれもがそれぐらいの力を持っているのだろうか。
 それとも旬さんだけ?
 いずれにしても、そんな超人みたいな浮者だらけだったら、すでにハナムンは崩壊していてもおかしくないと思う。
 世界まで壊してしまうほどの力を、たった一人が持つなんて、ありえないと思うんだけど……。

「僕は怖くて近寄ることもできませんでした。左手には強い意志があるとはっきりしてから、美波浮者では左手の力を抑えきれない、僕はそう思ったのです」

 まあ、わたしじゃ頼りないもんね。そう見えても仕方ないかも……。
 マシンくんはきゅっと顔を上げた。
 目はまっすぐにわたしを見ていた。

「でも、違いました。演習で見せた旬浮者の浮術は、美波浮者を守るためだけに働いていました。カーツさんの傷をいやすときも、カーツさんを一番心配していたのは美波浮者でした。ビアンさんの治療の話を聞いたときはまだ信じられなかったのです。誰よりもひ弱な美波浮者が、誰よりもハナムン人のことを心配してくれました。先日は、僕のことを身を挺して守ってくださいました。野生の猿にまでご慈悲をお見せになりました。しかも、それはときに旬浮者と意見が違ったとしてもです。美波浮者は命を貴ぶお方だと僕には見受けられました。だから、今は怖くありません」
「そうだったんだ……」
「でも、怖いこともあります。美波浮者にもしものことがあれば、旬浮者の力はどうなるかわかりません。そのときは本当にこの世界が消滅するかもしれません。ですから、僕は力の及ぶ限り、美波浮者をお守りしたいと思います」

 マシンくんの話してくれたことは、この世界の理そのものみたいだ。
 浮者の力は絶対だ。
 絶対すぎる。
 わたしにはそれが怖い。
 その恐怖においては、マシンくんわたしは同じ気持ちを共有している。

「そうだね。わたしもそうなの。わたしは死ぬのが怖い。わたしは日本で暮していたときも、実は死にかけたことがある。子どものころから体が弱くて、目覚めると病院にいたことが何度もあった。成長してからも、わたしを気遣ってくれる人たちがいなかったら、アパートで一人で死んでたかもしれない。熱にうなされていると、もうこのまま明日は来ないかもしれないと思って気を失うの。死ぬのが怖いから、失いたくない。誰かの命も奪いたくない」

 そのとき、クランの声が廊下から聞こえた。

「あなたたち、なにしてるの! 婦人の部屋の前で聞き耳を立てるなんて、なんという恥知らずですか!」

 子どもたちが謝りながら駆けて散っていく音が響いた。
 クランが膳を抱えて顔をしかめながら入ってきた。

「どうして他のものを部屋に寄せ付けるの! マシン、あなたはなんのためにここにいるんですか!」
「すっ、すみません……」
「ゼンジもいつまでいるの? 美波浮者はわたしが看るから、あなたはさっさと薬房に戻りなさいよ」
「はいはい……」

 ふたりが出て行った後、食事をとりながらクランに尋ねた。

「クランも、旬さんの浮が変化したことに気づいてた?」
「はい。ここに来たときから、旬浮者の浮の気配は少しずつ変わっていますよ。でも、いつも美波浮者の周りから離れることはなく、慈しんでおられるように見えます」
「そう。怖く見えたりもする?」
「わたしは流が少ないので、あまりはっきり見えるわけではありませんが、美波が心を失っていたときや、寝込んでしまったときなどは、とても重い雰囲気がしました。美波になにかあったら、この力はどこへ向かうのだろうと思うと、恐ろしく思うこともありましたよ」
「そうなの」
「でも、それがどうかしたのですか?」
「マシンくんが距離を置いていたのは、旬さんの強い力をわたしでは抑えきれないと思ったからだって。クランも怖かったのに、離れず世話を焼いてくれてありがとう」
「美波はわたしがいないと死んでしまいますから」
「本当にその通り。やっぱりわたし、姉の資格はないね」
「姉でも妹でもありませんけど、一番の親友です」
「わたしも。ハナムンで一番の親友はクランだよ」
「あら……。日本には日本の親友がいるということですね。それはちょっぴり複雑ですね。わたしとどちらがより大切な親友ですか?」
「それは比べられないよ」
「はっきりおっしゃってください。でも、きっとわたしのほうがその方より美波を思っていると思います」
「それは、状況とかいろいろが違うし……」
「親友ならば、他の誰にも打ち明けないお話をしますよね? そのかたとはどんなお話を?」
「えーと……。あ、今の話で思い出したんだけど、聞いていい?」
「はい」
「半月後にも中央から派遣されてくる浮者がトラントランに来るんでしょう? どんな人なの? クラン、気持ちはもう固まっているの?」

 クランはわずかに瞳を揺らす。

「マローからの手紙では、浮者としては中位ほどの力の持ち主で、お歳は三十代くらいだそうです。御髪は短く色あせているとか。浮者は長生きなので、正確な年齢ははっきりしない方が多いのです」
「三十代だけど、髪が色あせてるって、どういうこと? 若白髪なの? それとも、本当はお年寄りなの?」
「わかりません。マローでもあまり見かけない風貌だそうで、とても気難しい方なのだそうです」
「クラン……、あなたは本当にその人と結婚するつもりなの?」
「わたしはそのためにこの寺で過ごしてきましたから。美波のおかげで、下町言葉もかなり上達しましたし、気難しい方でも、真心で接すれば、打ち解けてくださると信じています」
「だけど、クラン。本当の気持ちは?」
「わたしの心は決まっています」
「親友は誰にも言わないことを打ち明けるんでしょう?」

 クランの意志の強い瞳が、ふっと下を向いた。

「最悪、マッカリが相手でも浮者がこの地に定着して下さればと思います。でも、できることなら、かつてこの土地にいた浮者と同じように、民と共に暮らし、寺の信仰を共に守ってくださればと思います」
「かつてこの土地にいた浮者は、このお寺の風習を踏襲してくれる人たちだったの?」
 
 今目の前にあるムラークくんたちが持ってきてくれた本にはそうした記録がのっているはずだ。

「そうですね。トラントランと浮者との関係性はおおむね良好だったと聞いています。大将軍が中央を治めてから、少しずつ変わっていきましたけれど、最後までこの土地で暮らし浮を注ぎ続けてくださった浮者と父は、本当によく親しくさせていただいておりました」
「クランもそういう関係を築きたいんだね」
「はい。キリ家は利権や保身に走りすぎるのです。浮者の力を使って、自分たちの権力を押し広げようとするかもしれません。中央の暮らしがどのようなものか推測するほかありませんが、寺の暮らしになじんでいただけるかについては少し不安しあります」

 マローで大名家に呼ばれたとき断ってしまったわたしには、この世界の上流階級の暮らしがよくわからない。
 だが、地球上の国や歴史に置き換えてみれば、なんとなくは推測がつく。
 豆ごはんや麦ごはん、野菜だけのおかずというお膳に満足してくれるかといわれれば、首をひねってしまう。
 マローで見た町の人々の装い、位分けされた門構え。
 派遣された浮者にとって、この役割はありがたいものではないのかもしれない。

「わたしはクランが望むなら、そうなることが一番いいと思っているけれど、もしも、浮者とうまくいかなかったら、クランはゼンジさんと一緒になるんだよね?」
「いいえ、恐らくはカーツです」
「えっ、嘘でしょう!?」

 わたしは目を見開いてぱちぱちさせてしまった。
 
「ねえ、でも、だって、ゼンジさんも流の力が強いってビアンさんから聞いたよ。ゼンジさんが薬師見習いから僧侶になれば問題解決じゃないの?」
「ゼンジはあの性格です。僧侶にはとても向きません。美波こそ一番わかっているでしょう?」
「KTフェチのこと? ええと、つまり、あの病気の人を直したい癖のこと」
「そうです。ゼンジの好きなようにやらせておくのが、一番本人のためになるのです。とても住職が務まる器ではありません」
「そ……。それじゃあ逆に、クランがゼンジさんのお嫁さんになれば? お寺は必ずしも世襲制じゃなきゃいけないわけじゃないんでしょう?」
「はい、世襲制ではありません。住職の采配で、ふさわしい者にその座を譲ることになっています」
「それなら、無理にお寺に残らなくてもいいんじゃない……?」
「いいえ、わたしは幼いころからこの寺で育ち、父の仕事を尊し敬ってきました。浮者が領地からいなくなって、あらゆる仕事や依頼が、父のもとに寄せられました。ときには力不足でどうにもできないこともありました。守長から圧力をかけられるようなこともしばしばありました。それでも、父は毅然とした態度で、どんな依頼にも誠意を尽くしてきました。この寺の僧侶たちの見本として、恥ずかしくないように、流者として責任を全うしてきました。それがわたしの父です」

 凛としたクランの唇が、きりっと結ばれた。

「わたしはそんな父を手助けするために生きると決めています。それがわたしの生き方です」
「好きな人と結ばれなくても?」
「はい」
「それがクランの矜持なんだね……」
 
 でも、わたしにはやっぱり納得できないよ……。
 お互いに好きなのに、結ばれないなんて。
 クランの誇り高い意志はすごく尊敬できることだけど、それでも、ひとりの女性としての幸せを目の前で手放してしまっていいのだろうか。
 コルグさんはどう思っているんだろう。
 クランのお母さんが生きていたら、クランにはなんてアドバイスするのかな……?
 
「クランのお母さんは、どんな人なの? やっぱりそんな立派な人だった?」
「母は、父に見初められて結ばれましたが、わたしを産んでからは自分の浮が少ないことを嘆いていましたね。流行り病で亡くなってしまって。死ぬ間際まで、父を支えてあげられなかったことを悔やんでいました」

 もしかして、そのお母さんの分も、お父さんを支えようと思っているんじゃ……。
 クランのお母さん、立派なお考えだとは思うけど、クランの幸せは? 
 クランの幸せは……!?
 やっぱり、ゼンジさん、ここはゼンジさんに頑張ってもらうしかない……!
 浮者がだめでも、カーツさんはないよ……!
 
「クランが決めたことなら応援する。クランのための装飾品、浮者が来る前に必ず完成させるから」
「美波、ありがとうございます」

 クランがぱっと笑顔になった。
 この笑顔に、あの首飾りの赤はとても似合うだろうと思った。

 その夜、わたしはベッドの中で一日のことを振り返って、旬さんと話をしていた。

「三十代で髪が色あせている? 浮者が長生き? 浮者って一体なんなんだ?」
「本人が来ればわかるけど。本を読んで、もう少し浮者について調べてみるよ」
「そうだな。やつがどんな態度でくるかも気になるが、中央がどういう基準で派遣するものを選出したのかも気になるな」
「うん、浮者に中央の話を聞きたいよね」
「クランとうまくいけばいいけど、男からするとクランは少し気位が高すぎる」
「そうかな? お寺の跡取り娘として立派だと思うけど」
「まあ、カーツやマシンにとってはあれくらいでいいんだろうけど、地球での生活を知っている浮者に、ここでの生活と引き換えにしてもいいくらいの魅力がクランにあるかどうか……」
「そんなことないよ、クランはとても美人だし、気がつくし、確かにちょっと気は強いけど」
「俺は姿顔形ははっきり見えないから容姿のことはわからない。だが、流が少ないうえに、頑固だろ。気が強くて男を立てないだろ。しかも今日聞く話じゃ重度のファザコン」
「なっ、なんでそんなに悪く言うの!」
「別に悪く言ってるつもりはない。事実を述べただけだ」
「クランはいい子だよ!」
「女同士ならそうなんだろうけど、男から見たら可愛げがない」
「ゼンジさんと一緒にいるときはかわいいときもあるよ」
「だったら、ゼンジと一緒になればいい」
「それができたら一番なんだけど……」
「まあ、カーツが落としどころだな」
「カーツさんとなんて、絶対うまくいかないよ」
「ならマシンか」
「マシンくんとならまあ……。でも、そのばあい、カーツさんはどうなるんだろう」
「さあな。寺のしきたりはよくわからない」
「うん、まだまだわからないことばっかりだよ。そういえば、今日マシンくんに姉と思ってお仕えしますっていってもらえたんだよ。本当にもういっそ、マシンくんを応援したいよ。でも本人はまだそういう感じは全然ないみたいだけど……」
「カーツを差し置いてまさか自分がと思うんだろう。でも、いざ自分の番が回ってきたら頂けるもんはしっかり頂いとくってタイプだな」
「そこは、しっかりしてるっていってよ」
「あいつはコルグさんと同じくらいの流者になるだけの素質がある。クランにとっても悪くない相手だ。そうだ、美波が姉なら、俺は兄だといっておいてくれ。兄の命令は絶対だってな」
「そんなこといったら、本気にしちゃうよ」
「本気にさせておけばいい」

 もー、そんなこといって……。
 わたしは旬さんを両手でつかむと襟元に引き寄せた。

「マシンくん、旬さんからのテレパシーを理解するために日本語を勉強するって」
「ほら、なかなか見込みがあるんだ、あいつは」
「あんまりマシンくんにテレパシー使わないでね?」
「なんで」
「あんまり二人が仲良くなったら、わたし嫉妬しちゃう。マシンくんにだけ旬さんの声が聞こえるなんてずるいんだもん」

 旬さんの指が優しくわたしの頬をなでた。
 ずーっと、わたしだけの旬さんでいて欲しいんだよ、本当は。
 わたしも猫のように頬を擦りよせた。
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