【完】左手だけの婚約者~Hanamun Life~一緒にワープした婚約者は、左手だけなのに最強です!?

国府知里

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29、守長のむすめマッカリ

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 その数日後、アクセサリーがようやく完成した。
 昨日からしっかり乾燥させておいたパーツを、組み立ておわった。
 いつ作っていたのか全く気がつかなかったけれど、カーツさんがアクセサリーを入れる桐の箱を用意しておいてくれた。
 真新しい桐の箱に、まっさらな布を敷いて、できたばかりのアクセサリーを並べた。
 赤いクランの花が小さなビーズとともに愛らしく収まっている。
 わたしはムラークくんとカーツさんにお礼をいった。

「ふたりのおかげで、思っていた以上のものができました。本当にありがとうございます。早速、クランにわたしに行きたいと思います。一緒に来てくれますか?」
「僕もですか?」
「うん、だって後半のほとんどはムラークくんが仕上げてくれたんだよ。樹に触るとわたしが眠っちゃうから。カーツさんも、アドバイスしてくれたり絵の具づくりや箱まで作ってくれたし」
「わ、わたしは遠慮しておきます。そのような下心があったわけではございませんので」

 下心、いっちゃったよ……。
 
「じゃあ、ムラークくん、一緒に行こう」
「はい、お供させていただきます」

 わたしたちはクランの部屋に向かうと、戸越に声をかけた。

「クラン、いまちょっといい?」
「えっ、あっ、少々お待ちください!」

 中で新しい着物の試着でもしていたのか、クランは少し慌てたような声だ。
 しばらくして、どうぞと声がかかった。
 部屋に入ると、案の定クランの部屋は着物の生地と、針や糸などの裁縫道具が広がっていた。

「ごめんね、忙しいところ。あのね、アクセサリーができたんだけど」
「えっ、本当ですか!」

 わたしとムラークくんは顔を見合わせ、クランに箱を渡した。
 クランは期待に瞳を輝かせて、ふたを開ける。

「はあっ……!」
 
 クランがじっと目を凝らして箱の中をのぞいている。
 細い指を伸ばしかけると、わたしを見た。

「これを、わたしに?」
「ムラークくんとカーツさんにも手伝ってもらったんだよ。ビアンさんはクランに似合いそうだと思うっていってくれたけど、どう? 気に入ってもらえた?」
 
 本当は、そんなのクランを見ていればわかる。
 クランの高揚した横顔、輝く瞳。
 女の子だもん、テンションが上がるに決まってる。

「はい、美波……。わたし、わたし、すごく、こんな素敵な、見たこともありません……!」
「よかった! ねえ、つけて見せてよ!」

 クランの後ろ髪を上げさせて、首飾りをつけてあげた。
 鏡を見ながら、クランが耳飾りを着ける。

「見せて」

 振り返ったクランの頬がぽっと染まっている。
 いつもはきれいだけど、今日はすごく愛らしさがある。
 ハナムン人に愛されるクランの花。
 やっぱり、クランにぴったり合うと思った。

「どうですか……?」
「クラン、あなたのお婿さんになる人って、本当に幸せ者だよ」
「ああ、美波!」

 クランがわたしに抱きついてきた。
 ムラークくんがなぜか、見てはいけないものを見たかのように、裾で顔を隠して後ろを向いてしまった。

「ありがとうございます。わたしの人生でこんなに素晴らしい日があったでしょうか」
「それはいいすぎだよ。クランにとって一番素晴らしい日は、これから来るのに。そのときには、このアクセサリーを身に着けてね」
「はい、ありがとうございます……!」
「えっ、やだ、泣かないで。美人が台無しだよ」

 クランの肩を抱きながら、涙が止まるのを待つ。
 そんなに感激してもらえたのは、わたしもうれしい。
 でも、こんなに泣いたら、目が腫れちゃう。

「ムラークくん、この布に水差しのお水を少し濡らしてもらっていいかな」
「は、はい」

 ムラークくんはこちらを見ないように背を向けたまま、わたしから布を取った。
 そして水に濡らすと、やはり顔を向けないように渡してきた。

「えーと、ムラークくんはなにをしてるの?」
「修行中の身には、あまりに刺激が強いので……」

 そうなの? というか、そうなんだね。
 わたしはムラークくんにお礼をいって、部屋を出ていってもらった。
 なんか、ムラークくんにはいつも、不本意ながらセクハラ行為をしてしまう。
 ごめんよ、ムラークくん。
 わざとじゃないし、知らなかったんだ……。

 顔に冷たい布をあてながら、クランはようやく落ち着いてきた。

「涙止まった?」
「はい、美波、すみません」
「そんなに喜んでもらえて、びっくりしたけど、うれしいよ。作った甲斐があったよ」
「母にもこんなふうにしてもらったことはありません。本当に、うれしいです」
「クラン……」

 流行り病で亡くなってしまったクランの母は、住職の妻として申し分のない人だったらしい。
 クランにも、寺の娘として将来立派な跡を取るようにと、幼いころからよく言い含めていたそうだ。
 彼女自身も、夫であるコルグさんを深く尊敬していて、影に日向に寺と夫のために尽くすことに喜びを感じていたらしい。
 クランに似てとても美人だったそうだが、浮ついた所はなく、質素で落ち着いた暮らしを好んだという。
 クランはそんな母と、尊敬する父を見て育ったのだ。
 
 それでも、母と暮らした時間は短かったに違いない。
 日ごろは質素であっても、たった一人の愛娘の結婚相手の候補が来る。
 そんなときに、クランの母だったら、娘にどんな服を着せるだろう。
 どんな風に髪を結い、どんな化粧をして、どんなふうに振舞いなさいというだろう。
 わたしにはまだハナムンのことや寺のことはわからないことが多い。
 でも、ひとつだけわかるのは、娘に幸せになってほしいと願うだろうということだけだ。

「差し出がましいかもしれないけれど、クランのお母さんの代わりにいわせてね。幸せになってね、クラン」
「はい……」

 しまった。またクランが泣いてしまった。

 それから数日して、クランの着物が仕上がった。
 華やかさは抑え気味だけれど、白を基調にした清楚で、美しい着物だ。
 ミックさんたち檀家の皆さんも手を貸してくれたらしい。
 檀家のみなさんがクランの美しさに太鼓判を押してくれた。
 なんだか、自分のことのようにうれしい。
 母親を早くに亡くしたクランを、みんな、そんな気持ちで見守ってきたのかもしれない。
 やっぱり、クランはハナムン人の親しみの花だ。

 そんな折、クランにとって好ましくない客が寺を訪れた。
 ムネ町のキリ一族だ。
 浮者がやってくる日が決まって、改めてその様子を聞きに来たそうだ。
 なぜか、一行の連れてきた何十もの馬には、もれなく大きな荷物が積んである。
 あれも寄進の品物なのだろうか?
 
 無用に顔を合わせないようにと、わたしとクランはふたりで部屋にこもっていた。
 しかし、小坊主さんがやってきて、こういった。

「マッカリ・キリ様が、美波浮者のご意見を聞きたいそうで。中央からの浮者がどのようなお召し物や、お食事をお好みになるのか。いろいろと持参したそうです」

 小坊主さんがここへ来たということは、コルグさんがそれを断らなかったということだ。
 一番身分の高いということになっているわたしなら、この申し出を断ることはできる。
 でも、お寺の対応としてそれはどうなるのだろうか?

「断ってください、美波! あいつの誘いを受ける必要はありません!」
「それで、コルグさんの立場や、お寺の立場はなにも問題ないんだね?」
「それは……」

 クランが言いよどんだことには、守長一族がはるばる大荷物を抱えて頼ってきたのに、むげにつき返したしたという印象が残ってしまうだろうということだった。浮者が断ればそれは仕方のないことなので禍根までは残らないが、わざわざ大行列で町や村を練り歩いてきたので、世間からの印象はかなり強いものが残るらしい。

「わたしが冷たい人っていう印象を持たれるってことでいいんだね?」
「……あとは、その……いえ、そうです」
「なに? わたしはまだこの国の慣習がよくわからないから、はっきりいってもらわなきゃわからないよ」
「それはつまり……。つまり、その、寺が浮者を囲っているという印象です」
「それは事実だよ。トラントランに住まわせてもらっているもの」
「そうなのですが、もう少し強い印象です。つまり、浮者を寺に留めようと画策しているとでもいいますか」
「え……? そんなこといわれた覚えも、された覚えもないよ」
「……。対外的にはそう見えてもおかしくないのです」
「コルグさんには、留まってくれたらとはいわれたけど、強制されたり強く言われたことはないよ。マローに行ってみたらどうかっていってくれたのだってコルグさんだし。それに、わたしあのときは知らなかったけれど、イスウエンに旅立たせるつもりだったんでしょう? ローワンさんとビアンさんは、イスウエンまでお供するようにいわれていたと思うって、ミックさんがいっていたよ」
「ええ、それはその通りです」
「なんでそんなこといわれるんだろう……?」
「事実と印象はときに乖離するものですから……」

 クランの話を受けて、わたしはマッカリの要望を引き受けることにした。
 とはいえ、ひとりで対応するには自信がなく、結局クランについてもらうことになった。
 小坊主さんの案内で、わたしたちは来客用の一室に向かった。
 戸が開くと、そこに正座して頭を下げた格好のマッカリ・キリとふたりの侍女が座っていた。
 クランが座る位置を教えてくれて、わたしたちもそこへ座った。

「美波浮者、この者が……マッカリ・キリです。ムネ町の守長の二番目の娘でございます」
「面を上げなさい」

 クランにそういえと手順を習っていたので、いわれたとおりにいってみたが、まるで下手な時代劇みたいだ。
 マッカリが神妙に頭を上げた。
 目上の者から差し向けるまで、目下のものは声を出せない。

「マッカリさん、わたしになにか聞きたいことがあるそうですが」
「はいい」

 マッカリがにこっと笑い、作り物のような口調で朗々と語りだした。

「先日は美波浮者とは存じあげずう、大変失礼いたしましたあ。本日はこうしてお目通りをお許していただけてえ、恐悦至極でございますう。ムネ町の守長ホムナン・キリが第二子女のマッカリ・キリと申しますう。どうぞよろしくお願い申し上げますう」
「それで、マッカリ。本題はなんでしょう? 美波浮者はお忙しいので、手短にお願いしますわ」
「その通りですわねえ、クラン。あなたもお忙しいでしょうに、御同席いたみいりますわあ」
「それで、用はなんです!」

 マッカリは侍女に目配せをした。
 侍女たちがさっと立ち上がり、奥の間の戸を開くと、そこには無数の織物や装飾品がずらりと並んでいた。
 一見して、マローで見たときの中でも、質のいいものばかりを取り揃えているのがわかった。
 侍女が膳をもってマッカリのそばへやってきて、その目の前に置いた。
 ひとつの膳には、きらきらしい髪飾りや飾り紐、金糸の入った織物が並んでいる。
 もうひとつには、なにやらお菓子のようなものが載っていた。

「美波浮者どうかあ、助言を賜りたいのですう。浮者の国ではどのようなものが好まれましょうかあ? わたしは中央からおいでになる浮者にい、少しでも故郷にいるときのようにい、くつろいでほしいと考えているのでございますう」
「くつろぐ……?」

 この金ぴかを見てくつろげるだろうか……。
 それは人によると思うが、マハラジャでもない限り、なかなかそうならないと思う……。
 この人がずれているのか、それとも上流階級ではこれが当たの前なのか……?

「そうですね、それは好みによるので、わたしにはわかりかねます」
「そうですかあ? でもこの素晴らしい細工をご覧になってくださいい。マローの一番良い店で作らせましたあ。イスウエンでも流行っていると聞いていますう」
「確かにとてもいいもののようですね」
「美波浮者はいかがですかあ? マシンやムラークからの便りではあ、あまり派手なものはお好みではないと聞いておりますう。しかしい、いつまでも寺に身を置かれていてはあ、こうした織物や装飾品を楽しむ機会が少ないのではございませんかあ?」
「この国の流行に疎いのは承知ですが、今はそれよりも優先したい事柄がありますから」
「まああ、さすが尊き浮者の国からお見えになった御担い手様でございますわあ。その深いお心に、感服いたしましたあ。しかしこうした美しいものを身に着け、愛でる楽しさは、女にとってかけがえのない楽しみでもございましょう?」

 この人はわたしになにをさせたいんだろう。
 それよりも、マシンくんやムラークくんは、マッカリに手紙を送っているの?
 同じ町の出だから、守長に報告する義務でもあるんだろうか。
 そっちのほうが気になってしまって、話が耳に入ってこない。
 わたしはため息をついてしまった。

「マッカリ、美波浮者はお疲れのご様子。今日はこれにて」
「あらあ、それはいけませんわ。お疲れのときには甘いものを召し上がると気分がよくなると申しますう。少しばかりですがあ、お口汚しにと珍しい菓子などを準備してまいりましたあ。どうぞおひとつう」
「マッカリ、くどいわよ!」
「あ……、いいの、クラン。マッカリさん、ひとついただくわね。でも、今日はこれで終わりにしてもいいかしら?」
「はいい、御心のままにい」

 勧められた膳の中から、一つをつまんで口に入れた。
 あれ、なにこれ、チーズ?
 この世界に来てから初めて食べた乳製品だった。

「ありがとう、おいしかったわ」
「喜んでいただけて恐悦至極でございますう」
「では、失礼します」
「本日はあ、お目にかかれましたこと誠にありがとうございましたあ。どうぞ美波浮者にふさわしき安らぎとくつろぎが訪れますようにい、心よりお祈り申し上げますう」

 ふたりで部屋に戻った。
 わたしの部屋に入るなり、クランは眉を吊り上げた。

「んもうっ、なんなの、あのこれ見よがしの織物や装飾品は!」
「すごかったね、あれが特権階級の普通なの? だとしたら、わたしの作ったアクセサリーなんてかすんじゃうね」
「そんな! 美波の下さったものがなによりもの、一番の宝物です。あんなに素晴らしい物はこの世で一つです。あれ以上のものをこの国の誰も持っているはずがありません!」
「ありがとう、クラン。わたしも、他の誰がどんな高価な着物を着てどんな豪華なアクセサリーを身に着けていても、いつでも必ず、クランが一番だと思う」
 
 クランがわたしの肩にこてんと頭を乗せてきた。
 クランは本当にあのマッカリが苦手なんだね。
 よしよししてあげたいけど、姉でもないのにおこがましい?

「あの人は結局、一体なにしに来たの?」
「……マッカリはわたしから美波を奪いに来たんです」
「奪うって、どういうこと?」
「ああやって高価なものを見せびらかして、美波の心を引こうとしていたのです。品物を見たときにわかりました。中央からの浮者の好みを聞きに来たのではありません。わたしより仲良くなって、美波の心を奪おうとしていたのです」
「心を奪おうだなんて」
「いいえ、あいつはそういうやつなんです! そうやってわたしはなんども騙されました。友達だと思っていた人を奪われたこともあります。お金や立場を振りかざしたり、見えないところで取引したりするのが、あいつの得意技なんです」

 友達がいないって、そういうことだったの? 
 マッカリが貶めるようなことをしてきたために、クランは友達に心を開くということができなくなってしまったのだろうか。
 それが本当だとしたら、こんなにもマッカリを毛嫌いするのは理解できる。

「そんな簡単に心奪われたりしないよ。だいたい、わたしあの子と服の趣味が合わなそう」
「美波……、本当ですか?」
「うん。でも、あのチーズみたいなお菓子はおいしかったから、どうせなら全部もらっちゃえばよかった」
「……あれは、マクというお菓子です。牛の乳を煮詰めて固めたお菓子です」

 ああ、なるほど……、そういえば昔の日本でも蘇っていう乳製品があったよね。
 初めて食べたけど、それみたいなものかな?

「お寺でも冬に一度作りますよ。今年の冬、一緒に作りましょう!」
「へえ、楽しそう、やりたい!」

 乳製品をつくるということは、ハナムンのお寺では動物を食料にすることを禁止はしてはないんだね。
 これまでの食事は菜食ばかりだったけど。
 ……あれ、でもこの前はおかかが出てたよね。
 あれっ、お味噌汁のだしもたぶん、昆布だけじゃなく、かつおも使ってるよね?
 あちゃー、わたし見ているようで見てないなあ。
 集中力散漫していたら、なにを食べているのかわからない。
 食材と向き合って食事するって、本当に修行だなあ。

 その夜、旬さんに一日の出来事を話してくつろぐ。
 マッカリが、わたしにふさわしき安らぎとくつろぎが訪れますようにっていっていたけど、クランの憂慮から読み解けば、寺からこちらにいらっしゃいませんか? みたいな意味なんだろうか。

「まあ、そうだろうな。浮者がいないんだから、誰もが浮者を囲いたいんだろう。しかも、美波のような病弱な浮者なら、理由をつけて閉じ込めておけるしな」
「そんなのやだよ」
「俺だってそう思うけど、正直俺はキリ家で暮すのも悪くないと思う」
「どうして? わたしは贅沢な暮らしだけで心動かされたりしないよ」
「クランや、トラントランの人に恩があるからだろ」
「うん」
「でもな」

 旬さんがすっとわたしの頬に触れた。
 わからずに、その手にそっと手を重ねた。

「美波の頬が細くなると、不安になる」
「え……、わたしそんなに痩せたかな……」
「俺が最後に見た美波の頬は、鴨のコンフィをほおばってた」

 そういえば……、旬さんと離れ離れになったあの日、旬さんはすごく眺めのいいレストランを予約してくれた。
 食事もすごくおいしくて、おなかも心も一杯に満たされた。

「そういえば、どうしてあんないいお店を予約してくれたの?」
「夫婦になるその日の思い出になると思ったから。慣れないワインまで勉強していったのに」
「そうだったの? 注文とかすごくスムーズだったから、旬さん慣れているのかと思った……」
「年上ぶって、かっこつけてたに決まってるだろ」
「そうだったの……?」

 いつもスマートに振舞っていた旬さんが、そんなことをしていたなんて。
 一生懸命ワインの勉強をしている旬さん、想像しただけでも、胸にきゅんと来る。
 左手をぎゅっと抱きしめて、ベッドにごろんと転がった。

「旬さんは今もかわらない?」
「俺は、少し腹が出た」
「えーっ!」

 せっかく寝転がったのに、思わず起き上がってしまった。 

「トレーダーだからしょうがない」
「しょうがなくないよ!」
「そっちに行く前にはちゃんと痩せるよ」

 別に痩せなくてもいいけど、ちゃんと健康でいて欲しい。

「嫌いにならないで」

 空中に浮かんだ文字に思わず笑ってしまった。

「嫌いになりませんから、健康でいてください」
「はい」

 素直でよろしい。

 そのわずか三日後だった。
 
「えっ、なんでまたマッカリが!?」
「わかりません。また美波に会いたいといっているそうです。先日のお礼とか」
「お礼もなにも、わたしなにもしてないよ」
「会ってくれたお礼でしょう」
「それじゃあ、今回会ったら、またそのお礼に次回も来るの?」
「あいつのやりそうなことです」

 本当に、なにが目的なんだろう。
 クランはわたしをクランから奪おうとしているというけど、そんな簡単に寺からキリ家に移るつもりはない。
 わたしはクランを待たせて、旬さんに相談した。

「どう思う?」
「会えばいい。お菓子をもらっておけ」
「そんなこといっても……」
「俺は美波がもう少し太るなら、あの妙な触りの女が多少うろつこうが構わない」

 日本語がわかるクランは旬さんの字を見て肩を落とした。
 旬さんが会うなといってくれるのを期待していたのだろう。
 先日のお菓子は結局献上するといって置いていったので、僧侶たちで分けられた。
 確かにわたしももう一つマクを口にしたが、太るというほどの量ではない。
 だけど、なんかちょっと奇妙な感じ。
 太ったら太ったで、ヘンゼルとグレーテルみたい食べられちゃうんじゃないの?
 
「じゃあ、会うけど、クランに同席してもらう」
「マッカリにいえ。チョコとコロッケと生ハムが好きだって」
「そんなのこっちにないよ」
「わからないだろ」
「美波、チョコとコロッケと生ハムとはなんですか?」

 クランが文字を見ながらしげしげと、そして首をかしげている。

「わたしの好きなお菓子とおかず。こちらではまだ見たことないけど」
「そうですか……」

 わたしとクランは連れ立って客間に向かった。
 戸を開けると、驚いた。
 マシンくんとムラークくんもそこにいたからだ。

「面を上げなさい。今日は何の用でしょう? マシンくんとムラークくんまで、同席しているとは驚きました」
「美波浮者におかれましてはあ、本日もご機嫌麗しくう、再びお目にかかれてえ、恐悦至極でございますう。本日は先日のお礼に参りましたあ」
「礼に感じてもらうようなことはなにもなかったと思いますが……」
「短い時間でございましたがあ、大変親しくお話させていただいてえ、心から嬉しく思っておりましたあ。本日は先日お気に召していただけたマクをはじめ、クルミを使ったお菓子など、いろいろお持ちしました。どうぞお試しになってくださいませえ」

 なんだか強引にどんどん親しみの既成事実を積みあげられていく気がする。
 わたしはクランと目を合わせて、ため息をついた。
 二人の少年を見ると、マッカリの指示に従ってお菓子やお茶を準備しながらも、役目を断れなかったらしいなんともいえないものを醸していた。
 そういえば、クルミのことは誰に聞いたんだろう。
 少し前にキンセンくんに話しただけなのに。
 うーん……、こちらもマッカリに通じているのだろうか。
 こんなふうにほとぼりを埋められていくのかなあ。
 クランのいっていたことがにわかに真実味を帯びて感じられてくる。

 マッカリはお菓子の説明をいろいろとしている。
 わたしは聞くふりだけしていたけど、だめだ。
 マシンくんやムラークくんたちのことが気になって耳に入ってこない。
 ここで修行している身であっても、結局は守長一族には逆らえないってことだろうか。
 寺内の情報を流出させてしまうのは、当たり前のことなのか。
 キンセンくんはムネ町出身ではないけど、だとしたら、どんな流れでわたしの好みが知れたのだろう。
 まさか、触りの鑑定料ほしさに、情報を売ったとか?
 やだなあ、考え出したら、もやもやが止まらない。
 そう思ったら、口が勝手に滑り出していた。
 
「マッカリさん、あなたとは距離を置きたい。もしあなたが本当にわたしと親しくなりたいのなら、本当のあなたを見せて。あなたといると、なんだかかすむの。わたしはこの国の習慣や建前がまだよくわからない。だから、こういう言い方で気に障ったらごめんなさい。比べるつもりはないけど、少なくともクランはわたしに素を見せてくれる。だからわたしも素でいられるの。あなたとはどうやって付きあったらいいのかわからない」

 マッカリがぽかんと口を開けて固まっている。
 ……はあ、いってしまった……。
 大人の対応として、もう少し様子見るほうがよかったのかも。
 でも、わたしはあんまりこういうことを胸にためておくのが得意じゃない。
 これ以上ここにいても、なにもならないのははっきりしている。
 立ち上がって部屋を後にした。
 クランが気づかわし気に追ってきた。

「美波、あの……」
「ごめん、クラン。これでなにかお寺が悪くいわれるようなことになったら」
「そんなことはいいんです。わたしはなんだか胸がすっとしました。マッカリ相手に、いつもなんといっていいのかわからないもやもやがずっとあって、なんだかそれを美波が代弁してくれたようでした! やっぱり、美波は年上ですね!」
「え……、ああ……」

 急にクランに年上認定されたので、すこし戸惑った。
 クランがにこにこと笑顔を向けてくる。
 クランは頑固で気が強いから、真っ直ぐすぎて少し処世に欠けるのかもしれない。
 今までよっぽどマッカリの対処に手をこまねいていたんだろうな……。
 わたしだって別に確証があっていっている訳じゃない。
 ただ、印象の好き嫌いの問題だ。
 わたしはあんまり友達付き合いが上手な方じゃない。
 仕事上必然ならば付き合うけれど、一緒にいてもやもやする人とプライベートでまで同じ時間を過ごしたいとは思わない。
 彼女があのままなら、わたしは彼女と二度と心を通わすことはないと思う。

 部屋に戻る途中で、炊房に向かう小坊主さんたちと檀家の奥さんたちを見かけた。
 なにやら、いつもよりわいわいとした雰囲気だ。
 のぞいてみると、どうやら餅つきが始まるらしい。

「クラン、今日なにかあるの?」
「さあ、聞いていませんが……」

 人だかりの山からぴょこ飛び出した頭はキンセンくんだった。
 頬を弾ませてやってくると、手にはなにかのたれのようなものが入った器を持っていた。

「美波浮者、これからクルミ餅をつくるんです! クルミ餅はお召し上がりになったことはございますか?」
「ううん、食べたことない」
「つきたてのお餅のクルミ餅は本当にすごく美味しいですよ!」
「ねえ、キンセンくん、わたしがクルミが好きって、誰かに話した?」
「話しました!」

 思いもよらず元気な返事に、わたしは目を見張った。

「同室の仲間に話したら、それじゃあ美波浮者にクルミ餅をつくって差し上げようという話になったのです。そうしたら、クンとレンシャーがクルミに味噌を混ぜるというのです。僕とトンシャーはそれでびっくりしてしまって。見て下さい、僕らの故郷では、水あめでのばして塩で味を調えます。こっちのほうがおいしいに決まってます」
「クルミ餅といったら味噌味に決まってるだろ! キンセンとトンシャーのたれは邪道だ!」
「そっちこそ邪道だよ!」

 子どもたちの間で餅のたれについての応酬が始まった。
 檀家の皆さんも、出身によって味がわかれるらしく、たれの味付けについて話をしている。
 年上の僧侶たちが餅つきを始める中、こどもたちは自分たちが作ったらしいいくつかのたれの入った器を大事そうに持っている。
 マキリの器の中には緑色の粒が混じっている。

「僕の家では山椒を入れるんです。美波浮者、おいしそうでしょう? 僕のを一番に味見してください!」
「僕のもだ! うちの味が一番です。僕のを食べてください」
「こっちだって! 僕らのが本当にクルミ餅にきまってる!」

 あれよという間に餅がつきあがり、小さくちぎられてそれぞれのたれの中に移されていく。
 それぞれの味が小皿に盛り付けられ、わたしとクランの前に、三つの皿が並んだ。

「どうぞお召し上がりを!」
「僕のから先に食べてください」
「順番だぞ!」

 子どもたちの弾むような勢いに、気分も晴れてくる。
 もはやマッカリに情報を流した者がいてもいなくても、どちらでもいいような気がしてきた。
 わたしがもらした些細な言葉を拾って、クルミ餅を食べさせてあげようと動いてくれた小坊主さんたち。
 それに賛同して、餅米を炊いてくれた檀家さんたち、お餅つきをしてくれた僧侶のみなさん。
 みんなが楽しみながら、餅を分け合っている姿。
 わたしは手を合わせた。

「高き恵みわが身にいただきます」

 お皿には、クンくんたちの味噌とクルミのたれ、キンセンくんたちの水あめでのばした白っぽいたれ、マキリくんの山椒の入ったたれの三つがある。一番味わったことがなさそうな、白いたれのお餅を口にした。
 
 んっ……おいしい……!
 よく摺ってのばされたクルミのまろやかな味わいと、やわらかいお餅が口の中でとろける。
 初めて食べたけど、クルミ餅ってこんなにおいしいの?

「これ、すっごくおいしい!」
「次、僕らのを食べてみて下さい!」

 味噌とクルミと砂糖をよく合わせたたれ。こちらはクルミの香ばしさが味噌と合って、またおいしい。

「これも、すごくいい味だね」
「山椒入りもどうぞ!」

 味噌とクルミのたれに、細かく刻まれた山椒の実が入っている。山椒の葉をあしらっているところが憎い。

「すごくいい香り。味もピリッとしてさわやかで、いくらでも食べれちゃいそう」
「どれが一番お好きでしたか?」
「どれも初めて食べたけど、一番を決められないくらい美味しいよ。ハナムンに来てから今日が一番の御馳走だよ」

 食べるって本当にすごい力をくれるんだね。
 単に美味しいっていうことだけじゃなくて、誰とどんなふうに食べるかってこと。
 こんなふうにみんなで和気あいあいとして食べる事自体が、ハナムンに来てからは初めてだ。
 なんだか、すごく楽しくて、心も体も満たされる感じ。

「でも、あえていうなら一番はどれですか?」
「うーん、もう一つ食べたいのは? ってきかれたら、白いのかな。でも、けっこう重いから。もう一つ入りそうなのは? って聞かれたら山椒かな」
「じゃあ、わたしの山椒をあげます」
「クランの分がなくなっちゃうじゃん」
「美波を太らせないと、旬浮者に顔向けできません」

 そういうので、クランの分も頂いたら、おなかがはちきれそうになった。
 今日は夕飯はいらないかも……。
 見ていたら、キンセンくんのお餅の分け方は本当に上手で、檀家さんたちも感心するくらいだった。
 後片付けはレンシューくんがてきぱきとこなし、見ていても本当に気持ちがいい。
 他の子どもたちは、コルグさんや師父たち、他の僧侶たちに餅を配りに方々へ散ってった。
 それと入れ替わるように、マシンくんとムラークくんがお膳を片付けに戻ってきた。

「あの、美波浮者……。僕たち、マッカリ・キリ様にいわれてお茶のお手伝いを……」
「郷里の守長一族の頼みでは、断われなかったんでしょう。それはそれとしても、美波浮者に今までさんざんお目をかけて頂いているのに、間者のような真似をして恥ずかしいと思わないのですか?」

 クランのきつい物言いに、マシンくんもムラークくんも言葉を返せない。
 確かに、スパイの真似事のようなことをされるのは、わたしも気持ちいいことではない。
 でも、二人の立場では、それも仕方のないことに思えるし、どちらか一方と手を切るなんてことも無理だろう。
 そうでなくとも、マシンくんとムラークくんは他の子たちに比べて裕福な家の子たちだ。
 実家との兼ね合いみたいなものもきっとあるんだと思う。
 自分ではどうしようもないことを、きつく追い詰められてはかわいそうだ。

「言い訳があるならおっしゃい!」
「ぼ、僕たち、なにも話してないんです。でも、実家に送った手紙の内容や、鑑定のお礼品に飾り紐を選んだことを、なぜかみんな知っていたんです。美波浮者がクラン様に贈った首飾りと耳飾りのことも知っていました……」
「なんですって?」
「僕たちもいろいろ聞かれましたが、浮者のことはコルグ流者に一任されていることですからお話することはありませんといいました。僕もマシンも、ユーファオへの樹に誓って義に背くような真似はしていません……」

 萎縮しながらも、まっすぐと見つめ返すふたりの様子に、わたしとクランは顔を見あわせた。

「だとしたら、一体誰が?」
 
 クランの顔が険しくなった。
 マシンくんとムラークくんの表情にも陰りが見える。
 こうなると、犯人探しをしても仕方がない。
 理由はわからない、方法もわからないけど、こちらの情報はある程度筒抜けだとわかったうえで、行動するしかない。
 マッカリやキリ一族の狙いがわからず、気持ちが悪いけど、それで周りを疑って過ごすのはもっと気持ち悪い。

「それより、ふたりともクルミ餅まだ食べてないでしょ? 今日初めて食べたけど、すっごく美味しかった。お餅が固くならないうちに食べておいでよ」
「あ……、は、はい」
「白いやつかな、味噌のやつかなあ……」

 ムラークくんの緩んだ顔を見ると、君もクルミ餅が好きなんだね。
 一方のマシンくんはすこしがっかりしたようにも見える。

「あのとろっとしたやつだったら、ムラークにあげるよ。僕あれ好きじゃないから」
「白いたれのこと? おいしかったよ?」
「僕の家では、砂糖を使って少しシャリシャリした状態で食べるんです。だからとろっとしてるのはちょっと苦手で」
「へえー、一言にクルミ餅っていっても、食べ方がいろいろなんだね」

 面白いから印帳に書いておこう。
 クランがわたしの手元をのぞく。

「美波浮者、そんなの書いてどうするんですか?」
「別にどうもしないけど、なんか面白いなと思って。そのうち、みんなの食べ方を聞いたら、クルミ餅分布図が作れるかも」
「そんな分布図をどうするんですか?」
「別にどうもしないけど……」

 あれ、そんなになにかの目的がないとダメ?
 なんとなく、そういうのっておもしろいと思うだけなんだけど。
 印帳を開くと、また頭に赤いピンのイメージが降ってきた。
 あれ……、なんか、今、なにかひらめきかけたような……。
 でも、思い出せない。
 なんだったんだろう……。

 その晩、旬さんにマッカリのことを話したら、おそらくといいながらも仮説が立った。

「マッカリという女の流術だと思う。それも、対象者になにか働きかけるような。心を読むとかのな」
「心を読むって、そんな不思議なことが出来るの?」
「俺たちに起こっていることの方が不思議だと思うぞ」
「それはそうだけど」
「俺たちが知っている流術は、文字を書くと、なにかの術が発動するという記帳式だ。基本的にはマヌーケルエンの光が見える。でも、マッカリからは光の文字が見えなかった。字を隠すようななにかをしているんじゃないか? あるいはそういう道具があるか」
「珍しい道具のようなものは持っていなかったと思うけど……」
「持っていても不自然のない物、それこそ着物とか装飾品かもしれないな」
「しかも、あんなに近くにいたマシンくんたちにも気づかれない物ってことだよね」
「あの女の触りは何層にもなっている。しかも、層ごとに少しずつ触りが違っている。これまで見てきた中ではかなり特殊な術者だな」
「クランがいうには、幼いころから触りを結婚の相手に会わせる訓練をしているんだって」
「それが本当だとすれば、天才的に器用なのか、素様しい努力家だな」
「触りの訓練ってそれくらい難しいってこと?」
「正直、俺にはどうやったらああなるのか全く見当もつかない。教えてほしいくらいだ」

 何層にもなっている、流の触り。
 着物を何枚も重ね着しているような感じなのかな……。
 目に見えないから、想像するしかないけど、平安時代の十二単くらいしかイメージに出でこない。
 わたしって発想が貧困だな……。

「旬さんがそこまでいうなら、きっとすごい力の持ち主なんだね」
「いや、豊富な流にしては、力の作用が弱いな。たぶん、触りの変化や層の維持にかなりの労力が必要なんだろう。不思議なのは、全く音がしないことだ」
「音がしない?」
「この前、流の触りだけでなく、音でも相手の状態がわかるっていっただろう。おれが予想するに、マッカリは相手に自分を気取らせないために何十も流の層をかさねて、音を立てないようにじっと身を凝らしている。もしかしたら、マッカリも俺と同じように流の音が聞こえているのかもしれない」
「だとしたらすごいことだね」
「いい婚縁を掴むためだけに磨かれた技術というのには、高度すぎる気もするが、それだけ価値のある相手になら使う意義は大いにありそうだ」
「相手の心を読んで、相手に合わせるってこと? なんだかすごく大変そう。それで本人が幸せになれるならいいけど……」
「幸せになるためというより、利権を掴むためじゃないか? それより、マヌーケルエンがなぜ見えないかを探ってくれ。それが上流階級で普通なら、表だけを見て全て鵜呑みにできない。それなりの処世術が必要だ」
「でも、距離を置きたいっていっちゃった」
「そうだったな」
「それに、もし心が読めるなら、こっちが探ろうとしていることもばれちゃうんじゃないの?」
「確かにな。そんな術を持っていたら普通は隠すだろうしな」
「コルグさんかグアンさんに相談してみようか」
「いいけど、やぶへびだったらどうする」
「やぶへび? どういう意味?」
「コルグさんたちがすでに、その術を会得している可能性だってなくない。俺たちは既にいいように囲われているのかも」
「そんなことないよ!」
「なんで言い切れるんだ」
「なんでって……、それは今までのことからして」
「今まではマッカリの様に明らかさまにすり寄ってくるやつがいなかったからそう思うだけじゃないのか?」
「それは……。旬さんこそ、なんでそんなに悪い方にばかり考えるの?」
「美波が心配だからに決まってるだろ」

 旬さん……。
 不意打ちのキュンはだめだよ。
 真剣な話していたのに、顔がにやけてしまった。
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