【完】左手だけの婚約者~Hanamun Life~一緒にワープした婚約者は、左手だけなのに最強です!?

国府知里

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25、ビアンの手 

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「旬さん……」
「だからまてっていったのに。フのぶっしつかはできても、フリューのかよっていないものに、ちからをこめたり、なおしたりすることはできないぞ」

 ああっ、そうだよ……!
 旬さんが説明してくれる前に、わたしがボタン押しちゃったから……。
 ビアンさんを治しに来たくせに、今度はビアンさんの実家を壊すとか、わたしたち印象最悪すぎる!
 立ち尽くしていたら、ローワンさんにポンと肩をたたかれた。

「ビアンを看てやってくれますか」
「は、はい……」

 恐る恐るビアンさんとご家族の前に進み出た。 
 怒られるのを覚悟で、これまでの経緯と今日こんな惨状を引き起こしてしまった成り行きを伝えて、頭を下げた。

「い、いろいろと、お怒りかとおもいますが、ま、まずはビアンさんの怪我を診せていただいてもいいでしょうか? 家のことは、その、ちゃんと補修できるように、準備をしますので……」
 
 もう一度頭を下げ、そっと目線を上げた。
 じっとこちらをむっつの目が見ている。
 多分、ビアンさんとそのご両親だ。

「なんだこれっ!」
「うげっ、家が壊れてる!」

 振り向くと、二十代中ごろの青年とひとりと、十五から五歳くらいの男の子たちが四人が、農具や野菜籠を手に立っていた。
 あまり質のいい着物は着ておらず、顔立ちや状況からしてビアンさんの弟たちのようだった。

 こ、子どもたちがこんなに……!
 いないときでよかったよ~っ!
 室内にいたら、この子たちがエレベーターにつぶされてたかもしれない……。
 
 男の子たちががれきとなった家のあちこちを見てまわっている。
 ビアンさんの家族って、こんな大家族だったんだ。
 内装や家財を見ても、寺よりも質素、というよりは粗末なものしかない。
 もしかしたら、長男が働けなくなった上に、治療費が掛かっているのだから、生活が大変なのかも知れない。

 十五歳くらいのやんちゃそうな子が大きな声を上げた。

「トラントランの坊さん? 兄貴のお見舞いに来たのか? つーか、なんで、家がぶっこわれてんの?」
「バズ、黙ってろ」
「あの姉ちゃん、だれ?」
「ケイシも、黙ってろって!」

 二番目の兄らしい青年は状況を察して、弟たちをたしなめる。
 ビアンさんはいっていた。
 実家では期待と誉を一心に背負っているって。
 ビアンさんはこの子たちにとって、きっと頼りになって尊敬されるお兄さんだったんだ。
 そのお兄さんが突然こんな姿で家に帰ってきて、彼らはどれだけショックだっただろう。

「ごめんなさ……」

 いうまえに涙がこぼれて止まらなくなってしまった。

「もしかして、兄貴のおんなぁ!? 僧侶のくせにやるじゃん!」

 ……ち、違う……。
 でも否定するにも、わたしの声が届かないくらい、こどもたちが騒ぎだしてしまった。

「えーっ! ビアンにいちゃん、けっこんするのー?」
「でも、あんま金持ってなさそーだなぁ。どーせなら、もっと使う金があり余ってる未亡人とか捕まえて来いよな!」
「みぼーじんて、なにー?」
「未亡人てのはなあ、金持ちの旦那を早くに亡くした妻のことで、まあ、つまり簡単にいうと金づるだよな! 兄貴!」

 ……あれ……、なんか、思ってたのと違う……。
 止まらないはずの涙が引っ込んだ。
 ビアンさんが呆れたように、というか、あきらめたように首を振った。

「なあ、兄貴ー?」
「お前ら、いい加減にしろー、ちょっとは静かにしろよ」
「いつけっこんするのー?」
「いいから、黙れって。黙らないなら畑に行ってろ!」
「ばかいってら! 今帰ってきたとこじゃねーか。つーか、家はどーなってんだよー」

 ビアンさんが肩をすくめてこちらを見た。

「美波浮者、すみません、我が家は今こんな状態でして、とてもお迎えできるような状況じゃないんですが、とりあえず、おかけになってください。その、壊れてない椅子にでも。こら、ケイシ、鼻ほじってないで、そこの椅子を起こして差し上げろ!」
「えー、こいつが、浮者なのか? 全然浮の気配感じねぇぞ」
「バズ、お前は畑に行って草刈りでもしてろ! すみません、美波浮者、お気を悪くなさらないでください。下の者に教育が行き届かなくて」
「うわーっ、僕だってよ! きもちわりぃ!」
「うへーっ」

 ビアンさんがいよいよ、手のない腕を額に当てた。
 ローワンさんが突然大きく咳払いをした。
 柳の目でぎろっと一瞥すると、少年たちは一斉に肩をすくめて口を閉じた。

「美波浮者、どうぞ」
「え……ええと……」

 わたしは手元の旬さんを見下ろした。
 その視線に釣られて、こどもたちがようやく旬さんに気がついた。

「げっ、なにあれっ!」
「黙ってろって!」

 三男の口に手を当てる二男を横目に、わたしはビアンさんの前に進み出た。
 ビアンさんの先のない手足には、まだ包帯が巻かれており、薬草や軟膏のにおいがした。
 以前より頬がこけ、ひとまわり小さくなった様にも見える。
 それでも、目は力を失ってはいなかった。
 こんな状態なのに、すごい精神力だ。

「ビアンさん、わたしたちのせいで、こんなひどい目に合わせてしまって、本当にごめんなさい」
「いいえ。浮者の行いは、この世の大いなる意志と同じこと。この事実を受け入れています。コルグ様から美波浮者の警護と案内を任されたにもかかわらず、あなたを悪意ある手から守れなかったのは、わたしの未熟さゆえです」
「もともとは、わたしたちが見世物芸人を見たいっていったからで……」
「それより、美波浮者こそ、すっかり回復されたご様子、元気な姿が見られてうれしく存じます」
「はい、トラントランのみんなのお陰です。……あの、旬さんが体を治せるかもしれないといっています」
「恐れ多いことでございます」
「流は取り戻せないかもしれないけど、失った体はもう一度取り戻せると思う、そういっています」
「いったんは、浮によって失った我が身。もう一度、浮によってご恩恵をいただいてもよろしいのでしょうか?」
「だめといわれても、困ります。わたしたち、そのつもりで来たんです。その、い、家まで壊してしまうつもりはなかったんですけど……」
「では、御心に従います」

 わたしは旬さんに目を落とし、そっと握った。

「旬さん、お願い」

 旬さんはわたしの手からよじ登るようにしてビアンさんの腕に乗った。 

「うわっ、左手が動いてる……むぐっ!」

 子どもたちが怖いもの見たさみたいな興味津々の目で見つめていた。
 わたしには、ユーファオーの樹のときのように、ただ触れているだけに見えた。
 しばらくすると、巻かれた包帯からあふれるように肉が盛り上がってきた。
 見る見るうちに、包帯を突き破り、まるで木が空に枝を伸ばすかのように、ぐんぐんと伸びていく。
 エレベーターのときもすごいと思ったけれど、肉体の再生は本当に神の御業みたいだった。

「おおお……」

 そこにいた面々から感嘆が漏れる。
 失われた手足は、まるで嘘だったかのように、すっかりそこに戻っていた。
 治癒の術を終えた旬さんがわたしの手に戻ってきた。

「どうだ? なおってるか?」
「えっと……、ビアンさん、どうですか?」
「お、驚きました……。浮の術は、流をはるかに上回るとは聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした……」
「動きそうですか?」
「そうですね……、まだ少し自分の手足じゃないような……。それに、やはり少々形も以前とは違いますね」
「えっ、そうなんですか?」

 ビアンさんの手を並べて見せてもらった。
 わたしにはすぐわかった。
 これは、旬さんの手だ。
 薬指が長い。

「旬さん! これ、ビアンさんの手じゃないよ!」
「むりいうなよ、おれはビアンのてをみたことないんだ。じぶんのてを、さんこうにするしかないだろ」 
「そ、そうだけど……。でもちょっと、待って! ビアンさん、自分の手とどこが違います? 指の長さとか、間接とか、爪とか、しわとか」
「ええと……、そうですね……」

 ビアンさんが指摘することを、わたしは一から旬さんに治してもらった。

「ビアンさん、他にはないですか? あとは……、そうだ、指紋!」
「みなみ、それはさすがにむりがある」
「でも、でも、すくなくとも、お父さんとお母さんの遺伝子を継いでいるんだから、それに近づける必要があると思う!」
「むちゃいうなよ」
「ビアンさんのお父さん、お母さん、すみませんけど、指紋見せてくださいっ!」

 わたしはお父さんとお母さん、さらには兄弟たち全員の指紋を見比べて、それらしいと見受けられる情報を旬さんに伝えた。

「旬さん、だから、小指はみんな山みたいな感じなんだってば! さっき自分でネットで見て弓状紋だっていってたじゃん」
「わかった、わかった」
「薬指は外側に向かって流れてて、人差し指はもうちょっと、あと一ミリくらい真ん中なの」
「こうか?」
「違うよ、そっち内側!」

 はじめは面白そうに協力してくれていた子供たちが、ついに飽きて手を見せてもくれなくなってしまった。

「もーいーじゃん、そんなとこ誰も気にしねーよ」
「美波浮者、僕ももう十分です。もうすっかり自分の手と変わらない気がします」
「本当にこれで大丈夫ですか? あっ、待って、まだ手相が!」
「もーいーよ、この姉ちゃん細かすぎっ!」

 手相もビアンさんが覚えている限りで元の形に近づけると、いよいよわたし以外の誰もがもう手の細かなことになにも答えてくれなくなってしまった。

「美波浮者、旬浮者、本当にここまでしていただいてありがとうございます」
「ほんとうにこれで大丈夫ですか? ほんとに、これ、ビアンさんの手ですか?」
 
 ビアンさんは少し間をおいて、はいと答えた。
 う……。
 そうだよ、考えてみたら、簡単に、はいといえるわけがない。
 失ったものは完璧には戻らないんだから。
 でも、あとどうしたら、ビアンさんの本当の手に近づけるんだろう……。

「どけよ! 」

 唐突に三男のバズくんがわたしを押しのけて、ビアンさんの手を取った。

「あー、これこれ! 兄貴の手だ、間違いない」

 すると、四男ケイシくんと五男ノイくんが、それに習うようにして次々とビアンさんの手を取った。

「兄ちゃんの手、間違いない!」
「うん、兄ちゃんの手だ」

 六番目のオランくんは、母親のクナンさんと一緒にビアンさんの手に触れた。

「にいちゃんだ!」
「ビアンの手に、間違いないね」

 ビアンさんの父親マリクさんも、ビアンさんの両手に手を重ね、二男のミンシューくんも同じように触れた。

「ああ、息子の手だ」
「兄貴の手に間違いない」

 その様子を見つめながら、目の前がぼやけていく。
 ビアンさんの表情にあったためらいのようなものが、笑顔とともに消えていった気がした。
 うう……、よかった……。
 
 ノイくんが指を差した。

「ねー、足はやらないのー?」
「あっ、そうだったね!」
「その前によー、家を直してくれよー!」
「そっ、それもだね……!」
 
 足のほうが楽だったのは、当然、もう片方の足があったからだ。
 子どもたちがまるでゲームかの様に、もっと太いだの毛が濃いだの、指紋の形がどうだの足が臭いだのと、上手に調整してくれた。
 
 瓦礫の片づけは、ローワンさんとカーツさんが進んでやってくれた。こまごましたものの片づけや掃除はミックさんや近所の人も手伝ってくれた。そして、近所の男性たちが材料や道具を持ち寄ってきてくれた、間に合わせの壁と屋根が張られた。
 
 結局わたしにできることといえば、みんなが作業している間、クナンさんの手伝いで玉ねぎを切るだけだ。

「姉ちゃん、ほんと役に立たねーなー。結局家直したのも近所のおっちゃんたちだし、兄貴の治したのもその左手だしよ」
「う……」
「これ、バズ! 浮者になんて口きくんだい! 
「だってよー、さっきからずっと泣いてるだけだぜー?」

 そ、それは玉ねぎのせい……!
 でも、なにもできない自分については、なんら弁明のしようもない。
 ローワンさんが、マリクさんに書面を渡していた。

「修繕にかかった費用と、家財の保証金、近所の皆さんへの御礼金など、金額が定まりましたら、トラントランへお知らせください。責任をもってお支払いします」
「助かります。まあ、どうぜぼろ屋なので、大したもんじゃありませんが」

 ああいう話も、本当ならわたしも立ち会っていなきゃいけなかったのかもしれない。
 こんなところでたまねぎに泣かされていないで。

 カーツさんは工房仕込みの腕前で、壊れたいすや、テーブルのぐらつきを直している。
 ミックさんはいつのまにか近所の人と仲良くなっていて、去年つくりすぎて余っちゃったのよう、という塩漬け野菜? 漬物?などをもらっている。
 順応性に加えてコミュニケーション能力が高すぎる。
 これじゃわたし、役立たずといわれても仕方ないよね……。

 裾がくいっと引かれたので、みるとノイくんとオランくんだった。
 これは、わたしにも子守りとして役に立つチャンスかも。
 わたしは、にっこり微笑んで見せた。

「なーに?」
「おねぇちゃん、左手見してー?」
「うごくひだりてと、あそびたい」

 この期に及んでも、わたしは用をなさないらしい……。
 子守りを、左手しかない相手に奪われるとは、想像できただろうか。
 旬さんに、遊んでほしいといっていると伝えると、ちょっと戸惑いながらも承知してくれた。

「あそぶってなにすりゃいいんだ」
「さあ……」

 子どもたちに、いいよっていってるよ、と伝えるや否や、ノイくんが旬さんの指を鷲掴みした。
 なにをするのかと思ったら、乱暴にこねくり回し、オランくんと奪い合ったり、ときには投げ合ったりする。
 わあああっ、男の子って、みんなこうなの?

「わ、わわ! ら、乱暴はやめて、ね?」
「なんで左手だけで生きてんのー?」
「俺にも見せて!」

 今度はバズくんとケイシくんがやって来て、年下の弟たちから旬さんを奪った。

「わー、すげーなー」
「ケイシ、鼻くそつけんな」
「兄ちゃんこそ便所いって手洗ってねーだろ」

 ひいいっ……!
 やめて、わたしの旬さんを返して……!! 
 わたしの旬さんを汚さないで……!

「み、みんな、旬さんをそろそろ解放してくれないかな……」
「それより、姉ちゃん、でかい箱に乗って来たんだって? 俺たちにも乗らしてよ」
「それは、旬さんの力だから……」
「えーっ、じゃあ、マジでなにしに来たんだよー? つかえねーなー。ここじゃ働かねえやつに食わせる飯はないぜ」
「……そ、そうだよね……」
「しょーがねーなー、畑に行ってえんどう豆でもむしって来いよ。みんなが食う分、この籠いっぱいくらいでいいからさ」
「う、うん、わかった……。でも、旬さんを返してもらっていい?」
「ひとりで豆取りもできないのかー……?」

 そういわれたけれど、旬さんは返してもらった。
 このまま君たちに任せていたら、旬さんが壊れちゃうよう……!
 
「たすかった」
「旬さん、ご苦労様……」
 
 家を出ようとすると、ビアンさんがオランくんと一緒にまだ慣れない足で、ひょこひょことしながら追ってきた。

「畑はあちらです。うちの悪たれどもがすみません」
「い、いえ……。六人の男兄弟ってすごいですね……。僧侶としてのビアンさんからは、まったく想像できなかったです」
「貧しい農家なんてこんなもんですよ」
「家のことでは余計な出費とお手間をかけさせてしまって本当にすみませんでした。ローワンさんがいっていた通り、ちゃんとかかった分請求してください。あ、でも、そういえば、中央から見舞金が出たって聞きましたけど、建て直すならそれを踏まえても損がないように、ちゃんと必要な分を請求してください。マローでの御礼金がかなりあるはずですから、ちゃんとお支払いできると思います」
「そのことなんですが」

 家から離れたところにある畑を前にして、ビアンさんの足が止まった。

「触りの鑑定をお願いできませんか? お友達価格で」
「え? ビアンさんのですか?」
「いえ、このオランを見てほしいんです」
「オランくん」
「オランはまだ幼いですが、僕より流が多いことはわかっています。今から自分の流の触りを知っておけば、オランの将来は必ず開けるはずです。中央からの見舞金は手を付けていません。足りなければ、家の修繕費も請求しません。ですから、オランを見てもらえませんか?」

 浮の鑑定をしたかったのは、自分じゃなくてオランくんのためだったんだ。
 そんなの断わるわけないよ……!
 声をかけると、旬さんはすぐにわたしの手に字をつづった。
 
「オランくんとビアンさんの触りは、とても似てるそうです。オランくんがビアンさんの手足に流を送れば、ビアンさんの手足はもっとスムーズに動くようになるかもしれない、そういっています。半透明の、プラっぽい液状タイプ。軟膏みたいなイメージで浮を送れば、治癒力が増すかもしれない。あと接着剤のイメージもいい。折れた骨をくっつけるときなんかは、いいかもしれない。だそうです」
「オランは治癒流術に向くのですね……!」
「そのようですね。あ、接着剤といっても、プラ……えーとなんていえばいいかな、ごく軽い感じなので、べたーっという膠とか糊みたいな感じじゃなくて、瞬間接着剤みたいな感じ……。あ、瞬間接着剤がこの世界にないよね……、えっと、うーんと……なんていえばいいかなあ。しゃばしゃばの液体よりかはジェルというか、水っぽいんだけど、やわらかめで伸びのある固体で、指と指にくっつくと、一瞬でくっついちゃうっていう感じなんですけど……」
「はなくそ」
「えっ?」

 オランくんがにまっと笑っていた。

「ケイシにいちゃんの、はなくそ」

 ビアンさんは前のめりになって大笑い。
 オランくんもきゃははと笑う。
 ま、まあ、感性は人それぞれですね……。
 わたしは苦笑いを浮かべた。

 食事を終えた後、わたしたちはエレベーターで帰ることにした。

「この手足に慣れてきたら戻りますので、寺の皆さんにもよろしく伝えてください」
「ああ、ビアン、待ってるぞ」
「ビアン、お前の仕事が全部俺に回ってくる。早く戻って来い」
「悪いな、カーツ。恩に着るよ。それから、美波浮者」
「あ、はい」
「クラン様の装飾品、とてもいいと思いますよ。貝殻より木の方がトラントランらしいですし、繊細な線が女性らしくてクラン様に似合うと思います」
「ビアンさんにそういってもらえるて、安心しました。もう少しで完成しますから、早く仕上がりを見に帰ってきてくださいね」
「はい、必ず」

 母親と父親の間にいたノイくんが、両親を交互に見上げた。

「おねーちゃん、なんでかえるの? けっこんするんじゃないのー?」   
「げっ、ノイ、よけーなこというなよ! いらねぇだろ、あんな嫁。なんもできねーくせに、やたら細けーことにこだわるしよ」
「こら、バズ! お前は、もう! 流されちまっても知らないよ!」
「母ちゃんもばかだなあ。すげーのは左手だぜ、なんも怖くねーよ。つーか、置いてってくれるなら、嫁より左手を置いていってくれよ」

 ごつっと鈍い音がして、バズくんのあたまにお父さんのげんこつが落ちた。
 
「いってーなー! おやじもいつも、いってんじゃんかよ!」
「ああ? おれがなにをいった」
「あの姉ちゃん腰を見ろよ! あんな細っせー腰じゃ、母ちゃんみたいにポンポン子ども産めないぜ?」
「ばっ……、そういうことをここでいうんじゃない!」

 みんなの視線がわたしにというより、わたしの腰に集まった。
 ……よけ―なお世話です!
 てゆーか、なんなのあの子。
 言いたい放題なんだけど。 
 子どもだと思ってやさしい顔してきたけど、いい加減はムカついてくるんだけど……。
 
「あいにく、わたしは心を決めた人がいますから、こちらにお嫁に来ることはありませんので、ご安心を!」
「へーっ? 物好きがいるんだな」

 ……んんん……、なんなのあの子……!
 そのとき旬さんの手が、わたしの甲をなぞった。

「よくわからないが、やなこといわれてないか? あのガキに。ひねっとくか?」
「……」

 よっぽど、うんといいたかったけど、わたしは大人。
 我慢しなきゃ。

「……ううん、そろそろ帰ろうかな。早く帰ってクランを安心させたいな」
「す、すみません、美波浮者、よく言い聞かせますので……」
「ううん、大丈夫、ビアンさん。バドくんとはお友達になれなくて残念だけど、これも仕方ないね」
「うっ……、そ、それは、その……。か、鑑定の料金のことでしょうか……?」
「いえ、そういうつもりではないです! というか、さっきいいそびれちゃったけど、お礼はいらないですから。もらっても、お寺に寄進するだけですし。わたしとビアンさんはもう知り合い以上というか、もうお友達ですよね? それなら水臭いものはいらないです」
「美波浮者、ありがとうございます……! 」

 ビアンさんやご両親がほっとしたように顔を明るくした。
 そのとたん、バド君が高らかに言った。

「えっ、なに、姉ちゃん太っ腹じゃん! 金に困ってねーなら、まあいいか! 好みじゃねーけど、俺が姉ちゃんでがまんしてやるよ!」

 旬さん……ひねってやって!
 寒天飴も顔負け位にひねってねじって、ねじりきってやって!
 心の中の叫びと裏腹に、わたしは能面のような笑みを張り付けた。
 
「ではみなさん、ごきげんよう」

 大人たちの凍った空気を知らない少年だけが、あっ無視しやがった、と憤怒していた。
 エレベーターに入ったわたしたちは、誰もなにも口を利かなかった。
 たぶん、一緒に乗ってた三人は、そうとう背筋の寒い五分間だったと思う。
 わたしにとっては、ヒートアップした頭を冷やすいい時間だったけど。

 エレベーターは出発地点ではなく、農夫の自宅付近に降り立った。
 今度は誰かの家や家財を押しつぶすことなく、着陸できた。
 それでも、旬さんには触りのみをランドマークらした見えない離陸着陸はかなり難しいということがわかった。
 ガラス張りや距離カウンターの提案をすると、旬さんは考えてみる、と応えてしばらく思案に入った。

 預かってもらっていた馬に乗り、寺に戻ったのはまだ午後三時ぐらいだった。
 寺の門をくぐると、ちょうど小坊主さんが掃き掃除をしていた。
 あっ、マシンくんだ。

「あっ、お、お帰りなさいませ……、美波浮者、な、なにかあったのですか? お顔のお色が優れないようですが……」

 まだちょっとびくびくしているけど、丁寧な言葉遣いに安心する。

「……マシンくんていくつ?」
「え? ええと、十三になります」

 バドくんもそのくらいだったな……。
 同じ年ごろの子どもにとて、まさに雲泥の差だよ。

「え、あの……?」
「ううん、マシンくんはいい子だなって心から感心していたところ……」
「は、はい……?」

 ちょっと疲れたから、休もう。
 それに、旬さんをよく洗ってあげたい。
 馬の世話や、荷物の片づけをみんなにお願いして、わたしは部屋に戻った。
 わたしが戻ってきたことを知ったクランがすぐに部屋を訪ねてきたけど、説明を先送りにさせてもらった。
 多分ローワンさんがあらかたコルグさんに報告してくれるはずだ。
 驚いたことに、頼んでもいないのに、ミックさんがお湯を運んできてくれた。
 ありがとう、ミックさん……。
 
 旬さんの湯あみをして、乾いた布でしっかり拭いた。

「旬さん、お疲れさまでした」 
「つかれた、ほんとに」
「だよね、いろいろあって、すごい濃い一日だった」
「ずいぶんピリピリしていたな」
「バドくんね」

 バドくんにいわれた一切合切、こどもたちの様子や、テリ村の人々の暮らしぶりを全て説明した。

「日本にいたときでもあんな子見たいことないよ。マシンくんの礼儀正しい態度を見たら、もうなんか、なんだろう。ものすごい安心感と同時に、愛しさっていうか親しみっていうか、親愛の情が込み上げてきたよね。トラントランの子たちは、本当にみんないい子たちなんだなって気づいたよ……」
「てんけいてき、おとこきょうだいのせんれいだな。みなみにはちょっときつかったな」
「て、典型的? あれが?」
「おれも、あにきとふたりきょうだいだから、だいたいあんなかんじ」
「う、うそでしょ……? 旬さんもあんな子ども時代があったの? とても信じられないよ」
「でも、みなみも、たいがいだったぞ」
「なにが?」
「ビアンのてについて、あんなにやりなおしさせられるとおもわなかった」
「それは……」
 
 旬さんは話が長くなると踏んで、筆を所望した。
 うう、いいたいことは、わかります……。
 わたしはしぶしぶ書くものを整えた。


「ただでさえ、手足を再生させるのに、人体図やら血管だの神経だの調べまくって、めちゃくちゃ大変だったのに。外観については、こっちは見えないのと同じなんだぞ。大体の形や長さまではわかっても、爪とか皮膚の感じとか指紋とか。そういう細かいところまではつくりあげるのは、冗談じゃなくものすごくイメージするのが大変だった」
「ごめんなさい。でも、すごく大事なことだったから」
「指輪で浮術を使うのに慣れてきたけど、それでも得意なことと苦手なことがあって、俺はどっちかというと、硬質な塊みたいなのを物質化するほうが楽なんだ。エレベーターみたいな鉄やコンクリートの塊を形作って、そこに機能を盛り込ませて定着させる。マローのときも、多分俺の中でイメージにあったのは、高熱焼却炉とシェルターだ。
 逆に、美波の足を直したり、ビアンの手足を再生させたときは、本人の浮流の触りにあわせて溶け込むように、たとえば、血だったり、エネルギーとかオーラみたいなものだったり、塊ではなくもっと流動的なイメージのものに変えなきゃいけない。だから塊が得意な俺にとっては、正直かなり難しい。今回はなんとかなったけど、もしかしたら、ビアンと触りと俺の触りの相性がコルグさんの時みたいに反発するくらい合わなかったとしたら、うまく治療できなかったかもしれない」
「そ、そうなんだ……」
「だから、美波には極力安全でいて欲しい。マローの時みたいに不用意に誰かを傷つけて、あとから治すっていうのも、できるだけ避けたい事態だな。どうせ治すにしたって、俺の体を参考にするしかないなら、誰かの顔をきずつけて治すはめになったときは、そいつの顔は俺の顔になってしまうかもしれない」
「ええっ! それはちょっと見たいかも」
「顔は勘弁してくれ。手や足ならまだいいけど」
「手はだめ、手は絶対にダメだよ!」
 
 思わず、旬さんの手を握った。

「この手は旬さんだけじゃなきゃだめなの」
 
 旬さんはおどろいたみたいに動きが止まっていた。

「そうでしょ?」
「だからあんなにこだわっていたのか」
「この手が二つもあったらやだよ。わたし混乱しちゃう。この世界で、旬さんはたった一人。ここにいるこの手だけなんだから」
「そうだな」

 わたしは旬さんの手にキスをする。
 この手は、この世の中に、ひとつだけ。
 わたしの愛する人の左手。
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18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

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