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シリーズ5 ~ウンメイノユメタガエ~
Stoty-3 武術競技大会(1)
しおりを挟む参加者多数のために勝ち抜き戦を経て、本選に参加できる参加者が決定した。
景品の話題性と三年ぶりの開催とあってか、最終的な申込者は約千名にのぼり、
そのうちの六百名余りは剣技種目の申込者だった。
参加者はどの種目でも一律同じ参加費を支払うことになっており、これは、競技会の運営や、観客への振る舞いに当てられる。
景品を相場の売値で計算すると、競技会はいつもやや赤字になるのだが、今年は初めての大黒字となった。
今大会の目星はなんといっても剣技だった。
他の種目の景品もいいものには違いなかったが、金の真珠のイヤリングがだれの手に渡るのか、観客の関心はその一点に注がれた。
競技会は二日にわたってもようされる。今回の種目は、八つ。
剣技、拳闘、拳格闘、棒術、虎使い、投槍、弓技、投剣。
それぞれ出場者は、40名、30名、30名、30名、6名、30名、30名、30名となった。
場所はテリーの遊技場を貸し切って行われる。
投槍、弓技、投剣以外の種目はトーナメント戦である。
各種目ごと遊技場に二人ペアが計四組出場し戦う。勝ったものが勝ち上がり、準決勝の四人にまで絞る。
準決勝と決勝戦は翌日試合となる。
虎使いは決勝戦のみが翌日試合となる。
投槍、弓技、投剣は、複数人が横並びで一斉に行う。
槍は十名ずつ槍を投げ、最も飛距離のあるもの一名を勝ち上がりとする。
もう一度投げ、最も飛距離のあるものを勝ち上がりとする。
これを合計三回繰り替し、最大で三名、最小で一名が勝ち上がる。
これを繰り返し、最終的に勝ち残った五名が、決勝戦に進む。
槍を投げることができれば、こどもでも参加が認められている。
弓技は、十名ずつ三本の弓を放ち、三本とも的にあたったものが勝ち上がる。
次に、的を一回り小さくして行い、三本とも的にあたったものが勝ち上がる。
これを繰り返し、最終的に勝ち残った五名が、決勝戦に進む。
弓を射ることができれば、こどもでも参加が認められている。
投剣は、剣を刃渡り十~二十センチまでのナイフもしくは刃物などとし、
剣を投げることができれば、こどもでも参加が認められている。
基本的に弓と同じで、的を小さくする方式で競われる。
こちらも、決勝戦に進めるのは五名。
投槍、弓技、投剣は決勝戦まで一日で行われるが、表彰と景品の受け渡しは、二日目となる。
以上が大会の簡単な概要である。
・・・・・・
大会前日のヘイレーン宅では、男たちだけの作戦会議が開かれていた。
六百人という勝ち抜き戦の果てに、剣技の本戦出場者が決定した。
サラ一行は主催者側からゲスト参加として、モリス、ベンジー、バルサ、
そして五人の兵士、ペルッサ、トルカス、ムンダイ、クラスタ、ハーネス、この八人がが勝ち抜き戦免除の扱いとなっている。
それらを含めた総勢四十名の名前が紙に書き出されている。
紙には三本の横線が引かれ、その別れた四つの区画に、ランクごとに仕分けられたらしい名前が書かれている。
さらにまた、区画の中でも上下左右に名前が散らばっており、それも力の差を示しているようである。
そのランク分けの再頂点に立つのは、赤い字で書かれたユージア、そしてその下にはアッシムである。
シャタやグレイの名前は上から二番目の区画で青い字で書かれている。
モリスとバルサも二番目、ベンジーは四番目の区画に載っていた。
モリスが腕組みをしたままベンジーの文字を視線で指さした。
「四層目の実力で勝ち抜き戦免除とは、他の出場者は納得いかないんじゃないですか?」
ベンジーと同じく四層目の実力と判断されたクラスタとハーネスがそろってやや気まずそうな顔を浮かべた。
シャタは使用人の一人になにかを持ってくるように指示しながら答えた。
「サラ様一行の皆さんはゲストです。まあ、それくらいは主催者権限の範疇です。
おそらく接待なのだろうと納得してくれるでしょう。ただ、ヘイレーン社の体面として、あまり露骨にできないことがあります……」
シャタ名前でできた山に指をおいて説明を始めた。
「青い字はサラ様のベールと真珠を取り戻すために参加するものです。
黒い字と赤い字は勝ち抜き戦をへて本選に残った者。そのうち、国境争いから流れてきた傭兵が十名あまり。赤字は要注意人物です」
「国境争いから流れてきた? タルテンとナモールの国境争いは形だけだと聞いていたが」
「その通りです。ですから、狩りだされたものの戦闘に参加できなかった血の気の多いものが流れてくるんです。
いつもなら彼らは次の仕事を求めて去っていくのですが、今回は真珠が呼び水となってしまいました。
これまでも傭兵や流れ者が参加することはありましたが、彼らのような乱暴な連中がこんなにそろって参加してきたことはありません。
先日サラ様には、我々の誰かが必ず優勝できるといいましたが、勝ち抜き戦の様子を見る限り、
この赤字の四人、一層目のユージア、アッシム、そして二層目のゴロド、ソーは、我々の目的を阻む可能性がおおいにありります。
それで、皆さんにはこうして集まっていただきました」
シャタは部屋にいる面々を見渡した。
グレイ、シャタのほかに、ヘイレーン社の勝ち抜き戦を勝ち残った腕に覚えのある男たちは六名。
三層目のフルー、ブライシュ、スクムドゥ。四層目のトルコス、アシュレ、ファドム。
「ここにいる十四人で、ベールと真珠を取り戻します。
本来ならここにいるはずの弊社のジュシュアとクラムは、ユージアに再起不能にさせられました」
「えっ!?」
モリスやバルサたちの顔に緊張が走った。
シャタは整った顔立ちを低く構えて、鋭い眼光を向けた。
「勝ち抜き戦でのユージアとアッシムの戦いぶりは、剣技というものではありませんでした。
ジュシュアとクラムのほかにも競技会優勝経験者のムギ、ダンパーニも腕と足をやられています。
この二人を我々で止める必要があります」
「そのことをサラは……?」
「まだ知りません……。言えばまた出場を止めるでしょう。
ですが、うちのものを手ひどく傷つけられたにもかかわらず、戦いの前から逃げ出すようなまねは、我々にはできません。
荒くれ者の海の男たちを束ねるヘイレーン社には、まもるべき体面があります」
モリスたちはいつもは柔和なシャタにこのような怒気が発せられようとは、いささか驚いた。
シャタは使用人の手から、名前の書かれた小さな木札をうけとり、その隣の空いたところへ空白のトーナメント表を広げさせた。
そして、シャタは名前の書かれた赤い札をとり、ユーシア、アッシム、ゴロド、ソーと書かれた紙の上に置いた。
同じように青い札をとると、同じように名前の上に木札を置いていった。
そして、シャタはユーシアの札を取ると、十名ずつ四等分にブロック分けされたトーナメント表の左端のブロックに据えた。
「ユーシアは私が止めます」
シャタは自分の青札を取ると、ユーシアと同じブロックの上にパチンと音を立てておいた。
「アッシムは私が止めよう」
グレイがアッシム赤札と自分の青札をとり、右端のブロックに置いた。
「いや、この力量の順位からいけば私です」
そういって、モリスは自分の青札を取り、右から二番目のブロックに置き、アッシムを同じ場所へスライドさせた。
力のランク分けを示した紙では、たしかにシャタのすぐ下にはモリスの名前があった。
「では私はゴロドを引き受けましょう」
バルサも同じように札を取り、左から二番目のブロックに置いた。
「グレイ様はソーをお願いします」
「わかった」
このように、男たちは次々と自分たちと見合うだろうと思われる対戦相手とのカードをそろえていった。
最終的に、ユーシアの勝ち抜きを阻止する左ブロックと、アッシムを阻止する右ブロックと別れ、
左から数えて第一ブロックは、シャタを筆頭にペルッサ、トルコス、ベンジーが名を連ね、
同じブロックにはユージアのほかに、キリアーク、ミグ―という傭兵と優勝経験者スワキームが並んだ。
第二ブロックは、バルサをはじめ、トルカス、ブライシュ、アシュレが名を連ね、
相対してコロドをはじめ、傭兵マイシュム、ハーリク、そして優勝経験者ヌーが並んだ。
第三ブロックは、モリスを筆頭に、ムンダイ、スクムドゥ、ファドムが名を連ね、
相対してアッシムをはじめ、傭兵グーウィ、ゾッドル、優勝経験者のフキが並んだ。
第四ブロックは、グレイをはじめ、フルー、クラスタ、ハーネスが名を連ね、
相対して、ソーをはじめ、傭兵ナッシム、ブーマン、優勝経験者のバームドゥが並んだ。
トーナメントの並びは、要注意人物の四人の力を削ぐように、あるいは敵どうしてつぶしあうように配置された。
「うむ……、勝利の道筋が見えてきたようですな」
バルサは納得したように腕を組んだ。
「皆さん、明日からどうぞよろしくお願いいたします」
シャタの言葉に、グレイも合わせて頭を下げた。
男たちは互いの投資を確かめ合うようにうなづきあった。
・・・・・・
男たちが部屋を出ると、サラとアニカ、マシムが廊下で待っていた。
アニカがすぐさま兄の手元も紙を取って広げた。
「対戦表ができたのね。どれどれ……」
アニカはふむふむとなどといっているが、サラにはただの名前の並びにしか見えない。
だが、それでもサラにわかることがあった。
「ジュシュアとクラムの名前がないわ」
ジュシュアもクラムもともに中庭で汗を流していた者たちであった。
サラの目には彼らもシャタたちと同様に素晴らしい剣技をふるっていたように見えたのだが。
すると、事情を知っているアニカはとっさに言った。
「奥さんが臨月に入ったので、家に帰しているのですよ。すっごく怖い奥さんで、尻にひかれているんですって」
「二人とも?」
「え、ええ! そうなんです」
「まあ、それはおめでたいわ。元気な子が生まれるといいわね」
サラは一人のどかな笑みを浮かべたが、男たちは口をつぐんだままだった。
アニカはベンジーの名前がユージアと同じブロックにあるのを見つけると、美しい笑みを浮かべた。
「ベンジー様ってなかなか男らしいんですね。無茶をする男性って、嫌いじゃありませんわ」
ベンジーは正直、話の流れでこのブロックになってしまったことを後悔していたが、アニカの魅惑的な微笑みに、果然やる気がわいてきた。
「は、はい、頑張ります。見ていてください!」
サラとマシムはアニカにどうして男らしいのかと聞いている。
アニカは、このユージアという男が強いという噂だからだと簡単に説明した。
「さあ、皆さん、食事の支度が出来ています。明日のために英気を養ってください」
シャタの呼びかけで、使用人たちが皆を大広間に案内を始めた。
皆が移動していく中、グレイがシャタを呼び止めた。
「どうされましたか?」
「なぜ、私の名前をモリス様とバルサ殿の下に書き換えたのだ。昨日ふたりであの表を作った時は、ああではなかった」
グレイの責めのまなざしに、シャタは静かな表情を返した。
「私にはグレイ様をお守りする責任があります。この競技会の主催者、ヘイレーン社の頭取として、
クレイ様には競技会の開催を宣言し、そして閉会の時にはヘイレーン社の発展とその強さを高らかにうたっていただかなくてはなりません。
ヘイレーン社があなたをうしなうわけにはいかないのです」
「しかし、それでは……!」
「いずれにしても勝敗は水物。いかに画策したところで思ったようにはなるとは限りません」
シャタはそういうとくるりと背を向けて歩き出した。
グレイはその背中をただふさがる思いで見つめることしかできなかった。
・・・・・・
大広間で前祝のような豪華な食事と酒が振舞われる中、モリスは一人、廊下で風にあたっていた。
その姿を追って、サラはモリスに声をかけた。
「大丈夫……?」
「サラか」
「緊張しているの?」
「いや……」
サラはモリスの隣に腰かけた。
「士官学校でどれだけ優秀な成績を修めたとしても、実際の戦で戦ってきたものにどれほどかなうものかと思ってな」
「……でも、剣を落とすか、参ったっていわせればいいんでしょ?」
「そうだ。相手の指を数本落とす、それだけでいい」
サラはびくっとし、思わずモリスの指の数を確かめてしまった。
「……相手も、そういうつもりで挑んでくるってこと?」
「それだけならいいけどな」
モリスは酒の入った器を口に運んだ。
「…………」
サラの頭には恐ろしい想像が膨らんでいた。
「どうして……」
「うん?」
「どうしてこんなことになってしまったのかしら……。私はただ、お父様の残したものを受け取りに来ただけなのに。
どうして、モリスやみんなをこんな危険な目にさらすようなことをしているのかしら」
「その辛気臭い顔を辞めないか」
モリスがぐっとサラの額を押しやった。
「……ごめん……」
「俺が好きになったのはこんなに気の弱い女性だったか?」
「だって……、わ、私にできることがないんだもの……。私にも、何かできればそれなら……」
「あるだろ」
モリスはじっとサラを見つめた。
「私を応援してくれ」
「…………」
「私が死んでもいいのか」
「それは嫌よ! あなたが死なないように、……怪我をしないように応援するわ」
「ならいい」
「あなたが……、みんなが、無事に競技会を終えてくれるなら、私なんでもするわ……」
サラは両手を組んで顎に引き寄せた。
「ずっとお祈りしてるの。みんなが無事でありますようにって」
モリスの横で、サラは瞳を閉じた。
その横顔があまりに無防備で、モリスは思わず唇を寄せたくなった。
「私が優勝したら」
「え?」
サラが目を開けて横を見ると、モリスは熱っぽくサラを見つめていた。
「私が優勝したら、……お前のキスをくれるか?」
「えっ……」
はずかしさで、サラはすぐさま顔をそむけてしまった。
「なんだ……。なんでもするというのはうそか」
「み、みんなが無事ならといったのよ……!」
「私の無事のためには?」
サラは肩越しに聞くモリスの声に、しばらく考えた。
もし、モリスに何かあったら、こうしてモリスと話をすることもできなくなってしまうのだろう。
そうおもうと、サラはただこの今が、とても貴重な時間に思えた。
サラはモリスの方を見た。
「ちゃんと指もついてる?」
モリスは思わず笑ってしまった。
「なんで笑うの? 無事ってそういうことでしょ?」
「わかった、わかった。ついてる。ついたまま勝てるように努力する」
するとサラは素直な気持ちでいった。
「それならいくらだってキスしてあげる。別に優勝なんていらない。あなたがちゃんとハリー様のところへ無事に戻れるなら」
サラのまっすぐな瞳に、モリスは言葉が出なかった。
今、この唇にキスできたら、どれだけいいだろうか。
モリスはひとときその幻想を頭上に描いた後、現実のサラを前に微笑んだ。
「約束する」
そのとき、背後からアニカとマシムの声がした。
「やっぱり、優勝者には乙女のキスよねえ……」
サラとモリスがそろって振り向くと、アニカはモリス、マシムはサラの隣へやってきた。
まさか聞かれていたと思わず顔を染めたサラの一方で、モリスはひょうひょうとした様子で酒を口にふくんだ。
「戦前夜の約束はこうでなくては! モリス様、私が新しいお酒をお注ぎしますわ。どうぞ中へ」
アニカはなにやら強引にモリスを大広間の方へ連れて行った。
サラの隣に残ったマシムは、にこっと笑ったがなにか言いたげだった。
サラはマシムに聞いてみた。
「マシムはいつも怖くないの? 競技会で大事な人を失うかもしれないとおもうと、私は不安でたまらない」
「……でも、そんなこと今まで一度もなかったわ」
「そう……」
「お兄様もおなかを切ったり、足を切ったりくらいはあるけど、でも生きてるもの。今回だってきっと大丈夫」
「ここではそれが普通なのね……。私は全然慣れなくて」
「サラ様の国では戦がないのね?」
「そうね……。少なくても私は今まで見たことないわ。それにあんな大きな刀がビュンビュンふりまわされるところも。
ここへ来てからは驚いてばっかり」
「サラ様の国に行ってみたいわ。私はこの町から出たことがないもの」
「そうね、いつか来て。私の故郷に、ゼルビアっていうところ」
「ナートゥリアもつれてっていい?」
「……それは難しいわね」
ふたりはくすくすと笑った。
「サラ様、マシム」
その声に振り向くと、グレイがたっていた。
「寒くはありませんか?」
「大丈夫よ、お兄様。ここへ、ううん、サラ様の隣に座って」
マシムが立ってグレイをサラの隣に座らせた。
「今サラ様と約束をしていたところなの。いつかサラ様の故郷に行くって」
「そう。屋敷が燃えてしまって、今はお迎えできないけど、再建したら、きっと招待するわね」
グレイはマシムとともにお礼を述べた。
「そういえば、ザルマータでの裁判もそろそろ佳境だそうですね」
「ええ。競技会が終わったら、戻ろうと思うの」
「雪の帰路は大変でしょうから、できる限りの準備をさせていただきます」
「ありがとう、グレイ」
マシムは気をきかせて大広間の方へ戻っていった。
「ここへ来てよかったわ。……まだ、みんな無事に帰れるかどうかわからないけど……」
グレイはくすっとわらった。
「きっと、大丈夫ですよ。サラ様の故郷はきっと平和で美しい場所なのでしょうね。私もときどき故郷のことを思い出します」
「内戦があって、ナモールからテリーに移住したのでしょう? アニカに聞いたわ」
「はい……。砂漠とオアシスと海。白い土壁の家々が立ち並ぶ街路に、いつも赤い花が咲いていました。
その草花のからは不思議なものですが青い染料が取れます。その青い染料で染めた布地が家々の窓や街路の上に風をはらんで
はためいていました。私の原風景です」
「今もその土地では内戦が続いているの?」
「いいえ。ナモールは今ブラニカという一族の支配下にあります。新しい王家です。
彼らが旧王家を滅ぼして、各部族長を制圧してからは、ナモールも落ち着いています。
私の暮らした街も、ブラニカの制圧のもと一定の平和が保たれていると聞きます」
「あなたも戻りたい?」
「今はこの会社が家族であり、家ですから……。でも、いつかもう一度あの風景を見たい。
マシムはほとんど覚えていないでしょうから、あの子を連れていってやりたいです」
「いつかきっと叶うわね。私も、いつかきっとシーラと一緒にトワリに行きたい」
「はい……」
「ねえ! そうだわ、グレイ。マハリクマリックをしましょう」
「え?」
「お父様から聞いてやり方は知っているでしょう? 私は、いつかあなたにトワリに連れて行ってもらうわ。
そのかわりに、わたしがあなたをあなたの故郷に連れて行ってあげる、っていうのはどう?」
「…………」
「といっても、あなたの故郷だからあなたのほうが詳しいでしょう? だから、私は……。……グレイ、どうしたの?」
サラは思いもしない事態に、戸惑った。
グレイが、泣いていたのだ。
「どうしたの……? 私、なにか傷つけるようなことを言ったかしら……」
「すみません、サラ様……」
「誰かを呼ぶ?」
サラの言葉にグレイは首を横に振った。
だが、グレイの涙はとどまることなく流れ続け、サラはそっとその背中をなでた。
サラはグレイの形ばかり広くて大きな背中を抱きながら、その肩に乗っているであろう重責や悲しみに想いを馳せた。
幼いころに故郷を追われ、十五という身空で幼い妹と大きな責任を残された。
支えてくれる腹心の友や仲間たちがいて、会社は順調だ。
それでも、親を亡くした悲しみや、懐かしい故郷への慕情は、費えることがない。
頭取という立場では、それを口にすることさえはばかられたかもしれない。
考えてみれば、サラと少し境遇が似ているのかもしれなかった。
親を失ったことや、資産という名の責任を負ったこと。
自分には責任が重すぎると、体を震わした日もあっただろう。
笑った顔は十五歳なのに、いつものポーカーフェイスはそうした責任を背負うための仮面なのかもしれない。
「……お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした……」
「気にしないで、グレイ……」
グレイはタルの香りのするハンカチで涙をぬぐった。
「サラ様……」
グレイは居住まいをただして、赤く染まった目でサラを見つめた。
「もし、私が優勝したら、私の告白を聞いてもらえないでしょうか?」
「告白?」
「はい……。サラ様に、聞いていただきたいことがあるのです」
「……それは……、優勝しなくては話せないことなの?……」
「はい……。正確には、そうではありませんが、私の気持ちとして、
サラ様にわが手でベールと真珠をお返ししてから聞いていただきたいのです」
「……わかったわ。あなたがそれでいいのなら……」
「ありがとうございます」
「でも、絶対に……」
「はい」
「絶対に、無事でいてね。指の一本だって落とさないって約束して」
「約束します」
「本当よ」
「はい」
グレイは赤い目を細め、くしゃと笑った。
サラはその笑顔を見ながら、この人の胸のつかえがとれて軽くなればいいなと心から思った。
・・・・・・
大会当日、空は晴れ渡り遊技場は朝から大入りだった。
雪はかき分けられ、あるいはふみしめられて、遊戯場つづく道を作っている。
トーナメント表とおおよそのスケジュールが会場の入り口に大きく張り出されている。
観客たちは、それをみながらあれこれと予想したり、賭けに乗ったりしている。
遊戯中の外では、いくつもの出店がでており、観客も出場者も思い思いにあたたかい食事をしている。
その間で、もくもくと刀を研いだり、ナイフ投げの練習をしたりしているものがいる。
あるいは、子どもたちに握手や抱っこをせがまれる優勝経験者などの姿も見える。
タルテンの衣装の女たちは子どもをつれていたり、女同士でトーナメント表を手元の帳面に写したりなど、自由な様子がうかがえる。
しかし、ナモールの衣装を着た女たちは、顔に布を巻き付けて、ほとんど男たちに付き添われて集団で移動していた。
こうした違いも、戦の痛みを知るナモールの現れなのだろうか。
サラとゲスト参加者である一行は主催者席にいた。
天井のない遊技場は、冷たい風にさらされながらも、観客の期待と出場者の熱で躍動していた。
場内は北側にはやや雪が残るものの、ほとんどが砂地である。
この競技会のためだけに、前日までに雪が溶かされ、新しい砂がまかれているのだ。
ヘイレーン社の船に掲げられているものと同じ、金の鷲の旗がそこかしこと風にはためいている。
主催者席には、その紋章にたがわぬ金の鷲カシュが据えられた専用の金色のポールに行儀よく居座っている。
その後ろには、シャタの鴉パルファムと、アニカの鷹も控えていた。
開会を知らせるドラが会場に響き渡り、グレイは頭取として挨拶を述べた。
観客たちは歓声とともに思い思いに手をたたいたり、足を踏み鳴らしたりした。
彼らも血が騒ぐのを抑えきれないのであろう。
第一、二回戦はシード権で勝ち上がりのグレイ、シャタ、モリス、バルサはこれから始まる剣技一回戦のもようを見つめている。
サラはアニカとマシムに並んで椅子に腰かけているが、高まる会場の熱気とたびたびならされるドラの音にいちいちびくついていた。
今日はサラの四人の使用人たちも同席していて、久しぶりのサラとの同伴に、フィーナは喜んでいる。
乱雑な下町で育ったのでこのような場所は血肉がわき踊る、などとフィーナがいうので、随分とサラを驚かせた。
「アニカの虎使いはいつなの?」
「剣技のずっと後ですよ。こっちがすまないことには、私も気持ちが入りませんわ」
「それもそうね……。でも正直、今から見るのが怖いわ」
・・・・・・
第一試合が始まった。
十人に分けられた、四つのブロックから、第一試合のペアが四組現れる。
まずは、なににおいても第一ブロックのユージアである。
ユージアには同じ傭兵のキリアークをぶつけている。
しかし、その力の差は歴然としていた。
ユージアは二メートルを超すであろうという巨体に、丸太のような腕、巨木のような胴回りをしていた。
皮と鉄でできた防具をつけているが、上半身は赤銅のような肌をさらしている。
武器は、剣というには語弊のある鉄の塊のようだった。
切るというより、つぶすというのが正しいような武器である。
キリアークも大柄の男ではあったが、対峙すると大人と子供ぐらいの重量感だった。
司会開始のドラが鳴ると、キリアークはフットワーク軽くユージアの周囲を動き回ったが、
ユージアはゆっくり、それはたしかにゆっくりと見えたのだが、剣を構えたかと思うと、
ユージアの刀は真横に風を切り、それと同時にキリアークは壁まで吹き飛ばされていた。
観客席からは、どよめきがあがった。
「すごいな……」
サラの後ろでモリスがつぶやいた。
壁からずるりと崩れ落ちたキリアークは鉄の鎧のおかげでなんとか無事なようだが、
その口からは鮮血が流れ、剣を手によろよろと立ち上がるその姿はもはや勝てる見込みはなさそうだった。
ところが、ユージアはずんずんとキリアークのもとへ進み、そこへまたあの鉄塊を叩き込んだ。
「いま……っ」
サラは息をのんだ。
キリアークは手をあげて、降伏を示そうとしていたのに……!
鉄塊の下から、動かなくなったキリアークが見えた。
手からは剣が離れている。
ユージアは勝利宣言をしてゆうゆうと控室へ戻っていった。
キリアークが救護班に運ばれていくのを見ながら、サラは震えていた。
「あ……、あんなひとと戦うつもりなの……?」
サラの震える声に、シャタは静かに答えた。
「幕は上がりました。幕が下りるまではひたすら壇上に立つだけです」
男たちは無言でその意志に答えた。
・・・・・・
第一試合の結果は、ほぼ順当な結果に終わった。
仲間の二名が勝ち上がり、第三ブロックのムンダイが、常連参加者のワヨーヒに敗れた。
しかしこの後だった。
この男たちの真剣勝負に水を差すようなことが起こったのは。
それは、第二試合が始まる直前のことだった。
主催者席のもとへ慌てた兵士が駆けつけてきた。
事が起こったのは第一試合が終わった直後の第一ブロック控室である。
勝利の後ゆうゆうと控室に戻ったユージアに、ペルッサが物申したのだ。
兵士のいうことにはこういうことだった。
「ペルッサがユージアに、キリアークの降伏宣言を無視したのはなぜだと詰め寄ったのです。
それが発端で控室はもみ合いとなり、ペルッサが……!
今救護室で治療を受けていますが、頭と腕にひどい損傷を受けて……。
ユージアがあの剛腕でペルッサを殴りつけ、ペルッサは壁に叩きつけられたのです。
あの様子では、試合に出ることは困難かと……」
一同は顔色を一斉に変えた。
起こってはならないことが起こってしまった。
だが予想していなかったことではなかった。
素早くシャタがドラをならすのを止めた。
「私が戻るまでみなさんはここに」
「私も一緒に。ペルッサは私の部下です」
バルサが立ち上がった。
「待ちなさい!」
その声に一同は振り向きながらも驚いた。
先ほどまで震えていたサラがすざまじいほどの怒りを顕わにして、そこに立っていたのだ。
「ペルッサは、私の兵士よ。連れて行きなさい」
「サラ……」
サラは止めようとするモリスの手を振り落とした。
「私には、責任がある。連れていきなさい!」
グレイたちは今まで一度も見せたことのないサラの態度に、従わざるを得なかった。
モリスだけが、サラの持つ激しさに理解を示しつつも、サラが行ってなにをするつもりなのかは全く想像ができなかった。
サラを連れて、グレイ、シャタ、モリス、バルサが控室にむかった。
控室に入ると、そこは生々しい血の跡と、萎縮しきった参加者の真ん中で、ユージアが堂々と腕組みをして立っていた。
ベンジーとトルコスは、グレイたち一行の中にサラを見ると不安げな顔をのぞかせた。
シャタは二回りも大きいユージアに臆す様子はみじんも見せず、ヘイレーン社の幹部として堂々と前にすすみ出た。
「私はヘイレーン社のシャタ。こちらは頭取のグレイ・ヘイレーン様である。
この控室で起こったことに対して、我々はユージアにいかなる処分を下さんがためにきた。
ユージア、おまえが傷を負わせたペルッサは、ここにおられるザルマータ貴族子女サラ・マリーブラン様の兵である。
ペルッサが負ったは試合での負傷にはあらず、我々はお前に出場資格はく奪とともに、即刻の退去を命じる」
シャタの雄弁にユージアは低く笑った。
「俺は、あいつをちょっとこの手ではたいただけだぜ。
それが、雑巾みてぇにかってに吹っ飛んで行っちまったんだ。
ここは武術競技をきそう場だろう?
ここはそんなにか弱い連中が集まっているのか?」
ユージアの言葉にシャタはぐっと詰まった。
このままユージアを退去させれば、無茶な論理だがその通りだと暗に認めたことになってしまう。
しかし、このまま参加させれば、これ以降もどれだけの負傷者が出るともわからない。
だれもがそのジレンマに奥歯をかんだとき、いかれるサラの声がした。
「どきなさい、シャタ」
その場の誰もが驚きながら、小さな少女見た。
少女は強いまなざしで何倍も大きなユージアを見据えた。
さっきまでひなのように震えていたはずのその体はないだ水面のように静かだった。
「あいつはあんたの兵士だったんだな、貴族のお嬢さんよ。
あの程度の兵士を雇うぐらいなら、俺を雇ったほうが帰り道は安全だろうよ」
「考えてやってもいい」
サラははっきりとした声で言った。
「ほう、それは結構な話だ。ちょうど仕事にあぶれていたところだ」
「だが」
サラは腹の底から響くような声で言った。
「私が求めるのは、狂犬にあらず。
お前がこの競技会で私にふさわしい振る舞いができるものか見せてもらおう。
正々堂々と戦い抜き、私に真珠とベールを進呈せよ。
そうすれば、おまえをその二倍の金で雇ってやろう」
すると、ユージアは大きな口を開けて、ははははと高笑いした。
「そいつはいい! お嬢さん、いや、マリーブラン嬢様よ! その約束、忘れてくれるなよ!」
サラはじっとユージアを見据え、そして背筋を伸ばしたまま、すいっと踵を返した。
それに倣って、グレイたちも控室を後にした。
控室の出入り口には人だかりができていた。
「救護室はどこ?」
「こちらです……」
シャタは別人を見るかのようなまなざしで、サラを案内した。
救護室では、防具を外されたペルッサが、第一試合で同じくユージアに叩きのめされたキリアークと並んでベッドに横たわっていた。
「ペルッサ……、大丈夫?」
「サラ様……」
ペルッサは頭と左腕に包帯がまかれて、苦しそうな声でつぶやいた。
サラはペルッサの手をそっと取った。
「ごめんね、ペルッサ……。ごめんね……」
先ほどまであれほど怒りと豪気に充ちていたサラだったが、今は全く嘘のようにただのか弱い少女に見えた。
医者はペルッサの命に別状はないことと、全治に予測について述べた。
グレイはサラに使用人を付けて様子を見させることを約束したが、サラはペルッサのもとをなかなか離れようとしなかった。
第二試合をまつ観客たちが焦れてきたのが聞こえてきた。
「サラ様……」
「今行くわ……」
サラ達が主催者席に戻ると、遊技場にはすでに二回戦の選手たちが位置についていた。
その中には鉄の鎧をかぶったベンジーもいた。
心配そうなアニカとマシムに対して、モリスは手短にことの経緯を説明した。
第二試合のドラがならされた。
・・・・・・
第二試合は、第一試合の思いをすれば、心やすく見られる戦いだった。
第二ブロックのブライシュが、傭兵のハーリクに敗れたが、ベンジーを含む三名の仲間が勝ち上がった。
ここまでは、ほぼ作戦会議で行われた予測の通りである。
第三試合、注目はアッシムである。
第三ブロックの控室出口からアッシムが対戦相手グーウィとともに現れた。
共に傭兵であるふたりは背格好も装備もよく似ている。
ただし、アッシムは二刀流であった。
試合開始のドラがなると、アッシムは、月のように反った二本の刀をシュラシュラと回転させ間合いにはいらせない。
グーウィも幾戦の戦いを超えてきた剣士である。
剣で間合いをはかりながらも、すきを狙っている。
どちらかがすきをみせたのか、あるいはついたのか、キンキンと刃がぶつかった。
激しく打ち合いがつづき、グーウィがもつれた。
そこへ襲い掛かろうとしたアッシムが、突然足を止めた。
グーウィが砂を蹴ったのだ。
だが、それがアッシムをイラつかせたらしい。
アッシムは倍速になってグーウィに襲い掛かった。
瞬く間に、グーウィの肩から血がほとばしった。
「いやっ!」
サラは思わず顔を伏せてアニカにしがみついた。
グーウィは降伏宣言をした。
その腕がだらんと垂れ下がっている。
「順当にいけば、あれがモリス様の相手なのね……」
マシムが言った言葉に、サラは一瞬気が遠のく思いだった。
「傭兵はみなあんなに情けのない戦い方をするの?」
アニカは少しためらったが、勝ち抜き戦での戦いぶりをサラに話して聞かせた。
ジュシュアとクラムのことは口にしなかったものの、戦闘不能になった優勝経験者がいたことをはなした。
また、ユージアとアッシムのほか、第四試合に控えるコロドとソーという傭兵も強敵であることも話した。
それをもとにトーナメント表を見返せば、その強敵たちを分散してとどめるように配置されているのがサラにもわかった。
しかし今更、なぜそれを言わなかったのかとは、もはやサラも口にはしなかった。
なすべきことは十分なした結果の今なのだ。
戦や武術に疎いサラにも、これがすでにベールと真珠を取り戻す戦いだけではなく、
ヘイレーン社の誇りのかかった戦いなのだいうことを理解していた。
サラのいえることは一つだった。
「モリス、約束を覚えているわね」
サラがモリスを見ると、モリスは何も言わずに口の端だけでにやりと返した。
サラにはその自信がいかほどかは知れない。
なにやら勝算があるようだ。…………
しかしそのおかげで、サラはそれ以上心を乱さずにいられた。
サラは視線を遊技場にもどし、耐え忍ぶかのように背筋を伸ばした。
その背中をみやりながら、モリスは一人腕を組んだ。
さきほどにやりと笑って見せたその内心で、実際どうしたものかと手にかいた冷や汗をひっそりと拭いているのだった。
ユージアを前に小さなサラが見せた豪気を知った後で、まさか泣き言をいうわけにはいかないのだ。
モリスがそんなことを考えているとは、みじんも思いもしないサラだった。
・・・・・・
第三試合は、第二ブロックのアシュレが、常連参加者のヘサルに敗れたが、二名の仲間が勝ち上がった。
第四試合、第二ブロックのコロドと、第四ブロックのソーはそれぞれ傭兵と闘い、勝ち星を挙げた。
第一ブロックではペルッサの棄権により、傭兵ミグーが勝ち上がり、
第三ブロックでは常連参加者のノーマンに、仲間のファドルが敗戦した。
この回では仲間の勝ち上りはゼロである。
・・・・・・
第五試合、第一ブロックではユージアとベンジーが向かい合っていた。
あろうことかベンジーは、第一試合キリアークやペルッサの負傷を見ていたにもかかわらず、
シャツだけという軽装であった。
サラは思わず目を疑い立ち上がったが、アニカが賢しくこういった。
「足を使わせるつもりなんですわ」
試合開始を告げるドラがなった。
アニカのいうとおり、ベンジーは間合いを見切って、ユージアの周りをつかず離れずの距離でうろうろとしている。
ユージアが踏み込むのと同時に、身軽に間合いの外へ飛び出す。
ユージアの巨体はまるでワニのようなものだ。
一撃必殺の瞬発力を発揮するには、その前後での運動を極力押さえる必要があるのだろう。
ベンジーはのそのそと動くユージアに対して挑発を繰り返し、まるで猛獣使いのように右に左にと相手を動かした。
ときどき、ブンブンと刀を振り回して威嚇するユージアだったが、ベンジーは常にその軌道の外にいた。
他のブロックの戦いが終わってからも、その状況は続いた。
誰の目にもベンジーがユージアに勝とうと思っていないことは明らかだったが、
ユージアはこの小虫のように飛び回るベンジーをどのような手でとらえるのかとじっと見つめていた。
ユージアは焦れていた。
つまらない若造などつぶそうと思えばつぶせたが、それではせっかくの就職口がなくなってしまうからだ。
ユージアはそこまで愚か者ではない。
足を止め、ユージアは剣を頭上に構えて、その手をぴたりと静止した。
ユージアが止まったので、ベンジーはその間合いのぎりぎりに何度か踏み込んでみたが、ユージアはぴくりともしない。
こういう場合、ベンジーに他の手はないことは明らかだった。
彫像のようにぴたり止まったユージアの間合いに決死の覚悟で飛び込んでいくか、あるいは降参するか。
そうせざるを得ない状況に追い込んだほうが、主導権を握るのだ。
ベンジーはため息とともに薄笑いを浮かべていた。
こうなるとは思っていたけど、と胸のうちで笑うほかなかった。
ベンジーは剣を構えなおすと、地につけた足に力を込めた。
観客たちがかたずをのみ込む。
決死の突進の吉凶は誰にもわからない。
それでも、ベンジーはじりじりと軸脚に体重をのせた。
そのとき、静まり返った主催者席にわずかなつぶやきが聞こえた。
「…………しい、いち、にい、さん、しい……」
その声の主はフィーナだった。
サラはフィーナのつぶやきを耳にしつつ、遊技場の二人を見つめた。
フィーナのつぶやきが、二に差し掛かったとき、ベンジーが動いた。
ユージアの動きはわずかに遅かった。
遅かったというより、出足が遅れたのだ。
「よしっ」
フィーナがとなりでこぶしを握ったのが見えた。
ベンジーの体はユージアの巨体の影に吸い込まれるように消えた。
ユージアの剣は観客席まで届くほどの重低音を立てて、地面に深々と溝をつくった。
土煙が立ち、それが風邪で流れた後、ユージアの膝が折れた。
同時に、客席から割れんばかりの歓声が響き渡った。
ベンジーの剣が、ユージアの左ももに突き刺さっていたからだ。
ベンジーはそのまま、すばやくユージアのそばから離れた。
その手に剣はなく、ユージアが立ち上がると同時に、ベンジーは降伏の為に両手を挙げた。
それと同時に決着のドラがなった。
ユージアは試合としては勝ったものの、その顔には苛立ちと怒気がないまぜになって、激しい熱を発していた。
ベンジーは後ずさりして、ユージアの間合いをすばやく逃れた。
ユージアがどのような反応に出るのか、誰もが緊張を強いられた。
しかし、ユージアはサラとの約束を守るつもりらしかった。
腿から剣を抜くと、ベンジーのほうに放ってよこした。
そして、またずんずんと体を揺らして控室のほうへ戻っていった。
ユージアの左足には血が流れ、歩くたびに左に体は傾いたが、ユージアの顔はすでに平然となおっていた。
モリスは剣を拾ったものの、第一ブロック控室に戻るのがためらわれたので、いそいそと一番近かった第四ブロック控室へ向かって退場した。
・・・・・・
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