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シリーズ5 ~ウンメイノユメタガエ~
Stoty-3 武術競技大会(2)
しおりを挟む試合を終えたベンジーが主催者席に戻ってきた。
モリスの左袖はやぶれ、腕にはみみずばれのようなあとができていた。
「よくやりましたな! ベンジー殿!」
バルサがばしばしとベンジーの背中をたたいて健闘をたたえた。
「いやあ、どうも。しかし、あの刀ががかすっただけでこれですよ。よく生きてたものです」
「なぜ救護室で手当てしてこなかったんだ」
モリスの言葉に、ベンジーは震えるように首を振った。
「ユージアと鉢合わせて、拾った命を落としたくないですから!」
「そりゃそうだな!」
面々が声をあげて笑った。
使用人がすぐに傷の手当てを始めた。
すると、アニカがそれに代わった。
「ベンジー様、あなたの勇気は尊敬に値しますわ。かっこよかった!」
アニカの笑顔に、ベンジーはそれだけで報われたような気分になった。
サラはそれを少し遠巻きに見ていた。
ベンジーの無事を喜びたい半面、サラは自分の心理に動揺していた。
「サラ様、なにか温かいものでも運びましょうか?」
フィーナが言った。
「あ、ありがとう……」
フィーナが茶を準備する間、グレイとシャタがトーナメント表を手に、サラのもとへやってきた。
「モリス様のおかげで、ユージアを止められそうな気配です。このままいくと……」
「ごめんなさい」
これからの展開を説明しようとしてくれたのだろうが、サラはそれを遮った。
今は聞いても頭に入る気がしなかった。
「サラ様?」
グレイの心配そうな声に、一同がサラを見つめた。
サラはその視線を受けてなにか言わなくてはと思ったが、とても口にできそうになかった。
サラは、ベンジーがユージアの脚に剣を突き立てたとき、はじめて思ったのだ。
やった! ざまを見ろ! 天罰だ! 思い知れ! と…………
喜んだのであった。人生で初めて、人が、傷つけられることに対して。サラは喜んだのだ。
それまでサラはどこか自分は博愛的なものを持っていると信じていた。
価値観が違っても、文化が違っても、人は理解しあえるし、思いあえると信じていた。
サラは、両親を死に追いやったマルーセルの処刑を望んでいる。
それでも、そこに喜びなど感じない。
感じてはならないからだ。
それがまさか、命を削りあうような場面で、例え粗暴でいかに悪人のようであっても、それは思っていいことではなかった。
少なくとも、サラにはそんな経験は今まで一度もなかった。
自分に意地悪をしかけた相手が罰を受けたのをみて、いい気味だと思うのとはわけが違う。
相手が死んでも構わない、それに値すると見下し、あざ笑うかのような感情。
サラははじめて気づかされた、自分の中の激しい憎悪と侮蔑にとまどい、自己嫌悪していたのだ。
すると、フィーナが熱いお茶をサラにさしだした。
「サラ様のお気持ちは、ごもっともな感情です。そんなもの、熱いお茶と流し込んでしまえば、どうということではありません」
「…………」
グレイ対、ハーネス。
お茶を受けとったサラは、なぜわかるのかという視線でフィーナを見た。
「さあ、どうぞ」
サラはフィーナに促されるままに、ぐっとお茶を飲み下した。
飲み下した後、知ったからには無視はできないのだと知った。
そして、それも己のまいた責任なのだと思い知った。
サラは、はあと息を吐いた後、フィーナを見つめた。
「そういえば、フィーナ、なにか数えていたわね」
「ああ……すみません、つい癖で」
「何を数えていたの?」
「えっと……、呼吸です」
フィーナの言葉に一同は顔を向けた。
「わたし、数字を数えるのが得意なんです。昔から、いろいろ数えるのが趣味というか、癖っていうか……。
ユージアの呼吸は、いち、にい、さん、し、のリズムです。いつもそのリズムで呼吸と攻撃をしています。
そういうのって誰にでもあるんです。特にカードゲームなんかやっていると分かります。
さっきもサラ様の呼吸が乱れたので、それで……」
サラは納得した。それで、フィーナに一度もカードで勝てなかったのかと。
馬車の間はさほど口数の多くなかったフィーナがとたん饒舌に話し出した。
「ベンジー様は、いち、にっ、さん、です。ユージアより速いテンポで。この、テンポとリズムが大事なんです。
これでなんとなく、相手の攻撃のタイミングがわかるんです。さっきはユージアのにの時に、
ベンジー様のさんから突進が始まって、いち、にっ、さん、のさんでグサーッです。グサーッの時にはユージアはまださんとしの間くらいでした。
だから、攻撃は当たらない。
三のリズムと四のリズムの人は三、四、十二でけっこう相性がいいんです。だから、どっちの攻撃が当たってもおかしくなかったんですが、
でも、ベンジー様の方がテンポが速かったおかげで、いち、にっ、さん、のさんでグサーッです。お見事でした! 」
試合の興奮のためか、あるいは得意なことをしゃべっているためなのか、フィーナはいきいきと手ぶり身振りを交えて持論を展開した。
「そういえば、僕ワルツがすきかも」
ベンジーがみょうに納得したように言うので、なにやらおかしみを感じて一同は一様にほぐれたような顔になった。
・・・・・・
第五試合の結果は、第二ブロックトルカス敗退、第三ブロックスクムドゥ勝利した。
ともに仲間が勝ち上がった第四ブロックは余力を残してフルーが勝ち上がった。
第六試合はやや波乱の展開だった。
第一ブロックは一回戦不戦勝のミグーがトルコスに勝利。
グレイたちが作成した表によれば、トルコスはミグーに勝てる見込みだったが、ミグーは妙な剣術の使い手であった。
のちにトルコスが語ることには、ミグーの間合いが伸びたように感じたのだという。
トルコスはきき手の手首を強く打たれ、刀を落として敗退したが、ミグーの体力を削ぐまでには至らなかった。
この試合についてフィーナに語らせたところによるとこうであった。
「ミグーの間合いがどうやって伸びるのかはわかりませんが、彼のリズムはこうです。タンタンタタ、タンタンタタ。
四拍目が半分なんです。でもちょっと妙なんですよね。ときどき違うリズムが混じるんです。タンタタタ、タンタタタ。
派手な技や動きではない分、ちょっと不安ですね。何か隠している気がします」
次に対戦するシャタはそれに真剣に耳を傾けていたようであった。
第二ブロック、第三ブロックはともにコロドとアッシムが勝ち上がった。
どちらの相手も、競技会では常に上位に食い込む手練れであったが、健闘の戦いを見せるも、勝利をもぎ取るには力不足であった。
第四ブロックは、ハーネスがソーと戦い、事前予想に反してハーネスが勝利した。
・・・・・
第七試合、ようやくシード選手の出番である。
第一ブロックは、傭兵ユージア対、前回優勝者のスワキーム。
第二ブロックは、バルサ対、傭兵ハーリク。
第三ブロックは、モリス対、ヘイレーン社水夫のスクムドゥ。
第四ブロックは、グレイ対、ヘイレーン社マストマンのフルー。
モリスとグレイは仲間内の対戦なので、どちらが駒を進めるかは事前に示し合わせてあった。
バルサは危なげなく、ハーリクを下すことに成功した。
ユージアはベンジーとの対戦でのイラつきを発散するかのように剣を振るい、スワキームは十メートル近く吹き飛ばされたところで、
降伏した。
・・・・・・
第八試合、第一ブロック、シャタ対、傭兵ミグー。
第二ブロック、傭兵コロド対、優勝経験者ヌー。
第三ブロック、傭兵アッシム対、優勝経験者フキ。
第四ブロック、ヘイレーン社倉庫番ハーネス対、前々回優勝者バームドゥ。
コロドとアッシムはともに優勝経験者を下して勝ち上がった。
コロドは余力を残して試合を終えたが、アッシムはフキの強肩に押され、二本あるうちの刀を一本落とすという場面もあった。
ハーネスはソーを下したことで勢いに乗り、事前予想では格上のバームドゥにも勝利した。
そして、思わぬ苦戦を強いられたのは、シャタであった。
これまでミグーは一戦しかしておらず、体力も気力も充分であった。
さほどシャタと大差のある体格ではなかったが、なにやらマントを羽織ったままで、気がつくとそのマントの陰から鋭い刃を放ってきた。
トルコスの言うとおり、ミグーの間合いは長く感じられ、また、マントのせいで読みにくくもあった。
シャタはフィーナの言っていた呼吸について自分なりに数えてみた。
なるほど、と思った。こちらがマントで目くらましを受けているせいでか、ミグーはフィーナの言うタンタンタタ、タンタンタタ、
というリズムで攻撃を繰り出してくるように思えた。
こちらが攻撃を繰り出せばリズムも崩れるのであろうが、伸びる間合いに気を取られて、思うようにシャタは攻撃できなかった。
それでも、優勝経験を誇るヘイレーン社一の手練れはだてではない。
しばらく刀を交えると、シャタはミグーの刀が仕込み刀だということに気がついた。
フィーナのリズムで説明するなら、タンタンタタのはじめのタで腕が伸び切ったところで、ミグーは剣の塚の留め金のようなものを引いている。
そしてつぎのタで、仕込み刀が十センチほど前方へ滑り出すのだ。
うまい細工をしたものだ、とシャタは思った。
だが、種がばれてしまえばこっちのものとばかりに、シャタはその間合いを見切って、ミグーに向かって踏み込んだ。
だが次の瞬間、シャタの思いもしなかったことが起きた。
刀がさらに伸びたのだ。見切ったはずの間合いからさらに十センチほど、刀はシャタに向かって伸びた。
「つっ……!」
辛くも直撃を避けられたものの、ミグーの刀は右の腕をかすめていった。
鮮血がシャタの白い服を染めた。
フィーナが言っていたのは、このことか!
シャタはうしろに下がって大きく間合いを開けた。
シャタは右腕を動かしてみた。
腱は切れていない。だが、かなりの血が流れている。
シャタはターバンを外して破き、傷を縛った。
その間を待っていてくれたところを見ると、ミグーはシャタを戦士として敬ってくれたようだ。
シャタは肩で息をしながら、もう一度呼吸を探った。
二段階の腕の伸長があるのなら、リズムが二つあってもおかしくない。
二段目の伸長の攻撃が、タンタタタのリズムなのだろう。
シャタは次第に重くなるからだと頭で、ミグーの攻撃をかわしながらじっとその流れを探った。
次第にシャタにもリズムと距離が見えてきた。
だが、二段階目の腕が伸びる理由はわからない。
とはいえ、なぞ解きに精を出している余裕はシャタにはなかった。
三段目の腕の伸長がないとも限らないが、あったとしてもそれが出る前に決着をつけたかった。
タンタタタ。…………
シャタはミグーのリズムを図って、一気に間合いを詰めた。
その時、シャタは外したターバンを前方に振り上げながら、ミグーのように姿をタ―バンに隠して間合いを詰めたのである。
いつも自分がとっている戦法を返されたので、ミグーは大きくひるんだ。
後退ろうとしたが遅かった。
ターバンがはらりと地に落ちようというとき、シャタの弓なりの刀はミグーの首の前に光ったていた。
「参った……」
ミグーは自ら刀を捨て、両手をあげた。
シャタはふうーっと長い息を吐いて、刀をしまった。
「あなたの刀は二段仕込みなのか?」
シャタの言葉にミグーはちらりと顔を向けた。
「…………」
「あなたさえよければ、その刀の仕組み込みでヘイレーン社であなたを雇いたいが」
するとミグーはくつくつと低く笑った。
「商人根性たくましい。いいね。ただし刀は一段しか伸びないよ。伸びるのは、私の肩だから」
ミグーは音もなく肩の骨を外して見せた。
シャタは少し驚きの表情を見せたあと、ふっとわらってミグーに手を差し伸べた。
ミグーはやはり音もなく肩の骨をもとの位置に戻して、シャタの手を取った。
・・・・・・
そして、第九試合。この試合を経てようやく準決勝進出者が決まる。
第一ブロック、シャタ対、ユージア。
第二ブロック、バルサ対、コロド。
第三ブロック、モリス対、アッシム。
第四ブロック、グレイ対、ハーネス。
第四ブロックをのぞく三ブロックが、格付け表で赤札の選手との対戦となった。
どちらも手負いとなってしまった第一ブロックは、格付けから行けばシャタが不利である。
せめて、ペルッサがミグーと一戦交えていれば、ミグーの体力を削りやその手練をよりはやく見破ることができたかもしれなかった。
第二ブロックはほぼ予測通りの流れであったが、コロドにはそれほど力の消費が
みられないことが心配ではあるが、それはバルサも同じであった。
第三ブロックは序盤は順調だったが、後半優勝経験者フキに苦しめられたアッシムと、体力を温存してきたモリスの一戦だ。
第四ブロックは、仲間内の対戦のため、事前の打ち合わせでグレイが勝つ。
試合前の休憩時間に、救護室ではシャタが治療を受けていた。
その場へ向かったサラたちは、たった今ともに戦っていたばかりのミグーがそこにいたので驚いた。
シャタはごく簡単に、ミグーをヘイレーン社で雇うことに決めたと話した。
医者は傷口を縫い、消毒と包帯と薬を処方してくれた。
「せめて明日まで待てと言いたいところだがね。少し血が流れすぎだが、あんたのことだからやめはしないんだろう」
医者はそう言って、痛み止めを打ってくれた。
医者の言葉に、グレイ、アニカ、マシムの顔が真っ先に曇った。
バルサはためらいながらも口にした。
「ユージアは私に任せてください。とはいえ、私もコロドにかなうかどうかをわかりませんが。
少なくとも、ユージアが優勝しても、サラ様のベールと真珠は取り戻せます。
その傷でユージアと戦うには荷が勝ちすぎます」
すると、ミグーが言った。
「あの体重だ。ユージアは傷をかばって膝に来ている。だから、腕力にものを言わせてくるだろう。
二回戦の若者がしたように足を使わせることができれば見込みはあるかもしれない。
シャタ殿の足は幸い無事だ」
しかしアニカは首を振った。
「お兄さん、やめて。ユージアの今までの戦いぶりを見て、わかるでしょ?」
シャタは無言で立ち上がった。
誰もシャタを止められないことはわかっていた。
シャタが言うとおり、幕が下りるまでは舞台に縋りつくしかない。
そのとき、サラは自分にできることがないのかと必死に頭を巡らせていた。
そしてサラの口から出たのはこうだった。
「虎はいつでてくるの?」
一瞬空気が止まった。
「虎はいつでてくるの? 私はいますぐ虎が見たいわ」
アニカはぱっと目を輝かせた。
「そうです、虎使いを先にしてはどうですか?」
「そうですね、サラ様がそうおっしゃるのなら」
グレイもすぐに調子を合わせた。
シャタは少しの間黙って、そしてうなづいた。
焼け石に水かもしれないが、これで虎使いの競技の間シャタは休めることになった。
アニカはできるだけその時間を稼ごうと腹に決めた。
・・・・・・
急きょの予定変更に観客たちはざわめいたが、大口出資者であるマリーブラン嬢が虎を見たいとわがままを言ったらしいということは、まことしやかに広まった。
運営に働くヘイレーン社の者たちはさまざまに労を負ったが、それでもシャタのことを思えば苦労ではなかった。
アニカは相棒の虎いる控室にいた。
参加者は六人。
ヘイレーン社からはアニカを含む調教師が二人。
他社からの参加者が四人。
シャタが出場しないので、アニカの優勝は固かった。
「シャーリアン、ちよっと早いけれどあなたの出番よ。いい、今回はできるだけ時間を稼ぐの。すぐにやっつけてしまってはダメよ」
アニカは毛艶のいい雄の虎シャーリアンに声をかけた。
シャーリアンは檻の中でアニカの言葉を静かに聞いている。
「いい子ね」
アニカはいつも調教につかっている鞭を片手に、呼ばれるのを待った。
一方のシャタは、救護室で休むことなく、主催者席に戻っていた。
聞けば、シャタは今年の虎の調教の仕上がりと、他社の虎の品質を見ておく必要があるという。
「おまえにはかなわないだろうが、私がちゃんと見ておくから、どうか休んでくれ」
グレイが再三いうので、シャタはようやく主催者席の奥へ引っ込んで椅子に座った。
そしてなにやらもぐもぐと食べ始めた。
造血の作用のあるナツメや干し肉などを食べているらしい。
グレイは時々パルファムにもそれを与えながら、背にもたれ、少し目を閉じたりして休んでいた。
そしてドラがなり、第一試合の選手たちが遊技場に表れた。
テリーではヘイレーン社と居並ぶ商社のうち、虎を扱う二社ドッド社と、タムラン社から、各二人が出場している。
そのドッド社の老練の調教師グラビュアが現れた。
グラビュアは深くしわの刻まれた褐色の頭にターバンを撒き、やや丸まった背中で右に虎の鎖、左に鞭を持っている。
グラビュアの虎シーマはほどほどの体格だが、グラビュアとは似つかわしく若々しい毛並みで、筋肉にしまりがあった。
そして、それに続いて対角の出口から現れたのはグラビュアより二回りは年下だろうというアニカだった。
アニカはいつものドレス姿ではなく、男性と同じ格好で髪もまとめている。
だが、その服は鮮やかな赤で、男性の格好をしていようともアニカの美しさと華やかさがうかがえた。
シャーリアンは落ち着いていて、若きシーマをみてもその態度に少しも揺らぎがなかった。
そして、試合開始のドラがなった。
すぐさまシーマに声をかけてけしかけたグラビュアの一方、アニカはまるでゆったりと物見遊山でもしているかのような足取りだった。
グラビュアが鎖を引いたりたわめたり、鞭を鳴らしながら、虎同士を歯向かわせようとするのに対し、
アニカは鞭をほどきもせず、じっくりとグラビュアとシーマを眺めた。
シャーリアンはアニカとおなじ歩調で、観客からすれば、やる気がなさそうな感じてのそのそと歩いた。
そうしてゆっくり時間を使ったアニカは、グラビュアが次第に焦れてきたのを見た。
老齢のグラビュアには長い時間の緊張はつらかろう。
それでもアニカは時間いっぱい使うつもりだった。
ようやくアニカは鞭をほどき、シャーリアンに指示を出す。
シーマは全くやる気の見えない年かさの虎に、自分のほうが強いと勘違いし始めていた。
シャーリアンはアニカの示すとおりに左右に行ったり来たりするだけで、シーマはそれに威嚇を示したり鼻を鳴らしたりした。
グラビュアはさらに鎖をゆるめ、そして鞭をうち、シーマにけしかけた。
シーマは鎖の緩むと同時に、くわっとシャーリアンにとびかかったが、シャーリアンはさほど力みも見せずにぷいっとそれを交わした。
「そろそろかしらね。いいわよ、シャーリアン」
アニカはようやく鞭を鳴らした。
ピシッと鞭がうなるのと同時に、シャーリアンは力強く地を蹴った。
若いシーマはそれが最初で最後の攻撃になるとは思いもしなかったのだろう。
応えて牙をむいて向かったが、次の瞬間はシーマの顔にはシャーリアンの鋭い爪が飛びかかり、一回り大きいであろうその体重に押し戻され、
シーマはあっという間に転がされた。
その隙に、シーマはすばやくのど笛を捉えられ、天に腹をさらした。
その瞬間、ドラがなった。
シャーリアンはさほど興奮した様子もなく、口を離すとすいっとアニカのほうへ戻っていく。
なにが起こったのかわからなかったシーマは、解放されると同時に慌てて立ち上がり、うろうろとその場をいったり来たりした。
「よくやったわ、シャーリアン」
アニカはシャーリアンを撫でて、そして主催者席に向かって手を振った。
アニカの自信に満ちた顔が、サラ達にもよく見えた。
三組六名で行われた虎使いは、アニカと、ヘイレーン社調教師キシム、そしてタムラン社のトロブマが勝ち残った。
その後、くじ引きによってトロブマのシードが決まり、アニカとキシムが戦った。
この試合も観客からしたらいままでにないほど悠長で気長な試合に見えたことだろう。
たっぷり時間を使ってアニカが勝ち上がった。
明日の決勝戦は、アニカ対、ドロブマという対戦カードが決定して、虎使いの一日目は終了した。
ドラが鳴り終わるのを待って、シャタがサラにいった。
「サラ様、ありがとうございました。おかげでずいぶん回復しました」
「そう、それはよかった」
サラはそういったが、シャタが回復したのと同時にユージアも回復しているのである。
良かったかどうかは実際分からなかった。
「すみません、テリーの市民にサラ様はわがままだだと言いふらすようなことをしました」
サラは笑った。
「かまわないの。私、もう感覚がマヒしているみたいなのよ。虎使いを見ていても、ちっとも怖くなかったわ」
「このご恩にはきっと報います」
「報いるつもりなら、絶対に生きて帰ってきてね」
「はい……」
シャタは深く頭を下げ、主催者席を後にした。
そして、グレイ、モリス、バルサもそれぞれの思いを胸に、後に続いた。
・・・・・・
第九試合、第一ブロックの試合を告げるドラが鳴った。
ユージアとシャタが現れた。
ユージアは左ももに包帯を巻いていたが、シャタはすっかり着替えを済ませていてシャツもターバンもまっさらで、
先ほどけがをしたことなどみじんも感じられなかった。
ユージアは当初から変わらない鉄塊の剣を背に、のしのしと歩く。
シャタは怪我をした右腕に負担の軽い細身の剣に持ち替えていた。
束には美しい緑の石の付いた美麗な装飾剣だが、その美しさが攻撃力を増してくれるとは全く期待できなかった。
ユージアの巨漢と分厚い鉄の塊に比べれば、二回りも小さなシャタと針のように頼りない剣。
観客たちはどのような戦いが繰り広げられるのか、かたずを飲み込んだ。
試合開始のドラが鳴った。
ユージアは背に手をやり、柄からぞろりと剣を抜くと、シャタの向かって構えた。
ユージアは微動だにしない。
ミグーの言った通り、脚を温存する作戦のようだ。
一方のシャタはその周りをゆっくりと回り始めた。
シャタが目の前を動く間、ユージアはじっとシャタを見据えていたが、シャタがユージアの死角に入っても、ユージアは足を動かさなかった。
シャタはユージアが打ち込みを誘っているのかと考えたが、しかしユージアが止まっている以上、
いつあの鉄塊が振り下ろされるのかが全く分からない。
少しでも動いているほうが、攻撃のタイミングが読めるだろうに。
ユージアはシャタは背中を見せることを許しながらも、シャタを簡単には間合いに入らせなかった。
シャタはまたフィーナいっていたリズムを自分なりに図ってみた。
ユージアの息は少し遅めで、動いてもない体は呼吸を乱す恐れもなくたんたんと一定のリズムで膨らんでは沈む。
あの呼吸が、いち、にい、さん、しい、だとして、問題はいつその攻撃のスイッチが入るかだ。
シャタはユージアに勝つ気でいた。
自分よりも強い相手と遭遇することは、海の上や、知らない土地ではよくあることだ。
そういう場合、まず戦いを避けることを考える。次に、戦わなくても勝てる策を考える。
それでも自らが剣を取らねばならないなら、やることは決まっている。
相手の弱点をひたすらつくのだ。
ユージアの場合、それがはっきりしている時点で、シャタには勝算があった。
シャタは思い切って、ユージアの足を狙って切りかかった。
シャタの刃は鋭い閃光を放って、ぴしっとユージアの右ひざのあたりに赤い線をはしらせた。
「があっ!」
シャタの攻撃からやや遅れてユージアは剣を振り回した。
シャタはそれを難なく逃れ、ユージアから距離を取った。
しかし、ユージアはその足を少しも動かさない。
動かないつもりなのだ。
シャタは再びユージアの足を狙った。
今度は怪我をしている左ももに傷を負わせた。
包帯が裂け、血がにじむ。
ユージアはふたた力み声をあげてシャタに剣を振り下ろしたが、当たらない。
土埃がまう。
それでもユージアは、ぴたりと足を止め、その場を少しも動かなかった。
ユージアの間合いと速さを見切ったシャタは、素早く切り込んでは、ユージアの足に少しずつダメージを負わせ続けた。
シャタの攻撃は容赦なく、また執拗だった。
ユージアは何度でもシャタに剣を振るったが、それでも足は少しも動かさなかった。
それが何度も繰り返され、ユージアの両足は真っ赤に染まり、浅いとはいえ無数の傷で無数の格子ができていた。
手数は両者ともほぼ同じなのに、シャタの攻撃はすべて有効であったが、ユージアの攻撃はただの一つもかすりさえしていなかった。
このままこの戦いが続けば、如何に巨漢であろうと血を失いつづけてユージアの体力は減退し、そして脚のダメージは限界を迎えるであろう。
シャタはユージアの足の腱を削ぐつもりでいた。
そこまでやらねば、ユージアには勝てないことはわかっているからだ。
そして、いかに心優しき出資者の前であろうと、傭兵ひとりに屈するヘイレーン社ではないことを、残酷な仕打ちをもって知らしめる必要があるのだ。
「ぐうっ……!」
シャタの針ような剣がまたユージアの足の筋肉を削いだ。
しかし、ユージアの目に諦めの色はない。
シャタはまたゆっくりとユージアの周りをまわりだした。
ユージアは、ただやられているわけではなかった。
シャタ戦では足を止めると決めたときから、こうなることは想定していた。
ここまで我慢してきたのは、打てば必殺の、ただ一撃のためである。
ユージアの剣は、受ければ確実に動きを止められるという重剣である。
そのための振りや溜めに制限はあるが、ここぞという呼吸さえ合えば、戦場でこれほど頼りになるものはない。
ユージアは自分の剣や体格、戦法を熟知しているし、また戦場での経験から自分がどれだけの痛みに耐えられるかもわかっている。
肉を切らせて骨を断つために、ユージアはまさに最もふさわしい戦法を取っているとこなのだ。
ただ、それをわかっていながらも、ユージアの神経は次第にいら立ちにそまりつつあった。
ユージアに退去を命じたシャタという男は、まるでいけすかない。
端正な風貌も、その地位も態度も、そして剣の腕も、金も。
この男はすべてを持っているのだろう、ユージアはそう思っていた。
しかも、たんたんと、もくもくと、冷徹にユージアの弱点を突いてくる。
これが本当の戦場なら、ユージアにはもっとほかの手もあった。
しかし、サラとの約束を守るために、シャタのあまたの剣を甘んじて受けているのである。
このいけすかない男の剣を、傭兵として腕一本で渡ってきた、この俺が。…………
だがユージアは自制心を手放したりしない。
一撃、たったその一撃に、その思いをすべて注ぎ込むために。
正々堂々とシャタの脳天にこの剣を打ち据えるそのために。
シャタは相変わらずまるで機械仕掛けの時計のような正確さでユージアの周りをぐるぐる回り、そしてユージアの足を削っていく。
シャタは同じ攻撃を繰り返しながらも、この状況が変わらないはずがないと思っていた。
ユージアは限界の前に動き出すに違いない。
できることならもう少し深く入って腱に切り込めればいいのだが、細すぎる刃と丸太のようなユージアの筋肉では、それも容易なことではない。
シャタがそう思っていたころだった。
ユージアの肩がわずかに振れた。
シャタはそれを見逃さなかった。
だが、一瞬反応が遅れたのは、シャタの動きがあまりに正確すぎたからかもしれない。
いち、にい、さん、しいのリズムはユージアの呼吸であって、シャタの呼吸ではないのだ。
数えることにとらわれすぎて、シャタは自分の呼吸をおろそかにした。
ユージアが吠えた。
ユージアの赤銅の剛腕が、シャタに猛追した。
シャタはぐっと奥歯をかみしめて、間合いの外に向かって地を蹴った。
しかし、ユージアはこれまで一寸も動かさなかった足を踏み出し、その間合いを詰めた。
まるで突風のような激しさで、鉄の塊がシャタを襲った。
それでも、鍛えられた筋肉反射と目の良さが、シャタをすくった。
寸でのところでシャタはユージアの剣を躱していた。
躱した……! …………
シャタはそのとき電光石火の思考で安堵した。
ユージアは一旦攻撃を繰り出したら、次の攻撃まで時間が開くのだから。
その油断が、シャタを窮地に追いやった。
シャタの目の前によけたはずの突風が再び走った。
何が来たのかはわからなかった。
だが、それは、シャタの顎をかすめて、勢いよくかけ去った。
シャタの脳が揺れた。
いわゆる、脳震盪であった。
土煙が渦のように舞い、それがゆらゆらと風にほどけていったとき、シャタは倒れていた。
それに対しユージアは、背中を向けた状態で剣を振りぬいていた。
シャタの顎をかすめたのは、ユージアが背負っていた、剣の柄だったのだ。
ユージアはこのために、これまで背に負ってこなかった剣の柄を背負っていたのだった。
客席がどよめいた。
主催者席のサラたちは一斉に立ち上がり、シャタの姿を見張った。
シャタに外傷はない。
ただ、シャタは剣を手放していない。
その瞬間、危機を察知したかのようにパルファムが叫んだ。
「グアッ、グアーッ!」
パルファムはポールを引き倒して暴れた。
パルファムの脚とつながられた鎖がポールの輪にかかっており、パルファムは飛ぶことができないのだ。
だが、パルファムは主人のもとに向かおうと、必死に羽をはばたかせた。
ユージアはゆっくりと態勢を戻すと、そのゆっくりとした速度のまま、シャタの方を振り向いた。
そして、仰向けに倒れたシャタの前へ立ち、じっとその様子を見ている。
嫌な気配が漂った。
パルファムは使用人に押さえつけられようとしていたが、それでも羽ばたきも鳴くのもやめない。
「立って、シャタ! 」
マシムが叫んだ。
アニカはようやく事態を察した。
「気を失ってる……」
そのとき、ユージアが再びゆっくりと剣を振り上げた。
「だめっ、やめて!」
アニカがひりついたように叫んだ。
剣を離すか、参ったというまで決着はつかないのだ。
いや、目の前のユージアならシャタが気絶しているのがわかっただろう。
だがこれまでの積み重なる執拗な攻撃のために、あるいは試合の興奮状態のために、それに気づかない振りをしているのか、
もしくは本当に気づいていないのかもしれない。
ユージアがその剣をどこへ振り落とすつもりなのか、だれもが息をのんだ。
アニカがドラ打ちに叫んだ。
「ドラを鳴らしなさい!」
ドラ打ちの男が慌ててそれに従った。
しかし、ユージアは聞こえているのかいないのか、剣を下ろさない。
ドラは鳴り響き、パルファムはつんざくように叫んでいる。
サラは、考えるよりもはやく体が動いていた。
「どいて!」
サラはパルファムを抑えようとしていた使用人をどかすと、パルファムの鎖を解き放った。
パルファムは一瞬上へ飛びあがったかと思うと、急降下でシャタとユージアのもとへ飛び込んでいった。
「グアアッ、ガーッ!」
パルファムがユージアに飛び掛かると、ユージアはそれを振り払うように、ぶんぶんと腕を振った。
そしてパルファムは主人を守るかのようにシャタの上に舞い降りたのだ。
「パルファム!」
サラが叫ぶと、パルファムは一転サラの呼び声にこたえるかのように、サラのもとへ帰ってきた。
突如現れた大鴉を追って、ユージアは主催者席のサラを見た。
ユージアの燃えるような目と、血まみれの両足の向こうで、シャタの手から剣が離れているのが見えた。
「パルファム……」
どうやら、この賢い鴉が、シャタの手から剣を離したらしかった。
「ああ、そうね。あなた、宝石が好きなんだったわね」
パルファムは、じっとサラの緑色の瞳を見た。
サラは初めてパルファムと心が通じ合った気がした。
・・・・・・
シャタが救護室に運ばれ、アニカとベンジーが様子を見に行った。
マシムは主催者席を開けるわけにもいかず、またはヘイレーン家の者としての責任を果たすためにその場にとどまった。
サラは、マシムの隣にとどまることを決めた。
第二ブロック、バルサ対、コロドの試合が始まった。
フルフェイスの甲冑に身を包んだバルサと、粗野なつくりの防具をつけたコロドが、それぞれ長剣を手に向き合った。
コロドはこれまでの試合で、ユージアのような粗野なふるまいをするわけではなかったが、
他の選手との圧倒的な力量さを見せつけることにはためらいがなかった。
一方バルサは、ここまで仲間が全員勝利でコマを進めてきたおかげで、十分な余力をのこして遊技場に立っていた。
事前の格付け表ではコロドが上だったが、体力面ではバルサの方が優位に思われた。
打ち込みあいが始まった。
フル装備のバルサはあえて打たせて、その間あいを図った。
バルサの攻撃は的確で、コロドは嫌がる様子を見せていた。
バルサが優勢に見えたが、次第にコロドはときどき、ぴたっと止まり、妙な間をバルサにみせるようになった。
「あの人、息が深い……」
その様子を見ていたフィーナが口走った。
「息が深い?」
サラがフィーナを見ると、フィーナはもう一度数を数えてから話し出した。
「……やっぱり。あの人、他の人より多分一度にすえる空気の量が大きいんだと思います」
「それって何か変わるの?」
「無呼吸で運動できるってことですよ」
「無呼吸?」
「つまり、せーので打ち合いになった時、当然呼吸は止まってますよね」
「そうなの?」
「サラ様も、なにか重いものを持ったりするとき、息を止めませんか?」
「あっ、そうかも……!」
「相手よりも無呼吸で運動できるってことは、相手よりも長く打ち込むことができるってことです」
それはまさに、フィーナの言うとおりだった。
打ち込みあいになった時、バルサはコロドに競り負けるようになった。
しかも、そのはげしい打ち合いがなんども繰り返されることによって、バルサの呼吸は次第に乱れ、いつの間にかバルサは肩で息をするようになった。
単に技術だけの話ならば、バルサの方がやや上手にも思えた。
だが、力業での激しい打ち合いに持ち込まれると、とたんバルサは押されてしまうのだ。
次第に疲労の濃くなったバルサは、甲冑の重みも加わり、とたん動きが鈍くなった。
そこをうたれ、バルサは地に伏し、降伏を余儀なくされた。
・・・・・・
うなだれたバルサが控室に戻るのとひきかえに、第三ブロック選手入場を促すドラが鳴った。
サラはバルサの背中に向かって、生きて試合を終えただけで大成功だという思いを込めて力強い拍手を送った。
そして第三ブロック準々決勝戦の、モリスとアッシムが遊技場へ現れた。
アッシムは褐色の肌に革の胸当てや手首皮布を巻いて、傭兵の中ではかなり身軽そうないでたちである。
モリスはバルサとは違い、やや軽装の防具で現れた。
アッシムのほうがやや体格に勝るが、剣だけを比べればモリスはやや長く重い。
アッシムの月型の剣はパワーというより速さがものをいう中から短という長さと重さの代物である。
いろいろと考えた末に、駆動力を著しく下げる防具は避けるがよしという判断を下したのだ。
そうだとしても、アッシムの剣の鋭さは食らえば腕の耳や鼻などスッパリと持っていきそうな鋭さである。
サラはそう思うと背中がぞくっと震えるのだった。
試合開始のドラが鳴った。
同時に、アッシムは得意の二刀流をまるで曲芸のようにひゅんひゅんと回し始めた。
剣の長さだけで言えば、間合いはモリスの方が長い。
だが、二本の剣というのがやっかいである。
モリスは体をやや低くして、アッシムの動きを伺った。
「うーん、モリス様、ちょっと不利ですね……」
そういったのはフィーナだった。
不利だという話など聞きたくなかったが、言われてしまったらサラは聞くしかなかった。
「アッシムのリズムはとても速い。しかも、前の試合であの剣の回転は倍とは言いませんが、段増しに速くなりました。
モリス様は重装備ではありませんし体力も温存していますから今は十分対応できるでしょうが、速くなった時にはてこずるでしょう。
それに、ふたりはリズムがばらばらです。そうした相手と戦うのは、似た相手と戦うより難しいですが、先にはめたほうが断然有利です」
「はめるってどいういこと?」
「相手を自分のペースや戦略にはめるということです。モリス様が対アッシム戦にどのような策があるのかが課題ですが……」
アッシムは次第に剣の回転の軌道を単調な円周の軌道から、上下左右、斜め上下にはちの字と自在に変え始めた。
そして、まったくどのタイミングかを気づかせない攻撃で、モリスを左右に振りながらじわじわと後ろに下がらせた。
モリスは剣でかわし時に自ら避け、剣で剣を跳ね返し時に反撃を振るったが、
間合いはすっかり読まれているらしく、アッシムの足はまるでステップを踏んでいるかのようにモリスの攻撃を避けた。
その様子は、観客にもサラにも格の違いをはっきりと見せつけるようであった。
キンキンと剣のぶつかる音が鳴り響くうち、モリスはふいをつかれた。
あっと気がついたときには、モリス顔面に向かってアッシムの剣が高速で振り下ろされていた。
振り下ろしたばかりの剣では間に合わない。
かといって避けられもしない。
アッシムが捉えた、と思ったその一撃は、ギンと音を立てて跳ね返された。
モリスの腕につけられた鉄製の腕防具がそれを受け切ったのだ。
サラは、一瞬息が止まる思いでそれを見ていた。
一つ間違えば、腕か手首が飛んでいたかもしれない。
サラは思わず自分の腕を確かめるようにぎゅっと握った。
「モリス、がんばって!」
サラは叫んでいた。
歓声の中では聞こえないかもしれないが、応援してくれといったモリスにサラがしてやれることはこれしかない。
勝たなくてもいい、ただ、無事でさえいてくれれば……! …………
再び、ギンと鈍い鉄の衝突音がした。
押されたモリスが再び腕防具で剣を受けたのだ。
そのたびにサラの背中には冷たいものが走った。
モリスの腕からいつ鮮血が飛ぶまいかと、頭の中はそれだけだった。
それだというのに、次にモリスはサラの予想を覆す行動に出た。
なんと、腕の防具を外したのだ。
モリスにとってはその重量が枷になっていたのだろう。
だが見ているだけのサラには、みずから腕を差し出す行為に思えた。
「なんで……! や、やめて、モリス……」
サラは聞こえないのはわかっていたが、そうつぶやいていた。
モリスはやや後ろに下がったところから身軽になった腕をふって、そしてアッシムに構えなおした。
アッシムはすこしばかり間を置いた後、シュラシュラと回転し始めた腕の速度を次第にあげ、先ほどより数段速く剣を回している。
モリスとアッシムは互いに見合った。
そして、一方が動くのに反応して、もう一方が前進した。
その衝突は激しく、二つの影は素早く中央へ向かったかと思うと、一瞬のうちに破裂するように分かれた。
「がっ、あっ!」
次の瞬間、砂には血が飛び散り、その砂の上にどさっと白い腕が落ちた。…………
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