【完】姪と僕とのグルメ事件簿【ミステリーオムニバスシリーズ1~4】

国府知里

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JK探偵・小野田怜奈の事件簿

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 館の奥、応接室に通された怜奈は、館の台帳を閲覧していた。展示物の搬入記録、夜間の警備記録、そして出入りした人物の名簿。

 「この“水谷蓮司”って……前の修復責任者?」

 詩織がうなずいた。「ええ、でも今は連絡が取れないの。展示前に体調不良で急に降板して……それ以来、連絡が途絶えてる」

 「逃げたってことは?」怜奈はメモを取りながら尋ねた。

 「わからない。でも……あの絵には、妙な噂があるの」

 詩織の語る噂はこうだった。『風の肖像』を描いた画家――乃木琢磨(のぎたくま)は、戦後すぐに行方不明になったという。そしてこの絵に関わった者が、次々と事故や病に倒れている。

 「呪い、ってやつ……?」

 「私はそうは思っていない。けれど、この館に“何か”があるのは確か」

 その“何か”を突き止めるには、画家・乃木琢磨の過去を掘るしかない。

 「マル、横浜の県立図書館に行くわ。昭和二十年代の美術雑誌、漁らなくちゃ」

 こうして怜奈の“現代と過去をつなぐ捜査”が始まった。

 その夜、館の地下室で、少女・凛音がひとり、薄闇の中で誰かに語りかけていた。

 「……あなた、もう帰ってきてるんでしょ。私、全部、知ってるから」

 その言葉は、館の静寂に沈んでいった。


 ***

 翌朝――怜奈は、横浜県立図書館の閲覧席にいた。

 テーブルの上には、昭和二十年代の美術雑誌と画家年鑑。コーヒーの香りが漂うなか、怜奈はひとつの特集記事に目を留めた。

 《特異なる風景画家・乃木琢磨と「空白の三年間」》

 その記事には、乃木が戦時中、海軍の従軍画家として東南アジアに派遣され、戦後は画壇から忽然と姿を消したとあった。

 「“空白の三年間”……行方不明になる直前、彼が最後に描いたのが『風の肖像』ってわけね」

 写真には、若き乃木が穏やかな表情で立っていた。だが、その背後にある小さなスケッチには、どこか“今の館”と似た風景があった。

 「……この場所、旧野澤邸……?」

 そこから怜奈の推理が進み始める。

 午後、館に戻った怜奈は、応接室で詩織と凛音を前に一枚のスケッチを広げた。

 「乃木琢磨は、戦後にこの館に来たわ。そしてこの館の中で“ある肖像”を描いていた可能性がある」

 凛音が一瞬、まばたきを止めた。

 「……それって……誰の?」

 「まだ断定はできない。でも、“風の肖像”の筆致と、彼の戦前の絵には明らかな違いがあるの。これは、彼が“誰かに描かされた”絵」

 「描かされた……?」

 「依頼された、というより、むしろ“封じるために描いた”のかもしれない」

 怜奈は館の見取り図を広げ、消えた絵が置かれていた展示室の位置と、館の通風構造を重ねる。

 「この館にはもう一つ、未公開の“風の通り道”がある。館の設計者――アレックス・ドレイパーは、気流の研究者だった。その通風構造が、絵と何か関係しているなら……」

 彼女はふと思い出す。あのとき、マルが見つめていた、風の揺れるカーテン。

 その夜――怜奈は凛音の案内で、非公開区域である「塔屋」へ向かった。

 天井の梁がむき出しのその部屋は、館の最上部。開かずの間として閉ざされていたが、鍵は意外にも開いていた。

 「私、昔ここで寝てたの。お母さんが館に詰めてた頃……。夜になると、風の音が、絵の中から聞こえた」

 「絵の中から……?」

 凛音は怜奈を振り返らずに続ける。

 「でも、ある日、あの絵を見た人が、突然、倒れて……。それからお母さん、絵をどこかにしまったの」

 「その“倒れた人”って……水谷さん?」

 凛音の唇が、ひとりでに「うん」と動いた。

 塔屋の奥の壁に、微かな傷があるのを怜奈は見逃さなかった。マルがその前で座り込む。

 「マル、そこ?」

 ノミの跡のような削り痕。手で押すと、軽く壁板が外れた。

 中には、薄布にくるまれた木箱――そして“もう一枚の絵”。

 それは確かに、『風の肖像』と同じ構図、だが違っていた。

 絵の中の人物が、こちらを見ていない。

 「……この絵は、“風の肖像”の試作……?」

 裏に貼られた紙に、乃木の手でこう書かれていた。

 《風は封じた。誰も、呼び覚ましてはならない》

 怜奈は塔屋から降りながら、ぽつりと呟く。

 「これは、ただの盗難事件じゃない。何かを“消そうとした”者がいる。そしてそれは、未だにこの館にいる」

 マルが、小さく「ニャ」と鳴いた。

 その声が、まるで誰かに警告を発しているようだった。


 
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