【完】姪と僕とのグルメ事件簿【ミステリーオムニバスシリーズ1~4】

国府知里

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JK探偵・小野田怜奈の事件簿

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 翌朝――怜奈は館の広間で、詩織と凛音、そして黒古刑事を前に一つの仮説を提示していた。

 「“風の肖像”は盗まれたんじゃない。“隠された”のよ。そしてそれを行ったのは……この館にいる誰か」

 黒古が腕を組みながら眉をひそめる。

 「……動機は? 高額な美術品ならわかるが、これはあくまで伝説止まりの絵だろ」

 怜奈は静かにうなずいた。

 「ええ。でも、この絵には“罪”が封じられていたの。――過去に起きた、ある“死”」

 全員が息を呑んだ。

 怜奈は塔屋で見つけたもう一枚の“未完成の風の肖像”を、黒布の上に広げて見せる。

 「こちらが、乃木琢磨が最初に描いた『風の肖像』。でも、彼はこれを完成品として出さなかった」

 「なぜだ?」黒古が尋ねる。

 「描いた“モデル”が、完成後、亡くなったの。――この館で」

 全員が凍りつく。

 「……誰なの?」凛音が低い声で問うた。

 「――野澤伯爵家の令嬢。名は、野澤千紗。詩織さん、あなたの伯母にあたる人物ですね?」

 詩織が小さく頷いた。

 「……伯母は若いころ、事故で亡くなったと聞かされていた。でも……」

 「それは事故じゃなかったのかもしれない」怜奈は静かに言った。「伯爵家の“醜聞”を恐れ、彼女の死と肖像は“隠された”」

 怜奈は、館の風の通り道を地図と照合しながら話を続ける。

 「塔屋には風が集まり、そこから館中に吹き下ろす構造になってる。その塔の中に絵があったということは――彼女の“記憶”は、館に吹く風と一緒に巡っていたのよ」

 「そして、その記憶に触れた誰かが、壊れていった……」と小野田が呟いた。

 「だから、絵は“封じられた”。誰にも見られないように」

 「じゃあ、それを“再び展示した”詩織さんは……?」

 怜奈の視線に、詩織は言葉を絞り出した。

 「……私の父が、死ぬ前に言ったの。“本当の彼女を知る者は、もういない”って……。私は……千紗伯母様の真実を、世に出したかった」

 その夜、館の一角で何者かの足音が響いた。

 凛音が、絵を隠した小部屋に入っていく影を見つけ、マルが低く唸る。

 「……あなたなの?」

 灯りが差すと、そこにいたのは水谷蓮司――姿を消していた修復士だった。

 「……すまない……どうしても、あの絵を……処分しなければならなかった」

 水谷は震える手で古い日記を取り出す。

 そこには、戦後、乃木琢磨が千紗令嬢を描いたこと、その後に彼女が急死したこと、そして館が絵を“封印”するように命じた経緯が綴られていた。

 「修復の最中、私は……あの絵の“目”が、自分を見ている気がして……。怖くなった。でも、それはきっと、私の罪悪感だったんだ」

 「罪悪感?」怜奈が尋ねる。

 「……私は彼女の死の真相を、父から聞いていた。でも、誰にも言えなかった。守るべき人たちのために」

 怜奈は静かに言った。

 「真相は、誰かを断罪するためじゃない。……忘れ去られた者の声に、耳を傾けるためにあるの」

 黒古がポケットから手帳を出した。

 「この事件は、盗難でも傷害でもない。だが……記録には残しておく。風の肖像とともに」

 翌朝、展示室にはあらたな一枚の絵が飾られた。

 塔屋にあった“未完成の風の肖像”。

 そのそばに添えられた詩織の手書きのカードには、こう記されていた。

 《この絵は、忘れられた一人の女性の、静かな祈りである》

 そしてその脇に座る黒猫マルが、静かに目を閉じた。



 ***


 展示室の朝日が柔らかく差し込むなか、怜奈は静かに詩織と向き合っていた。

 「詩織さん、絵を隠した理由は……」

 詩織は深く息をつき、目を伏せる。

 「伯母の死の真相を知ったとき、私の中で何かが壊れたの。館に残された者たちを傷つけたくなくて……。でも、本当のことから目を背けるのは、もっと怖かった」

 怜奈は静かに頷いた。

 「だから絵を隠した。でも真実は、いつか誰かが見つけるものよね」

 その言葉を聞いて、黒古刑事が深く。

 「怜奈の言うとおりだ。過去と向き合う勇気があれば、真実は人を強くする」

 館の広間には、千紗令嬢の肖像の前に花が手向けられていた。

 詩織はゆっくりと立ち上がり、声を震わせながら言った。

 「伯母様、これでようやく安らかに眠れることでしょう」

 怜奈の胸に、切なさと同時に温かいものが満ちていった。

 その帰り、黒子の運転する車の中。怜奈は、ふとマルを膝に乗せて呟いた。

 「私もパパに、会いたくなっちゃったな……」

 マルは彼女の手を舐めて、静かに寄り添った。

 それは、失われた過去の影と向き合いながらも、

 新しい風を呼び込む物語の始まりだった。


 
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