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# 悪しき触手
しおりを挟むアンナは二つのドレスを見比べながら、いまだに決められずにいた。
(どうしよう……。しかたないわ両方持って行って、あとで決めよう)
アンナは衣装袋にいつものドレスと、ジェイダンにもらったドレスの両方を入れた。
「アンナ、ドレスは決まったかい」
ジェイダンがアンナの部屋にやってきた。
ジェイダンはアンナの同伴者らしく、高原に合いそうなイギリス仕立ての品のいいスーツに身に包んでいる。
「ケーキがちゃんとできるまで、ドレスの方に気が回らないの。とりあえず両方持っていくことにするわ」
ジェイダンはアンナから衣装袋を受け取ると同時に、アンナの頬に顔を寄せた。
「僕はどちらでも構わないよ。でもどちらかといえば、脱がせやすい方が僕はいいけど」
とたん、アンナは顔を真っ赤にした。
「なっ、なにをいうのよ!」
アンナは怒ったようにジェイダンをにらみつけたが、すぐに肩をおろし意識的に気持ちを落ち着かせるように言った。
「ジェイダン、お願いだから、今日はわたしをからかわないで。友だちの一生に一度のウェディグケーキを失敗したくないの。お願い」
「わかった、ごめん」
ジェイダンはすぐにあやまったが、その顔は反省していると見せかけて妙に明るい光がその眼に宿っている。
そして、衣装袋を持ちながら、両方の手をアンナに向かって差し出している。
「……ジェイダン……」
「今日はこれで最後にするから」
「でも、あなたのスーツがしわになっちゃうわ」
するとジェイダンは素早くジャケットを脱いで、再びアンナの前に手を広げた。
「わかったわ……」
アンナはため息をつきながら、ジェイダンの腕に抱かれて下階へ降りた。
山荘ミルクにつくと、新郎新婦への挨拶を軽く済ませ、アンナはすぐにコックコートに着替えてケーキの仕上げに取り掛かった。
アンナの手によって白い塔は見る間に輝きを増していく。
47パーセントのフレッシュクリームをいっぱいに使った、純白の壁。光を受けて輝く小さく咲いた青い花。象牙のような微妙な色合いをかもしたチョコレートとマジパンの天使。塔の下には緩やかなカーブの丘の上をレリーフの草花の模様が続いている。そこに降りかかるのは色付けされたシュガーパウダーだ。カラーグラテーションとかけ方で、まるで草原に風が吹いているように見える。
アンナは灯台の光の造作を確認し、灯りがちゃんとともるのを確かめて、ほっと息をついた。
そのとき、白いウェディングドレスを着た波江が厨房へやってきた。
「ああ、アンナ!」
「波江、ドレスが汚れるわよ!」
アンナは慌てたが、その後ろから波江の母親がドレスの裾を大切そうに抱きしめて立っていた。
「ごめんね、アンナちゃん、どうしてもこの子がお式の前にケーキを見たいというものだから」
「ああ、アンナ! すごくいい、とても素敵だわ!」
「よかった。わたしも今仕上げられて、ほっとしてるところ」
波江はケーキの周りを巡るように眺め、下から上を何度も見上げた。
「わたし、デザインを見たときにはもっとコミカルな感じなのかと思っていたけど、違ったのね。天使たちはまるで美術館の石膏像みたいだし、この丘もまるで風が吹いているみたい。なんだか、リアルなのにすごくファンタジーだわ……」
アンナはちょっと眉をあげた。
「……想像と違った……?」
すると波江はくるりと振り向いて首を大きく左右に振った。
「ううん! 想像以上でびっくりしたのよ! このまま家に飾りたいくらい素敵! 最高よ!」
「ああ……よかった!」
アンナはほっとして笑顔が漏れた。
波江の母も嬉しそうに笑っている。
「アンナちゃん、ありがとうね。波江のために、本当に素敵なケーキをありがとうね」
「こちらこそ、こんな素晴らしい日に作らせてもらえて心から嬉しいです。本当に今日はおめでとうございます」
互いに何度も頭を下げあい、互いにまだ泣かないのよとやりとりをし、ケーキを何枚も写真に収めてようやく気がすんだところで、波江と母親は控室へ戻っていった。
アンナは後片付けをして、ケーキをスタッフに頼むと、ようやく厨房を後にした。
厨房を出るとすぐ、ジェイダンが待っていた。
「うまく仕上がったかい」
「ええ、やれる限りのことはすべてやれたわ」
アンナは晴れやかに答えた。
アンナは大きく息をついた。
そしてジェイダンを見上げると親しみを込めた微笑みを浮かべた。
「ジェイダン、本当にありがとう。あなたがいなかったら、わたし今日のウェディングケーキを完成させられなかったわ」
「すべて君の力だよ」
「ううん、あなたのおかげよ。本当に力になってくれてありがとう。心から感謝してもしきれない」
ジェイダンも微笑みを返した。
「さあ、これでもう君を誘惑してもいいの?」
ジェイダンがそういうと、アンナはとたんしどろもどろになった。
「なっ……」
ジェイダンはその様子を楽しんだ後、冗談だよと言って笑った。
「さあ、コテージまで送るよ」
「ええ……、ありがとう」
アンナはなんとかそう答えた。
車に乗り込むと、衣装室がわりに押さえられている山荘からほど近いコテージの一つに向かった。
ジェイダンが衣装袋をコテージに運び、アンナがそれを受け取ってコテージの中へ入った。
「ここで見張ってようか?」
「ちゃんと鍵があるから大丈夫よ」
ドアが閉まり、ガチャと鍵の閉まる音を聞いて、ジェイダンはコテージを離れた。
(どっちのドレスを着てくるかな……? 高原に合いそうなのは初めて会ったときのあのドレスだな)
ジャケットを脱いで車の助手席のヘッドレストに吊るしかけたあと、伸びをしながらあたりを見わたした。
(山の紅葉が始まっている。本当に景色のいいところだな、ここは……)
ジェイダンは空気を胸いっぱいにすいこんた。
二十分立ち、三十分が過ぎた。
そしてもう四十分がたとうとしている。
女性の支度はそれなりに時間がかかるものだが、いつものアンナの支度に比べると時間がかかりすぎている。
ジェイダンはもう一度時計を確かめた。
せかすのは悪いだろうとおもっていたが、ジェイダンはついにコテージのドアをノックしてみた。
しかし返事がない。
(おかしいな……)
ジェイダンは念のために電話もかけてみた。
しかしつながらず、留守電のメッセージに切り替わってしまった。
(まさか、また足首を痛めたのか……?)
ジェイダンはもう一度ドア越しに呼び掛けた。
ドアノブに触れると、キイと音を立ててドアが開いた。
鍵がかかっていたはずだ。
だとすれば、アンナはもうコテージを出たのだろうか。
ジェイダンはドアを開けた。
アンナの姿はそこにはなかった。
だが、ジェイダンの顔を引きつらせるものがあった。
開かれた衣装袋と脱ぎ置かれたコックコートや衣服が置かれたベッドの上に、一枚の黒い名刺があった。
『 Corpse Nails 』
あの事件が起こった会員制ワインバーの名刺だった。
ジェイダンは名刺をつかみ取るとまじまじと見つめ、そして裏返した。
――第9コテージで待つ。
書きなぐられたメッセージを見るや、ジェイダンの頭は混乱した。
(なんだこれは!? 一体なにが起こってる? アンナ、無事なのか!?)
急いで車に乗り込むと、ジェイダンは第9コテージの位置を確認し、車を急いだ。
だとりつくと、第9コテージは複数あるコテージの中でも山際に建っており、どうやら日中でも木々の陰になる薄暗い場所にあった。
そこには、品川ナンバーの黒いバンが止めてある。
(あれか……!)
ジェイダンは車のナンバーと車種を確かめた。
そして、ジェイダンは祈るような気持ちでコテージのドアの前に立った。
(アンナ、無事でいてくれ……)
しかし、よく考えてみればなにもアンナを案ずること以外はなにも考えずにここへ来てしまった。
あの店の連中が普通ではないことはもうはっきりしている。
またドラッグかなにかを使用していれば、アンナもジェイダンも無事では済まないかもしれない。
(あのベニとかいう女……)
思い当たるとすればあの女だが、店長の鏡見も妙な感じの男だった。
ドラッグ常習者の上、相手がひとりではないとすれば、丸腰では心もとない。
ジェイダンはいったんコテージの階段を降り、木々の間から手ごろな枝を拾った。
そして意を決し、ジェイダンはコテージのドアを開いた。
ドアの向こうは薄暗い。だか、そこにある奇妙なものには見覚えがあった。
(あれは、ガラスケース……)
あの店にあったものと同じガラスの棺おけだ。
(まさか、アンナがここに……!?)
思わず駆け寄ったジェイダンだがガラスケースは空っぽだった。
「会いたかったわ……」
ぬるりとした声がして、ジェイダンは鋭く目を上げた。
いつ現れたのか、目の前には黒のタイトなボディスーツに身を包んだベニが立っていた。
ジェイダンは、やっぱりかと思ったが、それよりもアンナの行方がまだわかっていない。
このコテージ内にいるのだろうか。それとも他の場所にいるのだろうか。
「アンナはどこだ」
「気が早いのね。もう少しおしゃべりを楽しみましょうよ」
「アンナはどこだ」
ジェイダンは語気を荒げた。
しかしベニは少しも動じることなく体のラインをなぞるようにして腕を組んだ。
「あなたがちゃんといい子で言うことを聞いてくれるなら、ご褒美にあの子を差し上げてよ」
(やはり、この女はまともじゃない……。ここへ来る前に警察に連絡をした方がよかったか……?)
「アンナはどこだ。無事なんだろうな」
「すべてはあなた次第よ。でも、心配しなくていいわ。悪いようにはしないから」
ベニの怠惰な口調と一方的な要求にジェイダンはいら立ち、焦りを感じた。
(この女は信用できない、いっそ……)
ジェイダンは握りしめていた枝を持つ手に力を込めた。
「その棒をどうするの? まさかそれでわたしに挑もうというの?」
ベニがくっと笑った。
その瞬間だった。
ベニの顔がジェイダンの目の前にあった。
「やれるかどうか試してみたら?」
ジェイダンは恐怖と焦燥に駆られ、すかさず枝を打ち下した。
しかし、枝は空を切り、今度はベニの声が真後ろから聞こえた。
「あらあ、残念、無駄みたい」
ジェイダンの背中にぞわっと冷たい汗が吹き出た。
ベニはコツコツとヒールを鳴らして、ガラスケースの縁に腰かけた。
ジェイダンはへびににらまれたカエルのように身動きが取れない。
(なんなんだ、こいつ……)
ジェイダンには何が起こっているのかがわからない。
ジェイダンは体を鍛えている。
特別喧嘩が強いというつもりはないが、その気になればそれなりに戦えると思っていた。
動体視力や運動能力にはそれなりに自信がある。
だが、この女の俊敏さは普通ではない。
目で追うことすらできない。
そんな効果をもたらすドラッグがあるのだろうか。
(そういえば、アンナはドラックではないといっていたが……)
「わからないみたいだから教えてあげる。よく聞いて……」
ベニは頬づえをついた。
「コープスネイルズがシークレットバーだったのには理由があるのよ。
お客様はみんなもれなくビップなの。
わたしたちはみんな選ばれた民なの」
「……」
「喜びなさい。あなたは、わたしに選ばれたのよ」
ジェイダンは苦々しく吐き捨てた。
「死体愛好家とドラッグ中毒者が選ばれた民? 冗談にしてもつまらなさすぎる」
「あらあ、ガラスのケースに入っていたのは、死体じゃないわよ。だから本当はね、死体愛好家じゃないのよ。みんな生きている人間が好きなの」
「は……?」
ベニは、にまっと唇をゆがめた。
「みんな、生きてる人間の血が好きなの」
ベニが唐突に立ち上がり、ジェイダンの周りをコツコツと歩き始めた。
「昔に比べて、今は情報社会でしょ? だから、わたしたちみたいな民はとっても生きづらいのよね。
それで、ああして安全に人間の血を供給できる場所が必要なの。
もちろん、人間たちにも了解を得てるのよ。
血を売ってでもお金が欲しい人間や、生きていたくないけど死にたくもない人間がたくさんいるの。わたしも前はそうした人間の一人だったわ……」
(なにをいっているんだ、こいつ……)
「ガラスケースの子たちは、鏡見が調合した薬を飲んであそこに入るの。そうすると、夜な夜なお客さんが来て、並んだガラスケースのなかから好きなボトルを選んぶのよ。そして、注射器でこう……ね? 血を取って、グラスに注いでいただくのよ。ボトルの子たちは眠っているからちっとも痛くないし、怖くもない。ただ、ときどき熱心なお客さんがボトルの子をどうしても欲しがってしまうことがある。それはそのとき、本人同士の交渉しだいよ」
ざわざわとした嫌悪を感じつつも、ジェイダンの理性がなんとかそれを押さえつけていた。
(こんなB級映画みたいな話を誰が信じる? こいつの目的は一体なんだ?)
「わたしは、あるお客さんにどうしてもって望まれて、選民になったのよ。
こちら側へ来たとき、全てが変わったわ。これまでの人間として生きてきたすべてがまるでうそのよう。
人間がなんて愚かでなんて弱い生き物なのか、わたしたちがどれだけ強くどれほど気高い生き物なのかを、わたしはそのときようやく理解したの。あなたにも同じ思いをさせてあげるわよ」
ジェイダンは油断なくベニを視線で追いながら、つとめて冷静にいった。
「ひとり芝居は終わったか? そろそろ質問に答えてくれないか、こっちはそれほど暇じゃないんでね」
「信じてないのね? しかたないわ、それなら信じざるを得ないようにしてあげる」
ベニはコテージのドアを開けた。
そしてついてくるようにジェイダンに視線を投げた。
コテージを出たベニは黒のバンの運転席に乗りこんだ。
ジェイダンもそれに倣って助手席に乗り込んだ。
前座席の後ろはフラットフロアになっていて、そこにはもうひとつのガラスの棺おけが載っていた。
そのケースの中にもアンナの姿はなく、ジェイダンは小さく息をついた。
車はコテージ間を行き来する道から、木々と木々の隙間を縫うように森の中へ入っていった。
そしてすっかり人目がつかないところまで来ると、車が止まった。
背の高い木々に囲まれ、昼間とはいえ肌寒い。
ジェイダンはジャケットを車の中に置いてきたことをふと思い出した。
「見て」
ベニがおもむろに指を差した。
「アンナ!」
指の先には信じられない光景があった。
木々の間に苔むした大きな岩がある。
出会った日のドレスを着たアンナがその上に、まるでいけにえに捧げられるかのように仰向けに寝かされていたのだ。
ジェイダンの思考は怒りで乱れ、名前を叫ぶと一心不乱にアンナに駆け寄った。
「アンナ!」
アンナは気を失ってはいたが、呼吸も脈もあった。目立った傷もない。
アンナを抱き起そうとしたその時だった。
アンナの身体が突然持ち上がり、見る間に空へ向かって登っていく。
見ると、アンナの両足首には登山用のザイルがくくられており、その先は高い木の枝に、そしてその先をたどっていくと、ザイルの先はベニの手の中にあった。
アンナは足を上に宙づり状態になっていた。
「なんてことを……! アンナを離せ!」
「離していいの? 岩に向かって真っ逆さまよ」
「ぐ……!」
ジェイダンは岩にのぼり、アンナを見上げた。真下から見るアンナはぶらりと腕がたれ、髪が風にあおられて揺れている。ジェイダンは手を伸ばすが、もう少しのところで届かない。
「アンナを降ろせ!」
「降ろすわけないわ」
ベニはさらにザイルを引いた。
ジェイダンの手からアンナはさらに遠ざかっていく。
「さあ、これでわたしのいうことを聞く気になったでしょ?」
ジェイダンは今までになく気味の悪いベニの笑い声に戦慄した。
「……僕に、どうしろというんだ……」
ベニは胸元から小さなプラ容器を取り出した。
「まずこれを飲んでもらうわ」
ベニはが容器を投げ、ジェイダンはそれを受け取った。
中には無色透明な液体が入っていた。
「なんだこれは……」
「鏡見が調合した薬よ。大丈夫、ちょっと眠くなるだけで害はないから」
「……これを飲んだら、アンナを解放してくれるんだろうな?」
「ええ。楽しい空中遊泳から解放してあげる」
ジェイダンは歯ぎしりした。
ベニのいうことが信頼できるという確証はまったくない。
しかし、他の手立てが見つからない。
アンナの安全を握られた以上、ジェイダンに選択の余地はない。
(アンナ……)
ジェイダンはもう一度アンナを見上げ、意を決して容器のふたを取った。
その時だ。
「飲むな!」
その声はバンを止めた先から聞こえてきた。
聞き覚えのある声だが、誰だか思い出せない。
姿が見えて、ジェイダンは思いもよらなかったその人物に目を見開いた。
「それを飲むんじゃない、ジェイダン君」
息を切らせて手に聖書を突き出しているのは、二場牧師だった。
この時間といえば、二場は山荘ミルクで新郎新婦の前に立っているはずだ。
「なぜ、あなたが……」
「そんなことはどうでもいい。ジェイダン君、それを飲むな。そしてそこを動くなよ。もし宮岡さんが落ちてきたら、君が受け止めるんだ」
ベニはお呼びでない登場人物のおかげで、明らかさまに不機嫌な顔つきになった。
二場はすかさず声を張り上げた。
「悪しき者よ、神の名において命ずる、今すぐここから立ち去れ」
二場が聖書を手にベニに近づくと、ベニはにわかに後ずさった。
「去らぬのなら、おまえの耳に神の言葉を入れてやろう。ヨハネ一章一の十四節」
「やめろ!」
ベニの叫びに動じることなく、二場は聖書の一節を唱え始めた。
「やめろ、やめろ!」
ベニはぎりぎりと歯を鳴らした。
二場の暗唱は途切れることなく、つぎの一節に進んだ。
「やめろ、やめろ……っ!」
ジェイダンはまさか目の前で悪魔祓いが始まるとは思わなかったが、ベニの様子をみれば、二場の放つ聖書の言葉には、まがまがしいベニの気を退ける何かがあるらしい。
ジェイダンはそれを信じられない思いで見つめていた。
しかし、状況が一変した。
聖書を唱える二場の後ろに、いつの間にか黒い影が立っていたのだ。
「鏡見!」
ベニは額に汗をしながら、助けを求めるように叫んだ。
「鏡見、お願いよ、そいつを黙らせて」
鏡見はいつかのように店長然としたスーツ姿でそこに立っていた。
挟まれた二場は一瞬たじろいだが、さらに声を大きく張り上げた。
鏡見はちらりとジェイダンを見た。
(まずい……今はここを動けない……!)
ジェイダンは焦り、アンナと二場の交互を見やった。
次の瞬間、鏡見の姿が音もなく消えた。
(どこへ……!?)
ジェイダンはあたりを見わたした。
二場は驚いたように、声を失った。
(どこだ、どこだ……!)
なんどもあたりに目を向けた後、暗唱の止まった二場が一点を見ているのに気が付いた。
同じ方向を見ると、ジェイダンは鏡見の予想外の行動に目を疑った。
「申し訳ありませんでした、戸川様」
鏡見はさきほどまでベニが立っていたその場所に立ち、ザイルを手にしていた。
そしてもう一方の手にはベニの首根っこを掴んでいる。
しかしよく見ると、それは前後が反転している。明らかに折れていた。……
「腹立ちまぎれにベニが店をめちゃくちゃにしてくれたので、探していたんです。
ベニはあなたに執着していましたから、あなたを追っていれば見つかるだろうと思っていました。
バーでの一件をわたしが治めるはずでしたが、このような騒ぎを引き起こすことになってしまい、申し訳なく思っています。
ベニは我々の手で処分しますので、どうか納めていただけませんでしょうか」
鏡見の表情はそれほど暗くは見えなかったが、その声ははるか暗く冷たく聞こえた。
それは、ジェイダンや二場に向けられたというよりは、ベニに対して向けられた気配のようだった。
「お、おまえたちはいったい……」
「お話してもいいですが、この世の中には知らなければよかったということも多くございますよ」
「……」
「アンナ様を降ろします」
鏡見がゆっくりとアンナを降ろし、ようやくアンナがジェイダンの手の届くところへ戻ってきた。
ジェイダンはアンナをひっしと抱きしめた。
(ああ、アンナ、よかった……!)
相変わらず意識はなかったが、大きなケガもなく命が無事だったことにジェイダンは心底ほっとした。
「宮岡さんは大丈夫かい? ジェイダン君、君も?」
「ええ、大丈夫です……」
駆け寄ってきた二場がアンナとジェイダンの顔を交互に見た。
その時、バンが勢いよく走り去っていった。
「そういえば、二場牧師、どうしてここがわかったんですか?」
「ああ、ヒューという子が僕を呼びに来たんだよ」
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