【蹉跌の月】

有城 沙生

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『ひとりごつ』side;志山

3──ゴトビキ

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 睨めっこから先に視線を外したのはセイレン様だった。
 碧色の瞳に銀色の睫毛がかかり、視線はベッドに眠る佐東さんへと注がれる。

『この者は……ミリアか』
 顔も歳も違う筈なのに、断言している。
「私には分かりません」
『心馳が同じだ』
 愛し気に彼女を見つめる瞳に、きゅんとする。

 それから、またしても憎々しげな目をされたけど、仕事をするために一旦別れた。
 セイレン様は私にしか見えてないみたいだし、ホログラムな体は物に触れないようだ。

 運良く風太に会ったので、事の一端を話す。
「……と、云うことで今夜セイレン様を連れて帰ろうと思うんだけど…」
 あ、なんか怖い顔になった。
 それは、それで良い。
「ふぅ…分かってる?おれ以外の男と、二人っきりになりたいって言ってるんだよ?」
 おれ?…怒ってらっしゃいますね。
「……あ、はい」
 
「――なんて、冗談だよ。さっき母さんがまた、スマホゲームのやりすぎで指痛いって連絡あって、診に行くつもりだったから――でも間違いは起こさないようにね?」
「ホログラムと?」
 呆れたように、溜め息の連発。
 幸せ、逃げちゃうよ?……とか、言える雰囲気じゃないですね。
 
「君があっちに引きずられないようにってこと」
「?だってあっちに風太いないじゃん?行かないよ」
 って言ったら、風太、真っ赤。
 勝った。

 ――――そうして、セイレン様自身、八時間放置されている間に、この世界が自分の生まれた世界とは異なることや、自分の姿は私以外からは認識されていないことを悟ったらしい。

 聡いね、話が早いや。
 じゃ、就業後の看護師がいつまでも病室に居るのも何なんで出てもらっても……出られるのかな?
 出られました。
 幽霊って訳ではないんですね。

『今思えば羨慕していたんだ』
 私のアパートでホログラムなセイレン様は切り出した。
「単純なヤキモチではなくて?」
 すると、憎々しげな笑みを浮かべて
『それもある』
 ま、正直ですこと。

 自分と同じくらいの少年が、妹と楽しそうに一緒にいる事が許せなかった。
 ……ん、そうか…そうなんだね。
 風太、ごめんね。
 君もそうだったんだね。

 スマホで【デイムメイカー】のホームページを探して見せ、セイレン様の世界が、この世界の人間の創造物語の世界ではないか伝える。

『……全く知らない筈なのに妙に馴染むのはその所為か?落ち着きはしないが』
 って、セイレン様はキョロキョロと見回した。やん。あんまり見ないで。

『この女、随分様相が違うな』
 神妙な面持ちで、ヒロインを指差す。
「ヒロインに逢ったの?」
『マーリア、とか云ったか。ミリアを手に掛けようとしたので屠ろうとしたが仕留め損ねた』
 さらっと怖いこと言うなあ、おい。

「あの世界は、多分この子で成り立ってるから、無くすのはムリじゃないかなー。あなたたちがただ平穏に暮らしたいなら、この子が別の幸せを見つけることだと思うんですわ。」
『どう云うことだ?』
 
「物語とは言ったけど、結末自体はひとつじゃないの。それぞれは別々のものだから、関与はしない筈。
 本来、セイレン様とヒロイン…マーリアは複雑な手順を踏まないと出逢うことさえないんだけど。だから偶々出会ったんじゃないかな」

『……かの娘は、その物語とやらを知っているということか?』
「知っていたらなおのこと。今ここにいる貴方、“銀髪のセイレン様”には気付かないよ」
 ほら、と紅い髪の青年の立ち絵を見せる。
「ヒロインが出会うのは、この紅髪のセイレン様だから」
『これが…僕?』

 幼い妹の命を絶つことで発生する物語は、銀の髪のセイレン様とは別の話なんだろう。
『……』
 きっと、偶然、ヒロインが別のルートに迷い込んだ。
 それだけなんだ。

「貴方はあなたの物語を紡げばいいんじゃないかな」
『……あの時は済まなかった。でも何故、そんなに僕に優しく出来る?』

 セイレン様は項垂れている。
「んー…好き推しだからかな?」
『…でも…僕は……お前を……』
「んー…でも、それでここに戻れたんだし。そう思えば感謝します。怖かったけど」
 にーっと、態とらしく笑って見せる。

 押し問答が続くのは嫌だったので無理矢理話題をすり替えてみる。
「さあて!これは誰でしょう!」
『なんだ、この年の割に軽薄そうな男……若しやクリストファーか!』
「正解!流石!」

 軽そうで悪そうだとかぶつぶつ呟くセイレン様を微笑ましく思う。

『ありがとう』
 と、不意に言われたので
「どういたしまして」
 と、答えた。

――――
 
 ───翌日。
 
 セイレン様はあの病室にずっといた。

 回診のおり、視線が合うことがあるが何も話さない。
 視線さえ合わないときもある。
 ただひたすら、セイレン様はベッドの彼女を優しく見つめている。

 そうして――――波紋が落ち着くように緩やかに佐東さんは息を引き取った。彼女の胸の辺りから、柔らかな光が溢れ、セイレン様はその光を愛しそうに抱き締めて消えた。
 
 あの世界に魔法なんてなかったはずなのに。
 まるでお迎えに来た天使か、
 ――死神のようだ。

 臨終をご家族に伝えると、孫の世話で忙しくてすぐに行けない、と返された。
 これじゃ、仕方ないな、とも思う。

 誰も訪れなかった病室…
 訪れてくれた人を選んだだけの事。
 多分、それだけなんだ。

 病室でひとしきり泣いて、やるべきことをやって、ナースステーションに戻ると、主任様から少し早いけどあがって良いよと言われた。
「酷い顔をしてる。明日は休んでいいから」
 って、言われたけど、明日は元より休みです、主任様。
 それでも、早退はお言葉に甘えよう。
 
「ご迷惑をお掛けします」
 と、言うと、
「みんな志山には散々代わって貰ってるんだから、文句は言わせないわよ!」
 と、力強いお言葉。
 
 余力を振り絞って、顔に集中して笑顔…らしきものを形成して、
「ありがとうございま…」
 ぐらっ…と、脳みそが揺れる。
 
 立ちくらみ?
 音の無い映像が、ぼやけた視界に映る。
 ……あれ?なんで、風太がいるの?

「志ノ山くん、ナイスタイミング」
 風太の腕の中。よく知った固さ。
「連絡もらってよかったです。ホントにこの人は自分の事に無頓着で」
 ん?デジャブかな?
 
「――――そんなところも好きなんでしょ?」
 主任様?!
「当たり前じゃないですか!こんな頼もしい人、他にいます?」
 
「誰が、ゴリラだ?あ?」
「そこまでは言ってない」
「自覚があるのね?志山…」
 主任様、ひどい。

「くすっ、まあ、意識もあるし、志ノ山くんのお陰で打撲もなさそうだし…念のため精密検査しとく?」

 私は風太と顔を見合わせた。
 大袈裟な気はするけど…医者の不摂生で大事になるのはもっと嫌だ。
 
「今空いてるの…きっと、抜閥先生だけど」
 セクハラ大魔王!
「だめです!」風太、早い。
「今日は遠慮します…」
 
 下半身に力を込めて立ち上がる。
 ふらつきはあるけど、大丈夫…と、思ったら風太くんが支えてますね、はい。ありがとうございます。

「車回す?タクシーにする?」
「タクシーでお願いします」
 と告げて、風太を杖がわりにして更衣室へ向かう。
 
「明日、休みだけど検査しような」
「うん…折角、風太とお休み被ったのに…」
「健康あってのモノでしょ?ちゃんと一緒にいるから」
「ありがと」

 着替えてる最中にも、ふわっと意識が飛んだけど、踏ん張って、扉の外にいる風太の胸に倒れ込んだ。

「意識ある?」
「……ある。風太着替えてる…」
 眩暈と云うより、睡魔みたい。
 
「ん、家に帰ろうな。もう少し頑張れるか?車椅子、持ってくるか?」
「それは大丈夫です!頑張ります!」
「…ぷっ。そんなに頑張らないでいいから。しっかり掴まってな」
 ぎゅうと、風太の腕にしがみついた。

 タクシーに乗り込んで、風太に寄りかかる。
 するすると手の甲を撫でる指に、とろとろと溶ける意識。

 ――――目覚めたら、ベッドにおりましたとさ。
 スマホには主任様から、『明日、十時に円丸先生で予約入れといたから!』って、居酒屋でも予約したかのメッセージが入っていた。

――――

 次の日
 ───なんで、晴天なのよっ。
 
 まだ桜残ってるよ?花見に行こうよ。
 って言ったら、当然風太に怒られた。
 


 

 
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