【蹉跌の月】

有城 沙生

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『ひとりごつ』side;志山

4──フトダマ

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「さあ、模擬腕と思ってずぶっ、といくのよ、ずぶっと。」

 総合内科の外来。
 まずは、採血。
 私はこの春入ったぴちぴちの新人を指名した。
 
 この子、入って早々、手術番になって導入薬点滴を施したんだけど、前腕で上手く確保出来なくて、最終的に手首から入れて、プチトラウマを発症してる。
 ので、実験台を志願。

 前腕をゴムで絞めて、ぺしぺし。
 そこよ、そこ!ぐいっと…逃げた。
「もうちょい、力入れて血管固定して…ん、そう。ありんこ潰す位の勢いで……よし!やった!その感触、覚えときなね」

――

「…………また、実験台やったでしょ?」
「なぜ、お分かり?」
「腕、真っ黒」
「ありゃあ、こりゃ当分引かないねえ…」
「具合悪くて、検査に来てるのを忘れないで下さい?」
 
「使えるものは何でも使わなきゃだよ?……次は…MRI?!立ちくらみの検査に?!主任様、どんなセトリよ」
「期待の馬車馬を壊したくないんでしょ」
 風太は、ウホッって、ドラミングの仕草。
「誰が、マウンテンゴリラだ!」
「……そこまで言ってませんけど?さ、次いこ、『使えるものは使う』んでしょ?」
「……くぅ!」
 語るに落ちてしまいました。
 
 ……て、漫才を待合室で繰り広げていたら事務員さんに、「抜閥先生…」て呟かれた。
 お許しを!

 それから、心電図やら、レントゲンやら、胃カメラやらって、健康診断じゃないって!……ついでだからマンモグラフィーと子宮がんもやっとく?という同僚からの提案は謹んで辞退させていただきました。
 
 で、妊娠検査。
 しますよね、やっぱり。
 風太の顔を覗くと、いつもの笑顔。
「なんだったら、帰りに役所寄る?」
 って、牛丼屋じゃないんだから!

「なに?お腹空いたの?」
 …………一体この人は、私をどうしたいんだろう?

――――

 結局、妊娠はしていなかった。
 当たり前だけど。
 風太はちゃんと避妊してくれてるし、私も体調管理にピルを服用してる。
 「検査値が出るまでは何とも言えないけど、疲れからくるものだろうね。少しは、要領よく仕事しなさい」って円丸先生に怒られた。

「“だろうね”だって」
「だろうね。検査結果が出ないと、なんとも言えないさ……言えないけど……くそっ!大義名分がっ!」
 
「……風太さん?」
「これで、晴れて正々堂々、風花と籍を入れられると思ったのに!」
 いつも澄ました顔してるのに、子供みたい。
 
「ね?お役所行こうよ。貰お?婚姻届」
「でも、お父さんは?大丈夫?」
「一年もお試したんだもん。充分だよ。それとも何かな?風太は私に隠してる女でもいるのかな?」
 そんなわけないと思いながら、試すような台詞に後悔先に立たず。
 
「風花……ぼくの目を見て」
 言われて、じっと見る。
 瞳を、こんなにもちゃんと見たことないな。――あれ?風太の瞳って、灰…というか薄い緑が入ってるみたい。コンタクトしてないよね?

 で、つい自然と顔が近づいていると、「……こほん」とわざとらしい空咳がする。
 主任様っ!
「仲が良いのは分かったら、続きは家でする!で、志山は明日は日勤で、整形にヘルプ。体調を整えなさい」
 ありがたいお言葉。
 待合室のあちこちから、クスクスと聞こえてきて、風太は真っ赤で。多分私も真っ赤だ。

 それで、婚姻届もらって帰って、お父さんに連絡して。
 近々にお食事会になりました。
 志山が、志ノ山になる…。
 『ノ』しか変わらないとか…ちょっとしか思ってないもんっ!

 ――――

 整形の病棟は久しぶり。
 いつぶりだろ?
 この病院に来て、最初の配属だったから…三年?四年前?
 わー!
 風太と会ったのもその頃だっけ?
 まだ、学生だった風太。
 …………いかん。顔がにやける。

 六人部屋の――――術後のリハビリメインの患者さん達の検温。
 入り口側のカーテンを開ける。
「失礼します」
 わ、若い。
 中学生くらいの女の子。
 バイタル表を捲って、あ、高校生だ。
 顔色悪いけど、どうしたんだろ?
 お母さんらしき方と、スマホを弄ってる。
 
 …………あれ?
 「デイムメイカー」
 って、思わず言っちゃった。
 盗み見じゃん。
 ――ほら、戦いてる。
 
 いかん、いかん。気を取り戻して、
 「はじめまして。いつもは消化器病棟にいるんだけど、今日はヘルプなの。よろしくね」
 と、簡単に挨拶して体温計を額にかざす。
 スマホを弄りたくてしょうがないみたいだけど、どうしたんだろ?

「看護師さん、デイムメイカーをご存じなんですか?」
 と、スマホを見せてくれる。
 
 思い出すのは血塗れのイベント(笑)
 キラキラのセイレン様(恍惚)
 
「ええ。そのイベントにも行ったわよ」
「この!倒れたのってどなたなんですか?!血を吐いたって!」
 すごい勢いに押されそうだ。
 そばのお母さんも、ため息ついてる。
 どうしようかな?
 でも、心配でたまんないんだね。
 
 
「ふぅ……個人情報だから教えられないのよ」
 ふっ、て息を吹きかけたら、堪えた涙が目から溢れそうだ。

「……そんな泣きそうにしないの」
 ちょっと言い訳を探す。
 ん。 
「今の私はそのイベント会場に居合わせた一般人です」
 そう言って、大きく息を吸う。
 そっと、顔を近づけて
 
「勢雄 祥匡さんって方。血は吐いたけど、軽い胃潰瘍だから大丈夫。くれぐれも内緒だからね」
 耳元でこそっと、囁いた。

 ぱあっと、少女の顔に安堵が浮かぶ。
 ………お母様もですか?
 
 ――ああ、そうだ。
 それなら、私の夢も聞いてもらおうかな?
 夢物語って笑われるかな?それでもいいけど。
 
「代わりって言ったらなんだけど、今度、時間がある時にでも私の話、聞いてくれるかな?」

 ――――

「風太、あのね。あの夢の話をしてみたい子がいるんだ。……莫迦にされるかな?」
「――子?整形の骨折の子?」
「知ってる…よね。もしかして担当?」
「うん。あの子入学式の日に骨折したんだよ。ほら、風花が返り血を浴びてた日。彼女の結果を見に行ってたんだよ」
 家に帰って風太に話すと、風太の受け持ちの子だった。
「個人的な事は話せないけど、きっと、風花と趣味が合うと思うよ」
 って、それは個人的な事ではないんですか?
「あの子……面白いよ?」

 その、空白は何でしょう?いいけど。

 次の日、消化器の方も落ち着いてるし、整形も人がいるからと急遽、お休みとなった。
 ここまで来て。
 平日はお母さん看護師さんは働きたいのよね。
 
 病室に私服で入るのは中々恥ずかしい。ので、念のため建前。
「ホントは患者さんと個人的に仲良くしちゃダメなんだけどね。私、志山風花と言います」
「杉田 弥依です…」
 弥依って、みいって読むのね。
 可愛いのお…さて。

…………どう話そう?――――えーい!

「早速だけど…異世界転生って、どう思う?」
 ほら、面食らってる。

 ――――

「クリス様やセイレン様が若い…妹がいる…もしかして…あたしも同じような夢を見てるかも、です…」
 ぽそぽそと、言葉を選んで杉田さんが話す。
「セイレン様が大事にしてるなら…もしかして、あたしが産んだ子が、妹なのかもです」
 自信なさげなのは、子供を産んですぐに意識が遠のいて、目覚めると術後の処置室だったと。
「セイレン様も、クリス様がテルルから連れてきた子でした。クリス様が十二歳。セイレン様が七歳。ゲームではクリス様が二十歳の時にセイレン様が生まれているから、あり得ない年齢ですね」
「そうなの?具体的な年齢は知らないけど、私の時のセイレン様は十歳だった」
 
「志山さん?」
 杉田さんは、きょとんとしてる。
 そうですよね。
「はい。まだ、セイレン様を落とせてません。なので、一緒の夢と云うには、私も知らないことが多いです」
「……くすっ。でも、その子があたしの産んだ子なら…クリス様が育ててくれてるんですね。良かった」
 安堵の顔は、マリア様を連想させる。
 
「――あのね、実は三日前、セイレン様、この病院に来ていたのよ」
「何ですと!」
「そりゃあ、もう。ホログラムな美麗なセイレン様が漂っていたわよ、二日前」
「この病院に?」
「この病院に!」

 そんなことを話してたら、杉田さんはリハビリの時間になって出ていった。
 私は…杉田さんのお母様に捕まっていた。
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