成瀬さんは世渡りが下手すぎる

第一部

１２

「なあに？　それで、唯香ちゃん、怒って帰って来ちゃったってわけ？」
　
　なぜか、先週の金曜の夜から居座り続けているタケルが、唯香のピンクのギンガムチェックのエプロンを身に纏ってキッチンでオムライスを作っている。玉葱とガーリックとバターが醸し出す芳醇な香りが、食欲をそそった。
「はい、出来上がり！」
　タケルは、手慣れた手付きで、フライパンの上に薄く広げた卵でチキンライスをくるっと包み込みカタチを整えると、白いお皿に乗せて、唯香の元へスタイリッシュにサーブした。
「お客様、当店では、ケチャップでお客様の好きな文字やイラストを描かせていただくサービスを提供しておりますが、いかがいたしましょう？」

「そうね……じゃあ、『Be Happy』って描いてくださる？」
「かしこまりました。お嬢様！」
　そう言いながら、タケルは、これまた、手慣れた手付きで文字を描いた。少しだけ唯香の表情が柔らかくなった。

「アンタって、本当器用だし、気が利くわよね。私が男だったら嫁にもらいたいタイプだわ」
「よく言われるよー。長い間、女の子たちに寄生して生きてきたからねー。これくらいのサービス精神がなきゃ、ヒモ失格じゃん？」

（コイツ、ヒモに矜持持っちゃってるんだ。すげえな）

「まあ、価値観とか人それぞれだし、いいんだけどさ……あっ！　このオムライス美味しい！」
「だろっ？　幸せの隠し味入ってるから！　ねえ、唯香ちゃん、アイスコーヒー飲むでしょ？」

　そう言いながら、タケルはテキパキと動いた。男の役割とか女の役割とか関係なく、コイツと一緒になっていたら、それはそれで上手くいったかもしれないな、と唯香はふと思った。幸せの形なんて人それぞれなんだし、何も、周りの子たちが、ステレオタイプの人生を歩んでいるからといって自分もそれに合わせる必要などなかったのかもしれない。まあ、今さら思ってみたところで後の祭りだけれども。ディスプレイ式リビングテーブルの上に琥珀色のアイスコーヒーを置くと、やっと家事がひと段落ついた主婦みたいにふぅーっとため息を吐いて、タケルが唯香の正面に座った。