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第二部
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「へえ……元・扇重工かあ。優秀な人なんだね。でも、いくら、優秀な人だってさ、たかが二か月やそこらで、唯香ちゃんがうん十年間頑張って身に着けたスキルや人脈を追い越せるわけないと思うけどなあ」
ルウにこだわったタケル特性カレーをスプーンで口に運びながらタケルが言った。
「そうだといいんだけどね……」
「唯香ちゃん、珍しく弱気じゃん」
「私は、いつだって弱いわよ。何にも誇るべきものを持っていないから虚勢を張って生きているだけ」
「唯香ちゃんには“美貌”っていう、最大の武器があるじゃん! 美人が多いと評判の柊花大学の中でもいちばん綺麗な“ミス・柊花”の称号をもってるんだから、もっと自分に自信持ちなよっ!」
「じゃあ、なんで、アンタは、その元・ミスキャンを振って、他の女と結婚したのよ?」
唯香が、ぎろりとタケルを睨みつけると、タケルはカレーを喉に詰まらせて激しくむせた。
「そ……それは……」
喉に引っかかった異物を水で流し込んでから、タケルは、もごもごと口ごもった。
「まあ、いいわ。そんな過ぎ去った話は。ところで、タケルは“山崎洋子”っていう柊花の法学部の子知ってる? その元・扇重工のエリートさんのフルネームなんだけどね。独身らしいから、苗字は変わってないと思うの。タケル、バンドで人気あったし、女友達多かったじゃん? もしかしたら、他の学部の子でも憶えているかなあって思って」
「“やまざき ようこさん”? いや、知らないなあ。俺、女友達の名前なら全員憶えてるもんっ」
「アンタ、見知らぬ女に恨み買ってそうよね」
唯香は重い溜息を吐きながら言った。タケルには浮気癖がある。そのことで、何度大喧嘩をしたことか、と唯香は苦虫を嚙み潰したような顔をして言った。
「そういう、唯香ちゃんこそ、恨み買ってたんじゃないの?」
「はあ? 私が? ああ……無きにしも非ずかもねえ」
「心当たりあるの?」
「うーん……英文の一条 蘭とか」
「ああ、唯香ちゃんのせいで、ミスキャンの準ミスだった子ね」
「ちょっと、人聞きの悪い言い方しないでよ! 私、好きでミスキャン出たわけじゃないのに、一条に逆恨みされて大変だったんだからね!」
「あははっ! ごめん、ごめん! 確か、唯香ちゃんが仲良しだった栞ちゃんが推薦しちゃったんだよね」
「そうそう……今じゃもう、私の黒歴史以外のなにものでもないわ」
唯香は、重い溜息を吐いた。
「話戻すけどさ、山崎さんとは上手くやっているんだよね?」
「うん……彼女、欠陥がないんだよね。私に対しても礼儀正しいし。まさに私が待ち望んでいた人って感じなんだけど……あれだけ、苛々して怒鳴りあいのケンカばかりしてた小川のことを、たまに懐かしく思っちゃうのはどうしてなんだろうね?」
「それは、ほら、『手がかかる子ほど可愛い』って言うじゃん? 唯香ちゃん、無意識のうちに、小川さんに対して愛着が湧いていたんじゃない? とりあえずさ、こうして残業時間も減って唯香ちゃんが自由に使える時間が増えたわけだからさ、有意義に使ったほうがハッピーだと思うよ」
「うん、そうだね」
唯香は、浮かない笑顔を浮かべた。
ルウにこだわったタケル特性カレーをスプーンで口に運びながらタケルが言った。
「そうだといいんだけどね……」
「唯香ちゃん、珍しく弱気じゃん」
「私は、いつだって弱いわよ。何にも誇るべきものを持っていないから虚勢を張って生きているだけ」
「唯香ちゃんには“美貌”っていう、最大の武器があるじゃん! 美人が多いと評判の柊花大学の中でもいちばん綺麗な“ミス・柊花”の称号をもってるんだから、もっと自分に自信持ちなよっ!」
「じゃあ、なんで、アンタは、その元・ミスキャンを振って、他の女と結婚したのよ?」
唯香が、ぎろりとタケルを睨みつけると、タケルはカレーを喉に詰まらせて激しくむせた。
「そ……それは……」
喉に引っかかった異物を水で流し込んでから、タケルは、もごもごと口ごもった。
「まあ、いいわ。そんな過ぎ去った話は。ところで、タケルは“山崎洋子”っていう柊花の法学部の子知ってる? その元・扇重工のエリートさんのフルネームなんだけどね。独身らしいから、苗字は変わってないと思うの。タケル、バンドで人気あったし、女友達多かったじゃん? もしかしたら、他の学部の子でも憶えているかなあって思って」
「“やまざき ようこさん”? いや、知らないなあ。俺、女友達の名前なら全員憶えてるもんっ」
「アンタ、見知らぬ女に恨み買ってそうよね」
唯香は重い溜息を吐きながら言った。タケルには浮気癖がある。そのことで、何度大喧嘩をしたことか、と唯香は苦虫を嚙み潰したような顔をして言った。
「そういう、唯香ちゃんこそ、恨み買ってたんじゃないの?」
「はあ? 私が? ああ……無きにしも非ずかもねえ」
「心当たりあるの?」
「うーん……英文の一条 蘭とか」
「ああ、唯香ちゃんのせいで、ミスキャンの準ミスだった子ね」
「ちょっと、人聞きの悪い言い方しないでよ! 私、好きでミスキャン出たわけじゃないのに、一条に逆恨みされて大変だったんだからね!」
「あははっ! ごめん、ごめん! 確か、唯香ちゃんが仲良しだった栞ちゃんが推薦しちゃったんだよね」
「そうそう……今じゃもう、私の黒歴史以外のなにものでもないわ」
唯香は、重い溜息を吐いた。
「話戻すけどさ、山崎さんとは上手くやっているんだよね?」
「うん……彼女、欠陥がないんだよね。私に対しても礼儀正しいし。まさに私が待ち望んでいた人って感じなんだけど……あれだけ、苛々して怒鳴りあいのケンカばかりしてた小川のことを、たまに懐かしく思っちゃうのはどうしてなんだろうね?」
「それは、ほら、『手がかかる子ほど可愛い』って言うじゃん? 唯香ちゃん、無意識のうちに、小川さんに対して愛着が湧いていたんじゃない? とりあえずさ、こうして残業時間も減って唯香ちゃんが自由に使える時間が増えたわけだからさ、有意義に使ったほうがハッピーだと思うよ」
「うん、そうだね」
唯香は、浮かない笑顔を浮かべた。
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