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第二部
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土曜日の新宿駅周辺は人いきれで軽く吐き気を催すほどだった。柊花大学時代の仲良し四人組のひとり、佐藤栞と唯香は、お互い独身ということもあって、たまに、お茶したり飲みに行ったりしている。新宿駅南口から甲州街道を西へ少し歩いたところにある二人のお気に入りの喫茶店は決してオシャレな店ではないが、居心地の良い店だ。年季の入った木製のドアを押すと、ドアベルのカンラカンラという音が店内に響き渡り、中年の女性スタッフが二人を温かく迎え入れてくれた。人いきれから解放された二人は、ふうっと深いため息を吐き、コーヒーで乾いた喉を潤した。
「唯香、三十五歳にして、やっと春が来たね! おめでとう!」
栞の瞳は、心なしか、少し潤んでいるように見えた。
「いや、まだ、付き合って間もないし、結婚できるかどうか分かんないって!」
「でも、彼……岡崎さんだっけ? “結婚を前提に”って言ったんでしょう? 私たちくらいのトシになると、付き合ってから結婚するまでが早いっていうじゃん?」
「そう言うけどねえ……私たち、お互いのことよく分かってないし……それより、栞の方はどうなの? 和樹くんと結婚しないの?」
「うーん……かずくん、何考えてるかよくわかんないんだよねえ。私たちさあ、もう、五年も同棲してるのに……歩美と遥なんて、もう、二人も子供いるのにさあ……私、一生結婚できないのかなあ」
「そんなこと……」
と言い掛けて、唯香は慌てて口を噤んだ。
大学卒業後、五年間に渡りタケルと同棲し面倒をみてやった挙句の果てにポッと出の女に奪われたというトラウマを抱えている唯香が栞に期待を持たせるような言葉を掛けたところで何の説得力もないと思ったからだ。そして、胸の内を明かした栞が自らの発した言葉にハッとして唯香の顔色を窺っているのだから、とんだ笑い話だ。
「あっ! 男できたこと、タケルは知ってるの? ていうか、唯香、まだタケルと会ったりしてるの?」
唯香が、五年間の同棲の後タケルにポイ捨てされたことを栞に打ち明けた時、栞は烈火のごとく怒り狂った。それ以来、栞はタケルのことを忌み嫌っている。
「たまにメールとかでやり取りしているだけだよ……岡崎さんと結婚を前提に付き合うことになったことは報告したよ。タケル、すごく喜んでた」
さすがに、妻帯者となったタケルといまだに縁が切れていないなんて、栞に話せる筈もなく、唯香は、下手な嘘を吐くしかなかった。
「うーん……本当はメールもしない方がいいんだけど……タケルと会うなんてもってのほかだからね! たとえ、何もやましいことがなくてもね! 唯香、これは、あなたにとってのラストチャンスよっ! ぜーったいヘマしないでよね!」
「う……うん、わかってるって……大丈夫! タケルとは、本当に何もないんだから」
栞の目力に気圧されて、唯香の喉の奥から
「ごめんなさい」
という言葉が飛び出しそうになった。
「唯香、三十五歳にして、やっと春が来たね! おめでとう!」
栞の瞳は、心なしか、少し潤んでいるように見えた。
「いや、まだ、付き合って間もないし、結婚できるかどうか分かんないって!」
「でも、彼……岡崎さんだっけ? “結婚を前提に”って言ったんでしょう? 私たちくらいのトシになると、付き合ってから結婚するまでが早いっていうじゃん?」
「そう言うけどねえ……私たち、お互いのことよく分かってないし……それより、栞の方はどうなの? 和樹くんと結婚しないの?」
「うーん……かずくん、何考えてるかよくわかんないんだよねえ。私たちさあ、もう、五年も同棲してるのに……歩美と遥なんて、もう、二人も子供いるのにさあ……私、一生結婚できないのかなあ」
「そんなこと……」
と言い掛けて、唯香は慌てて口を噤んだ。
大学卒業後、五年間に渡りタケルと同棲し面倒をみてやった挙句の果てにポッと出の女に奪われたというトラウマを抱えている唯香が栞に期待を持たせるような言葉を掛けたところで何の説得力もないと思ったからだ。そして、胸の内を明かした栞が自らの発した言葉にハッとして唯香の顔色を窺っているのだから、とんだ笑い話だ。
「あっ! 男できたこと、タケルは知ってるの? ていうか、唯香、まだタケルと会ったりしてるの?」
唯香が、五年間の同棲の後タケルにポイ捨てされたことを栞に打ち明けた時、栞は烈火のごとく怒り狂った。それ以来、栞はタケルのことを忌み嫌っている。
「たまにメールとかでやり取りしているだけだよ……岡崎さんと結婚を前提に付き合うことになったことは報告したよ。タケル、すごく喜んでた」
さすがに、妻帯者となったタケルといまだに縁が切れていないなんて、栞に話せる筈もなく、唯香は、下手な嘘を吐くしかなかった。
「うーん……本当はメールもしない方がいいんだけど……タケルと会うなんてもってのほかだからね! たとえ、何もやましいことがなくてもね! 唯香、これは、あなたにとってのラストチャンスよっ! ぜーったいヘマしないでよね!」
「う……うん、わかってるって……大丈夫! タケルとは、本当に何もないんだから」
栞の目力に気圧されて、唯香の喉の奥から
「ごめんなさい」
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