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第二部
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その時、ベンチの後方から、
「洋子っ! もうやめろ! お願いだから、やめてくれっ!」
という、男性の悲痛な叫び声が聴こえてきた。その声の主を唯香は知っていたが、その男の今の姿を見るのは初めてだった。明日葉大学の大学院の卒業アルバムで見た山崎太一は、少しぽっちゃりしていたが、今の太一は痩せていて頬もこけていた。顔色も頗る悪い。洋子は立ち上がり、体全体に怒りのオーラを纏ったまま太一の方へ速足で歩いた。そこには、山崎太一の他に、娘の美鈴と思われる女児とタケルが立ち並んでいた。
「あなた……これは、一体どういうことなの?」
洋子に気圧されて、言い淀んでいる太一に代わって、
「私が、ここにお招きしたのよ」
と、唯香が言った。
「あんたが?」
と、言うなり、洋子は、けたたましく笑った。
「あんた、顔だけの世渡り下手のバカ女だと思ったら、私を嵌めるなんて、なかなかやるじゃない?」
「高田さん……申し訳ないけど、今の話は全部聞かせてもらったよ。もとはと言えば、俺の所為だったんだね……高田さんの心を傷つけてしまって本当にごめんね」
タケルが深々と頭を下げた。
「べ……べつに、タケルさんが悪いわけじゃないですし……」
「今は、唯香ちゃんと会っていないよ。俺の所為で散々辛い思いをしてきた唯香ちゃんが、やっと掴み掛けた幸せを俺が潰すわけにはいかないから。だから……その……もう、この辺で彼女のことを許してやってもらえないかな?」
タケルがそう言うと、洋子の瞳に怒りの炎が宿った。行き場のない怒りの礫が再び、唯香の方へと投げつけられそうになった、刹那、洋子の娘の美鈴が、
「お母さんっ! もう、やめてっ! そんな怖いお母さん、これ以上見たくないよっ! 帰って来てよ! 家に帰って来てよっ! 昔みたいに、お父さんとお母さんと私と三人で暮らそうよっ! 私……お母さんが居てくれないとダメみたい」
そう言って、昔の洋子によく似た娘は、号泣した。
「美鈴……私は、お父さんにもあなたにも暴力を振るった怖い母親なのよ? あなたは、こんなダメなお母さんでも必要としてくれるの?」
洋子は、美鈴を抱きしめながら言った。
「あの頃は、私、お母さんのことを憎んでた。いなくなればいいと思ってた。でも、実際いなくなったら……思い出すのは、お父さん、お母さんと私の三人で過ごした楽しかった思い出ばかりで……だから、帰って来てほしい。お願いだよ」
「洋子……俺からもお願いしたい。どうか、帰って来てくれないか? 君のことを追い出しておいて勝手なことを言っているのは重々承知の上でお願いしたい。美鈴も俺も、君がいないとダメなんだ! また、三人で暮らそう! これから先いろんなことがあるだろう。俺がダメになる時も、美鈴がダメになる時もあるかもしれない。そんな時は、ちゃんと逃げずに話し合おう。上手くいくように三人で考えよう。このとおりだ!」
そう言って、山崎太一と美鈴は、洋子に深々と頭を下げた。
「こんな……私を……必要として……くれて……ありがとう」
涙ながらに途切れ途切れに言葉を紡ぐ洋子の顔は、ごく普通の母親の顔だった。
「洋子っ! もうやめろ! お願いだから、やめてくれっ!」
という、男性の悲痛な叫び声が聴こえてきた。その声の主を唯香は知っていたが、その男の今の姿を見るのは初めてだった。明日葉大学の大学院の卒業アルバムで見た山崎太一は、少しぽっちゃりしていたが、今の太一は痩せていて頬もこけていた。顔色も頗る悪い。洋子は立ち上がり、体全体に怒りのオーラを纏ったまま太一の方へ速足で歩いた。そこには、山崎太一の他に、娘の美鈴と思われる女児とタケルが立ち並んでいた。
「あなた……これは、一体どういうことなの?」
洋子に気圧されて、言い淀んでいる太一に代わって、
「私が、ここにお招きしたのよ」
と、唯香が言った。
「あんたが?」
と、言うなり、洋子は、けたたましく笑った。
「あんた、顔だけの世渡り下手のバカ女だと思ったら、私を嵌めるなんて、なかなかやるじゃない?」
「高田さん……申し訳ないけど、今の話は全部聞かせてもらったよ。もとはと言えば、俺の所為だったんだね……高田さんの心を傷つけてしまって本当にごめんね」
タケルが深々と頭を下げた。
「べ……べつに、タケルさんが悪いわけじゃないですし……」
「今は、唯香ちゃんと会っていないよ。俺の所為で散々辛い思いをしてきた唯香ちゃんが、やっと掴み掛けた幸せを俺が潰すわけにはいかないから。だから……その……もう、この辺で彼女のことを許してやってもらえないかな?」
タケルがそう言うと、洋子の瞳に怒りの炎が宿った。行き場のない怒りの礫が再び、唯香の方へと投げつけられそうになった、刹那、洋子の娘の美鈴が、
「お母さんっ! もう、やめてっ! そんな怖いお母さん、これ以上見たくないよっ! 帰って来てよ! 家に帰って来てよっ! 昔みたいに、お父さんとお母さんと私と三人で暮らそうよっ! 私……お母さんが居てくれないとダメみたい」
そう言って、昔の洋子によく似た娘は、号泣した。
「美鈴……私は、お父さんにもあなたにも暴力を振るった怖い母親なのよ? あなたは、こんなダメなお母さんでも必要としてくれるの?」
洋子は、美鈴を抱きしめながら言った。
「あの頃は、私、お母さんのことを憎んでた。いなくなればいいと思ってた。でも、実際いなくなったら……思い出すのは、お父さん、お母さんと私の三人で過ごした楽しかった思い出ばかりで……だから、帰って来てほしい。お願いだよ」
「洋子……俺からもお願いしたい。どうか、帰って来てくれないか? 君のことを追い出しておいて勝手なことを言っているのは重々承知の上でお願いしたい。美鈴も俺も、君がいないとダメなんだ! また、三人で暮らそう! これから先いろんなことがあるだろう。俺がダメになる時も、美鈴がダメになる時もあるかもしれない。そんな時は、ちゃんと逃げずに話し合おう。上手くいくように三人で考えよう。このとおりだ!」
そう言って、山崎太一と美鈴は、洋子に深々と頭を下げた。
「こんな……私を……必要として……くれて……ありがとう」
涙ながらに途切れ途切れに言葉を紡ぐ洋子の顔は、ごく普通の母親の顔だった。
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