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第三部
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「あの子、めっちゃ気が弱い子だからさぁ、単独であんな大それたこと成し遂げたとは信じ難いんだよねぇ」
「でもさ、そういう、一見、気が弱そうな子ほど怒らせたら、何やらかすかわからないって考えることもできるよね?」
確かに、美希が懲戒解雇処分になった後、総務部人事課の中井課長の後ろに身を隠すようにして宇野沢課長と唯香の前に姿を現した若村沙織は、瘦せ細って気の弱そうな女だった。だからといって、気の弱そうな人間が大それた事件を起こすことができないと決めつけるのはおかしいと唯香は思った。山崎洋子も若村沙織と同様、真面目で地味な女だったけれども、寧ろ、そういう弱弱しそうな仮面を身に纏った人間の方が、想像を絶することをやってのけるのではないか? というのが唯香の考えだった。まあ、一概には言えないけれども。
「うん、唯香が言うこともわかるんだけどぉ……」
「そうでしょ?」
「すごく言いにくいんだけどぉ……あの子も昔、『岡崎さん、岡崎さんっ』って騒いでたしぃ。沙織が、私が誘った合コンで彼氏できてぇ、何かにつけてマウントとってきたから、けっこうムカついてぇ、ちょっと懲らしめちゃおうかなぁって思ったら、なんか、ちょろい男だったから盗っちゃったのぉ。そしたら、あの子、また、『岡崎さん、岡崎さんっ』て騒ぎ出しちゃってぇ……その頃は、岡崎さんには奥さんがいたんだけど夫婦仲あんまりうまくいってなかったみたいでぇ、若い女の子を弄んでたんだよねぇ。私はデブスだから、遊びの女でも勘弁って感じだったんだけど、沙織は、彼の守備範囲ギリギリセーフだったみたいでぇ……つまり、そういうことなのぉ……」
美希が嘘を吐いているようには見えない。それに、唯香にも、岡崎さんに対して腑に落ちないことがある。若村沙織が起こした事件と、唯香と美希が大喧嘩して唯香が辞表を提出するまで精神的に追い込まれた件とは直接繋がっているわけではないが、そもそも、唯香と美希が大喧嘩しなければ、極論を言えば、美希が子どもを使って夫以外の男と不適切な関係を持つような不真面目な社員でなかったなら、若村が『小川美希 懲戒解雇処分事件』を起こすこともなかっただろうし、唯香が、岡崎さんにデートに誘われることもなかっただろう。唯香は、岡崎さんと初めてふたりきりで食事をした、あの夏の雨の夜、赤色のオーニングテントの下でスマホの向こう側にいる“女”であろう人物を懸命に宥めるように話す彼の姿を忘れることができないし、『小川美希 懲戒解雇処分事件』と呼ばれ未だに八角重工の社員の間で未だに語り草となっている件とは無関係、と言い切った婚約者のことを心の底から信じることができないでいる。
「でもさ、そういう、一見、気が弱そうな子ほど怒らせたら、何やらかすかわからないって考えることもできるよね?」
確かに、美希が懲戒解雇処分になった後、総務部人事課の中井課長の後ろに身を隠すようにして宇野沢課長と唯香の前に姿を現した若村沙織は、瘦せ細って気の弱そうな女だった。だからといって、気の弱そうな人間が大それた事件を起こすことができないと決めつけるのはおかしいと唯香は思った。山崎洋子も若村沙織と同様、真面目で地味な女だったけれども、寧ろ、そういう弱弱しそうな仮面を身に纏った人間の方が、想像を絶することをやってのけるのではないか? というのが唯香の考えだった。まあ、一概には言えないけれども。
「うん、唯香が言うこともわかるんだけどぉ……」
「そうでしょ?」
「すごく言いにくいんだけどぉ……あの子も昔、『岡崎さん、岡崎さんっ』って騒いでたしぃ。沙織が、私が誘った合コンで彼氏できてぇ、何かにつけてマウントとってきたから、けっこうムカついてぇ、ちょっと懲らしめちゃおうかなぁって思ったら、なんか、ちょろい男だったから盗っちゃったのぉ。そしたら、あの子、また、『岡崎さん、岡崎さんっ』て騒ぎ出しちゃってぇ……その頃は、岡崎さんには奥さんがいたんだけど夫婦仲あんまりうまくいってなかったみたいでぇ、若い女の子を弄んでたんだよねぇ。私はデブスだから、遊びの女でも勘弁って感じだったんだけど、沙織は、彼の守備範囲ギリギリセーフだったみたいでぇ……つまり、そういうことなのぉ……」
美希が嘘を吐いているようには見えない。それに、唯香にも、岡崎さんに対して腑に落ちないことがある。若村沙織が起こした事件と、唯香と美希が大喧嘩して唯香が辞表を提出するまで精神的に追い込まれた件とは直接繋がっているわけではないが、そもそも、唯香と美希が大喧嘩しなければ、極論を言えば、美希が子どもを使って夫以外の男と不適切な関係を持つような不真面目な社員でなかったなら、若村が『小川美希 懲戒解雇処分事件』を起こすこともなかっただろうし、唯香が、岡崎さんにデートに誘われることもなかっただろう。唯香は、岡崎さんと初めてふたりきりで食事をした、あの夏の雨の夜、赤色のオーニングテントの下でスマホの向こう側にいる“女”であろう人物を懸命に宥めるように話す彼の姿を忘れることができないし、『小川美希 懲戒解雇処分事件』と呼ばれ未だに八角重工の社員の間で未だに語り草となっている件とは無関係、と言い切った婚約者のことを心の底から信じることができないでいる。
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