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第三部
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翌週の昼休み。唯香は、若村沙織が異動になった「管理部 業務課」へと出向いた。地下1階のいちばん奥にある「管理部 業務課」のドアをそっと開けると、唯香の耳に、中年女性が発していると思われるヒステリックなキンキン声が飛び込んできた。
「ほんっとうに、愚図な子ねっ! 何度、同じミスをしたら気が済むのよっ!」
キンキン声が聴こえる方へ唯香が視線を移すと、そこには、仁王立ちをしているでっぷりとした貫禄のある中年女性に罵声を浴びせられている若村沙織の姿があった。社内で若村沙織を見るのは「小川美希 懲戒解雇処分事件」以来、約一年ぶり。唯香が所属する「統括営業部 第一営業課」の第2会議室で対面した時以来だ。あの時の唯香は、美希への怒りで若村に同情を寄せていたため、若村への罰が、二週間の自宅謹慎と「総務部 人事課」から「管理部 業務課」への異動になるだけで済んだことにホッとしてすっかり忘れていたのだが、「管理部 業務課」への異動イコール“解雇処分”ということは、八角重工で何年も在籍している社員の間では暗黙の了解なのだ。「管理部 業務課」は別名“魔の巣窟”と呼ばれていて、それなりの問題を起こした社員が送られる最後の場所なのだ。当然、そこに集められた社員たちは、悪い意味で癖の強い人たちばかりで、並のメンタルの持ち主なら、もって三か月、豆腐メンタルなら即日辞める者も珍しくないと言われている。そんな劣悪な職場環境で一年近くも生き残っている若村沙織は、見た目の弱々しさとは裏腹に鋼のメンタルの持ち主なのだろうか? それとも、どうしても辞められない事情があるのか? 唯香は、お局的社員に一方的に罵声を浴びせられ俯いている若村の姿を見て、彼女の内面に秘められた強さのようなものを知りたいという好奇心に駆られた。
唯香の存在にまったく気付いていない、お局様っぽいご婦人と若村に近付き、
「あのう……お取込み中すみません……昼休みのチャイム鳴りましたけど、お急ぎのお仕事でしょうか?」
と、話し掛けると、ふたりとも、突然目の前に現れた(かのように見えた)唯香に驚きポップコーンが弾けるみたいに飛び上がった。そして、お局様風のご婦人が、
「ちょっと、誰かと思ったら、アナタ、第一営業課の成瀬さんじゃない? アナタもここに異動になったわけ?」
と、唯香を見下すように言った。
「ああ、いえいえ、そういうわけではないのですが、私、ちょっと、若村沙織さんに大事な用がありまして……もし、お昼休み時間を返上しなければならないほど急を要した事態でなければ、彼女、お借りしてもよろしいでしょうか?」
と、長身を活かして、小柄で横に大きいお局様風を見下し返して言うと、お局様風は、唯香に迫力負けしたのか、小さく舌打ちをして、
「まあ、続きは昼休みの後にしましょう!」
と言って、若村を解放した。フロアには、自席に腰掛けてカップラーメンを啜る中年の男性社員と、プロテインバーを齧りながらスマホでゲームをしている若い長髪の男性社員が居たが、このフロアが醸し出している異様な空気に慣れてしまったのか、この騒ぎの中でも微動だにしなかった。
「ほんっとうに、愚図な子ねっ! 何度、同じミスをしたら気が済むのよっ!」
キンキン声が聴こえる方へ唯香が視線を移すと、そこには、仁王立ちをしているでっぷりとした貫禄のある中年女性に罵声を浴びせられている若村沙織の姿があった。社内で若村沙織を見るのは「小川美希 懲戒解雇処分事件」以来、約一年ぶり。唯香が所属する「統括営業部 第一営業課」の第2会議室で対面した時以来だ。あの時の唯香は、美希への怒りで若村に同情を寄せていたため、若村への罰が、二週間の自宅謹慎と「総務部 人事課」から「管理部 業務課」への異動になるだけで済んだことにホッとしてすっかり忘れていたのだが、「管理部 業務課」への異動イコール“解雇処分”ということは、八角重工で何年も在籍している社員の間では暗黙の了解なのだ。「管理部 業務課」は別名“魔の巣窟”と呼ばれていて、それなりの問題を起こした社員が送られる最後の場所なのだ。当然、そこに集められた社員たちは、悪い意味で癖の強い人たちばかりで、並のメンタルの持ち主なら、もって三か月、豆腐メンタルなら即日辞める者も珍しくないと言われている。そんな劣悪な職場環境で一年近くも生き残っている若村沙織は、見た目の弱々しさとは裏腹に鋼のメンタルの持ち主なのだろうか? それとも、どうしても辞められない事情があるのか? 唯香は、お局的社員に一方的に罵声を浴びせられ俯いている若村の姿を見て、彼女の内面に秘められた強さのようなものを知りたいという好奇心に駆られた。
唯香の存在にまったく気付いていない、お局様っぽいご婦人と若村に近付き、
「あのう……お取込み中すみません……昼休みのチャイム鳴りましたけど、お急ぎのお仕事でしょうか?」
と、話し掛けると、ふたりとも、突然目の前に現れた(かのように見えた)唯香に驚きポップコーンが弾けるみたいに飛び上がった。そして、お局様風のご婦人が、
「ちょっと、誰かと思ったら、アナタ、第一営業課の成瀬さんじゃない? アナタもここに異動になったわけ?」
と、唯香を見下すように言った。
「ああ、いえいえ、そういうわけではないのですが、私、ちょっと、若村沙織さんに大事な用がありまして……もし、お昼休み時間を返上しなければならないほど急を要した事態でなければ、彼女、お借りしてもよろしいでしょうか?」
と、長身を活かして、小柄で横に大きいお局様風を見下し返して言うと、お局様風は、唯香に迫力負けしたのか、小さく舌打ちをして、
「まあ、続きは昼休みの後にしましょう!」
と言って、若村を解放した。フロアには、自席に腰掛けてカップラーメンを啜る中年の男性社員と、プロテインバーを齧りながらスマホでゲームをしている若い長髪の男性社員が居たが、このフロアが醸し出している異様な空気に慣れてしまったのか、この騒ぎの中でも微動だにしなかった。
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