成瀬さんは世渡りが下手すぎる

喜島 塔

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第三部

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「わあっ! 唯香さんと栞さんっ! すごくお綺麗っ! はじめまして! 紀伊せいらと申しますっ! ずっと、おふたりにはお会いしたかったんですっ! 今日は、ご多忙のところ私のリサイタルにお越しいただき、本当にありがとうございますっ!」

 無邪気に喜ぶ紀伊せいらは、華やかな薔薇の花というよりは、可憐なスズランの花といった感じだった。スズランの花同様、毒を内包しているかどうかは分からないけれども。実際に間近で見た彼女は、舞台上で演奏をしている時よりも、より小柄で華奢だった。長身でスレンダーのモデル体型の唯香とは、その体躯も印象も、まるで違うタイプの女だった。その小さな体から紡ぎ出す言葉は、俗っぽくいうなら、カワボ。小っちゃくて、ふわふわしていて、女の子っぽくて、守ってあげたいと思わせるオーラを醸し出していた。タケルには申し訳ないけど、ぶっちゃけ苦手なタイプだ、と唯香は思った。

「はじめまして。成瀬唯香なるせ ゆいかと申します。素晴らしいリサイタルにご招待いただき、アンコールで私がリクエストした『愛の夢』まで弾いてくださって本当にありがとうございます……生憎、“彼”は海外出張中でして、本当に残念がっておりました……その代わりといっては何ですが……」

 唯香が、栞を紀伊せいらに紹介しようと右隣りに座っている栞に目で合図を送ると、栞は、

「紀伊せいらさん、はじめまして。私が、唯香の婚約者のピンチヒッターの佐藤栞さとう しおりです。本日は、素晴らしい場にお招きいただき、ありがとうございます。私、一流のピアニストさんの演奏を生で聴いたの初めてで、もう、興奮しちゃって、まだ余韻が残っているんです!」
 と言った。さすがは、大手派遣会社で営業の仕事をしているだけあって、栞の作り笑いは、唯香とは比べ物にならないくらい洗練されている。

「そんな……勿体ないお言葉ですが、すごく嬉しいです」

 三人の女たちに囲まれてしどろもどろになっているタケルが、

「まあ、まあ、お堅い挨拶はそれくらいにしてさ、みんな、座ろうよ!」
 と言った。紀伊せいらは、当たり前のようにタケルの隣にするりと座り、タケルは、当たり前のように彼女の飲み物を注文した。

 三回目の乾杯を交わした後、タケルが、せいらに、

「あっ! そうだっ! これ、片山さんから、せいらちゃんに渡してって頼まれてたんだ」
 と言いながら、一旦バッグの中に戻した薄黄色の封筒を取り出し、せいらに手渡した。

「わあっ! 片山さん、この前のママ友会の写真プリントしてくれたんだぁ!」
 
 せいらは、弾けるような笑顔を浮かべ封筒から写真を取り出した。彼女が写真に気を取られている間に、唯香と栞はタケルに目配せをした。タケルは、写真を覗き込むようにして、

「わお! みんな美人さんだねえ! 唯香ちゃんと栞ちゃんにも見せてあげたら?」
 と言った。唯香は、心の中で「タケル、グッジョブ!」と叫んだ。
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