成瀬さんは世渡りが下手すぎる

第三部

３２

「ええ、そうね……人気者も大変なのよ……」

　今にも、片山に飛び掛かりそうな唯香を、栞がテーブルの下で制止し、タケルが唯香に代わって話を繋いだ。

「俺、一連の話きいてて解せないんだけどさあ、片山さんは、どうして、唯香ちゃんに嫌がらせをするの？　岡崎さんに未練があるわけじゃないんでしょう？」

「未練？　あるわけないじゃないっ！　あんな、クズ男っ！」

　片山は、怒気を帯びた口調で答えた。

「なら、岡崎さんが誰と再婚しようが何しようが、もう、片山さんには無関係な話だよねえ？　それとも、片山さん、今の暮らしに何か不満でもあるの？」

　タケルの質問に対し、片山は眉をひそめた。

「あるわけないでしょう？　せいらさんから聞いてるかもしれないけど、私の今の主人は大手不動産会社の社長なの。一社員の岡崎なんかとは比べ物にならないほど贅沢な暮らしと、可愛い一人娘。“女”としてこの世に生まれてきて、これ以上の幸せってある？」

「だったら、どうして、岡崎さんの再婚相手の唯香ちゃんに、こんな、嫌がらせをしたわけ？」

「“嫌がらせ”？　それは、違うわね。私は、岡崎の元妻として、親切に、岡崎遼という男の正体を教えてあげたのよ！」

「やっぱり解せないな。もし、親切心から唯香ちゃんに岡崎さんの負の側面を伝えたいのなら、せいらちゃんを通して俺に伝えるとか、他にやり方があった筈だよ。こんな、気味の悪い“警告状”を、毎日受け取る方の身になって考えてみなよ？　嫌がらせ以外のなにものでもないよ！」

　タケルの言葉を受けて、片山は俯き顔を両手で覆った。肩は小刻みに震えている。怒っているのか、泣いているのか、笑っているのか分からないが、彼女の感情が揺れ動いているのはよくわかった。そして、暫しの沈黙を破り、

「だって……再婚なんかされて、万が一、新しい女と幸せな家庭なんか築かれちゃったら、癪じゃない？」
　と、高笑いをしながら言い放った。

　どうやら、唯香に近付いてくる女たちは、唯香が幸せになることを容易に許してはくれないらしい。唯香の中で、怒り、悲しみ、その他の負の感情を闇鍋にしてぐつぐつ煮込んだような感情が沸き上がってきた。

「こんな、頭のおかしい女の言うこと、信用できないわっ！　今度、嫌がらせしてきたら、警察に突き出してやるからっ！」

　そう言って、個室を飛び出した唯香を栞が追いかけた。

「もう、金輪際、唯香ちゃんにも、せいらちゃんにも関わるなよっ！」

　そう言って、タケルも個室を後にした。ひとり残された片山　理花は、アイスティーのグラスに「Ryo ＆ Rika」と刻印された結婚指輪を浸した。

「どうぞ、お幸せにー」

　無機質な言の葉が、個室に空しく響いた。