4 / 18
4
しおりを挟む
枕元の時計に視線を移す。午前四時二十分を少し過ぎたところだ。昨日、何時に眠りに就いたのかは分からないが、何時間眠ったかなんて大した問題じゃない。仕事に行って、大事な商談やらプレゼンをしなけりゃいけないわけじゃあないのだもの。私は、アザラシみたいに、ごろんっと横を向いて背中を丸め膝をお腹の方に寄せてお腹に挟んだ風船を割らないみたいな慎重さでもってゆっくりと身体を起こす。何度も、ぎっくり腰をやっているから、そういうふうにして起き上がる癖が身体に染みついているのだ。ノベルにごはんをあげなければならない。私は、まるで、ノベルの母親にでもなったかのような使命感に駆られる。築三十八年の木造の家は経年劣化で其処彼処の床が弛んで抜けそうだから、私は、特に傷みが酷い床板を避けて階下の台所へと向かう。古い建物だから階段の勾配もきつい。傘寿を迎えた父は、とうとうこの階段の上り下りが出来なくなった。一階の和室に眠る両親はまだまだ夢の中だ。私は、和室と階段の間の廊下を通り過ぎ、居間のドアを開け家の北側にある台所に到着し、ノベルのごはんの用意をする。仔猫が我が家にいるなんて未だに信じられないし実感が湧かない。ガタがきているとはいえ一軒家に違いないのだから猫を飼おうが犬を飼おうがご近所の皆さんにご迷惑さえお掛けしなけりゃ構わないだろうと思われるかも知れないが、何せ、両親、特に父が動物嫌いなものだから、私は何十年も猫を迎え入れることを大反対されてきたのだ。条件付きだが、猫を飼っていいと許可が下りたのは年初の頃だ。多分、私がこの家を出るのを止めるための譲歩案だろう。私は、うつ病の他に、潰瘍性大腸炎という難病を患っている。五年ほど前、私は、他県で友人とルームシェアしながら激務(と言っても、私が大学を卒業してから転々としてきたブラック企業と比べたらマシだったと記憶しているが)をしていた。虚弱体質の身体と絹豆腐よりも柔い精神は、もぬけの殻になった築百年の襤褸屋敷が風雨やら害虫やらに蝕まれていくように、あれよあれよという間に崩壊した。しつこい下腹部痛と血の塊のような血便で眩暈を起こし、パソコン画面の文字がゆらゆらと踊っていた。鳴り止まぬ電話の音は苛々を増幅させ、増々病状は悪化した。流石にまずいなと思い、予定していた通院日を繰り上げた日に、主治医の先生から緊急入院するよう言い渡された。それから一回は会社復帰したものの二週間あまりで病状は増悪し、約一年の間に四回入退院を繰り返した。非正規社員だった私が復職できる筈もなく、私は、それ以降仕事ができないでいる。社会と接触することを極力避け、自室に引き籠り、日がな一日、執筆をする。プロの小説家じゃないから印税なんて一円も入ってきやしない。三食メシ付きの悠々自適な生活。ああ、呑気なもんだ、羨ましいと思われるだろう。実際、私の従姉妹などは口に出して言う。「いつまで遊んでいるの? 親も年老いたんだから、働いて少しは親孝行しなよ」と。彼女たちは、適齢期に結婚をして子を産んだ真人間だ。子もすくすくと育って大きくなったから、良い学校に行かせ良いパートナーと出会い結婚し子を得て模範的な良い人生を送らせるためにパートの仕事をして家計を支えている真人間だ。私のような社会の塵芥のような人間とは天と地の差。ああ、すごい、偉い、素晴らしい! ブラーヴォー! いや違った。女性にはブラーヴァ! を使うんだったっけ。こんなこと知っていたところで何の役にも立たないけれどもね。そうそう、どうして、猫を迎え入れることができたのかという話の途中だったね。私の話は、理路整然としていなくてすぐに脱線する。支離滅裂だ。『理路整然』の反対語は『支離滅裂』。これは知っている。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる