憂悶日和

喜島 塔

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 再び、話をもとに戻す。我が家に猫を迎え入れることができたのは、家庭内の不和を修復するためってところだろうね。どこの家だって大なり小なり問題はあるでしょうよ。何の問題もない完璧な家庭なんて、それこそ薄気味悪い。今でこそ少しマシになったけれども、私の母親は過保護で過干渉。「どこに行くの?」「何時に帰るの?」「誰と行くの?」「必ず連絡を入れてね」私は地元の高校を卒業した後、都内で一人暮らしをしながら大学に通っていたのだけれど、その時も大変だった。当時はスマートフォンなんてなかったから、固定電話で連絡を取り合っていたのだけれども、テニスサークルの先輩たちとオールで飲んで朝方アパートに帰ってきたら留守番電話のメッセージランプが赤くチカチカ点滅していて何十件ものメッセージが全部母からのものだったから、ゾッとしたっけ。大学を卒業して社会人になっても三十過ぎても四十過ぎても、それは改善されず、ちゃんと行先も宿泊するホテルも教えたのに観光の途中でたまたま電話に出られなかったからって、危うく捜索願を出されそうになったこともあったっけ。いい歳した大人同士、笑っちゃう。まあ、私は、物心ついた頃からセンシティブな子供で、登園拒否をしたり登校拒否をしたりしていたのだから、原因は生まれ持った性格や遺伝にあるのかもしれないけれども……過剰に干渉されることがストレスになって、私は、なんだか、自分が動物園の檻の中で暮らす見世物の動物みたいな息が詰まるような気持ちがして、執筆をしている時も、本を読んでいる時も、スマホを見ている時も、だらだらしている時も、眠っている時も、泣いている時も、笑っている時も、独り言を言っている時も……生きている限り、ずっとずっと、三歳児みたいに監視されて、何か一寸でも元気がないものなら、やれ何があった? 何が不満なんだ? と叱責されているみたいで、思わず「死にたい。生まれてきたくなんかなかった」と本音を言ったら、母はえんえんと泣き出して、異変に気付いた父が「何事だ?」と二階の自室に不躾に入って来て、てんやわんやの大騒ぎで、私は、風船が萎んでいくみたいに、どんどんどんどん小さくなっていって、
『ああ、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい……』
 と布団を被って涙と鼻水を垂れ流しながら、何百回も何千回も声を殺して叫んだんだっけ。そんな経緯で、、私は、メンタルクリニックにお世話になることになったのだ。
 そんな鬱屈とした日々を消化している折に、親友の松本まつもとが、家を出てルームシェアをしない? という話を持ち掛けてきたから、私は二つ返事で彼女の話に乗ったんだっけ。私が潰瘍性大腸炎で入院などしなければ、実家になど帰らずに、今も松本とルームシェアをしていたのかもしれないのだから、断る理由なんかないでしょう? まさに、福音。グッドニュース。こうして、私たちは、それぞれの環境を変えるために家を出ようとしたのだけれど、親が年金暮らしだったり、収入の問題があったりで不動産会社に体よく断られて、すっかりしょげちゃったんだ。嗚呼、私は、アパートも貸して貰えない社会の底辺、塵芥なんだってね。そしたら、更に気力がなくなって、死んでるみたいに毎日めそめそだらだら、あとどれだけ生きなければならないんだろうなんて考えながら、向精神薬だの睡眠薬だのをラムネでも飲み込むように次々にアルコールで流し込んで、それでも、死にたい、死にたい、死にたいの感情が湧き水みたいに湧出してきて、仔猫に引っ掻かれた程度のかすり傷を左の腕につけてみたり、手が届く範囲内にある物を片っ端から投げつけてみたりしたけれども、どうしても、生きようという気力が湧いてこなくて、かといって、自死するほどの勢いや勇気もなくて……見兼ねた親が、この家に住み続けるのなら猫を飼ってもいい。但し、一階の居住空間には絶対に来させないように、という条件付きの譲歩案を出してきて、他にこれといった策がない私は、その案に黙って頷くしかなかったわけなのです。嗚呼、親は後期高齢者になっても過保護で過干渉な親のままで、私は、人並みの生活ができない傲慢で我儘で繊細な三歳児のままで、この関係性はその命尽きるまで、ずっとずっと続くのだろうと悟った。
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