片翼を失ったピアニスト

喜島 塔

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第三章

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「その話、お母さんも賛成しているの?」
「ああ、母さんも賛成している」
 俺は、なんだか無性に虚しくなって、笑いが込み上げてきた。
「どうした? 父さん、面白いことでも言ったか?」
 父は怪訝そうな顔をしていた。
「いや……俺も、とうとう、厄介者に成り下がって、この家を追い出されるのかなあって思ったら、なんだか悲しいのを通り越して可笑しくてさ」
「違うんだ、舜! そんなふうに、悪い意味にとらないでおくれ! 自分をそんなに卑下するもんじゃない!」
「だったらさー、どうして、こんな大切な話をするのに母さんが不在なんだよ?」
「それは……」
 父は、申し訳なさそうに俯いた。
「知ってるよ! 明日は北海道で泉のコンサートがあるから、母さんも泉と一緒に前乗りしているんだろ? ステージママも大変だねえ」
 俺は、堪えていた怒りの感情の矛先が父に向かった。
「すまない、舜……俺たちはお前に、そんなに辛い思いをさせていたんだな。本当にすまない……でも、父さんたちの言い分をきいてくれないか? 決して、舜を追い出すとかそんなことじゃないんだよ」
「ああ、聞くよ、聞けばいいんだろう?」
 もう、俺は、怒るのも面倒くさくなっていた。
「泉は、慧都音楽大学附属高等学校に進学したいと言っているそうだ。海外の音楽院からもオファーが来ているんだけど、今はまだ、日本を拠点として活動したいらしい。ただ、夏休みなどの長期休暇を利用して、海外の権威ある指導者に師事したり、海外のコンクールにも意欲的にチャレンジしたいから、日本と海外を行き来することになる。当然、母さんも同行することになるし、俺は、元々仕事の関係でほとんど日本に居ないだろう? 舜を一人この家に残して行くことは、父さんも母さんも心配なんだよ。そこで、犬飼のおばあちゃんに相談したら、だったら、舜はこっちで暮らしたらいいって言ってくれて……おばあちゃんは子供の頃から舜のことを特に可愛がっていたし、舜だって、おばあちゃんのことが大好きだろう? 東京と犬飼とでは環境もガラッと変わる。都会で育ってきたお前にとって田舎で暮らすのは抵抗があるかもしれない。だから、良く考えて結論を出してくれたらいい。最善の策を家族皆で考えよう」

(なんだ……それっぽい理由を言っているけど、結局、俺を追い出したいんじゃないか)

「いいよ、俺、おばあちゃんちに行くよ」
 俺が即答したので、父は驚きを隠しきれていない様子だった。
「良く考えたのか?」
「考えるも何も、俺に選択肢なんてないじゃないか!」

 そう言いながらも俺は内心、ピアノから、優秀な双子の兄から、父から、そして……母から逃げ出すことができることに心底ホッとしていたのかもしれない。
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