22 / 121
第三章
6
しおりを挟む
「その話、お母さんも賛成しているの?」
「ああ、母さんも賛成している」
俺は、なんだか無性に虚しくなって、笑いが込み上げてきた。
「どうした? 父さん、面白いことでも言ったか?」
父は怪訝そうな顔をしていた。
「いや……俺も、とうとう、厄介者に成り下がって、この家を追い出されるのかなあって思ったら、なんだか悲しいのを通り越して可笑しくてさ」
「違うんだ、舜! そんなふうに、悪い意味にとらないでおくれ! 自分をそんなに卑下するもんじゃない!」
「だったらさー、どうして、こんな大切な話をするのに母さんが不在なんだよ?」
「それは……」
父は、申し訳なさそうに俯いた。
「知ってるよ! 明日は北海道で泉のコンサートがあるから、母さんも泉と一緒に前乗りしているんだろ? ステージママも大変だねえ」
俺は、堪えていた怒りの感情の矛先が父に向かった。
「すまない、舜……俺たちはお前に、そんなに辛い思いをさせていたんだな。本当にすまない……でも、父さんたちの言い分をきいてくれないか? 決して、舜を追い出すとかそんなことじゃないんだよ」
「ああ、聞くよ、聞けばいいんだろう?」
もう、俺は、怒るのも面倒くさくなっていた。
「泉は、慧都音楽大学附属高等学校に進学したいと言っているそうだ。海外の音楽院からもオファーが来ているんだけど、今はまだ、日本を拠点として活動したいらしい。ただ、夏休みなどの長期休暇を利用して、海外の権威ある指導者に師事したり、海外のコンクールにも意欲的にチャレンジしたいから、日本と海外を行き来することになる。当然、母さんも同行することになるし、俺は、元々仕事の関係でほとんど日本に居ないだろう? 舜を一人この家に残して行くことは、父さんも母さんも心配なんだよ。そこで、犬飼のおばあちゃんに相談したら、だったら、舜はこっちで暮らしたらいいって言ってくれて……おばあちゃんは子供の頃から舜のことを特に可愛がっていたし、舜だって、おばあちゃんのことが大好きだろう? 東京と犬飼とでは環境もガラッと変わる。都会で育ってきたお前にとって田舎で暮らすのは抵抗があるかもしれない。だから、良く考えて結論を出してくれたらいい。最善の策を家族皆で考えよう」
(なんだ……それっぽい理由を言っているけど、結局、俺を追い出したいんじゃないか)
「いいよ、俺、おばあちゃんちに行くよ」
俺が即答したので、父は驚きを隠しきれていない様子だった。
「良く考えたのか?」
「考えるも何も、俺に選択肢なんてないじゃないか!」
そう言いながらも俺は内心、ピアノから、優秀な双子の兄から、父から、そして……母から逃げ出すことができることに心底ホッとしていたのかもしれない。
「ああ、母さんも賛成している」
俺は、なんだか無性に虚しくなって、笑いが込み上げてきた。
「どうした? 父さん、面白いことでも言ったか?」
父は怪訝そうな顔をしていた。
「いや……俺も、とうとう、厄介者に成り下がって、この家を追い出されるのかなあって思ったら、なんだか悲しいのを通り越して可笑しくてさ」
「違うんだ、舜! そんなふうに、悪い意味にとらないでおくれ! 自分をそんなに卑下するもんじゃない!」
「だったらさー、どうして、こんな大切な話をするのに母さんが不在なんだよ?」
「それは……」
父は、申し訳なさそうに俯いた。
「知ってるよ! 明日は北海道で泉のコンサートがあるから、母さんも泉と一緒に前乗りしているんだろ? ステージママも大変だねえ」
俺は、堪えていた怒りの感情の矛先が父に向かった。
「すまない、舜……俺たちはお前に、そんなに辛い思いをさせていたんだな。本当にすまない……でも、父さんたちの言い分をきいてくれないか? 決して、舜を追い出すとかそんなことじゃないんだよ」
「ああ、聞くよ、聞けばいいんだろう?」
もう、俺は、怒るのも面倒くさくなっていた。
「泉は、慧都音楽大学附属高等学校に進学したいと言っているそうだ。海外の音楽院からもオファーが来ているんだけど、今はまだ、日本を拠点として活動したいらしい。ただ、夏休みなどの長期休暇を利用して、海外の権威ある指導者に師事したり、海外のコンクールにも意欲的にチャレンジしたいから、日本と海外を行き来することになる。当然、母さんも同行することになるし、俺は、元々仕事の関係でほとんど日本に居ないだろう? 舜を一人この家に残して行くことは、父さんも母さんも心配なんだよ。そこで、犬飼のおばあちゃんに相談したら、だったら、舜はこっちで暮らしたらいいって言ってくれて……おばあちゃんは子供の頃から舜のことを特に可愛がっていたし、舜だって、おばあちゃんのことが大好きだろう? 東京と犬飼とでは環境もガラッと変わる。都会で育ってきたお前にとって田舎で暮らすのは抵抗があるかもしれない。だから、良く考えて結論を出してくれたらいい。最善の策を家族皆で考えよう」
(なんだ……それっぽい理由を言っているけど、結局、俺を追い出したいんじゃないか)
「いいよ、俺、おばあちゃんちに行くよ」
俺が即答したので、父は驚きを隠しきれていない様子だった。
「良く考えたのか?」
「考えるも何も、俺に選択肢なんてないじゃないか!」
そう言いながらも俺は内心、ピアノから、優秀な双子の兄から、父から、そして……母から逃げ出すことができることに心底ホッとしていたのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる