片翼を失ったピアニスト

喜島 塔

文字の大きさ
118 / 121
最終章

しおりを挟む
 遡ること四日前、十一月十四日。セミファイナルの全日程が終了し、十八時にファイナルへと駒を進めるコンテスタントの審査発表があった。筆頭優勝候補者の、アレクセイ=ドミトリエフ、は言わずもがな……すべてのコンテスタントの演奏を聴いたわけではないが、皆、本当に素晴らしい演奏をしていた。勿論、万が一、ファイナルに進出した時のことも考えて、ファイナルで弾く曲の練習は怠たりはしなかったが、まさか、本当に残るとは思っていなかったのだ。祖母の電話で呼び出され、楽友協会のエントランスホールに到着した時には、審査発表は終わり、審査員陣が引き上げるところだった。優勝候補四人のうち、アメリカと中国のコンテスタントが落選し、アメリカの女性のコンテスタントが審査委員長に抗議するシーンを俺は目の当たりにした。取り乱した彼女は、俺の姿を目にすると、物凄い勢いで近付いてきて、

「Why are you chosen, I have to be defeated?」
(どうして、あなたが選ばれて、私が落選しなければならないのよ?)
「Are you twins brother of Sen Tanimura? Surely, it was chosen by topicality. Do not get carried away!」
(あなた、谷村泉の双子の弟なんでしょう? きっと、話題性で選ばれたのよ。調子に乗らないで!)
 そう言うと、彼女は、キッと、俺を睨みつけて、泣きながら会場を去って行った。俺は、慧都音中時代の、渋谷ニナのことを、フッと思い出した。俺って、つくづく、女運悪いよなあ……と、腑抜けた顔をしている俺に対し、事の一部始終を見ていた祖母と母の顔は怒り心頭といった感じで、彼女の後を追い掛けて行きそうな勢いだったので、俺は、必死に二人を止めた。
「何だい、あの子! 感じ悪いったらないね!」
 と祖母。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。俺はこういうの慣れっ子だから大丈夫! 全然気にしてないよ!」
「セミファイナルの舜くんの演奏は、本当に素晴らしかったわ! それに難癖つけて気分悪いわっ!」
 普段、おとなしい母は、キレるととても怖いのだ。
「要するに……俺が、ファイナルの舞台で、彼女が納得する演奏すればいいんだろう?」
「そうね、ピアニストは“拳”じゃなくて“ピアノ”で勝負をつけるものよねっ!」
「えっ? 母さん、さっきの女の子と、拳を交えるつもりだったの? それはアウトでしょう」
 そう俺が言うと、三人は、思わず、顔を見合わせて大笑いしてしまった。多少のハプニングはあったものの、もう少しで、泉と肩を並べることができるところまで近づいている実感が湧いてきて、俺は、思わず、武者震いした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...