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後編
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急かされるまま、シャワーを浴びた。
「正暉、お風呂にボタンいっぱいあった! 光るよ」
「わかった、わかった。後で一緒に入ってやるから」
「早く戻って来てね」
「わーった」
待っている間に、迷いが生まれそうだった。けれど、正暉は別の意味として受け取ったかもしれない。
バスローブを着たまま、ベッドに入る。裸にはなれなかった。罠にでも掛かったみたいに、身動きがとりづらい。「ウォーターベッドのお部屋です」の意味が分かった気がした。好き嫌いが分かれそうな寝心地をしている。だぱだぱと、もたつくマットレスに苦戦しながらも、ベッドサイドのパネルで照明を落とす。
正暉は本当にすぐ戻って来た。何の躊躇もなく、目の前でバスローブを脱いで見せる。直視できない私を、正暉にガン見されている。
「うお何だ、これ。気持ちわり。部屋選び、ミスった」
「あっはは、この部屋しか空いてないわけだよね」
言っている途中で、バスローブを引っ張られた。
「俺のこと見てよ」
反則的な甘えた声。心の奥のドアをノックされたみたいではっとした。時間差で寂しさまで伝わってくる。それでも――
「恥ずかしいよ……何年ぶりだと思ってんの?」
「去年の正月、プール行ったじゃん」
去年も旅行をした。ホテルのプールに姉と行くことにしたら、正暉もついてきた。その時は姉の水着姿が見たいんだろうなと思っていた。正暉に水を掛けられたり突き飛ばされたりした後、私もヤケになって流れるプールで「おんぶして運んで!」って言った。ウォータースライダーが思ったよりもハードで、気持ち悪くなったから。正暉は一体どんな気持ちで私と密着していたのだろう。
「逃げないから、見慣れる時間だけ、ちょうだい」
正暉はため息をついて、私の腕を離した。手を後ろに組んで、まだ慣れないウォーターベッドの上で寝転び直す。
目の焦点をゆっくり合わせ、視線で正暉の体をなぞる。正暉の視線で、私の体も撫でられているのがわかる。
可愛くて時に弟のように思っていた正暉の体。私と違って筋肉のある、正真正銘、男性の身体だった。触ったら少しだけぷにっとしてそう。きれいな肌。一歳しか違わないのに、私なんかのよりずっと瑞々しく見えた。これは据え膳だ。惜しげもなく健康的な体を私に捧げている。
「触るよ」
「おう……?」
正暉が上体を起こすが早いか、私は正暉の膝から下にまたがる。
「ちょっ……」
私が竿に触れると、正暉は言いかけてまた姿勢を戻した。
触る前から、私の視線を受けて、ぴくっぴくっと揺れていたそこに顔を埋める。先っぽを舐めた。既に濡れている。溢れて来る。指でぬるぬるしたそれを塗りたくった。
私は包皮に指を滑らせ、もう片方の手で根元をしごき始める。手に伝わる熱から、脈動から、漏れた息から、正暉が感じているのがわかった。私まで気持ちよくなって来る。
「剥けた」
「うるせぇ」
喉のもっと深くで味わおうとすると突き飛ばされて、押し倒された。
「もういいよな? いいってことだよな?」
「まだイッてないけど」
無意味な時間稼ぎ。正暉も私も、初めてじゃない。わかっていても、初めてみたいにドキドキしていた。まだこんな気持ちになれる私を、私も知らなかった。
「だからだよ。限界。触らせろや」
正暉は私の太ももを持って、ぐいと脚を開かせる。視姦と言うに相応しいほどの目力で秘部を見つめられているのに、私も正暉から目を逸らせない。今の正暉を、逃さず見ていたい。きっと私も真顔だった。
「濡れてんじゃん」
ナカでくいくいと指を動かされ、私はのけぞった。
「あ、洗ったから」
正暉は不敵に笑う。
「俺の体見て、興奮したくせに」
「見ないで変態」
「どの口が言ってんだよ。俺のを剥いたその口か?」
「もう入るから、挿れて」
口から出まかせだ。見られて、耐えられないくらい、気持ちがいい。それもバレていそうでたまらない。
「うるせぇ。これ見るのに何年かかったと思ってんだよ」
正暉は無我夢中で顔を埋める。そんなに見たかったの? こんなにグロテスクなものを?
「いや……だめっ……あっ」
舌でひだをかきわけられ、私も正暉に剥かれ、突起を可愛がられる。
「ああ、くそっ……暗くて見えねぇ」
息も絶え絶えに私は言う。
「ごめん……部屋、暗くしちゃっ……た、から……」
「あぁ? ふざけんなよ。どれだよ」
「枕元の……ふふっ」
申し訳ないけれど、笑ってしまう。可愛い。
「頭来た。マジで泣かす。俺、ちゃんと、次あったら覚悟しろって言ったからな?」
「正暉、好きだよ」
「騙されねぇぞ?」
そう言って、指をグッと奥に入れると、胸にかぶりついた。これは夢だ。こんな絵面、いやらしすぎる。どうしてこうなった?
指で何度か擦られただけで、すぐに硬くなる。強く吸われると、つま先に力がこもる。それさえも見破った正暉は、ピンと伸びた私の足を掴んで、膝を立たせるように促す。
「声、我慢したら殺す」
上目遣いで睨まれ、私は情けなく答える。
「我慢してない、けど、エッチするの久しぶりだから、どうやって感じたらいいか、忘れちゃった」
「ったく、しょうがねぇな……」
「ん!」
唇が触れ合う。私の中心が激しく悶えた。そういえば今日はキスをしていなかった。鼻を合わせると、泣きそうになった。
「正暉」
怖いのに、止められない。すがるように呼んだ。正暉とキスをするのが、最早好きになっていた。
「みやちゃん」
「へぁ……?」
舌を差し入れられ、変な声が出た。感じたのがバレたのか、指の動きがもっと激しくなる。
「みやちゃん、ずっと、俺……ずっと好きだった」
何て答えたらいい? そう呼ばれるのは小学生ぶりだ。
悩む私をよそに、正暉は恍惚としていた。私に乗っかって、腰を振っている。浅い挿入を繰り返すと隘路は徐々に拡がった。
「はぁ……はぁ……」
「……はぁ……はぁ」
心臓がうるさい。私も腰を動かすと、パンッと鳴った。その音が彼を一層急き立てる。恥骨がぶつかりそうなほど激しく、深く、私の中を冒していく。
「やべ、出る。出していい?」
「え? あっ、ゴム、着けたっけ?」
「ごめん……っ……」
「あぅ……!」
びゅるっ……
体内を通って行く、聞こえないはずの音をお腹で感じた。気のせいなんかじゃない。ほら、また。
収縮するナカと、可愛く震える正暉とは別に、じんわりとお腹を温めていく。
感覚が尾を引く射精のあと、私に寄りかかる。
「出しちゃった……」
照れくさそうに笑っていた。
「ちゃったじゃないよ、馬鹿……どうすんの? お姉ちゃんからアフターピルもらわなきゃ」
「俺も東京行く」
「出た、正暉の真似っ子」
まさか、わざと……? 私の思う繊細で傷つきやすい正暉は、もっと強かだった?
「俺の卒業旅行、東京でいいよ」
「勝手にすれば。その時はもう他人だし」
「あ? そん時ゃ、泊めてくれんだよな?」
「どいてー、重いー」
どいてくれたけど、うつぶせにされて、後ろからまた挿れられた。
東京と北海道。距離ができてしまえば、正暉も私を忘れるはずだ。可愛いわがままくらい言わせてあげよう。寂しいと思うのは正しい心の作用だから、何も不健全なことじゃない。
「明日、どこ行く?」
「あっ……だめ……」
かき混ぜられている気がする。
「明日、バイト」
「何時に終わる? ……なぁ、どうせ雀奈に聞くんだから答えろや」
正暉は背中にキスをする。
「……っん!」
うなじにも、音が鳴るまでゆっくり、長く。
「んー……」
ここまでの日々を回想しているような、祈りや瞑想にも似た、不思議な沈黙のあと、背中に重みが戻ってきた。
ぷかぷか浮いてるみたいな不思議なベッドで、腰の動きが波のように打ち寄せる。ギシギシ鳴らずに、私の体に沿って、私と正暉まで一つになったみたい。ナカと、ナカにある正暉の温度もほぼほぼ同じになって馴染んでいる。
「ヤッて逃げられると思うなよ?」
耳元が、熱い息で湿りそう。
胸がぎゅう……っと締め付けられた後、背筋がゾクゾクする。
そうだ、さっき、背中にもキスされた。感じやすくなる魔法をかけられたみたい。
快感につま先が浮く。ナカも熱くなってきた。パタンと足を落とすと、今度はマットレスに素っ気なく反発された。
「明日、終わるの遅いの。正暉、だめ、危ないから」
「俺だって、巳倭香が心配だよ……っ……」
「ん……緩くなっちゃう……」
「俺の大きいっしょ? 気に入った?」
「わかんないけど……被ってたの、可愛かった」
「お前、本当は余裕あるな?」
腰を密着させて、ナカでぐりぐりと擦り付ける。
「あっ! あぁ! だめ、やだ。中出しやだ」
「だぁー! ったく……さっきゴム着けたから、逃げんな」
「本当?」
「おう。違い、わかんねぇ?」
「ん……ぼーっとしてて、わかんなかった」
私の体の下に手を入れ、両手で胸を包んだ。私が横を向くと、顔が近づく。唇が届かない。もどかしげに舌を求め合った。
「いく……みやちゃん、いくよ」
「その呼び方、やだ」
いけないことをしているみたい。
「っ……締まる……」
その後、ふたりで光るお風呂に入った。ジャグジーのボタンもあった。ほかほかしたところで、また15分歩いてバスに乗った。
外は真っ暗かと思ったけれど、積もった雪がわずかな光をぼんやりオレンジ色に反射させていた。
途中に可愛い喫茶店があった。予定通りのバスに乗ることが出来たから、入らなかった。あのお店に行くことも、きっと一生ないだろう。
翌日、お腹に違和感があった。季節柄、乾燥していたのかもしれないけれど、下着が肌に擦れるとピリッとする。だるさを隠し、時間いっぱい働いた後、バイト先まで母に車で迎えに来てもらった。若いって素晴らしい。でも、出来ればこんな無茶はもう、したくない。
姉に叱られた。厳しさの奥に見えた優しさに、胸が痛んだ。
帰ってすぐに寝支度を済ませ、ベッドに滑り込んでそのまま朝まで起きなかった。その間、スマホには正暉からの着信とメッセージが蓄積されていた。
朝ご飯のあとで折り返したら、正暉に何度も謝られた。正暉も姉から叱られたそうだ。私からはきっと言えなかっただろうから助かった。
『ごめん……次は加減するから。絶対着けるし……』
「私も。煽っちゃったから」
『顔、見てぇんだけど。今日は?』
「あー……家にいるつもりだったけど……」
『何もしねぇよ』
「うち来る? お金掛からないし、お姉ちゃんもいるから怪しまれないよ」
『今日はそうだな……けど、俺もバイトする。俺といるせいで上京資金が減るの悪いし』
「バイトの相談しに来たって言えばいいかも。けど、頑張りすぎないでね」
『巳倭香にできるんだから俺にもできる』
「ふふ……それじゃ、楽しみにしてるね」
お昼ご飯の後、正暉が来て、私の部屋で姉も交えてバイトの話をした。両親が買い物に行くと言うので、その隙にしばらくイチャついた。隣の部屋には姉もいるし、ホテルでの反省も踏まえ、服を着たまま、お互いの体を触り合う程度に留めた。
「やばっ、帰って来た」
正暉は慌ててズボンを上げ、ベルトを締め直した。
私もいろいろと留め直す。
「ごめん、赤くなっちゃった」
正暉の肌が美味しそうで、夢中で首に吸い付いてしまった。
「キスマーク? いいよ」
青ざめる私とは正反対に、正暉は姿見で髪型を直しながら、ご機嫌な笑みを浮かべている。
「痛くないの?」
「全然。しばらくタートルネックとかパーカー着るわ」
そう言って、マフラーを巻いて隠した。
「不便だよね。本当、ごめんね」
ドラマや漫画で見た甘美なキスマーク。現実は生々しい痣でしかなかった。大切な正暉の、大切な体になんてことをしてしまったのだろう。
ぽん……と、私の頭に大きな手が乗せられる。
「そんなに謝るなや。喜んでる俺がアホみたいだろ」
「そっか、うん……来てくれてありがとう」
また、謝ってしまいそうなところを飲み込んだ。
私はあのラブホテルを出た瞬間から、嬉しそうな正暉を見ると胸が苦しい。そっくりだけど別の世界に繋がっていたのかもしれない。入る前には戻れない一方通行のドアだった。
ドアはまだいくつもあるはずだ。正暉から離れて、もっともっと遠くへ行けるドアも。今はまだ開けられないだけで。
了
「正暉、お風呂にボタンいっぱいあった! 光るよ」
「わかった、わかった。後で一緒に入ってやるから」
「早く戻って来てね」
「わーった」
待っている間に、迷いが生まれそうだった。けれど、正暉は別の意味として受け取ったかもしれない。
バスローブを着たまま、ベッドに入る。裸にはなれなかった。罠にでも掛かったみたいに、身動きがとりづらい。「ウォーターベッドのお部屋です」の意味が分かった気がした。好き嫌いが分かれそうな寝心地をしている。だぱだぱと、もたつくマットレスに苦戦しながらも、ベッドサイドのパネルで照明を落とす。
正暉は本当にすぐ戻って来た。何の躊躇もなく、目の前でバスローブを脱いで見せる。直視できない私を、正暉にガン見されている。
「うお何だ、これ。気持ちわり。部屋選び、ミスった」
「あっはは、この部屋しか空いてないわけだよね」
言っている途中で、バスローブを引っ張られた。
「俺のこと見てよ」
反則的な甘えた声。心の奥のドアをノックされたみたいではっとした。時間差で寂しさまで伝わってくる。それでも――
「恥ずかしいよ……何年ぶりだと思ってんの?」
「去年の正月、プール行ったじゃん」
去年も旅行をした。ホテルのプールに姉と行くことにしたら、正暉もついてきた。その時は姉の水着姿が見たいんだろうなと思っていた。正暉に水を掛けられたり突き飛ばされたりした後、私もヤケになって流れるプールで「おんぶして運んで!」って言った。ウォータースライダーが思ったよりもハードで、気持ち悪くなったから。正暉は一体どんな気持ちで私と密着していたのだろう。
「逃げないから、見慣れる時間だけ、ちょうだい」
正暉はため息をついて、私の腕を離した。手を後ろに組んで、まだ慣れないウォーターベッドの上で寝転び直す。
目の焦点をゆっくり合わせ、視線で正暉の体をなぞる。正暉の視線で、私の体も撫でられているのがわかる。
可愛くて時に弟のように思っていた正暉の体。私と違って筋肉のある、正真正銘、男性の身体だった。触ったら少しだけぷにっとしてそう。きれいな肌。一歳しか違わないのに、私なんかのよりずっと瑞々しく見えた。これは据え膳だ。惜しげもなく健康的な体を私に捧げている。
「触るよ」
「おう……?」
正暉が上体を起こすが早いか、私は正暉の膝から下にまたがる。
「ちょっ……」
私が竿に触れると、正暉は言いかけてまた姿勢を戻した。
触る前から、私の視線を受けて、ぴくっぴくっと揺れていたそこに顔を埋める。先っぽを舐めた。既に濡れている。溢れて来る。指でぬるぬるしたそれを塗りたくった。
私は包皮に指を滑らせ、もう片方の手で根元をしごき始める。手に伝わる熱から、脈動から、漏れた息から、正暉が感じているのがわかった。私まで気持ちよくなって来る。
「剥けた」
「うるせぇ」
喉のもっと深くで味わおうとすると突き飛ばされて、押し倒された。
「もういいよな? いいってことだよな?」
「まだイッてないけど」
無意味な時間稼ぎ。正暉も私も、初めてじゃない。わかっていても、初めてみたいにドキドキしていた。まだこんな気持ちになれる私を、私も知らなかった。
「だからだよ。限界。触らせろや」
正暉は私の太ももを持って、ぐいと脚を開かせる。視姦と言うに相応しいほどの目力で秘部を見つめられているのに、私も正暉から目を逸らせない。今の正暉を、逃さず見ていたい。きっと私も真顔だった。
「濡れてんじゃん」
ナカでくいくいと指を動かされ、私はのけぞった。
「あ、洗ったから」
正暉は不敵に笑う。
「俺の体見て、興奮したくせに」
「見ないで変態」
「どの口が言ってんだよ。俺のを剥いたその口か?」
「もう入るから、挿れて」
口から出まかせだ。見られて、耐えられないくらい、気持ちがいい。それもバレていそうでたまらない。
「うるせぇ。これ見るのに何年かかったと思ってんだよ」
正暉は無我夢中で顔を埋める。そんなに見たかったの? こんなにグロテスクなものを?
「いや……だめっ……あっ」
舌でひだをかきわけられ、私も正暉に剥かれ、突起を可愛がられる。
「ああ、くそっ……暗くて見えねぇ」
息も絶え絶えに私は言う。
「ごめん……部屋、暗くしちゃっ……た、から……」
「あぁ? ふざけんなよ。どれだよ」
「枕元の……ふふっ」
申し訳ないけれど、笑ってしまう。可愛い。
「頭来た。マジで泣かす。俺、ちゃんと、次あったら覚悟しろって言ったからな?」
「正暉、好きだよ」
「騙されねぇぞ?」
そう言って、指をグッと奥に入れると、胸にかぶりついた。これは夢だ。こんな絵面、いやらしすぎる。どうしてこうなった?
指で何度か擦られただけで、すぐに硬くなる。強く吸われると、つま先に力がこもる。それさえも見破った正暉は、ピンと伸びた私の足を掴んで、膝を立たせるように促す。
「声、我慢したら殺す」
上目遣いで睨まれ、私は情けなく答える。
「我慢してない、けど、エッチするの久しぶりだから、どうやって感じたらいいか、忘れちゃった」
「ったく、しょうがねぇな……」
「ん!」
唇が触れ合う。私の中心が激しく悶えた。そういえば今日はキスをしていなかった。鼻を合わせると、泣きそうになった。
「正暉」
怖いのに、止められない。すがるように呼んだ。正暉とキスをするのが、最早好きになっていた。
「みやちゃん」
「へぁ……?」
舌を差し入れられ、変な声が出た。感じたのがバレたのか、指の動きがもっと激しくなる。
「みやちゃん、ずっと、俺……ずっと好きだった」
何て答えたらいい? そう呼ばれるのは小学生ぶりだ。
悩む私をよそに、正暉は恍惚としていた。私に乗っかって、腰を振っている。浅い挿入を繰り返すと隘路は徐々に拡がった。
「はぁ……はぁ……」
「……はぁ……はぁ」
心臓がうるさい。私も腰を動かすと、パンッと鳴った。その音が彼を一層急き立てる。恥骨がぶつかりそうなほど激しく、深く、私の中を冒していく。
「やべ、出る。出していい?」
「え? あっ、ゴム、着けたっけ?」
「ごめん……っ……」
「あぅ……!」
びゅるっ……
体内を通って行く、聞こえないはずの音をお腹で感じた。気のせいなんかじゃない。ほら、また。
収縮するナカと、可愛く震える正暉とは別に、じんわりとお腹を温めていく。
感覚が尾を引く射精のあと、私に寄りかかる。
「出しちゃった……」
照れくさそうに笑っていた。
「ちゃったじゃないよ、馬鹿……どうすんの? お姉ちゃんからアフターピルもらわなきゃ」
「俺も東京行く」
「出た、正暉の真似っ子」
まさか、わざと……? 私の思う繊細で傷つきやすい正暉は、もっと強かだった?
「俺の卒業旅行、東京でいいよ」
「勝手にすれば。その時はもう他人だし」
「あ? そん時ゃ、泊めてくれんだよな?」
「どいてー、重いー」
どいてくれたけど、うつぶせにされて、後ろからまた挿れられた。
東京と北海道。距離ができてしまえば、正暉も私を忘れるはずだ。可愛いわがままくらい言わせてあげよう。寂しいと思うのは正しい心の作用だから、何も不健全なことじゃない。
「明日、どこ行く?」
「あっ……だめ……」
かき混ぜられている気がする。
「明日、バイト」
「何時に終わる? ……なぁ、どうせ雀奈に聞くんだから答えろや」
正暉は背中にキスをする。
「……っん!」
うなじにも、音が鳴るまでゆっくり、長く。
「んー……」
ここまでの日々を回想しているような、祈りや瞑想にも似た、不思議な沈黙のあと、背中に重みが戻ってきた。
ぷかぷか浮いてるみたいな不思議なベッドで、腰の動きが波のように打ち寄せる。ギシギシ鳴らずに、私の体に沿って、私と正暉まで一つになったみたい。ナカと、ナカにある正暉の温度もほぼほぼ同じになって馴染んでいる。
「ヤッて逃げられると思うなよ?」
耳元が、熱い息で湿りそう。
胸がぎゅう……っと締め付けられた後、背筋がゾクゾクする。
そうだ、さっき、背中にもキスされた。感じやすくなる魔法をかけられたみたい。
快感につま先が浮く。ナカも熱くなってきた。パタンと足を落とすと、今度はマットレスに素っ気なく反発された。
「明日、終わるの遅いの。正暉、だめ、危ないから」
「俺だって、巳倭香が心配だよ……っ……」
「ん……緩くなっちゃう……」
「俺の大きいっしょ? 気に入った?」
「わかんないけど……被ってたの、可愛かった」
「お前、本当は余裕あるな?」
腰を密着させて、ナカでぐりぐりと擦り付ける。
「あっ! あぁ! だめ、やだ。中出しやだ」
「だぁー! ったく……さっきゴム着けたから、逃げんな」
「本当?」
「おう。違い、わかんねぇ?」
「ん……ぼーっとしてて、わかんなかった」
私の体の下に手を入れ、両手で胸を包んだ。私が横を向くと、顔が近づく。唇が届かない。もどかしげに舌を求め合った。
「いく……みやちゃん、いくよ」
「その呼び方、やだ」
いけないことをしているみたい。
「っ……締まる……」
その後、ふたりで光るお風呂に入った。ジャグジーのボタンもあった。ほかほかしたところで、また15分歩いてバスに乗った。
外は真っ暗かと思ったけれど、積もった雪がわずかな光をぼんやりオレンジ色に反射させていた。
途中に可愛い喫茶店があった。予定通りのバスに乗ることが出来たから、入らなかった。あのお店に行くことも、きっと一生ないだろう。
翌日、お腹に違和感があった。季節柄、乾燥していたのかもしれないけれど、下着が肌に擦れるとピリッとする。だるさを隠し、時間いっぱい働いた後、バイト先まで母に車で迎えに来てもらった。若いって素晴らしい。でも、出来ればこんな無茶はもう、したくない。
姉に叱られた。厳しさの奥に見えた優しさに、胸が痛んだ。
帰ってすぐに寝支度を済ませ、ベッドに滑り込んでそのまま朝まで起きなかった。その間、スマホには正暉からの着信とメッセージが蓄積されていた。
朝ご飯のあとで折り返したら、正暉に何度も謝られた。正暉も姉から叱られたそうだ。私からはきっと言えなかっただろうから助かった。
『ごめん……次は加減するから。絶対着けるし……』
「私も。煽っちゃったから」
『顔、見てぇんだけど。今日は?』
「あー……家にいるつもりだったけど……」
『何もしねぇよ』
「うち来る? お金掛からないし、お姉ちゃんもいるから怪しまれないよ」
『今日はそうだな……けど、俺もバイトする。俺といるせいで上京資金が減るの悪いし』
「バイトの相談しに来たって言えばいいかも。けど、頑張りすぎないでね」
『巳倭香にできるんだから俺にもできる』
「ふふ……それじゃ、楽しみにしてるね」
お昼ご飯の後、正暉が来て、私の部屋で姉も交えてバイトの話をした。両親が買い物に行くと言うので、その隙にしばらくイチャついた。隣の部屋には姉もいるし、ホテルでの反省も踏まえ、服を着たまま、お互いの体を触り合う程度に留めた。
「やばっ、帰って来た」
正暉は慌ててズボンを上げ、ベルトを締め直した。
私もいろいろと留め直す。
「ごめん、赤くなっちゃった」
正暉の肌が美味しそうで、夢中で首に吸い付いてしまった。
「キスマーク? いいよ」
青ざめる私とは正反対に、正暉は姿見で髪型を直しながら、ご機嫌な笑みを浮かべている。
「痛くないの?」
「全然。しばらくタートルネックとかパーカー着るわ」
そう言って、マフラーを巻いて隠した。
「不便だよね。本当、ごめんね」
ドラマや漫画で見た甘美なキスマーク。現実は生々しい痣でしかなかった。大切な正暉の、大切な体になんてことをしてしまったのだろう。
ぽん……と、私の頭に大きな手が乗せられる。
「そんなに謝るなや。喜んでる俺がアホみたいだろ」
「そっか、うん……来てくれてありがとう」
また、謝ってしまいそうなところを飲み込んだ。
私はあのラブホテルを出た瞬間から、嬉しそうな正暉を見ると胸が苦しい。そっくりだけど別の世界に繋がっていたのかもしれない。入る前には戻れない一方通行のドアだった。
ドアはまだいくつもあるはずだ。正暉から離れて、もっともっと遠くへ行けるドアも。今はまだ開けられないだけで。
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