微熱 tags along 年下いとこと開いたドアの向こう側。

黒川未々

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前編

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 電車も、地下鉄も、市電もない。バス停から徒歩で往復30分。高速道路と川を見下ろすその建物に二人向かったのは、正月明け、大学二年の冬休み。知り合いのいなさそうな場所に行きたかった。今から私は、一つ年下の従弟いとこといかがわしいことをしようとしている。

   ◇◆◇◆

 名前は正暉まさき。経済学部の一年生。
 私は文学部の二年生。
 私には別の大学に通う一つ年上の姉もいて、私、姉、正暉の三人でたまに遊ぶくらいには仲が良かった。
 親同士も仲が良く、毎年、夏休みか冬休みには、両家族で旅行をした。
 だから、正暉が遅れて入学してくると、二人でなるべく同じ講義を履修し、正暉はサークル活動で、私がボランティア活動やバイトで忙しい時、サポートし合った。空き講には一緒に遊びに行ったり、サークルに顔を出したりしていた。
 正暉はボードゲーム同好会に所属している。ゲームの人数が足りない時は、部員ではない私も呼び出され、いいカモにされていた。謎解きやその手のイベントにも、タダでいいからと半ば強制的に連行されたりもした。

 大学祭のあった十月、正暉は私に告白してきた。不器用な告白だった。

 ――先輩と付き合うくらいなら、俺にすれば?

 告白されたのだと、すぐにはわからず、私はただ面食らった。彼にとっての私は、恋愛対象から除外されていると思っていたし、私も彼をそういう目で見たことがなかった。

 ――俺ら、付き合ってると思われてんの。巳倭香みやこがどうしても彼氏が欲しいって言うなら、しょうがない。なんかあって部内が気まずくなったら俺の責任になるから、俺が付き合ってやる。俺も学祭で知らん人に声掛けられたりして、今、相手するのダルくて困ってるし? 巳倭香でいいかなーって。
 ――うぇー、何言ってんの? 嫌だよ。

 私は、わざと顔をしかめて断った。私の変顔で正暉が笑って、いつもの空気に戻ればいいと思ったから。上から目線だったのもムカついた。
 正暉の反応は、「涙を隠して走り去る」だった。
 後日、謝罪と共に再度お断りした。いとこ同士でなければ、試しに付き合っただろう。私はこれでも正暉といるのが好きだ。告白なんてしてほしくなかった。

 世の中にはいとこ同士で結婚している人もいる。法律の上でも問題ない。どこかの誰かがそれで幸せなら、そこにケチをつけるつもりもない。
 でも、自分の身に起こるとなれば別問題。いとこ同士で付き合うなんてダサいと思っていた。突き詰めていけば、自分に自信がなかったのだ。
 卒業後は上京するつもりでいた。そばにないものを、いつも求めていた。
 だったら、はじめから、私なんかが独り占めしちゃいけなかったのだ。友達はちゃんといるみたいだけれど、正暉はいつも私を優先していた気がする。学食で私を探して向かいに座ってくれたり、部室に行くつもりだった日も、私の気分が乗らないと分かると「やっぱりやめた」なんて言ってカラオケに行ったり。私が思いがけずゼミの子を怒らせてしまって、ショックで震えていた時も、正暉はそばにいてくれた。

 どうして今まで忘れていられたのだろう。高二の修学旅行でも、正暉は私を助けてくれた。私が班員と馴染めなくて今から憂鬱だと泣きつくと、正暉は逐一メッセージを送るように命じた。

 ――本当? 暇だから、めっちゃ送るよ? その時、正暉、授業中でしょ? 通知鳴りまくりかも。
 ――オフにしとく。俺のために下見、せいぜいがんばって。

 修学旅行中の四日間、私は正暉に写真やメッセージを送りまくった。休み時間だったのか、正暉も何回かに一回はリアクションをくれた。
 正暉にもこの話をしてあげたい。そう思ったら楽しかった。集団行動で嫌な思いもしたけれど、すぐに正暉に愚痴って「気にすんな」と返って来れば、持ち直すことが出来た。

 正暉はずっと姉が好きなんだと思っていた。姉は私に似ても似つかない美人だ。初対面では、私が姉だと思われることもある。
 正暉も姉と似た系統の血を濃く受け継いでいるのか、なかなかの見た目をしている。180センチの長身も手伝って、人見知りで口が悪くて内弁慶なことを抜きにすれば、相手には困らなさそうだ。
 大学祭で、正暉は部員の女の子たちとも楽しそうに話していた。やっぱり正暉はイケているんだ。親戚の贔屓目ひいきめではなかった。口が悪くて無愛想なのは、私限定だったらしい。
 私は良かれと思って、正暉といる時間を減らし、その代わり、同学部のともだちや男の先輩と過ごした。
 先輩もボードゲーム同好会の部員で、私と同じ文学部。大学祭で私と姉が同好会のカフェに行った時、正暉が来るまで、気まずい顔もせずに相手をしてくれたのが彼だった。授業のことはもちろん、就職の相談にも乗ってくれていた。元より部員ではない私が、部室に出入りすることに申し訳なさも感じていたし、正暉と付き合っているイメージも払拭できるし、私としてはちょうどいい機会だと思っていた。

 正暉に初めて告白された日の夜、姉から打ち明けられた。

 ――ずっと相談に乗ってたの。巳倭香には彼氏と電話してたって嘘ついてたけど、本当は正暉からでね、あいつ、このところ毎晩、「巳倭香が可愛すぎて無理やりキスしてしまいそうだ。こんなに我慢してるのに、ふらっと現れた先輩に取られそうで死にたい」って言って来て、さすがに心配でさ、「そんなにつらいなら告白したら?」って言っちゃったんだ。
 
 開き直った正暉は、セフレでもいい。卒業するまででいい。絶対に内緒にするから付き合ってほしいと言った。
 一度や二度なら断れた。けれど、三度四度と言われると、私はもう断り切れなかった。真っ直ぐな思いに感化され、私も偽りたくないと思ってしまった。

 初めてのキスは旭川のホテルで。正暉の家族と、私の家族で恒例の旅行中の出来事。
 その日、大人たちは元気にスキー場へ向かった。ウィンタースポーツが盛んだった世代なのだろうか。興味のない私達姉妹と正暉は市内を観光する予定だった。

 ――あれ? 雀奈わかなは?

 ドアを開けると私しかいなくて、正暉は首をひねった。
 部屋割りは、各夫婦で一つ、私と姉で一つ、正暉はシングルルームを使っていた。
 正暉はとりあえず私を部屋に入れた。すたすた歩いてベッドの上を叩く。そこに私が座ると、正暉はごろんと横になって片膝を立てた。

 ――雀奈、待ってんだろ? 話があるなら、さっさとして。

 しびれを切らした彼に、強く腕を引っ張られると、夢に見た懐かしい香りがする。本当に夢なのではないかと、浸っていたのも束の間、彼は唇を近づけてきた。

 ――する流れだろ、今は……

 私が顔を背けると、正暉は腹立たし気に言った。

 ――そんなに嫌か。

 吐き捨てるように言って、起き上がる。

 ――正暉は、卒業までに、私に飽きてくれる?
 ――何?
 ――私たちはいとこだし、正暉は長男で一人っ子だし、いつまでも一緒に居ちゃいけないよ。卒業する頃には、ちゃんと離れられるのかな? セフレになっても?
 ――な……何の心配してんの?

 正暉は呆気にとられた顔をしていた。

 ――だって正暉、私のことめちゃくちゃ好きじゃん。傷つかないか心配で。
 ――飽きさせない自信でもあんのかよ。めちゃくちゃ自意識過剰じゃん……本当に誰かと付き合ったこと、あんの?
 ――あるけど、一人だけだから……

 そのときは、初めて尽くしで思った通りにいかなかったし、みんなのような楽しそうなカップルにはなれなかった気がする。一つ上の先輩で、向こうが大学生になったのを機に別れた。

 ――俺だってわかってるよ。巳倭香はすぐにどこか遠くに行っちゃうからさ。でも、やらない後悔より、やって後悔したほうがいいって、巳倭香に彼氏が出来た時に思ったんだ。上京するまで他の男と付き合うなら、俺でもいいじゃんって。人生で一回くらい、そういう時期があったってバチは当たらないだろ……付き合えないならそんな神様いらねぇよ。

 真っ白なシーツの上、正暉はうつむいている。私は立ち上がり、カーテンを閉めた。
 パウダースノー。大人たちがスキーをしている姿が脳裏をかすめる。遠ざかって、見えなくなった。

 ――そっか……そうだね、人生は長いよ。正暉だって、いつか、お姉ちゃんみたいなきれいな人と付き合って、結婚するんだから。

 間接照明の残る淡い影の中、向かい合って座り直す。短くぎゅっと抱きしめあった。顔を見合わせる。私はようやく心から微笑んだ。

 ――私達も行こっか。お姉ちゃん、待ってる。
 ――だったら、さっさとキスさせろよ。

 正暉は私を押し倒した。腕枕をして、覆いかぶさる。唇が重なっただけで、ドキドキした。顔が近すぎて、つい、目を瞑る。
 この神聖な時間を邪魔したくない。儚く消えるこの感触に集中していたいのに、私の足はじっとしていられない。
 彼は私の太ももを押さえると、そのまま手を滑らせた。デニム生地の上からでも、私の体はしっかり反応してしまう。
 言い訳できない吐息が漏れる。応えるように、彼は舌を差し込んだ。大きな手のひらが、子どもをあやすみたいに私の頭を撫でる。私は薄目を開けて、彼に体を委ねていた。
 フーディーの下のインナーのもっと下、私のブラの中に、彼の手が入ってくる。スマホが鳴ったのは、それから間もなくのこと。私はすっかり組み敷かれて、舌を吸われていた。

 ――ああ、くそっ……次あったら覚悟しとけ?

 残念そうに姉からの電話を取る後ろ姿が、愛おしい。いつか終わる関係なのに、晴れやかな気持ちだった。

   ◇◆◇◆

 キスから一週間後。お年玉をゲットした正暉は、今日のラブホテル行きを計画した。私の分は上京資金に充てろと言った。

「ウォーターベッドのお部屋ですって書いてたけど、わざわざ言う程いいもんなの? それとも悪いの?」
「さぁな。この部屋しか残ってなかった」

 午後三時。夏の午後三時と違って、もうすっかり日が暮れているけれど、それでもほぼ満室だなんて意外だった。徒歩で来たのは私達くらいだろうな。
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