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2章:御霊様
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「でも、私が倒したって言うだけじゃ、誰も信じないんじゃない?」
私の声に、冬馬くんは短く頷いた。
「そうだね。このままじゃ、誰一人信じないどころか、君まで神を冒涜したって火炙りにされちまうよ」
冗談めかして言ったつもりなんだろうけど、笑えなかった。静かな蔵の中に、私の不安だけが膨れ上がる。
「なら、どう説得すればいいの……」
「何か、いい案がこの夜の間に見つかればいいんだけどね」
「……え、冬馬くん、なにか案があるんじゃないの?」
「僕はそんなに万能じゃないよ」
そっけない返事。
私は少し驚いたように冬馬くんを見つめた。
「でも御霊様が封じ神じゃなくて、歪められた供養だって最初からわかっていたから鏡を壊したんだよね?」
「違うって、さっきも言ったじゃないか。ただちょっとおかしいなと思って叩いたら、こんな目に遭ってるのさ。理不尽だと思わないか?」
どうでもよさそうに口を少し曲げて言い返してくる冬馬くんに私は驚きを隠せなかった。
おかしいと思ったからって、祀られてるものを壊すとか…いや、まぁ、冬馬くんにとってはそれが常識なんだろう。深く考えてはダメだ。
「……じゃあ、今からその理由を探さなきゃいけないんですか。でも、もう夜明けまで時間ないですよ」
「見つからなければ、嘘でもなんでも、でっち上げればいいのさ」
あっけらかんとした言葉に、返す言葉を失う。
でも、確かにそれしか手はないのかもしれない。そう思ったその時、冬馬くんがふいに立ち上がった。
「とにかく、使えそうなものを探そしかないねぇ」
埃っぽい蔵の中、携帯のライトの明かりと小さな窓から差し込む細い光を頼りに、私たちは棚を一つずつ開けていった。
祭具、使われなくなった家具、古い資料や壊れた掃除用具などありとあらゆるものが詰められており、荷物を全部開けるとなるとどれだけの時間がかかるのか……夜明けまでに間に合うのか焦りだけか募る。
しばらくして、私は小さなブリキの缶を見つけた。缶の表面はサビついていて、何かの菓子のイラストがかすかに残っていた。
「……これ」
私はそっと蓋を開けた。中にはビー玉、メンコ、折り紙、古びた写真。懐かしいものばかりが詰まっていた。
「もしかして、これ、高橋さんの小さい頃……?」
写真には、寺の境内で無邪気に笑う男の子の姿。日付を見ると、数十年前のものだった。
「そんなもの見てる時間なんてあるのかい?」
まじまじと写真を見ている私に、冬馬くんがぶっきらぼうに言う。
「え、でも……知り合いの小さい頃って、見てて楽しくないですか?」
そう答えながら、私は缶の中身をそっと取り出した。写真は数枚あって、どれも同じような笑顔が映っていた。そして他には、幼期高橋さんの宝物だったのだろうか、蝉の抜け殻、尖った小石、小さな紙の包みが入っていた。
そして、その奥に少しくしゃくしゃになった封筒が一つ、隠すように詰められていた。
中には一枚の写真。若い女性にしがみついて、子供の高橋さんが笑っている。
幸せな家族写真であった。そして、その裏には、走り書きのような文字で
『母さんが花嫁に選ばれたの。でも、寿臣が大好きよ』
と書かれていた。
「……花嫁?再婚……って意味じゃないよね、これ」
呟いた私の声に、冬馬くんの目の色が変わった。
「……花嫁?そういえば寺に連れてこられた時も奴らは花嫁って言ってたね……」
彼はそれだけ呟いて、私から写真を奪い取り数秒沈黙した後、突然立ち上がった。
「君はこの蔵でもう少し、花嫁に関することを調べててくれないか。僕、行くところができた」
「え!一人でここにいろってことですか? 嫌ですよ!」
「大丈夫。御霊様は虚像だって、さっき結論が出ただろ?なら、ここはただ暗いだけの蔵だ」
「そういうことじゃない!」
私の声は届かず、冬馬くんはひらひらと手を振って、すたすたと出て行ってしまった。
一人、残された蔵の中で、私はしばらく呆然としたまま立ち尽くした。
だけど何もしないで、こんな蔵の中にいる方が怖い気がして、仕方なく彼の言葉に従あ花嫁に関するものがないか探し始めた。だが、紙箱、布の束、何冊かの古いノート、どこにも手がかりにはならなかった。
外はいつの間にか少しずつ明るくなってきていた。山々の間から差し込む柔らかい朝の光が、蔵の隙間から私の顔を照らす。
「……もう、冬馬くんの言う通り、勢いと嘘でどうにかするしかないのかな」
もう直ぐタイムリミットだというのに、埃まみれになっただけで何も見つけることができなかった。
私は探し物で凝り固まった背中を伸びをした。背中からポキッと小さな音がした。
それと同時に蔵の戸がギィと開いて、冬馬くんが現れた。
「揃ったよ。とりあえず、今後のこと説明するから社まで行こうか」
そう言って、手に持っていた袋から取り出した菓子パンとペットボトルを、私に差し出した。
何事かとも思ったが私はパンを受け取って、呆然と彼の顔を見つめた。
冬馬くんは私の様子に気づいたようで、少し笑って言った。
「ああ、これはお供物だよ。賞味期限も確認したさ」
その顔がやけに綺麗で、なんだか腹が立った。手元のあんぱんの袋を開けながら、私は小さく呟いた。
「……クリームパンだったらよかったのに」
私の声に、冬馬くんは短く頷いた。
「そうだね。このままじゃ、誰一人信じないどころか、君まで神を冒涜したって火炙りにされちまうよ」
冗談めかして言ったつもりなんだろうけど、笑えなかった。静かな蔵の中に、私の不安だけが膨れ上がる。
「なら、どう説得すればいいの……」
「何か、いい案がこの夜の間に見つかればいいんだけどね」
「……え、冬馬くん、なにか案があるんじゃないの?」
「僕はそんなに万能じゃないよ」
そっけない返事。
私は少し驚いたように冬馬くんを見つめた。
「でも御霊様が封じ神じゃなくて、歪められた供養だって最初からわかっていたから鏡を壊したんだよね?」
「違うって、さっきも言ったじゃないか。ただちょっとおかしいなと思って叩いたら、こんな目に遭ってるのさ。理不尽だと思わないか?」
どうでもよさそうに口を少し曲げて言い返してくる冬馬くんに私は驚きを隠せなかった。
おかしいと思ったからって、祀られてるものを壊すとか…いや、まぁ、冬馬くんにとってはそれが常識なんだろう。深く考えてはダメだ。
「……じゃあ、今からその理由を探さなきゃいけないんですか。でも、もう夜明けまで時間ないですよ」
「見つからなければ、嘘でもなんでも、でっち上げればいいのさ」
あっけらかんとした言葉に、返す言葉を失う。
でも、確かにそれしか手はないのかもしれない。そう思ったその時、冬馬くんがふいに立ち上がった。
「とにかく、使えそうなものを探そしかないねぇ」
埃っぽい蔵の中、携帯のライトの明かりと小さな窓から差し込む細い光を頼りに、私たちは棚を一つずつ開けていった。
祭具、使われなくなった家具、古い資料や壊れた掃除用具などありとあらゆるものが詰められており、荷物を全部開けるとなるとどれだけの時間がかかるのか……夜明けまでに間に合うのか焦りだけか募る。
しばらくして、私は小さなブリキの缶を見つけた。缶の表面はサビついていて、何かの菓子のイラストがかすかに残っていた。
「……これ」
私はそっと蓋を開けた。中にはビー玉、メンコ、折り紙、古びた写真。懐かしいものばかりが詰まっていた。
「もしかして、これ、高橋さんの小さい頃……?」
写真には、寺の境内で無邪気に笑う男の子の姿。日付を見ると、数十年前のものだった。
「そんなもの見てる時間なんてあるのかい?」
まじまじと写真を見ている私に、冬馬くんがぶっきらぼうに言う。
「え、でも……知り合いの小さい頃って、見てて楽しくないですか?」
そう答えながら、私は缶の中身をそっと取り出した。写真は数枚あって、どれも同じような笑顔が映っていた。そして他には、幼期高橋さんの宝物だったのだろうか、蝉の抜け殻、尖った小石、小さな紙の包みが入っていた。
そして、その奥に少しくしゃくしゃになった封筒が一つ、隠すように詰められていた。
中には一枚の写真。若い女性にしがみついて、子供の高橋さんが笑っている。
幸せな家族写真であった。そして、その裏には、走り書きのような文字で
『母さんが花嫁に選ばれたの。でも、寿臣が大好きよ』
と書かれていた。
「……花嫁?再婚……って意味じゃないよね、これ」
呟いた私の声に、冬馬くんの目の色が変わった。
「……花嫁?そういえば寺に連れてこられた時も奴らは花嫁って言ってたね……」
彼はそれだけ呟いて、私から写真を奪い取り数秒沈黙した後、突然立ち上がった。
「君はこの蔵でもう少し、花嫁に関することを調べててくれないか。僕、行くところができた」
「え!一人でここにいろってことですか? 嫌ですよ!」
「大丈夫。御霊様は虚像だって、さっき結論が出ただろ?なら、ここはただ暗いだけの蔵だ」
「そういうことじゃない!」
私の声は届かず、冬馬くんはひらひらと手を振って、すたすたと出て行ってしまった。
一人、残された蔵の中で、私はしばらく呆然としたまま立ち尽くした。
だけど何もしないで、こんな蔵の中にいる方が怖い気がして、仕方なく彼の言葉に従あ花嫁に関するものがないか探し始めた。だが、紙箱、布の束、何冊かの古いノート、どこにも手がかりにはならなかった。
外はいつの間にか少しずつ明るくなってきていた。山々の間から差し込む柔らかい朝の光が、蔵の隙間から私の顔を照らす。
「……もう、冬馬くんの言う通り、勢いと嘘でどうにかするしかないのかな」
もう直ぐタイムリミットだというのに、埃まみれになっただけで何も見つけることができなかった。
私は探し物で凝り固まった背中を伸びをした。背中からポキッと小さな音がした。
それと同時に蔵の戸がギィと開いて、冬馬くんが現れた。
「揃ったよ。とりあえず、今後のこと説明するから社まで行こうか」
そう言って、手に持っていた袋から取り出した菓子パンとペットボトルを、私に差し出した。
何事かとも思ったが私はパンを受け取って、呆然と彼の顔を見つめた。
冬馬くんは私の様子に気づいたようで、少し笑って言った。
「ああ、これはお供物だよ。賞味期限も確認したさ」
その顔がやけに綺麗で、なんだか腹が立った。手元のあんぱんの袋を開けながら、私は小さく呟いた。
「……クリームパンだったらよかったのに」
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