境界標の彼と終わらない怪異を

りく太

文字の大きさ
18 / 25
3章:冥婚

1

しおりを挟む
ポーっと笛の音が聴こえる。

目を開けると、私の前を歩く誰かが笛を吹いていた。竹製の素朴な横笛。その音は空気に溶け、まるで自分の頭の内側で鳴っているようだった。

周囲は黒い着物の人々。顔は見えない。けれど、皆が一心に前を見て歩いている。足元には真っ赤な絨毯。まるで血が流れたあとのような、異様な色合い。私はその上を歩いていた。白無垢の裾が絨毯を曳き、歩くたびに足が取られる。重い。進みにくい。

再び笛の音が響くと、目の前の景色が切り替わっていた。

気づけば、神社の境内に座っていた。隣には男がいる。白と黒の着物を着て、穏やかに私を見つめている。
顔が見えないのに、私は彼を知っている気がした。

あぁそうだ。結婚式だ。

誰の?
私の

誰と
この男性と……


私はその幸せを噛み締めて男性に微笑みかける。男性はゆっくりと笑い、私に赤い盃を渡そうとする。
その赤い盃には並々と日本酒だろうか?とにかくも美味しそうな酒が並々と入っておりゆらゆらと揺れている。

その盃を早く受け取りたいのに、白無垢の袖が絡まり上手に手を伸ばすことができない。もどかしさが積もる。早く早くと急げば急ぐほど着物は重く、身体が動かなくなる。

しばらくは優しく見守っていてくれる彼だが、時間が経つにしろ苛立っていくのがわかる。
そして夢から目が覚める。

そこ時最後に見える彼の顔は真っ黒に塗りつぶされているが、酷く歪んでいるのがわかる。


「私、婚期に焦ってるんですかね?」

藤宮は小さなため息をつきながら、ストローを咥える。ストローの先のアイスコーヒーはキンキンに冷えており、ガラスコップの周りに水滴がついている。

「そんなに、すぐ苛立つ男と結婚するのが幸せだと感じているなら、君どうかしているよ」

「冬馬くんには言われたくない……」

私は小さく呟いた。
お囃子に追いかけられた生贄の件と言い、御霊様の鏡を壊したことといい、他人の異常性を説く前に自分の異常性を認識してほしいものだ。

「夢の中では幸せなんですが、起きたら急に気持ち悪さを感じるんですよね……なんか酷くゾッとするというか」

「ふぅん……」

「それにここ最近、毎晩見るんです。しかもだんだんと盃に手が近づいてるんですよ。今思い返すとなんかあんなどす黒いもの飲めたもんじゃないとは思うんですが、夢の中ではとっても甘くていい匂いで美味しそうなんです」

なんだかちょっと不気味で……
と言う言葉は口の中に押し込めた。言ってしまえば、また何か今までと同じように不思議な体験に引きずられてしまいそうで。

冬馬くんは少し考えた後に、口をゆっくりと開いた。

「藤宮さん。君、最近何か拾い物をしていないかい?」

「拾い物、ですか?」

「そう。例えば、お札だったり、お金だったり……赤い封筒だったり」

そう言い切ると、冬馬くんの瞳がギラリと鈍く光った気がした。
私の背筋に冷たい汗が伝うのがわかる。

「拾いました……」

「何をだい?」

「その……封筒を……中にお金が入ってました……」

数日前に拾った赤い封筒を思い出す。
赤の紙に赤のインクで柄が描かれた封筒。見ようによってはお年玉袋にもご祝儀袋に見える綺麗な袋だった。私は誰かの落とし物だろうと思って拾ったのだ。
中には札束が入っており驚いたのを今も覚えている。

落とし物として届けようと交番に持ち込んだのに、警察官に渡そうとした時には手元からはなくなっていた。カバンにもポケットにも無く、驚く私に警察官は夢でも見たんじゃないかと笑っていた。
だから今の今まで忘れていたのだ。

「あの拾い物が何かあるんですか?」

私は震えそうになる目をそっと伏せて冬馬くんには問いかけた。
ただちょっと君を脅しただけさ、なんでもないよ。まかさ当たるなんてね。
とか冬馬くんなら飄々と言うはず。
なのに、現実は私の期待をいつも裏切る。

「藤宮さん、君ってば本当に好かれやすいねぇ」

クスクスと笑う冬馬くんの声が聞こえる。

「それ、冥婚だよ。婚約おめでとう」

静かに向けられたその言葉の意味を私の頭は理解することを避けたがっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

残酷喜劇 短編集

ドルドレオン
ホラー
残酷喜劇、開幕。 短編集。人間の闇。 おぞましさ。 笑いが見えるか、悲惨さが見えるか。

処理中です...