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3章:冥婚
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ポーっと笛の音が聴こえる。
目を開けると、私の前を歩く誰かが笛を吹いていた。竹製の素朴な横笛。その音は空気に溶け、まるで自分の頭の内側で鳴っているようだった。
周囲は黒い着物の人々。顔は見えない。けれど、皆が一心に前を見て歩いている。足元には真っ赤な絨毯。まるで血が流れたあとのような、異様な色合い。私はその上を歩いていた。白無垢の裾が絨毯を曳き、歩くたびに足が取られる。重い。進みにくい。
再び笛の音が響くと、目の前の景色が切り替わっていた。
気づけば、神社の境内に座っていた。隣には男がいる。白と黒の着物を着て、穏やかに私を見つめている。
顔が見えないのに、私は彼を知っている気がした。
あぁそうだ。結婚式だ。
誰の?
私の
誰と
この男性と……
私はその幸せを噛み締めて男性に微笑みかける。男性はゆっくりと笑い、私に赤い盃を渡そうとする。
その赤い盃には並々と日本酒だろうか?とにかくも美味しそうな酒が並々と入っておりゆらゆらと揺れている。
その盃を早く受け取りたいのに、白無垢の袖が絡まり上手に手を伸ばすことができない。もどかしさが積もる。早く早くと急げば急ぐほど着物は重く、身体が動かなくなる。
しばらくは優しく見守っていてくれる彼だが、時間が経つにしろ苛立っていくのがわかる。
そして夢から目が覚める。
そこ時最後に見える彼の顔は真っ黒に塗りつぶされているが、酷く歪んでいるのがわかる。
「私、婚期に焦ってるんですかね?」
藤宮は小さなため息をつきながら、ストローを咥える。ストローの先のアイスコーヒーはキンキンに冷えており、ガラスコップの周りに水滴がついている。
「そんなに、すぐ苛立つ男と結婚するのが幸せだと感じているなら、君どうかしているよ」
「冬馬くんには言われたくない……」
私は小さく呟いた。
お囃子に追いかけられた生贄の件と言い、御霊様の鏡を壊したことといい、他人の異常性を説く前に自分の異常性を認識してほしいものだ。
「夢の中では幸せなんですが、起きたら急に気持ち悪さを感じるんですよね……なんか酷くゾッとするというか」
「ふぅん……」
「それにここ最近、毎晩見るんです。しかもだんだんと盃に手が近づいてるんですよ。今思い返すとなんかあんなどす黒いもの飲めたもんじゃないとは思うんですが、夢の中ではとっても甘くていい匂いで美味しそうなんです」
なんだかちょっと不気味で……
と言う言葉は口の中に押し込めた。言ってしまえば、また何か今までと同じように不思議な体験に引きずられてしまいそうで。
冬馬くんは少し考えた後に、口をゆっくりと開いた。
「藤宮さん。君、最近何か拾い物をしていないかい?」
「拾い物、ですか?」
「そう。例えば、お札だったり、お金だったり……赤い封筒だったり」
そう言い切ると、冬馬くんの瞳がギラリと鈍く光った気がした。
私の背筋に冷たい汗が伝うのがわかる。
「拾いました……」
「何をだい?」
「その……封筒を……中にお金が入ってました……」
数日前に拾った赤い封筒を思い出す。
赤の紙に赤のインクで柄が描かれた封筒。見ようによってはお年玉袋にもご祝儀袋に見える綺麗な袋だった。私は誰かの落とし物だろうと思って拾ったのだ。
中には札束が入っており驚いたのを今も覚えている。
落とし物として届けようと交番に持ち込んだのに、警察官に渡そうとした時には手元からはなくなっていた。カバンにもポケットにも無く、驚く私に警察官は夢でも見たんじゃないかと笑っていた。
だから今の今まで忘れていたのだ。
「あの拾い物が何かあるんですか?」
私は震えそうになる目をそっと伏せて冬馬くんには問いかけた。
ただちょっと君を脅しただけさ、なんでもないよ。まかさ当たるなんてね。
とか冬馬くんなら飄々と言うはず。
なのに、現実は私の期待をいつも裏切る。
「藤宮さん、君ってば本当に好かれやすいねぇ」
クスクスと笑う冬馬くんの声が聞こえる。
「それ、冥婚だよ。婚約おめでとう」
静かに向けられたその言葉の意味を私の頭は理解することを避けたがっていた。
目を開けると、私の前を歩く誰かが笛を吹いていた。竹製の素朴な横笛。その音は空気に溶け、まるで自分の頭の内側で鳴っているようだった。
周囲は黒い着物の人々。顔は見えない。けれど、皆が一心に前を見て歩いている。足元には真っ赤な絨毯。まるで血が流れたあとのような、異様な色合い。私はその上を歩いていた。白無垢の裾が絨毯を曳き、歩くたびに足が取られる。重い。進みにくい。
再び笛の音が響くと、目の前の景色が切り替わっていた。
気づけば、神社の境内に座っていた。隣には男がいる。白と黒の着物を着て、穏やかに私を見つめている。
顔が見えないのに、私は彼を知っている気がした。
あぁそうだ。結婚式だ。
誰の?
私の
誰と
この男性と……
私はその幸せを噛み締めて男性に微笑みかける。男性はゆっくりと笑い、私に赤い盃を渡そうとする。
その赤い盃には並々と日本酒だろうか?とにかくも美味しそうな酒が並々と入っておりゆらゆらと揺れている。
その盃を早く受け取りたいのに、白無垢の袖が絡まり上手に手を伸ばすことができない。もどかしさが積もる。早く早くと急げば急ぐほど着物は重く、身体が動かなくなる。
しばらくは優しく見守っていてくれる彼だが、時間が経つにしろ苛立っていくのがわかる。
そして夢から目が覚める。
そこ時最後に見える彼の顔は真っ黒に塗りつぶされているが、酷く歪んでいるのがわかる。
「私、婚期に焦ってるんですかね?」
藤宮は小さなため息をつきながら、ストローを咥える。ストローの先のアイスコーヒーはキンキンに冷えており、ガラスコップの周りに水滴がついている。
「そんなに、すぐ苛立つ男と結婚するのが幸せだと感じているなら、君どうかしているよ」
「冬馬くんには言われたくない……」
私は小さく呟いた。
お囃子に追いかけられた生贄の件と言い、御霊様の鏡を壊したことといい、他人の異常性を説く前に自分の異常性を認識してほしいものだ。
「夢の中では幸せなんですが、起きたら急に気持ち悪さを感じるんですよね……なんか酷くゾッとするというか」
「ふぅん……」
「それにここ最近、毎晩見るんです。しかもだんだんと盃に手が近づいてるんですよ。今思い返すとなんかあんなどす黒いもの飲めたもんじゃないとは思うんですが、夢の中ではとっても甘くていい匂いで美味しそうなんです」
なんだかちょっと不気味で……
と言う言葉は口の中に押し込めた。言ってしまえば、また何か今までと同じように不思議な体験に引きずられてしまいそうで。
冬馬くんは少し考えた後に、口をゆっくりと開いた。
「藤宮さん。君、最近何か拾い物をしていないかい?」
「拾い物、ですか?」
「そう。例えば、お札だったり、お金だったり……赤い封筒だったり」
そう言い切ると、冬馬くんの瞳がギラリと鈍く光った気がした。
私の背筋に冷たい汗が伝うのがわかる。
「拾いました……」
「何をだい?」
「その……封筒を……中にお金が入ってました……」
数日前に拾った赤い封筒を思い出す。
赤の紙に赤のインクで柄が描かれた封筒。見ようによってはお年玉袋にもご祝儀袋に見える綺麗な袋だった。私は誰かの落とし物だろうと思って拾ったのだ。
中には札束が入っており驚いたのを今も覚えている。
落とし物として届けようと交番に持ち込んだのに、警察官に渡そうとした時には手元からはなくなっていた。カバンにもポケットにも無く、驚く私に警察官は夢でも見たんじゃないかと笑っていた。
だから今の今まで忘れていたのだ。
「あの拾い物が何かあるんですか?」
私は震えそうになる目をそっと伏せて冬馬くんには問いかけた。
ただちょっと君を脅しただけさ、なんでもないよ。まかさ当たるなんてね。
とか冬馬くんなら飄々と言うはず。
なのに、現実は私の期待をいつも裏切る。
「藤宮さん、君ってば本当に好かれやすいねぇ」
クスクスと笑う冬馬くんの声が聞こえる。
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静かに向けられたその言葉の意味を私の頭は理解することを避けたがっていた。
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