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第8章『正体』

6話

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 レナから貰った弁当を食べ終わると、イズミはおもむろにベンチから立ち上がり、そのまま公園を出て何も言わず歩き出してしまった。
 先に食べ終わってぼんやりとしていたタクヤは、イズミが立ち上がったことにすぐに気が付くことができず、ふと近くにイズミの気配がないことに気が付き慌てて周りをきょろきょろと見回した。すると、いつの間にかだいぶ先まで歩いて行ってしまっているのを見つけて驚いた。
「あっれー? やっべ、気抜きすぎてた……。てか、声掛けてくれればいいのに」
 ひとりでぶつぶつと文句を言いながらも急いでイズミの後を追った。
 そしてイズミのすぐ後ろまで追いつくとなんとなしに声を掛けてみた。取り立てて機嫌が悪いとかではないと思うが、イズミの行動が少し気になった。
「イズミ? どこ行くんだ? 宿探すのか?」
 しかし、イズミからは意外な返事が返ってきた。
「ここでは宿は取らない。次を探す」
 淡々と足を止めることなくさらりと答えるイズミ。
「えっ! ちょっと待てよっ。なんで? この町でも魔物が出るかもしれないし――」
 驚いたタクヤは声を上げながら慌ててイズミの腕を掴む。止めようとしたが、あっさりと手を払われてしまった。そしてタクヤの言葉に被せるように淡々と答える。
「そうかもな。嫌ならお前は残れよ。俺はここに居たくない」
 そしてそのまま再び歩き出す。顔は無表情で何を考えているのかは分からない。
「ちょっとっ! なんだよそれっ。待てってばっ」
 こんな言い方をされるとは思ってもみなかったタクヤは、カッとして再びイズミを追いかけ肩を掴んでこちらを向かせたのだった。なぜ居たくないのか、せめて理由くらい教えてほしいとじっと睨み付けるようにイズミを見つめる。
 無理矢理足を止めさせられ、向きを変えさせられたイズミは表情を変えることなく再び淡々と答えるだけだった。
「これ以上あの女に関わりたくない。同じ町にいるだけでも嫌だ。いつまた現れるか分からないからな。それだけだ」
 じっと見上げるイズミの表情からは、やはり何も感じられない。しかし、どこか嫌悪感のような含みを感じ、タクヤは困ったような顔で見下ろした。
「……イズミ、そんなにレナのこと嫌いなのか?」
「嫌いだ。できればもう二度と会いたくないな」
「でもっ、お弁当まで貰ったし、他にも色々してもらったのに……」
 しかし、イズミは無表情のまま淡々と答えるだけであった。タクヤからしたらちょっと変わった女の子ではあるが、そこまで嫌うようなタイプとは思えない。ちょっとお節介なところもあるが、それは自分だって同じようなことをしている。なぜこんなにイズミがレナのことを嫌うのかが分からなかった。
「別に頼んだわけじゃない。お節介なだけだろ? 鬱陶しいだけだ」
 しかし、イズミは冷めた目で話すと、そのままタクヤから目を逸らしてしまった。
 お節介なのも鬱陶しいのも自分だってよく言われているのに、なぜレナにだけこんな風に言うのか。今回ばかりはイズミの言うことを聞くわけにはいかない。
「好意でやってくれてるのに、そんなこと言うなよっ! イズミだっていろいろ世話になったんだろ? もうっ、すぐ意地張るっていうか、イズミはわがままだっ!」
 思わず頭にきて怒鳴り付けてしまった。しかし、自分は間違ったことは言っていないとタクヤは後悔はしていなかった。強い瞳でイズミをじっと見る。
「なんだと?」
 すると、イズミはタクヤの方を見るとムッとして睨み付けてきた。
「だってそうじゃんかっ! いっつもいっつも勝手なことばかり言ってっ。こっちの気持ちも考えろよっ」
 頭に来ていたタクヤは止まらなくなっていた。自分勝手なのは自分もそうだと分かってはいるのに、なんでもすぐに『嫌だ、嫌いだ』と言うイズミに腹が立ってしまっていたのだ。
「…………」
 しかしイズミは言い返すことなく俯き黙り込んでしまった。
 ちょっと言い過ぎてしまっただろうか、と心配そうにタクヤがイズミを覗き込む。
「イズミ?」
「……わがままで悪かったな」
 俯いたままイズミはぼそりと話した。タクヤはよく聞き取れず聞き返す。
「えっ?」
 するとイズミは顔を上げ、少し頬を赤らめながら声を上げたのだった。
「だからっ、悪かったって言ってんだよっ。耳付いてねぇのか、猿っ!」
「えっ、えっ、ええっ!?」
 その答えと反応に思わず目を白黒させてしまう。一瞬聞き間違えなのかとさえ思ってしまった。
「……俺は……人との付き合いが慣れてねぇんだよ」
 そして今度はぼそりと呟くように話すと、イズミは再び歩き出してしまった。
「ちょっ、イズミっ」
 慌てて後を追った。そしてイズミに並ぶと覗き込むようにして話し掛ける。
「なぁ、イズミ。あのさ、今みたいにちゃんと話してよ。俺バカだから、ちゃんと言われないと分かんないことだってあるしさ。俺、ちゃんとイズミと向き合いたいし、お互い正直に話そうよ。なっ?」
 真剣な表情でタクヤはじっとイズミを見つめる。
 そんなタクヤを横目でちらりと見ると、イズミは深く溜め息をつく。そして、
「……お前は馬鹿正直すぎる」
 再びぼそりと呟くのだった。しかし、
「もうっ、なんですぐそういうこと言うわけ?」
 せっかく分かり合えそうだったのに、と再びタクヤが怒り出す。
「……努力はする」
 意外な反応だった。いつもであればここでまた言い返してくるイズミであったが、言うことを聞いてくれている。驚きながらもタクヤは嬉しそうに続けたのだった。
「…………うん、少しずつでいいよ。ゆっくりでいいから。じゃあ、レナのこともちゃんと分かってくれるよな?」
「嫌だ」
「もうっ! なんでだよっ! 今『努力する』って言ったばっかじゃんっ!」
 さらりと即答するイズミを見て、タクヤは顔を真っ赤にして再び怒り出した。なぜ振り出しに戻ってしまうのか……。
「あの女は理解の域を越えている。理解したいとも思わないけどな」
「なんだよもうっ。せっかく素直になってきたと思ったのに……。全然ダメダメじゃんかっ」
 相変わらずなイズミの態度と返答に、タクヤは頬を膨らませながらも呆れてしまってその場に立ち止まった。
「俺はいつでも素直だよ。素直にあの女は嫌いだと言ってるんだ。俺は別にお前さえ――」
 そのまま歩きながら淡々と答えていたイズミであったが、自分が言おうとした言葉にハッとして口を押え立ち止まった。
「何?」
 なぜかイズミが重要なことを言っている時に限って聞き逃しているタクヤなのであった。イズミの所まで歩き、不思議そうに首を傾げる。
「なんでもない」
 聞かれていないことにほっとしたイズミは何事もないようにさらりと答えると再び歩き始めた。『何を言おうとしたんだ』と、自分に腹が立っていたのたが、イズミがそんなことを考えていることなど気が付く筈もなく、タクヤは不思議そうに首を傾げるだけであった。
「ふぅん?」
 そしてタクヤも再び歩き出し、イズミの横に並んだ。
「なぁ、で、どうするんだ?」
 結局のところどうするのかとイズミを覗き込むようにして問い掛ける。
「お前、何を聞いてたんだ?」
 すると物凄く嫌そうな顔で睨まれてしまった。
「いや、聞いてたけどさぁ。もしかしたらイズミの気持ちが変わったりしたかなぁって思ってさ」
 睨まれびくりと体を震わせながらもタクヤは負けじとイズミに言い返す。今までの言い合いはなんだったんだと。
「あのな……。そんなコロコロと変わるわけないだろ。俺はあの女が嫌い。だからこれ以上この町にもいたくない。できるだけ遠くへ行きたい。以上。分かったか?」
「イズミ……」
 結局何も変わっていないらしい。タクヤは呆れて溜め息が出てしまった。
「嫌なら残れと言ってるだろ? 別に無理についてこなくてもいい」
 ちらりと横目で見ながら淡々と話してはいるが、イズミが何か言いたげな表情をしていたことにタクヤは気が付いていなかった。
 しかし、イズミの気持ちを理解しようとした上で、自分自身の気持ちを話すのだった。
「……俺は、ちゃんと全部の町とか村を回って魔物を全部倒したい。でも、ほんとは無理なんだってこと分かってる。……今まで何百年かかって沢山の勇者が魔物倒してきたのに、全然減ってねぇもんな。元を正さなきゃ意味ないんだよ。俺にはそんな力はないし、分かってるんだけど……。俺が探してる魔物だって、どこにいるか分かんないし、魔物は人が居る所だけに現れるわけでもないし。それでも、何もしないわけにはいかないんだ。諦めたくない。だから、イズミにも分かって欲しい。俺はイズミと一緒にいたい。イズミがここを離れたいって気持ちが分からないわけじゃないけど、俺の気持ちも分かって欲しい」
 真剣な表情でじっと見つめながら話すタクヤの話を黙って聞いていたが、ふと立ち止まると、イズミもまた真剣な顔で答えるのだった。
「……お前の気持ちは分かった。でもな、はっきり言うが、お前が探してる魔物を見つけることも、全ての魔物を倒すことも100パーセント無理だ」
「っ!? どういうことだよっ!!」
 一緒に立ち止まったタクヤはイズミの言葉に、自分でも分かっていることとはいえ、カッと顔が熱くなるのを感じながら声を荒げる。
「お前が探しているものは魔物じゃない」
「は? 何それ……どういうことだよ……。イズミは初めから知ってたのかよっ!」
 一瞬何を言われたのかと目を大きくさせるタクヤであったが、すぐに怒ったようにイズミに詰め寄った。
「ああ、知っていた。お前の話を聞いた時からな」
 しかし、イズミは表情を変えることなく答える。
「なんだよ、それ……。なんで……じゃあなんでその時教えてくれなかったんだよ。それに、イズミなんで見てもいないのに、そんなこと分かるんだよっ!」
 俯き、ぼそぼそと呟くように吐き捨てる。そして、顔を上げ、泣きそうな顔をしながらイズミを怒鳴りつけた。
「言わなかったのは……特に理由はない」
 イズミは何か言い掛けて、ふと考え言葉を変える。
「何それっ! じゃあ魔物じゃないっていう根拠はなんなんだよっ!」
 タクヤは今にも泣き出しそうになりながらも必死に堪え、イズミを怒鳴る。
「お前が見たっていう魔物のことははっきりとは言い切れないが、お前の村を襲ったっていう魔物については魔物以外のもの、もしくは人によって手が加えられたものだ。お前、魔物がなんで夜にしか現れないか知ってるか?」
 ふぅと息を吐くと、イズミはじっとタクヤを見ながら答える。そしてひとつ質問を投げ掛けたのだった。
「えっ……知らない」
 頭に血が上っていたタクヤは突然の問い掛けに動揺し、そして少しずつ怒りがおさまっていった。
「魔物の世界っていうのは日の光が届かない所にあるらしい。だから、奴等は日の光が駄目なんだよ。よく、海底に住む生物は地上では生きられないって言うだろ? それと同じで体の仕組みが人間の世界では適用できないようになってるんだ。夜だけは日の光が当たらないから平気らしいけどな。……ただ、中には異常な速さで進化して、日の光を浴びても平気な奴等がいるというのを聞いたことがある。でも、そいつらは自分達の力で進化したのではなくて、人間によって改造されたという説もある。魔物じゃないっていうか、魔物とは言えないってことだ。どちらにしても、今のお前じゃ無理だ。諦めろとは言わねぇよ。ただ、今自分がやるべきことを考えろって言ってんだ。お前には今やることがあるだろう?」
「……やること……」
 イズミの話をじっと黙って聞いていたタクヤは、イズミの言葉をぼそりと考え込むように繰り返す。
「お前はなんの為に旅してんだよ?」
 するとイズミが厳しい口調でタクヤに尋ねる。
「俺の村を襲った魔物を倒すこと。師匠を襲ったかもしれない魔物を見つけて倒すこと。そして師匠を見つけ出すこと」
 タクヤは確認するようにひとつずつ答える。
「今、目の前には何がある? 今やることはなんだ? お前はせっかくのチャンスを棒に振るのか?」
「分かってる。でも、やれることはやりたい」
 怒ったように問い詰めるイズミの言葉に、タクヤは真剣な表情で反論する。
「分かってねぇよ。お前、さっき自分で言ったんだぞ? この戦いは元を正さなきゃ終わらねぇんだよ。それにな、復讐なんてなんの意味もない。過去を悔やんだり悲しんだりしてもしょうがねぇんだよ。先のことだけ考えろよ。今を考えろよ」
「イズミ……」
 いつになく真剣に話すイズミを見て、タクヤは返す言葉が見つからなかった。
「……ったく、面倒くせぇな。とにかく、魔物のことは後回しだ。お前は師匠のことだけ考えてりゃいいんだよ」
 イズミは『何を言ってるんだ』と、自分に苛立ち舌打ちするが、再びタクヤに強く言い聞かした。
「……分かった。そうだよな。せっかく師匠に一歩近付けたんだし。ひとつずつ片付けていかなきゃな。なんか、変な感じ。イズミがこういう説教するのって」
 タクヤは明るさを取り戻し、エヘヘと嬉しそうに笑う。
「うるせぇ。分かったんならぼさっとしてないで、さっさと行くぞ」
 イズミは体裁が悪いような顔をすると、タクヤに背を向け歩き出した。
「おうっ! 目指すは湖だぁっ!」
 タクヤは元気に声を上げ、勢いよく歩き出した。
「お前……どこの湖か分かってんのか?」
 隣を歩くタクヤを呆れた顔で眺める。
「うん? 知らない。ま、なんとかなるっしょ」
 しかし、タクヤは自信満々に言い切るのだった。
「お前……行き当たりばったり……」
 自分で言い出したものの、タクヤの態度に呆れ返る。
「いいのっ。行くぞっ、イズミっ!」
 タクヤは楽しそうに笑うと、意気揚々と歩く。
 そんなタクヤを横目に見ながら大きく溜め息をつくと、イズミは仕方なさそうにタクヤの後に続いた。
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