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第9章『300年前の真実』

7話

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 午後の3時を過ぎた頃、アスカがふと思い出したようにカオルを見た。
「カオルさん、今日は魔法の練習はしないの?」
「今日はイズミの誕生日会だからナシっ。ってアスカも誕生日祝わなきゃダメだったなぁ。そういや、お前は親からいつだって聞いてるんだ?」
 にやりと笑ってカオルが答える。しかしふと大事なことを思い出し、アスカに問い返した。
「僕は12月29日って聞いてるよ」
「そうか……。じゃあ、お前の両親がずらしたんだな。お前も本当は今日なんだよ」
「ていうか、カオルはなんで俺の誕生日を知ってるんだよ? アスカの方が正しいんじゃないのか?」
 横で黙って聞いていたイズミがカオルの発言に疑問を持つ。
「俺の特殊能力は教えたよな? だから、お前たちが生まれた時のことは『見えて』いたから知っているんだ」
「特殊能力?」
 初めて聞く話にアスカが不思議そうに首を傾げる。
「カオルは遠くの物とか人とか、事件とか、あるいはこれから起こることとかを『見る』ことができるんだ」
 横からイズミが代わりに説明した。
「まぁ、自分が見ようとして見るのは難しいんだ。特に未来はな。急にパッと見えたりする」
 顎を摩りながらカオルが付け加える。
「へぇー。カオルさんって凄い人なんだねっ。じゃあさ、僕たちの未来とか見える?」
 驚きながらもアスカは目を輝かせると、じっとカオルを見つめる。
「それなんだが……。実は、イズミがここに来る前から急に見えなくなってな。色々試してはいるんだが、お前たちのことだけがさっぱり見えなくなったんだ。未来はもちろん、現在もな。原因は俺にもよく分からないんだが」
 カオルは相変わらず顎を擦りながら「うーん」と今度は困ったような顔で説明する。嘘を言っているようには見えない。
「そうなの?」
 アスカが不思議そうに首を傾げる。
「ふーん、別にいいけど。どうせなんにもないだろ。ずっとこのまんまだって」
 しかし、イズミはあまり興味なさそうに座ったまま大きく背伸びをすると、眠そうに欠伸をしていた。
「そうだよね」
 アスカもまたイズミを見ながらにっこりと笑っている。
 しかし、カオルだけが難しい顔をして黙って何かを考えていた。



 ☆☆☆



「じゃあ僕、そろそろ帰るね。遅くなるとママに怒られちゃうし」
 そう言ってアスカが席を立った。
 16時前、そろそろ辺りが暗くなり始める時間である。
「森の出口んとこまで送ってくよっ」
 慌ててイズミも席を立つ。
 するとカオルが何かを思い出したようにぽんっと手を打った。
「なんだよ?」
 鬱陶しそうな顔でイズミがカオルをじろりと見る。
「大事なこと忘れてた。プレゼントがあるんだよ。ちょっと待ってろ」
 そう言ってにやりと笑うと、カオルは席を立って自分の部屋へと入っていった。
「え?」
 今まで誕生日どころかお祝いなどしたことがないイズミは、きょとんと意外そうな顔でカオルの部屋をじっと眺めていた。
「すごぉーい、カオルさんっ。まだプレゼント用意してたんだねっ! 僕も今度何か持ってくるねっ」
 目をぱちぱちと瞬きさせながらアスカが妙に感動していた。
「いいよ。だって、アスカだって誕生日じゃん。俺、なんにもあげられねぇし」
 イズミは困った顔でアスカを見る。
「ううん。イズミにはいつも美味しいもの作ってもらってるから十分だよ。今度、何か持ってくるから、楽しみにしてて」
「……ありがと」
 にこりと笑うアスカを見て、イズミは困った顔をしながらも照れ臭そうにぼそりと答えた。
 自分と双子とは思えない程アスカは本当に優しい。なんだかそんなアスカをイズミは羨ましくも感じていた。

「待たせたなっ」
 ふたりが話していると、カオルがニヤッと笑いながら戻ってきた。
 手には小さな箱を2つ持っている。
「ほい、これはイズミに。で、これはアスカにだ」
 そしてイズミには赤いリボンの付いた箱を、アスカには青いリボンの付いた箱を手渡した。
「ええっ! 僕にもあるのっ?」
 まさか自分の分もあるとは思わず、アスカは目を大きくさせながら驚いた。
「アスカも誕生日だろ?」
 カオルはにやりと笑い、軽くウインクする。
「嬉しいっ! ありがとうっ、カオルさんっ!」
 ぱぁっと目を輝かせると、アスカはこれ以上ないくらいの満面の笑みを浮かべた。
「で、これ何?」
 しかしイズミは冷めた目でじっとカオルを見上げていた。
 プレゼントを用意してくれたことは意外に思ってはいたが、カオルのことである、どうせ妙な物が入っているに違いないと思っていたのだった。まだ、ぬいぐるみを渡されなかっただけマシだとも。
「ま、開けてみ」
 ふふんとカオルは嬉しそうに笑っている。
 いつものにやけ顔ではないが、不信感しかない。イズミは『どうしようもない物しか入っていないだろう』と思いながらもリボンを外し、箱を開けてみた。
 その横でアスカも嬉しそうに自分に渡された箱を開けている。
「えっ……」
 期待はしていなかったが、意外すぎるその箱の中身にイズミは唖然としてしまった。
「うわぁ、綺麗っ!」
 その横でアスカの嬉しそうな声が上がった。
 思わずその声に反応したイズミはアスカの箱の中身を覗き見た。
 入っていたのは青く透き通った石が嵌め込まれたペンダントであった。
 そしてもう一度、自分の箱の中身を見つめる。
 赤く透き通った石が嵌め込まれた指輪。まるで自分の髪の色のような血の色。しかし、嫌な感じはしない。キラキラと輝くその指輪を思わず吸い込まれるように見つめてしまっていた。
「イズミちゃんは綺麗な赤い髪にちなんで赤い石。アスカは青い瞳にちなんで青い石。元々は同じ石なんだが特殊な石でな。色はちょっと俺の友人に頼んで割った時に赤色と青色にしてもらったんだ。それをちょっと俺が加工して、ペンダントと指輪にしたってわけだ。いいだろう?」
 再びカオルがふふんと自慢げに腰に手を当てながら説明する。
「うわぁっ、ほんとだっ。イズミのは指輪なんだね。綺麗っ!」
 カオルの説明を聞いてアスカもイズミの箱の中身を覗き込む。そしてそこにある指輪以上に目を輝かせながら声を上げた。
 ぼんやりとふたりの話を聞いていたイズミは、ふと指輪を取り出した。そして何気なく自分の右の薬指に嵌めてみる。しかし、イズミには大きすぎてくるりと回ってしまった。親指に嵌めてもかなり余裕がある。
「カオル、これでけぇよ」
 ふと顔を上げると、イズミは呆れた顔でカオルを見た。
「お、おう。そうだな……まぁそう怒るなよ。俺が作ったんだ。成長すればたぶん……って成長してもでかそうだな……」
 じっとイズミの指にある指輪を見ながらカオルは困った顔で頭を掻く。
「意味ねぇじゃん」
「まぁ、いざとなったら鎖付けてペンダントみたいに首からぶら下げれば――」
「余計意味ねぇじゃんっ」
「悪かったってっ」
 なんとか言い訳するがイズミに睨まれ、カオルは情けない顔で謝る。
「そいつはいつも身に着けておくといい。お守りになる。それぞれの石にはイズミのは『攻撃』の力を、アスカのは『守る』力を強くするように魔法がかけられてるからな」
 カオルはまたいつもと変わらない表情に戻り、ニヤリと笑いながらふたりを見下ろした。
「ふぅ~ん……。で、この石はどうしたんだよ?」
 イズミは指輪を右の人差し指に嵌め、ぶかぶかになっている指輪をくるくると回しながら訝しげにカオルを上目遣いに睨み付ける。
「それは秘密」
「そう言うと思ったけどな。ほんっとカオルって怪しいことばっか。年取んないし、ほんとは人間じゃないんだろ?」
 にやりと笑うカオルをイズミはじっと睨み付けるようにして見上げる。
 魔法も使える、特殊能力だという『千里眼』も持つ。とても人間とは思えない。
「そうかもな。怖いか?」
「別に」
 相変わらずにやりと笑っているカオルをイズミは冷めた顔で答える。
「うん。僕も怖くないよ。カオルさんが何者でも、僕はカオルさんのこと大好き」
 じっとふたりの会話を聞いていたアスカがにっこりと笑いながらカオルを見つめる。
「くぅー。アスカってば嬉しいこと言ってくれるじゃんっ。可愛いなぁ。いやいや、嬉しいねぇ。照れちゃうなぁ、おにいさん。で、イズミちゃんは?」
 ふざけながらも本当に照れ臭そうに頭を掻くカオルはにんまりとしながらアスカを見下ろす。そして、ちらりとイズミを見た。
「きらい」
「なんでだよぉー。冷たいなぁ。ま、そんなこと言って、ほんとは俺のこと好きなくせにぃ。えいっ、このこのっ」
 さらりと棒読みで答えるイズミを見て、カオルは口を尖らせながらも、いつものようにふざけた様子でにやりとしながらイズミの肩を肘で小突く。
「きらい」
 しかし、今度ははっきりと冷めた目で言い切るイズミ。
「イズミちゃん、ひどいぃ~」
「あーもうっ、うざうざっ。アスカ遅くなっちゃうから送ってくよ」
 目を潤ませながら見つめてくるカオルから目を逸らすと、アスカに声を掛ける。
「うん。じゃあ、カオルさん、これ本当にありがとう。大切にするね」
 いつの間にか首に下げたペンダントを胸の辺りでしっかりと握り締め、アスカはにっこりと笑ってカオルを見上げた。
「おうっ。じゃあ、気をつけてな。あぁそうだ。イズミ、俺今からちょっと出掛けるから、帰ったらちゃんと戸締りして、いい子にしてるんだぞ?」
 カオルはニッと白い歯を見せ笑いながらアスカを見下ろす。そして、思い出したようにイズミを見て言い聞かせた。
「あ、そ。いってらっしゃい」
「イズミちゃん、なんでそんなに冷たいわけ? 今日はいろいろお祝いしてあげたのに、ひどいなぁ」
 相変わらず冷めた態度のイズミにカオルは寂しげな表情をする。
「お礼なら言ったじゃん。なんで俺がカオルに優しくしなきゃなんないわけ? だいたいカオルは俺に優しくしたことあんのかよ」
 居間の入り口で止まると、イズミは鬱陶しそうな顔でカオルをじろりと見る。
「俺はいつでも優しいぞ」
 再びカオルは腰に手を当て、自信満々に答える。
「嘘付け。カオルはいつでも嘘くせぇんだよ。じゃ、アスカ送ってくる」
 じろりとカオルを睨み付けると、イズミは先に玄関へ行ったアスカを追った。


「うーん……イズミちゃん、やっぱ鋭いっていうか。まいったなぁ。赤ん坊の頃からそばにいるってのに、未だに心開いてくれねぇし。……って俺のせいか。子供心に色々感じ取ってんだなぁ」
「当たり前でしょ? あの子は純粋なんだから、自分に心開いていないことを感じてるのよ。ほんとはもっと近付いてほしいって思ってるはずよ。照れ屋だから言わないだけ」
 イズミ達が出て行った後、苦笑いしながら話すカオルに、ひとりの若い女が厳しく言い返していた。
「そういうレナちゃんは素直なのか?」
 いつものようににやりと笑うと女に向かってカオルが問い返す。
「もちろんよ。まっ、隠し事なんて、誰にだってあるでしょ?」
 うふっと笑いながら答える『レナ』と呼ばれた彼女は、腰まで伸びた柔らかそうな栗色の髪をふわりと靡かせ、そして大きな茶色の瞳を軽くウインクさせてみせた。
 年齢は25、6歳といったところであろうか。
 現在のタクヤとイズミの前に現れたあの『レナ』とは少し顔が違っていたが、確かに『彼女』であった。
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