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第17章『潜入』
3話
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窓のない殺風景な白い壁に囲まれ、等間隔に設置された白いドアが続く長い廊下をゆっくりと進んでいく。
その間、誰ともすれ違うことなくイズミとカイは歩いていた。
(誰もいないのか?)
そんなはずは、と考えるが人の気配は全く感じられない。
研究所という割には、先程の警備の男以外に誰にも出くわさないのはおかしい。
ここの話をした時カイは、実験された人間が相当数いたと言っていた。
その話が本当であれば、実験する側もされる側の人間もいるはずである。
もしかして実験自体もう行っていないのだろうか?
それとも、人の気配を感じさせないような装置や魔法が施されているのか。
まさか、全部嘘なのか?
猜疑心に苛まれそうになり、イズミは前を歩くカイに向かって問い掛けた。
「人の気配がない。なぜ誰もいないんだ?」
するとカイはその場でぴたりと立ち止まり振り返った。
「俺のこと、疑ってる?」
にこりと笑って逆に問い掛けられた。
「……いや」
すっと顔を逸らし、首を横に振る。
信用していないわけではないが、疑問に思ったことは確かだ。
「ふふっ。顔に出てるよ、イズミ。大丈夫だよ、アスカはここにいるから。実はもうひとつ研究所があってね。実験はそっちの研究所で行われているんだよ。ここはクローン開発の為の場所なんだ。だから人も少ない」
相変わらず笑顔のままカイが答える。
「…………」
顔に出てると言われて少し腹が立ったが、無言でカイを見つめる。
「嘘はついてないよ、心配しないで」
そう言ってくるりと向きを変えると、カイは再び歩き出した。
ふぅっと溜め息を付くとイズミもその後をついていく。
そして先程掴まれた腕のことを思い出し、じっと右手を見る。
手に現れた赤い斑点はもうなくなっている。一体あれはなんだったのか。
感染症を装うことは途中から気が付いていたが、まさかあんな芸当ができるとは思いもしなかった。
おかげですんなり中に入ることができた。
なんとなく手を握ったり広げたりしてみたが、特に変化はない。
本当に何かのウイルスに感染したのではなくて良かったと、イズミは少しだけ安心していた。
☆☆☆
長い廊下の角を曲がると再び長い廊下が続いている。
しかし、先程までと違うのは、その廊下の奥の方に黒い扉が見えたのだ。
どこもかしこも真っ白だった建物の中に、ひとつだけある黒い扉。
色が黒いこともあるが、そこだけ影のようにも見える。
何か異様な空気を感じる。
ゆっくりとカイは廊下を進んでいく。
そして黒い扉の前でぴたりと止まった。
(まさか、ここにアスカが?)
先程から感じている嫌な空気がその扉から流れている。
緊張しながらじっと見つめていると、視線に気が付いたのか、カイは振り返るといつものように微笑んだ。
「ここだよ」
それだけ言うと、再び扉の方を向き、先程行った虹彩認証をしている。
他の部屋も通る時に見てきたが、こういった機械は見当たらなかった。
厳重な部屋にだけ付けられているのだろうか。
すぐにガチャッと鍵が開く音が聞こえた。
ドアノブを掴み、カイがゆっくりと黒い扉を手前に引く。
すーっと中から何か得体のしれない空気が流れ、ぞくっと背中に悪寒を感じた。
中にいるのは本当にアスカなのか?
更に緊張を感じて一歩が踏み出せない。
「入るよ」
振り返ったカイがイズミに声を掛けた。
この不安がなんなのかは分からないが、ここまで来たのだ。もう引き返せない。
こくりと頷くと、カイの後に続いてイズミも部屋の中へと入った。
中は思ったよりも広い。
聞いていた通り、部屋には生活に必要な物の全てが揃っているようだ。
あの扉からは想像できないくらいに、中は明るく環境も快適そうだった。
被っていた黒い布を外そうと手を掛けたその時、部屋の奥から聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
「イズミ」
どくんと心臓が大きく跳ね上がる。
嘘だ。まさか、そんな……。
会いたいと思ってここまで来たはずなのに、本当に生きているなんて信じられなかった。
振り返った先にいたのは、あの日のままのアスカの姿だった。
真っ白な上下の服を着たアスカがにこりと笑ってイズミの元へと駆け寄ってきた。
固まっていたイズミから黒い布がぱさりと落ちる。
次の瞬間、ぎゅっと背中に手を回されアスカに抱きつかれた。
昔とは違い、お互いの身長に差がある為か、抱き締められてもアスカの頭がイズミの肩の辺りにある。
顔を埋めながらアスカが再び声を発した。
「会いたかったよ、イズミ」
嬉しいはずの再会が、なぜだか全身に寒気がする。
抱き締め返すことができずにいた。
会いたかったアスカが目の前にいる。あの日と同じ顔と同じ声。
しかしなぜだか違和感を感じる。
「アスカ?」
まるで確認するように名前を呼んだ。
「ふふっ、本当に凄く会いたかったんだ、イズミ」
抱きついたままそう言ってアスカは笑う。
いや、本当にアスカなのだろうか。
扉を開けたまま、入り口の前に立っていたカイも嫌な感じがしていた。
それが何かは分からないが、アスカがいつもと違うように感じる。
イズミに会えた嬉しさによるものだと思っていた。
しかし、先程聞こえたアスカの声にカイもまた違和感と恐怖を感じたのだ。
なぜアスカにそのようなことを感じたのか。
目の前にいるのは自分の主人のはずだ。
「マスター?」
じっとアスカを見つめながらカイが呼び掛ける。
「あぁ、134番。イズミを連れてきてくれてありがとね。もう出て行っていいよ」
なぜ自分のことを名前ではなく番号で呼ぶ?
ぞくっと背筋に寒気を感じる。
そんなはずはない、と頭の中で必死に言い聞かす。
しかし――。
「お前は……誰だ?」
目を見開きそう尋ねた瞬間、風を切るような音と共に、カイは部屋の入り口を越えて廊下の壁まで吹き飛んだ。
その間、誰ともすれ違うことなくイズミとカイは歩いていた。
(誰もいないのか?)
そんなはずは、と考えるが人の気配は全く感じられない。
研究所という割には、先程の警備の男以外に誰にも出くわさないのはおかしい。
ここの話をした時カイは、実験された人間が相当数いたと言っていた。
その話が本当であれば、実験する側もされる側の人間もいるはずである。
もしかして実験自体もう行っていないのだろうか?
それとも、人の気配を感じさせないような装置や魔法が施されているのか。
まさか、全部嘘なのか?
猜疑心に苛まれそうになり、イズミは前を歩くカイに向かって問い掛けた。
「人の気配がない。なぜ誰もいないんだ?」
するとカイはその場でぴたりと立ち止まり振り返った。
「俺のこと、疑ってる?」
にこりと笑って逆に問い掛けられた。
「……いや」
すっと顔を逸らし、首を横に振る。
信用していないわけではないが、疑問に思ったことは確かだ。
「ふふっ。顔に出てるよ、イズミ。大丈夫だよ、アスカはここにいるから。実はもうひとつ研究所があってね。実験はそっちの研究所で行われているんだよ。ここはクローン開発の為の場所なんだ。だから人も少ない」
相変わらず笑顔のままカイが答える。
「…………」
顔に出てると言われて少し腹が立ったが、無言でカイを見つめる。
「嘘はついてないよ、心配しないで」
そう言ってくるりと向きを変えると、カイは再び歩き出した。
ふぅっと溜め息を付くとイズミもその後をついていく。
そして先程掴まれた腕のことを思い出し、じっと右手を見る。
手に現れた赤い斑点はもうなくなっている。一体あれはなんだったのか。
感染症を装うことは途中から気が付いていたが、まさかあんな芸当ができるとは思いもしなかった。
おかげですんなり中に入ることができた。
なんとなく手を握ったり広げたりしてみたが、特に変化はない。
本当に何かのウイルスに感染したのではなくて良かったと、イズミは少しだけ安心していた。
☆☆☆
長い廊下の角を曲がると再び長い廊下が続いている。
しかし、先程までと違うのは、その廊下の奥の方に黒い扉が見えたのだ。
どこもかしこも真っ白だった建物の中に、ひとつだけある黒い扉。
色が黒いこともあるが、そこだけ影のようにも見える。
何か異様な空気を感じる。
ゆっくりとカイは廊下を進んでいく。
そして黒い扉の前でぴたりと止まった。
(まさか、ここにアスカが?)
先程から感じている嫌な空気がその扉から流れている。
緊張しながらじっと見つめていると、視線に気が付いたのか、カイは振り返るといつものように微笑んだ。
「ここだよ」
それだけ言うと、再び扉の方を向き、先程行った虹彩認証をしている。
他の部屋も通る時に見てきたが、こういった機械は見当たらなかった。
厳重な部屋にだけ付けられているのだろうか。
すぐにガチャッと鍵が開く音が聞こえた。
ドアノブを掴み、カイがゆっくりと黒い扉を手前に引く。
すーっと中から何か得体のしれない空気が流れ、ぞくっと背中に悪寒を感じた。
中にいるのは本当にアスカなのか?
更に緊張を感じて一歩が踏み出せない。
「入るよ」
振り返ったカイがイズミに声を掛けた。
この不安がなんなのかは分からないが、ここまで来たのだ。もう引き返せない。
こくりと頷くと、カイの後に続いてイズミも部屋の中へと入った。
中は思ったよりも広い。
聞いていた通り、部屋には生活に必要な物の全てが揃っているようだ。
あの扉からは想像できないくらいに、中は明るく環境も快適そうだった。
被っていた黒い布を外そうと手を掛けたその時、部屋の奥から聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
「イズミ」
どくんと心臓が大きく跳ね上がる。
嘘だ。まさか、そんな……。
会いたいと思ってここまで来たはずなのに、本当に生きているなんて信じられなかった。
振り返った先にいたのは、あの日のままのアスカの姿だった。
真っ白な上下の服を着たアスカがにこりと笑ってイズミの元へと駆け寄ってきた。
固まっていたイズミから黒い布がぱさりと落ちる。
次の瞬間、ぎゅっと背中に手を回されアスカに抱きつかれた。
昔とは違い、お互いの身長に差がある為か、抱き締められてもアスカの頭がイズミの肩の辺りにある。
顔を埋めながらアスカが再び声を発した。
「会いたかったよ、イズミ」
嬉しいはずの再会が、なぜだか全身に寒気がする。
抱き締め返すことができずにいた。
会いたかったアスカが目の前にいる。あの日と同じ顔と同じ声。
しかしなぜだか違和感を感じる。
「アスカ?」
まるで確認するように名前を呼んだ。
「ふふっ、本当に凄く会いたかったんだ、イズミ」
抱きついたままそう言ってアスカは笑う。
いや、本当にアスカなのだろうか。
扉を開けたまま、入り口の前に立っていたカイも嫌な感じがしていた。
それが何かは分からないが、アスカがいつもと違うように感じる。
イズミに会えた嬉しさによるものだと思っていた。
しかし、先程聞こえたアスカの声にカイもまた違和感と恐怖を感じたのだ。
なぜアスカにそのようなことを感じたのか。
目の前にいるのは自分の主人のはずだ。
「マスター?」
じっとアスカを見つめながらカイが呼び掛ける。
「あぁ、134番。イズミを連れてきてくれてありがとね。もう出て行っていいよ」
なぜ自分のことを名前ではなく番号で呼ぶ?
ぞくっと背筋に寒気を感じる。
そんなはずはない、と頭の中で必死に言い聞かす。
しかし――。
「お前は……誰だ?」
目を見開きそう尋ねた瞬間、風を切るような音と共に、カイは部屋の入り口を越えて廊下の壁まで吹き飛んだ。
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