シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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母と娘

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 それから宿屋を出てステラの待つ村まで馬を走らせることになった。シリウスの愛馬に二人で乗り込むと手綱を握る彼の腕の中にすっぽりと収まるようにアステルは座る。シリウスはアステルが落ちないようにしっかりと支えると手網を握った。

 そして馬を走らせてしばらく経った頃、ようやく目的地が見えてきたのである。村の入口に着く頃にはすっかり日が高くなっていた。ステラの待つ宿屋の前でシリウスは先に馬を降りて、アステルに手を差し伸べ。アステルもシリウスの手を取ると地面に足をつけた。

「お母さん……!」

 その声を聞いてアステルがハッと振り返る。宿屋の扉を開け、こちらに向かってくるステラの姿。アステルはステラを受け止め、強く抱きしめた。二人とも涙ぐんており、再会できた喜びを噛みしめるように抱き合う。その様子を見てシリウスもホッとしたような表情を見せるとアステルの隣に立とうとした瞬間だった。

「あの人を……返せ!」

 木の影から刃物を持った女が飛び出してきてアステルに襲いかかってきたのだ。アステルは咄嵯にステラを庇い、シリウスはアステルを斬ろうとした女の手首を掴むとそのまま捻り上げる。痛みに耐えかねてナイフを落とした女はシリウスを睨むと叫んだ。

「離せ!あの女が私の人を奪った!殺してやる!絶対に許さない!殺す!殺してやる!!」

 憎悪に満ちた声で叫ぶ女を見てアステルは疑問に思った。見たところ、四十代半ばほどの年齢で、白髪交じりの長い髪を後ろで一つにまとめた髪型をしており、一見すると、どこにでもいそうな普通の人間の女性だ。だが、その女の顔を見たことが一度もなかった。恨まれる筋合いなどないはずだ。

「母さん?母さん何をしているの!?」

 騒ぎを聞きつけてラティーナがやって来ると刃物を持った女を心配そうに見つめる。この女がずっと部屋にに籠っていたラティーナの母だったのだ。

「ラティ、この女よ!この女が私から父さんを……っ」

 そう言ってアステルの方を指さすとラティーナは信じられないという表情を見せたがアステルはようやく確信を持って首を横に振った。

「ラティーナ、私とあなたの父親は同じ人だったみたい。でも、先に私からお父さんを奪ったのはその人よ……」
「な、何?母さんどういうことなの!?」

 アステルが苦しげに言うとラティーナは困惑をする。何も知らされずに普通の家族として育てられていたのにある日、いきなり父親が元の家族を捨てて自分の家族を作っていたと急に言われても受け入れられないだろう。

「違う!私と父さんは愛し合っていた!この女なんかもう愛してないの!!だからこの女を殺して、お願い……ッ」

 アステルの言葉に耳を傾けようとしないラティーナの母は必死の形相で訴えかけるがアステルは悲しげな瞳で見つめ返すだけだった。そして自分を母の方だと勘違いをしているのだと気がついて更に悲しくなった。アステルはどうすればいいのかわからず、ただ黙ってステラを守るように抱きしめていた。

「今回の事件に関与しているのかはまだわからないが話を聞かせてもらう」

 暴れそうになるラティーナの母を押さえつけたままシリウスが冷たく言い放つと、駆けつけてくれた部下を呼んだ。シリウスとその部下に拘束されたラティーナの母はそのまま連れていかれ、その後をラティーナも泣きながら追いかけていった。

「お母さん……お母さん……」
「ステラ、怖い思いをさせてごめんね……」

 しがみついて泣いているステラをアステルは優しく抱きしめると背中をさすり、落ち着かせようとする。その様子をシリウスはラティーナの母を連行しながら見ていた。

 ◆

 事件の発端は部屋に引きこもっていたラティーナの母が偶然、アステルを見かけた時だった。夫に出ていかれ、生きる気力を失っていたラティーナの母だったが夫の前妻によく似たアステルを見た瞬間、抑え込んでいた憎しみが溢れ出し、アステルを殺せば奪われた夫が帰ってくるかもしれないという妄想に取り憑かれたのだ。

 ラティーナの母は娘に隠れて金で人を雇い、時間をかけて奴隷商人を探し出し、アステルの情報を売った。殺すよりも酷い目に遭って欲しいゆえの復讐であったがアステルは無事だったのでその願いは叶わなかったそうだ。

「本当にごめんなさい。リーチェ……いえ、アステル。母さんがあんなことをするなんて思わなかったわ。それに私が生まれたせいであなたに辛い思いをさせていただなんて……」

 薬屋に家に残っていた薬を全て持って来たアステルにラティーナが深く頭を下げるが、アステルは自分にしがみついて離れないステラの頭を撫でながら首を横に振った。

「子供に罪はないもの。父とあなたのお母さんにはよくない感情はあるけどラティーナには恨みはないから謝らなくていいの」
「それでも……ごめんなさい」
「……それとね。村を出ようと思うの」

 アステルは申し訳なさそうに謝罪を続けるラティーナに対して、真剣な表情で言うとラティーナは驚いた顔をした。この村にいればいずれまた同じような事件が起きるだろうことは目に見えている。それならばいっそ別の土地に行った方がいいとアステルは考えていた。それに

「シリウスが……ステラの父親が一緒に暮らそうって言ってくれて……」
「そうなの……よかったわね」

 嬉しさ半分戸惑い半分といった様子のアステルを見て、ラティーナは少し寂しそうに微笑むとアステルを祝福してくれた。

「私は母さんが戻ってくるまでここを守るわ」

 シリウスから聞いた話によるとラティーナの母の処分は精神状態を考慮し、村長と相談をしてしばらく監視下に置かれることになったようだ。それを待ち続けなければならないのは彼女にとって苦痛でしかないだろう。ハーフエルフは純血のエルフほどではないが、長く生き、若い姿を保ち続ける。全く老けない娘の姿を見て、ラティーナの母はどう思うのかもわからないのだ。

 それに彼女の母親の悪評は村中に広がり、薬を作っていたアステルがこの村から出ていくとなると経営は立ち行かなくなる可能性もある。それでもこの店を守りながら母を待とうとするラティーナにアステルは尊敬の念を抱いた。そして残った薬は全て無償で提供することにした。少しでもラティーナが楽に生活できるように。
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