シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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弟子と母親編

獣人用の薬

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 それからというものケルヴィンは毎日アステルの家を訪れ、共に薬作りに励みながら薬学の知識を深めていった。

 今回は薬の納品のやり方を教える為にケルヴィンを一緒に連れていって道具屋に入り、重たい木箱を店のカウンターに置くとアリサはアステルの顔を見た瞬間、笑顔を見せてくれたが……

「……次は隣国に送るための薬をお願いできますか?ほとんど獣人用なんですが」

 その笑顔が消えるとアリサは言いにくそうにそう告げる。その言葉にアステルは一瞬眉をひそめる。

「獣人用ですか……」
「何か問題があるのでしょうか?」

 難しそうな表情を浮かべるアステルとアリサを見てケルヴィンが首を傾げるとアリサは重い口を開く。

「一般的に流通しているのは人間用の薬です。人間用の薬はエルフにもほとんど適用できますが獣人の場合、薬草の中には症状を悪化させるものもあるのです」
「獣人の中にも、犬や猫、兎……それからたくさんの種類がいるからそれぞれに合った調合が必要なの」
「それは……面倒ですね」

 アリサとアステルの返答にケルヴィンは額に手を当ててため息をついた。

「でも、アステルさんは獣人用の薬を作ったことはないですよね?作るのはアステルさんじゃなくてもいいのでは?」
「ええ、普段ならそうなんです。獣人専門の薬師が担当をしていました。それが生産が全然追いつかなくて……」
「わかりました。引き受けます」

 アステルがそう返事をするとアリサはほっとした表情を浮かべた。アステルはその必要性を理解し、知識があるということで昔から頼まれれば獣人用の薬も作ることもあった。時間さえもらえれば対応できる自信がある。

 それから、獣人用の薬を作るために必要な薬草を受け取るとアステルはケルヴィンと家に戻ることになった。

「獣人用の薬なんて、わざわざアステルさんが作らなくてもいいんじゃないですか?」

 帰り道にケルヴィンは荷車に積まれた薬草を引きながらつぶやいた。彼は本来、この薬草を持ち帰るつもりではなかったため、少々不満げだ。

「普通の薬を作っているだけでも十分やっていけますし」
「今はそうだけど将来的にはどうなるのかわからないの。できる範囲を増やしておいて損は無いと思う」
「将来……?」
「シリウスはずっと騎士として戦えるとは限らないし、いつか私の薬も売れなくなるのかもしれない。今のうちにできることを増やしておいて世間に私が役に立つことを知ってもらえたらいいなって」
「まあ……いいですけど」

 ケルヴィンは納得できない様子を見せたが、それ以上は反論せず、そのまま歩き続けた。

 ◆

 薬の納品を終えて、アステルが家に帰るとキャロラインが白い兎耳を揺らしながら優しい声で「おかえりなさい」と出迎えてくれた。

「昼食、できてますよ」
「ありがとう。ケルヴィンも一緒に……」
「弁当を持ってきているので要りません」

 アステルが昼食を勧めるとケルヴィンはいつも通りの素っ気ない態度で拒否をし、そのまま工房に向かって行ってしまった。

「やっぱり獣人が作る料理はダメみたいですね」
「そんなことないわ。エルフはちょっと神経質で気難しいのよ」

 キャロラインが寂しそうに笑うのを見てアステルは慌ててフォローを入れたがキャロラインは「いえいえ」と首を横に振る。兎獣人なのもあってその仕草はどこか愛らしい。

「エルフだから……というよりは反抗期なんですよ。あのぐらいの年頃の私の弟や妹達も同じでした」
「反抗期」

 反抗期。その言葉がアステルの心に引っかかる。彼女にはその経験がない。幼い頃、同じくらいの年齢の子供たちが甘えたり怒ったりする姿を見たことはあったが、自分自身は孤独に過ごしていたため、その感情をぶつけることも共有することができなかった。

「あのくらいの子は普通は反抗期があるものです」
「そうなのね……ステラにもいつか来るのかしら」
「ステラさんの反抗期は大変そうですね」

 アステルは思わず口元に手を当て、自分やシリウスとステラが口喧嘩をしている姿を想像してしまった。例えば口喧嘩の結果、どちらが勝つのだろうか?その光景がなんとも困った様子なのにアステルの心をくすぐった。

 ◆

 昼食を終えたアステルはすぐに薬作りには取り掛からず、調合用にまとめた本を持ってきた。工房の隅に置いてある机の上にその本を置くと彼女はケルヴィンに獣人用の薬の作り方を一通り勉強させることに決めた。

「なるほど、熊獣人にはあの薬草はダメだけど、狼獣人にはこの薬草……へぇ、犬獣人とあまり変わらないんですね……」

 彼のつぶやきにアステルは微笑みながら答えた。

「そう。狼獣人と犬獣人に使えない薬草はほとんど同じなの。でも、全く同じでもダメ」

 アステルは本を読み進めながらケルヴィンの質問に丁寧に答えていく。彼女の話に耳を傾けるケルヴィンの真剣な表情はいつしか獣人に対するやる気を感じさせた。
 最初は獣人用の薬を作ることに不満を口にしていたが、いつの間にかその興味を示し、積極的に勉強を続ける姿勢を見せていた。

 製法を教えていると時間はあっという間に過ぎ去っていった。彼女の心の中で彼の成長を見守る喜びが膨らんでいく。
 獣人の薬についての知識が彼の手の中で広がり、未来の可能性が開かれていく様子がまるで色鮮やかな花が咲くようだった。

 その時間は、二人の間に新たな絆を結ぶ瞬間でもあった。アステルは彼と共に過ごすこの時間が彼の未来にとってどれほど重要なものになるかを楽しみにしている。

「これなら明日にでも手伝ってもらえるわね」

 アステルは息をつきながら呟いた。ケルヴィンは半日で必要な知識を全て吸収してくれたのだ。

「このぐらい簡単ですよ」

 彼は大したことないとばかりに小さく肩をすくめた。その無邪気な仕草に、アステルは「そうね」と微笑み、彼の横に立つと優しくその頭を撫でた。

「ちょっと、子供扱いしないでくださいよ!」

 ケルヴィンは照れくさそうに顔を背ける。その仕草は年相応でアステルは思わずクスクスと笑いを漏らしてしまった。

「あら、大人扱いしてほしいの?」

 そうからかうと、ケルヴィンは「当たり前ですよ!」ときっぱり言い返す。

「ふふっ、ごめんなさいね」

 アステルが笑いながら謝るとケルヴィンは腕を組んでぷいっと顔を背けた。耳がほんのり赤く染まっている。

「あ、シリウス」
「…………」

 突然、工房の扉がガチャリと音を立てて開き、シリウスが部屋に入ってきたのだ。

「おかえりなさい。早かったのね」

 アステルはいつも通りの笑顔でシリウスを迎えたが彼の無表情の中に怒りが滲んでいるようにも見えた。

「……どうしたの?」

 何か外で嫌なことでもあったのだろうかとアステルが心配になってシリウスの顔を見上げると彼はじっとアステルのことを見つめ続けていた。

「帰ります」

 その時、ケルヴィンは荷物をまとめ、一言だけ告げて工房から出て行こうとした。

「え、ちょっと待って……」

 慌ててケルヴィンを引き留めようとしたその瞬間、シリウスはアステルの手首を掴み、強引に自分の方へ引き寄せた。
 アステルの心に一瞬の戸惑いが広がる。シリウスの目には何か重要な話が待っているような緊張感が漂っていた。
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