シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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ダークエルフの誘惑編

遠くの希望、近くの現実

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 ノワールをダークエルフの里に引き渡す日が静かに訪れた。
 城の冷たい石壁に囲まれた牢屋の中、彼はまるで何も感じていないかのように静かに佇んでいた。その鋭い目が周囲を鋭く見回し、無言の圧力を放っている。

 シリウスとガレットは足音を響かせながら牢屋の前に立ち、冷徹な雰囲気でノワールに声をかけた。

「準備は整った。お前をダークエルフの里に送るために連れて行く」 
 
 ガレットが声を掛ける。ノワールはその言葉に一切の反応を示さず、ただ無言で立ち尽くしていたが、その目には微かに興味と警戒が滲んでいた。

 ガレットが牢の鍵を開けると、ギシギシという音が響き、重苦しい空気の中でノワールはその場から解放された。しかし、その足取りはあくまで静かで、反抗的な雰囲気を漂わせながらも、逃げることなく淡々と外へと歩を進めた。

 前にはガレット、シリウスはその後ろに立ち、ノワールが突然暴れたり逃げ出すことを警戒しながら見守っていた。その目線は冷静で、そして緊張感をはらんでいる。シリウスの手は無意識に槍の柄に触れる。

 城の外に出ると朝の冷たい空気が肌に触れ、周囲を警戒する騎士団の姿が見えた。騎士たちはすでに整列しており、出発の準備が整っていた。
 馬車が用意され、出発するための最終確認が行われている。そのすべてを確認し、異常がないことを確かめるように鋭く見回していた。

 その時、ヴェラが歩み寄ってきた。完全に回復した彼女はノワールを見るとと冷静に呟く。

「間違いなく、ダークエルフですね」 
 
 彼女の言葉には深い確信がこもっていた。ダークエルフ同士であれば純血かどうかを一目で見分けることができる。

「ありがとうございます」  

 ヴェラは最後にシリウスに向かって深く頭を下げた。その礼の仕方は心からの感謝を表しているようだった。シリウスはそれに答え、彼女の礼に対して何も言わずに、静かにうなずく。

「貴方と奥様とお子様には、大変ご迷惑をおかけしました。奥様には、死にかけていた私を助けていただいて本当に感謝しています」  

 ヴェラの言葉にシリウスは少し驚いた表情を見せる。ヴェラが自分の家族に謝罪と感謝を示すその言葉にシリウスは心の中で何かが動くのを感じた。何か、彼女の言葉には深い意味が込められているような気がした。

「そう、か……」  

 シリウスの返事は短いものであったがその言葉の裏にはいくつもの感情が交錯している。彼はしばらくそのまま黙って、ヴェラが騎士に連れられて馬車に乗るのを見守った。馬車がゆっくりと動き始め、ヴェラの姿が遠ざかっていく。

 ノワールがダークエルフの里に引き渡されることで、何かしらの解決の道が開けるのだろうが、シリウスはその先に待つ運命に少しの不安を覚えていた。彼の赤い目には、今後の行く末に対する慎重な警戒が色濃く残っていた。

 ヴェラの後にノワールが馬車に乗せられ、出発して行く様子を見届けた後、シリウスは静かに歩を進める。その心には、やり遂げたという安堵とともに、新たな戦いに備える覚悟が確かに刻まれていた。

 ◆

 馬車が静かに走り出すと、その内側は暗く、わずかな灯りしかない中でガレットや部下の騎士に監視されながらヴェラとノワールは向かい合って座っていた。
 車内の空気はひんやりとしていて、外の風景が少しずつ遠くなっていくのを感じながら、ヴェラは何も言わずに窓の外を見つめていた。彼女の心の中には今後待ち受けるであろうダークエルフの里での出来事への不安が静かに広がっている。

 その沈黙を破ったのは、思いもよらない言葉だった。

「エルフとダークエルフのガキを見たことがあるのか?」

 ノワールの声は低く、冷たく、そして突然だった。その質問にヴェラは一瞬驚き、何事かと目を細めて彼を見つめた。最初に発せられる言葉がこれだとは予想もしていなかったからだ。

 一瞬の戸惑いを感じつつ、ヴェラはステラのことを思い浮かべた。彼女はアステルとシリウスの愛娘、無邪気で天真爛漫な姿を。自分の中で芽生えた優しさを押し殺しながらヴェラは静かに答えた。

「はい。偵察をしていた際に」

 ノワールはその答えをじっと聞き、何も言わずにその目をヴェラに向け続けた。彼の目の奥には無感情に見えるが、どこか興味を引かれるものが潜んでいるような気がした。ヴェラはその視線を感じながら、あの時の光景を思い出した。

「友人たちと楽しげに会話をしていました。私が来たせいでそれを邪魔してしまいましたが」  

 ヴェラの声にはわずかな後悔と、無意識のうちに感じた罪の意識が滲んでいた。あの無邪気な笑顔を見て彼女は立ち止まりたかった。だが、任務を遂行するためには、それを邪魔しなければならなかった。

 その言葉に対して、ノワールは一度も顔を向けず、ただ馬車の窓の外を見つめていた。彼の視線は、どこか遠くを見つめているようで、何かを考えているのだろう。ノワールは言葉を発さず、ただ静かに目を細め、過ぎ去る風景に意識を向けている。

 ステラの行く末は茨の道だ。今のまま、平和に一生を終えられるとは思えない。だが少なくとも今は問題なく暮らしているようだ。
 他人の幸せなんてどうでもいい、不幸になればいいとノワールは長年思ってきたが、あの娘のことが気になるのは何故だろう。自分はこれまでもこの先も自由が無いというのに、窓に映る自分の姿を見つめながらノワールはそんなことをぼんやりと考えていた。
 自問自答を繰り返すノワールの顔に、わずかなひびが入ったような気がした。
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