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お前の居場所だ
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ヴィクトル様は何も言わず、ただ私を先に馬の背に乗せた。馬の背に座ると、その冷たい金属の鞍の感触に私は少し身を震わせた。ヴィクトル様は私の後ろに乗り込むと、手綱を握った。
「捕まっていろ」
馬がその場からゆっくりと動き出すと風が頬をかすめ、馬の足音が地面に響き渡る。馬の体温がすぐそこに感じられ、揺れ動くたびに私はただ必死に落とされないようにしがみついていた。どこに向かっているのか、ただただ心が不安でいっぱいだ。
「どこに向かっているのですか……」
その不安が堪えきれず、私は声を震わせながら尋ねたがヴィクトル様はそれに返答することなく、無言のまま、馬はさらに加速し、私の不安もますます深まっていった。何が起こるのか分からず、ただ黙って乗り続けるしかなかった。
長い時間が過ぎ、私はただ景色を見つめていた。私たちは確実に王都から離れ、見慣れた景色を後にしていた。どこかに連れて行かれている感覚に胸の奥で恐怖が膨れ上がる。
そして、ついに馬が止まり、私たちが到着した場所を目の当たりにした時、その場所を見た瞬間、私の心は一気に冷え込んだ。そこに広がっていたのは見慣れたレーゲンブルクの屋敷だった。
ヴィクトル様に馬から降ろされると、地面の冷たさが足元を包み、私は思わず足をすくませた。強い手が背中に回り、無言で引き寄せられ、私はすぐにその腕の中に収められてしまった。
「え……!?ちょっ!ヴィクトル様!?」
力強い腕に支えられ、私はまるでお姫様のように抱きかかえられて屋敷の中へと運ばれていく。ただヴィクトル様の胸元にぴったりとくっついたまま、何が起こっているのか理解できないままだった。
その手のひらに包まれたままで、私は一度も声を上げることなく、ただ困惑した表情を浮かべることしかできなかった。彼の腕の中で揺れるたびに私の心臓が高鳴り、混乱した思考が一層強まっていく。どうしてこんなことに?と身体の奥底で何かが震えていた。
屋敷の中に足を踏み入れると、すれ違う使用人たちの視線が一斉に集まった。その目線は驚きと困惑が入り混じったもので、みんなが信じられないというような表情を浮かべている。
ヴィクトル様に抱きかかえられた私の姿が彼らにとってはあまりにも異様に映っている。眉をひそめて顔を背けたり、足を止めて振り返ったりする姿が目に入る。その視線が私に突き刺さる。
私はこの状況に動揺し、言葉を失う。その冷たい視線の中で私はまるで自分が何か大きな間違いを犯したような気がしていた。
ヴィクトル様はそんなことにはお構いなしに無言で私を抱き続け、まるで周囲の反応など気にも留めていない様子で屋敷の奥へと進んでいった。
そのまま進みながらも、私の心は落ち着かない。抱き上げられているという事実が逆に私を一層不安にさせていた。何をするつもりなのか、これからどうなるのか、わからないままにその腕に包まれていた。
扉が開かれるとヴィクトル様に抱かれたまま、どこか懐かしい雰囲気が漂う部屋の中へと進んでいった。その場所に心が沈み込んでいくのを感じた。
目の前にはかつて私が使っていた部屋が広がっていた。かつての日々の記憶が蘇る。
ヴィクトル様は何も言わずにそのまま私を美しく整えられたベッドの上に降ろした。ふわりとした感触と共に私はベッドに座ることになる。
ベッドのシーツはまだ新しいように白く、清潔感があり、まるで何も変わっていない。
ヴィクトル様は私をじっと見つめた。その目線は私を試すようなものだった。その瞳に抗いたくなったが、体はまるでその命令を受け入れるかのように動けなかった。
「ここがお前の居場所だ」
ヴィクトル様の低い声が静寂を切り裂くように響いた。声のトーンはあまりにも冷たく、無表情であったがそこに含まれている感情は見抜けない。
そしてヴィクトル様がベッドに乗り上がると、私は驚きと不安で身体が硬直した。目の前に彼が近づいてきたことで、どうしていいのかわからなくなり、反射的に後退るように動いた。
「待ってください……私、マクセルと結婚するんです」
私は思わず、そう口走っていた。それは今一番重要なことだった。ヴィクトル様は私の言葉に一瞬、動きを止めてその冷たい視線をさらに強くさせた。
「あの男にどこまで許した」
逃げようとする私に対して、ヴィクトル様は素早い動きで私の腕を掴んで引き寄せる。私を押し倒し、そのまま覆い被さった。長い赤髪が私の頬を撫でる。
その冷たさと力強さに圧倒されながらも、私は必死になって抵抗するがびくとも動かない。冷たい瞳に見下ろされて恐怖で身が竦んだ。
「あ……っ」
「お前は俺のものだ。その目で俺以外を見るな」
その冷たい瞳の中に何か別の感情が含まれているような気がしていた。それは怒りなのか、それとも悲しみなのか……私にはわからない。
そんな私を見下ろすヴィクトル様は眉を顰めながら荒い呼吸を繰り返している。
「お前は俺の妻だろ」
腕を掴まれる手に力が込められる。痛くて顔を顰めているとヴィクトル様は私を睨みつけながら問いかけた。
「神の前でも誓い合ったことを忘れたのか」
そう言われて私は目を見開く。私達はもう夫婦ではないのだ。私はマクセル様と結婚をするし、ヴィクトル様だっていつかは新しい妻を迎えるはずだ。
それなのに誓い合ったとか言われても意味が解らない。ヴィクトル様の言葉の真意が理解できずにいる。
「死ぬまで添い遂げると言っただろ」
ヴィクトル様がどこか寂しそうな声を出す。どうして、ヴィクトル様がこんなことをしているのか全然わからない。だけど今ここで少しでも気を抜いてはいけないと自分に言い聞かせて首を左右に振った。
「やめて下さい……こんなことしたらだめです……私はあの人と幸せに……」
私はもうマクセル様の妻になるのだから他の男に触れさせるなんていけないことなんだと拒絶をすることしかできなかった。
「俺がいるのに他の男と結婚しようとしているのか?」
話が噛み合わないでいるとヴィクトル様は顔を近づけて目を細めた。
「ユミル……もう俺から離れるな……俺はユミルだけだ。ユミルは俺だけのものだ、二度と離れるな」
キスをされる。そう悟った瞬間、私は一瞬、受け入れようと思ってしまった。でも、この人を受け入れてはいけないとすぐに頭の中で警告が鳴った。私はこの人の妻でもなんでもないのだから、こんなことをしては駄目。
部屋の中に乾いた音が鳴り響き、私の手の平には痛みがあった。
「捕まっていろ」
馬がその場からゆっくりと動き出すと風が頬をかすめ、馬の足音が地面に響き渡る。馬の体温がすぐそこに感じられ、揺れ動くたびに私はただ必死に落とされないようにしがみついていた。どこに向かっているのか、ただただ心が不安でいっぱいだ。
「どこに向かっているのですか……」
その不安が堪えきれず、私は声を震わせながら尋ねたがヴィクトル様はそれに返答することなく、無言のまま、馬はさらに加速し、私の不安もますます深まっていった。何が起こるのか分からず、ただ黙って乗り続けるしかなかった。
長い時間が過ぎ、私はただ景色を見つめていた。私たちは確実に王都から離れ、見慣れた景色を後にしていた。どこかに連れて行かれている感覚に胸の奥で恐怖が膨れ上がる。
そして、ついに馬が止まり、私たちが到着した場所を目の当たりにした時、その場所を見た瞬間、私の心は一気に冷え込んだ。そこに広がっていたのは見慣れたレーゲンブルクの屋敷だった。
ヴィクトル様に馬から降ろされると、地面の冷たさが足元を包み、私は思わず足をすくませた。強い手が背中に回り、無言で引き寄せられ、私はすぐにその腕の中に収められてしまった。
「え……!?ちょっ!ヴィクトル様!?」
力強い腕に支えられ、私はまるでお姫様のように抱きかかえられて屋敷の中へと運ばれていく。ただヴィクトル様の胸元にぴったりとくっついたまま、何が起こっているのか理解できないままだった。
その手のひらに包まれたままで、私は一度も声を上げることなく、ただ困惑した表情を浮かべることしかできなかった。彼の腕の中で揺れるたびに私の心臓が高鳴り、混乱した思考が一層強まっていく。どうしてこんなことに?と身体の奥底で何かが震えていた。
屋敷の中に足を踏み入れると、すれ違う使用人たちの視線が一斉に集まった。その目線は驚きと困惑が入り混じったもので、みんなが信じられないというような表情を浮かべている。
ヴィクトル様に抱きかかえられた私の姿が彼らにとってはあまりにも異様に映っている。眉をひそめて顔を背けたり、足を止めて振り返ったりする姿が目に入る。その視線が私に突き刺さる。
私はこの状況に動揺し、言葉を失う。その冷たい視線の中で私はまるで自分が何か大きな間違いを犯したような気がしていた。
ヴィクトル様はそんなことにはお構いなしに無言で私を抱き続け、まるで周囲の反応など気にも留めていない様子で屋敷の奥へと進んでいった。
そのまま進みながらも、私の心は落ち着かない。抱き上げられているという事実が逆に私を一層不安にさせていた。何をするつもりなのか、これからどうなるのか、わからないままにその腕に包まれていた。
扉が開かれるとヴィクトル様に抱かれたまま、どこか懐かしい雰囲気が漂う部屋の中へと進んでいった。その場所に心が沈み込んでいくのを感じた。
目の前にはかつて私が使っていた部屋が広がっていた。かつての日々の記憶が蘇る。
ヴィクトル様は何も言わずにそのまま私を美しく整えられたベッドの上に降ろした。ふわりとした感触と共に私はベッドに座ることになる。
ベッドのシーツはまだ新しいように白く、清潔感があり、まるで何も変わっていない。
ヴィクトル様は私をじっと見つめた。その目線は私を試すようなものだった。その瞳に抗いたくなったが、体はまるでその命令を受け入れるかのように動けなかった。
「ここがお前の居場所だ」
ヴィクトル様の低い声が静寂を切り裂くように響いた。声のトーンはあまりにも冷たく、無表情であったがそこに含まれている感情は見抜けない。
そしてヴィクトル様がベッドに乗り上がると、私は驚きと不安で身体が硬直した。目の前に彼が近づいてきたことで、どうしていいのかわからなくなり、反射的に後退るように動いた。
「待ってください……私、マクセルと結婚するんです」
私は思わず、そう口走っていた。それは今一番重要なことだった。ヴィクトル様は私の言葉に一瞬、動きを止めてその冷たい視線をさらに強くさせた。
「あの男にどこまで許した」
逃げようとする私に対して、ヴィクトル様は素早い動きで私の腕を掴んで引き寄せる。私を押し倒し、そのまま覆い被さった。長い赤髪が私の頬を撫でる。
その冷たさと力強さに圧倒されながらも、私は必死になって抵抗するがびくとも動かない。冷たい瞳に見下ろされて恐怖で身が竦んだ。
「あ……っ」
「お前は俺のものだ。その目で俺以外を見るな」
その冷たい瞳の中に何か別の感情が含まれているような気がしていた。それは怒りなのか、それとも悲しみなのか……私にはわからない。
そんな私を見下ろすヴィクトル様は眉を顰めながら荒い呼吸を繰り返している。
「お前は俺の妻だろ」
腕を掴まれる手に力が込められる。痛くて顔を顰めているとヴィクトル様は私を睨みつけながら問いかけた。
「神の前でも誓い合ったことを忘れたのか」
そう言われて私は目を見開く。私達はもう夫婦ではないのだ。私はマクセル様と結婚をするし、ヴィクトル様だっていつかは新しい妻を迎えるはずだ。
それなのに誓い合ったとか言われても意味が解らない。ヴィクトル様の言葉の真意が理解できずにいる。
「死ぬまで添い遂げると言っただろ」
ヴィクトル様がどこか寂しそうな声を出す。どうして、ヴィクトル様がこんなことをしているのか全然わからない。だけど今ここで少しでも気を抜いてはいけないと自分に言い聞かせて首を左右に振った。
「やめて下さい……こんなことしたらだめです……私はあの人と幸せに……」
私はもうマクセル様の妻になるのだから他の男に触れさせるなんていけないことなんだと拒絶をすることしかできなかった。
「俺がいるのに他の男と結婚しようとしているのか?」
話が噛み合わないでいるとヴィクトル様は顔を近づけて目を細めた。
「ユミル……もう俺から離れるな……俺はユミルだけだ。ユミルは俺だけのものだ、二度と離れるな」
キスをされる。そう悟った瞬間、私は一瞬、受け入れようと思ってしまった。でも、この人を受け入れてはいけないとすぐに頭の中で警告が鳴った。私はこの人の妻でもなんでもないのだから、こんなことをしては駄目。
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