「お前が死ねばよかった」と言われた夜【新章スタート】

白滝春菊

文字の大きさ
87 / 127

ヴィクトルサイド22

しおりを挟む
 あれから三年が経ち、俺は生きて戦場から帰ってきた。死ぬつもりで挑んだ戦争の最前線で奇跡的に生還した。
 怪我人は多く、戦闘で大きな損失もあったが死者はほとんど出さずに結果的に戦争を勝利に導いた。

 死ぬ覚悟で戦場に立ったはずなのに結局生きて帰ってきた。なぜ生き残ったのか、死にたかったはずの自分がどうしてこうして戻ってきている?
 体中が傷だらけで包帯に覆われた姿を鏡で見て、戦場から戻ったのだと実感する。消毒液の匂いは嫌いではなかった。傷を癒すためのその匂いが逆にどこか落ち着かせてくれる。

 国に戻ると、真っ先に陛下の元へと案内された。陛下は俺を迎え入れ、労いの言葉をかけてくれる。
 顔を上げれば陛下の様子が前とは異なることに気がついた。頬がこけ、目の下にクマが浮かんでる。王者らしい威厳と力強さを持っているはずの彼がどこか頼りなく、やつれて見える。

「ヴィクトル、褒美は要らないのか?」

 もう、俺は何も望まない。欲しいものなんてない。あの戦場で死なずに帰ってきてしまったこと自体が自分には与えられた不幸のように思える。
 戦争に送り出してくれた国のために戦った。今はそれが全てだ。褒美も名誉も俺には意味を成さない。

 ただ、ユミルに会いたい。心から。もし会ったら、最初にすべきことは謝ることだ。
 口先だけではない、心の底から詫びる。俺がやってきたこと、してしまったことに対する償いをせめてもの形として伝えたい。

 ……それは結局ユミルを不幸にするだけだろう。俺とユミルの相性は最悪だ。どうしてもお前を幸せにはできなかった。俺の存在がお前を傷つけるだけだ。
 それにユミルはもう本当に好きな男と結ばれているのかもしれない。そちらの方が幸せになるだろうに、どうしてもその現実を受け入れられない。

 ユミルは俺と一緒にいては不幸になる。奇跡的に俺のことを愛してくれていたとしてもそれはきっと麻薬のように甘い毒に過ぎない。俺はその毒に抗うことができない。結局、また傷つけるだけになる。

「そうか……なら、ミーティアの墓にお前が帰ったことを報告してほしい」

 陛下は深くため息をついて頭を搔くと、そう俺に命令をした。墓参りというなら断る理由もないので頷く。

 ◆

 静かな風が吹く中、ひとりの幼い少女がミーティアの墓前に立っていた。
 少女は金色の髪を風になびかせ、葡萄色の瞳を墓標に向けて静かに見つめている。
 俺は足を止めてしばらくその様子を見つめていた。少女は何も言わず、ただ墓を見守るように立ち続けている。小さな手にはまだ何も持っていない。

「マリィ」

 後ろから懐かしい気配と声がして、振り返ると、そこにはマリーゴールドの花束を手に持ったユミルが立っていた。
 その姿に目を奪われた。最後に会った時と比べて、背格好に変化は特にないが確かに何かが変わっていた。

 髪は少し伸び、以前よりも手入れが行き届いている。化粧をしているせいか、顔立ちが一層引き立っているように思う。
 どこか女性らしさを感じさせるその姿にはかつての幼さはまだ残っているが、何かが違う。
 それは大人になったというより、むしろ無理をして大人に似せようとしているような印象を受けた。
 背負っているもの、失ったもの、抱えていた感情が今の姿に反映されているような気がする。

 ユミルの青い目は以前よりも少しだけ強く感じられる。それが何を意味しているのかは俺にははっきりとはわからない。だが彼女の瞳の奥に秘められたものを見逃すことはできなかった。

 ユミルと俺が立ち尽くしていると、マリィと呼ばれた少女が突然、ユミルの姿を見つけて目を輝かせた。
 嬉しそうに駆け寄り、ユミルの腰に抱き着いた。ユミルは優しく手を伸ばしてマリィを片手で抱きしめた。

「どうしたの、マリィ?」

 ユミルがマリィを抱きしめているその光景を目にして、心臓が一瞬、止まったかのように感じた。
 まるで時間が止まったかのように周囲の音が遠くなる。ユミルとマリィの温かなやり取りを目の当たりにし、言いようのない焦燥感とともに掻き乱されていく。
 しばらくの間、ただその二人の姿を見つめ続けた。ユミルの腕の中で無邪気に笑う金髪の少女。
 そうだ、俺は戦争に行っている間に、ユミルの世界が変わったのだ。

「リディア様のところに行きます」

 マリィはユミルの顔を見上げ、俺を見てから不安げに言った。
 ユミルは微笑みながら、マリィの髪を優しく撫で、向こうで誰かの墓に花を添えているリディア様を指して「あっちにいるよ」と言った。
 マリィは元気に頷き、ユミルから離れると、指示された方向に向かって駆け出していった。その姿を見守りながら、ユミルは少しだけ目を細める。

俺はその場に立ち尽くし、マリィがユミルに抱きつく様子を見守っていた。何とも言えない感情が胸に湧き上がる。ふと疑問が浮かび、思わず口に出してしまう。

「……お前の子供なのか?」
しおりを挟む
感想 324

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。

暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。 リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。 その翌日、二人の婚約は解消されることになった。 急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

処理中です...