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ヴィクトルサイド22
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あれから三年が経ち、俺は生きて戦場から帰ってきた。死ぬつもりで挑んだ戦争の最前線で奇跡的に生還した。
怪我人は多く、戦闘で大きな損失もあったが死者はほとんど出さずに結果的に戦争を勝利に導いた。
死ぬ覚悟で戦場に立ったはずなのに結局生きて帰ってきた。なぜ生き残ったのか、死にたかったはずの自分がどうしてこうして戻ってきている?
体中が傷だらけで包帯に覆われた姿を鏡で見て、戦場から戻ったのだと実感する。消毒液の匂いは嫌いではなかった。傷を癒すためのその匂いが逆にどこか落ち着かせてくれる。
国に戻ると、真っ先に陛下の元へと案内された。陛下は俺を迎え入れ、労いの言葉をかけてくれる。
顔を上げれば陛下の様子が前とは異なることに気がついた。頬がこけ、目の下にクマが浮かんでる。王者らしい威厳と力強さを持っているはずの彼がどこか頼りなく、やつれて見える。
「ヴィクトル、褒美は要らないのか?」
もう、俺は何も望まない。欲しいものなんてない。あの戦場で死なずに帰ってきてしまったこと自体が自分には与えられた不幸のように思える。
戦争に送り出してくれた国のために戦った。今はそれが全てだ。褒美も名誉も俺には意味を成さない。
ただ、ユミルに会いたい。心から。もし会ったら、最初にすべきことは謝ることだ。
口先だけではない、心の底から詫びる。俺がやってきたこと、してしまったことに対する償いをせめてもの形として伝えたい。
……それは結局ユミルを不幸にするだけだろう。俺とユミルの相性は最悪だ。どうしてもお前を幸せにはできなかった。俺の存在がお前を傷つけるだけだ。
それにユミルはもう本当に好きな男と結ばれているのかもしれない。そちらの方が幸せになるだろうに、どうしてもその現実を受け入れられない。
ユミルは俺と一緒にいては不幸になる。奇跡的に俺のことを愛してくれていたとしてもそれはきっと麻薬のように甘い毒に過ぎない。俺はその毒に抗うことができない。結局、また傷つけるだけになる。
「そうか……なら、ミーティアの墓にお前が帰ったことを報告してほしい」
陛下は深くため息をついて頭を搔くと、そう俺に命令をした。墓参りというなら断る理由もないので頷く。
◆
静かな風が吹く中、ひとりの幼い少女がミーティアの墓前に立っていた。
少女は金色の髪を風になびかせ、葡萄色の瞳を墓標に向けて静かに見つめている。
俺は足を止めてしばらくその様子を見つめていた。少女は何も言わず、ただ墓を見守るように立ち続けている。小さな手にはまだ何も持っていない。
「マリィ」
後ろから懐かしい気配と声がして、振り返ると、そこにはマリーゴールドの花束を手に持ったユミルが立っていた。
その姿に目を奪われた。最後に会った時と比べて、背格好に変化は特にないが確かに何かが変わっていた。
髪は少し伸び、以前よりも手入れが行き届いている。化粧をしているせいか、顔立ちが一層引き立っているように思う。
どこか女性らしさを感じさせるその姿にはかつての幼さはまだ残っているが、何かが違う。
それは大人になったというより、むしろ無理をして大人に似せようとしているような印象を受けた。
背負っているもの、失ったもの、抱えていた感情が今の姿に反映されているような気がする。
ユミルの青い目は以前よりも少しだけ強く感じられる。それが何を意味しているのかは俺にははっきりとはわからない。だが彼女の瞳の奥に秘められたものを見逃すことはできなかった。
ユミルと俺が立ち尽くしていると、マリィと呼ばれた少女が突然、ユミルの姿を見つけて目を輝かせた。
嬉しそうに駆け寄り、ユミルの腰に抱き着いた。ユミルは優しく手を伸ばしてマリィを片手で抱きしめた。
「どうしたの、マリィ?」
ユミルがマリィを抱きしめているその光景を目にして、心臓が一瞬、止まったかのように感じた。
まるで時間が止まったかのように周囲の音が遠くなる。ユミルとマリィの温かなやり取りを目の当たりにし、言いようのない焦燥感とともに掻き乱されていく。
しばらくの間、ただその二人の姿を見つめ続けた。ユミルの腕の中で無邪気に笑う金髪の少女。
そうだ、俺は戦争に行っている間に、ユミルの世界が変わったのだ。
「リディア様のところに行きます」
マリィはユミルの顔を見上げ、俺を見てから不安げに言った。
ユミルは微笑みながら、マリィの髪を優しく撫で、向こうで誰かの墓に花を添えているリディア様を指して「あっちにいるよ」と言った。
マリィは元気に頷き、ユミルから離れると、指示された方向に向かって駆け出していった。その姿を見守りながら、ユミルは少しだけ目を細める。
俺はその場に立ち尽くし、マリィがユミルに抱きつく様子を見守っていた。何とも言えない感情が胸に湧き上がる。ふと疑問が浮かび、思わず口に出してしまう。
「……お前の子供なのか?」
怪我人は多く、戦闘で大きな損失もあったが死者はほとんど出さずに結果的に戦争を勝利に導いた。
死ぬ覚悟で戦場に立ったはずなのに結局生きて帰ってきた。なぜ生き残ったのか、死にたかったはずの自分がどうしてこうして戻ってきている?
体中が傷だらけで包帯に覆われた姿を鏡で見て、戦場から戻ったのだと実感する。消毒液の匂いは嫌いではなかった。傷を癒すためのその匂いが逆にどこか落ち着かせてくれる。
国に戻ると、真っ先に陛下の元へと案内された。陛下は俺を迎え入れ、労いの言葉をかけてくれる。
顔を上げれば陛下の様子が前とは異なることに気がついた。頬がこけ、目の下にクマが浮かんでる。王者らしい威厳と力強さを持っているはずの彼がどこか頼りなく、やつれて見える。
「ヴィクトル、褒美は要らないのか?」
もう、俺は何も望まない。欲しいものなんてない。あの戦場で死なずに帰ってきてしまったこと自体が自分には与えられた不幸のように思える。
戦争に送り出してくれた国のために戦った。今はそれが全てだ。褒美も名誉も俺には意味を成さない。
ただ、ユミルに会いたい。心から。もし会ったら、最初にすべきことは謝ることだ。
口先だけではない、心の底から詫びる。俺がやってきたこと、してしまったことに対する償いをせめてもの形として伝えたい。
……それは結局ユミルを不幸にするだけだろう。俺とユミルの相性は最悪だ。どうしてもお前を幸せにはできなかった。俺の存在がお前を傷つけるだけだ。
それにユミルはもう本当に好きな男と結ばれているのかもしれない。そちらの方が幸せになるだろうに、どうしてもその現実を受け入れられない。
ユミルは俺と一緒にいては不幸になる。奇跡的に俺のことを愛してくれていたとしてもそれはきっと麻薬のように甘い毒に過ぎない。俺はその毒に抗うことができない。結局、また傷つけるだけになる。
「そうか……なら、ミーティアの墓にお前が帰ったことを報告してほしい」
陛下は深くため息をついて頭を搔くと、そう俺に命令をした。墓参りというなら断る理由もないので頷く。
◆
静かな風が吹く中、ひとりの幼い少女がミーティアの墓前に立っていた。
少女は金色の髪を風になびかせ、葡萄色の瞳を墓標に向けて静かに見つめている。
俺は足を止めてしばらくその様子を見つめていた。少女は何も言わず、ただ墓を見守るように立ち続けている。小さな手にはまだ何も持っていない。
「マリィ」
後ろから懐かしい気配と声がして、振り返ると、そこにはマリーゴールドの花束を手に持ったユミルが立っていた。
その姿に目を奪われた。最後に会った時と比べて、背格好に変化は特にないが確かに何かが変わっていた。
髪は少し伸び、以前よりも手入れが行き届いている。化粧をしているせいか、顔立ちが一層引き立っているように思う。
どこか女性らしさを感じさせるその姿にはかつての幼さはまだ残っているが、何かが違う。
それは大人になったというより、むしろ無理をして大人に似せようとしているような印象を受けた。
背負っているもの、失ったもの、抱えていた感情が今の姿に反映されているような気がする。
ユミルの青い目は以前よりも少しだけ強く感じられる。それが何を意味しているのかは俺にははっきりとはわからない。だが彼女の瞳の奥に秘められたものを見逃すことはできなかった。
ユミルと俺が立ち尽くしていると、マリィと呼ばれた少女が突然、ユミルの姿を見つけて目を輝かせた。
嬉しそうに駆け寄り、ユミルの腰に抱き着いた。ユミルは優しく手を伸ばしてマリィを片手で抱きしめた。
「どうしたの、マリィ?」
ユミルがマリィを抱きしめているその光景を目にして、心臓が一瞬、止まったかのように感じた。
まるで時間が止まったかのように周囲の音が遠くなる。ユミルとマリィの温かなやり取りを目の当たりにし、言いようのない焦燥感とともに掻き乱されていく。
しばらくの間、ただその二人の姿を見つめ続けた。ユミルの腕の中で無邪気に笑う金髪の少女。
そうだ、俺は戦争に行っている間に、ユミルの世界が変わったのだ。
「リディア様のところに行きます」
マリィはユミルの顔を見上げ、俺を見てから不安げに言った。
ユミルは微笑みながら、マリィの髪を優しく撫で、向こうで誰かの墓に花を添えているリディア様を指して「あっちにいるよ」と言った。
マリィは元気に頷き、ユミルから離れると、指示された方向に向かって駆け出していった。その姿を見守りながら、ユミルは少しだけ目を細める。
俺はその場に立ち尽くし、マリィがユミルに抱きつく様子を見守っていた。何とも言えない感情が胸に湧き上がる。ふと疑問が浮かび、思わず口に出してしまう。
「……お前の子供なのか?」
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