【完結】悪役令嬢、推しカプのために動いたらオレ様系狼王子に求愛される

白滝春菊

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体育倉庫に閉じ込めて

 私は一人、学生寮の自室のベッドの上に座り込んで尻尾を意味もなく握っていた。こうすると不思議と落ち着くのよね。

「違う、違うのよ……こんなはずじゃなかったの……」  

 静寂の中で思わず口に出して呟いてしまう。誰に答えてもらうわけでもないけれど、抑えきれずにその声が漏れる。

 ウルファとアリシアのラブイベントを完璧に進行させるために私は計画を練りに練っていた。
 けれど、私の意思が弱かったせいで状況は私の意図とは真逆の方向に進んでしまった。
 アリシアが上手くウルファと接触して仲良くなるどころか、私とウルファが「ちょっといい感じ」になってしまったのだ。

「何よ、ちょっといい感じって……!私とウルファなんて、ありえないわ!解釈違いにも程があるじゃない!」  

 原作崩壊もいいところだと深く溜息をつく。
 よく考えてみればウルファが私に上着をかけてくれた瞬間から、何かがおかしかった。お姫様抱っこなんて、あり得ない。
 彼が優しく微笑んで私のことを気遣うなんて……どうしても受け入れられない。ウルファの優しさはアリシアに向けるべきなのに。

「ダメよ……ウルファはアリシアと結ばれるんだから……」  

 私は再び頭を振って、冷静になろうと必死になった。アリシアとウルファが結ばれるべき。推しカプのあの二人が一緒にならなければいけない。

「もう一度、計画を練り直さないと」  

 今度こそ、アリシアとウルファが心から結ばれるように完璧なイベントプランを考えなければならない。

「大丈夫、大丈夫よ。まだ序盤だもの。これからウルファとアリシアのラブイベントを挽回すれば……」 

 自分に言い聞かせるように呟きながら、新たな計画を頭の中のノートに書き込んでいった。

 ……よし、次の作戦はこれに決まりよ!  

 ウルファとアリシアを物理的に二人きりにしてやるの。体育倉庫で閉じ込めたら、きっと特別な時間を共有できるわ!
 獣人の貴族の為の学園なのに体育の授業があるこの学園、日本産乙女ゲームの影響を受けまくっていると感じざるを得なかった。
 でも、だからこそ、最高のチャンス!

 これはまさにラブコメイベントの典型。体育倉庫に閉じ込められた二人は汗ばんだ空気の中で距離を縮め、きっとお互いの気持ちを再確認するはず。そんなお決まりの展開を、私が完璧に演出!
 体育倉庫は学園の端にひっそりと建っている小さな建物だ。ここを利用!

 計画は完璧。授業が始まったら、私がアリシアを上手く誘導して、セリカに頼んでウルファも誘導をして一緒に倉庫に入れる。それから扉を閉めて、外から鍵を……ふふふっ、これで決まりね!

 私は嬉しそうに笑みを浮かべながら、自分の計画の完璧さに酔いしれる。
 けれど、どこか心の奥底に小さな違和感が消えないことを無視できなかった。今日のウルファの視線や、彼の言葉が私の中で何かを変えてしまっているような気がしてならない。

 ◆

 とにかく、ウルファとアリシアをロックオンして、見事に体育倉庫で二人きりにしてあげるわ!
 まずはアリシアに荷物を運んでもらうところから始めましょう。体育倉庫に誘導するためには跳び箱を運ぶように頼むのが一番!完璧な作戦よ。

「アリシア、ちょっといいかしら?」  
「はい、何でしょう?」 
 
 アリシアは相変わらず素直で愛らしい返事を返してくれる。まるで春風のように柔らかな彼女の存在に私は喜びを感じた。

「この跳び箱を体育倉庫まで運んでほしいの。少し重いけど、お願いね?」 
「わかりました!頑張ります!」

 私はにっこりと警戒をされないようにあくまで自然にそして優しくお願いをする。でも、アリシアが跳び箱を持ち上げようとした瞬間――

「うっ……重い……」 
 
 彼女の顔が少し引きつり、思わず小さな声を漏らした。そうだったアリシア運動音痴。華奢で力を使う場面が無かった。
 跳び箱は普通の人間用のものとは比べ物にならないくらい重く、しかもサイズも大きい。
 獣人用だから、アリシアの細い腕では到底持ち上げられるはずがない。私は心の中で彼女に無理なことをさせてしまったと反省する。

「ごめんなさい、私の力じゃ無理そうです……」  

 アリシアはうつむきながら、申し訳なさそうに呟く。その仕草さえも、無垢で可憐だ。

「大丈夫よ、気にしないで。私が運ぶわ!」  

 私は微笑み、優しく彼女を慰めた。そして、一気に跳び箱を持ち上げようとする。力を込めて、腕に力を入れて――

 ――重い。

 獣人である私でも、この跳び箱は予想以上に重い。少し、しんどい。でも、ここで弱気になってはいけない。私は何としてでも跳び箱を体育倉庫まで運ばなければならないから。

「このぐらい大したことないわ」  

 私は無理に笑顔を作りながら、なんとか声を絞り出した。アリシアの前ではできるだけ強く、頼れる存在でありたかった。

「シルヴィアさん、本当にすごいですね……」  
「うふふ、アリシアは先に戻ってちょうだい」

 アリシアが目を丸くして感嘆の声を漏らすけれど、今はその言葉に嬉しさを感じる暇もない。私は重い跳び箱を抱えたまま、必死に体育倉庫を目指して歩き始めた。
 
 私は公爵令嬢で悪役令嬢で狼獣人なのよ。このぐらいで根を上げてはお父様に失望されるわ!

 自分にそう言い聞かせながら、私は息を整え、足を速めた。計画がうまくいけばきっとすべてが上手く運ぶはずだと信じて。
 だがそこへ不意に背後から声がかかった。

「おい、何してんだ?」  

 その声に足を止めて振り返ると、そこには制服姿のウルファが腕を組んで少し呆れたようにこちらを見ていた。
 しっかりとした体つき、整った顔立ち、そして微かに揺れる黒い耳に大きな尻尾――その全てが彼の存在感を際立たせている。金色の瞳が私を見据え、どこか余裕を感じさせた。

「ウルファ?なぜ、ここにいるの?」  

 私は動揺しながらも、できるだけ平静を装って問いかける。

「お前の使用人に体育倉庫に来てくれって頼まれたんだよ。それより、お前、何やってんだ?跳び箱なんて運んでさ」

 彼は私を見下ろし、半ば呆れたように言う。その声には少しだけ優しさが感じられる。そうだった。私がアリシアと二人きりにする為に呼んだんだ……

「これは……その……」  

 言葉に詰まる。どうしても計画をそのまま話すわけにはいかない。心の中で葛藤しつつ、私は言葉を濁すしかなかった。

「おい、貸せ。それ、お前一人で運ぶのは無理だろ」

 ウルファは私の手から跳び箱を奪うようにして軽々と持ち上げた。

「ちょ、ちょっと!いいのよ、私が――」 
 
 抗議する暇もなく、ウルファは無言で跳び箱を運び出す。彼の力強い手のひらが跳び箱をしっかりと支えていた。

「黙ってついてこい」
「うう……」

 低い声で言われ、私は反論する隙もなく、唸ることしかできなくて、ただその後を追うことになった。狼の本能のように彼の後ろ姿に引き寄せられる。

 ウルファが堂々と体育倉庫へ向かうその後ろ姿がまるで運命を決めるかのように私の目に映る。その背中を追うたびに胸の奥が妙にざわつき、心が揺れる。こんなはずじゃなかったのに。

 跳び箱を運んでアリシアを体育倉庫に閉じ込めるはずだったのにどうして私がウルファと二人きりで倉庫に向かっているのだろう?
 計画の行方が怪しくなりつつあることを感じながらも、私は無言でただ彼の後ろを歩き続けた。

 ◆

 跳び箱を体育倉庫の隅にそっと置き、私はウルファの方へ静かに向き直った。そして、素直に感謝の気持ちを伝えた。

「ウルファ、本当にありがとう。助かったわ」
「別に見てられなかっただけだ」

 ウルファは肩をすくめながら、そっけなく言葉を返す。彼のその仕草があまりにも自然で妙に格好よく見えてしまった。

「でも、本当に助かったのよ。あれ、すごく重かったんだから――」

 その瞬間、倉庫の中に不安を呼ぶ音が響いて、私達の耳がピンと立つ。

 ガチャン。

「……え?」

 倉庫のドアが外から鍵をかけられているの音がはっきりと聞き取れた。慌ててドアを開けようとするが全く動かない。

「開かない!?」
「……マジかよ」
 
 私は焦りながら、ウルファに視線を向けると、ウルファは少しも驚いた様子を見せず、ただ面倒くさそうにドアを叩いて確認する。

「誰だよ、鍵かけたの」
「し、知らないわ……」

 私は焦りに声を上ずらせてしまった。どうしよう……確か外から鍵をかけるようにって、セリカに頼んだんだ……

「落ち着けよ、とりあえず大声出して誰か呼べば――」
「だ、ダメよ!こんな状況、誰かに見られたら変な誤解されるじゃない!」

 アリシアに見られたら、大変なことになる。その不安が胸に広がり、手が震えてきたが、ウルファは私を見つめて不敵な笑みを浮かべた。

「……誤解?婚約者なのに何が困るんだ?」
「わ、私は困るの……」

 私の必死な抗議を軽く流すようにウルファはその場にどっしりと腰を下ろす。そして片膝を立て、まるで自分の領域に引き寄せるかのようにじっと私を見つめてきた。

「なら、おとなしく座ってろ。俺かお前の使用人が来るだろ」
「……そうね……」

 渋々、私はウルファから少し距離を取って座り込んだ。倉庫の中は予想以上に静かで何だか妙に彼の隣にいるのが落ち着かない。
 それでも、セリカが気づいて鍵を開けてくれるのを心から願いながら、じっと待つことにした。

 待っている間、倉庫の冷たい壁に背中を預けて体を少し休ませる。隣でウルファは足を投げ出し、退屈そうにしている。

 その時――

「……汗臭いな」

 突然、ウルファが鼻をひくつかせて、私をじっと見てきた。

「え?」
「お前だよ、お前。汗臭い」
「体育の授業だったんだから、当たり前でしょ……」

 距離を置く私にウルファの切れ長の瞳が私を捕らえる。その目に引き寄せられるように心が急激にドキドキと高鳴る。
 慌てて距離を取ろうとするが、ウルファはそんな私の反応が楽しいのか、さらに野性的な笑みを深める。彼の唇が少し上がるその姿に魅了される。

「別に悪い意味じゃねぇよ。むしろ、お前の汗の匂い、意外と悪くない」
「全然フォローになってない……」
「いや、むしろ好きかも」

 言葉を失う私にウルファはゆっくりと立ち上がり、近づいてきた。そして、私の首筋に顔を近づけ、鼻をひくつかせながら匂いを嗅ぐように動く。

「……やだっ!ちょっと!」

 私は慌てて後ずさろうとするがすぐに跳び箱に追いつめられてしまう。ウルファの鋭い瞳が私を捕らえ、その視線がまるで体の奥まで突き刺さるように感じて、体が一瞬で硬直してしまった。

「シルヴィア……」

 ウルファの熱い息が私の首筋に触れる。その温もりに背筋がピリっと震えた。

 ――何これ?

 まるで雌としての本能をくすぐられるような、不思議で切ない感覚が胸に広がった。

「ウルファ……だめよ、こんなこと……」

 私は必死に心の中で抵抗しようとするが体はどうしても言うことを聞かない。金縛りにあったかのように動けないのだ。

「シルヴィア」

 ウルファの視線が私を捉えたまま、さらにじわりと私に迫る。その目の奥に浮かぶ楽しげな光にますます胸が高鳴るのを感じた。
 そして、最後には彼が私の首筋にそっと口づけを落とす。

 ――ああ、もうダメ。
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