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21 噂話は蜜の味?
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一度騎士団に顔を出すと言っていたジョゼルと中庭で別れた私は、ルイスの見舞いに向かうべく急いでいた。
(いやいやいや、ついうっかり模擬戦を最後まで見たりジョゼルと話し込んだりしちゃったけれど、よく考えれば最初から遅刻していたからね⁈何でこう私はマヌケなんだ)
思えば今日は、朝からフランツが訪ねてきたり、珍しい騎士団の模擬戦があったりと、つい気を取られる出来事が頻発していた。
だからといって三時間以上遅刻するのは人としてどうなんだろうか?
いつもの時間に来ない事で、ルイスが私の身を案じていたらどうしようか…などと急ぎ足で向かった扉の向こう側では“キャッキャウフフ”と楽しそうな笑い声が響き渡り、「あれ?カールがあんまり遅いから、今日は来ないのかと思っていたよ」と横目で睨むルイスの辛辣な一言が待っていた。
「今日は陽気も良いし、医師からも体力づくりを兼ねて散策を勧められたから、カールと一緒に騎士団の模擬戦を観戦しようと思って待っていたんだよ。まあ、来るのが遅すぎて、とっくに模擬戦は終わったけどね」
拗ねたようにソッポを向くルイスが可愛い。これは彼の演技だと判っていてもときめいてしまうのだから仕方ないだろう。
「フフ…遅くなってゴメンね。ルイスと約束したクッキーを焼いて持ってきたから、機嫌を直してくれると嬉しいな」
クッキーの包みを手渡すと、不機嫌さを忘れたかのようにパッと顔を輝かせて「今日のクッキーはドライフルーツ入り?」と聞いてくる。
頷くと、メイドのミアがルイスの向かい側に肘掛椅子を準備してくれたので腰を下ろす。
そしてもう一人の傍仕えであるメリルが温かな紅茶を用意してくれた。
二人にお礼を告げ、目の前でクッキーを頬張るルイスに「それで、先ほど私が来る前に随分と盛り上がっていた様だけれど、何の話をしていたの?」と尋ねてみる。
どうやら、中庭でのジョゼル達の白熱した戦いをルイスも離宮の一角から眺めていたようで、その話で盛り上がっていたのだと興奮した様子で実況してくれた。
「いやぁ、確かにジョゼル様の戦いは凄かったけれど、一番白熱したのはサロンのテラスだよねぇ」
「ええ‼あの場所取りで見せる女同士の激しい諍いは中々の見ものでしたわ~」
「最後は令嬢同士の髪の引っ張り合いにまで発展していましたもの。ジョゼル様の人気ぶりは凄まじいですわねぇ」
んんん?ちょっと待って欲しい。彼らが白熱して見ていたのは模擬戦ではなく観戦していた側のご令嬢の話なのだろうか?
「今日は騎士団の模擬戦があると聞きつけた未婚の貴族令嬢が、挙って王宮のサロンに詰めかけたんだよ。どうやら父親の伝手を使って、将来有望な騎士でも自分の伴侶として見つけるつもりで来たんだろうけど、危険だからと令嬢は中庭付近に出入りを禁止されているから、唯一出入りが許されている二階のサロンのテラスに鈴なりで、必死に身を乗り出しちゃってさ」
“アハハ”と笑うルイスは余程それが面白かったのかお腹を抱えて笑っている。
「そんなに凄かったの?」と尋ねると、ミアとメリルまで大きく頷いている。
「現在の王宮騎士団長様が登場された時にも歓声は上がっていたのですが、あの方は既に婚姻されているので、やはりジョゼル様が登場された時が一番激しかったですわ」
「しかも、敵を仕留める様が、美しくも鋭い牙を隠し持つ肉食獣のようだと、ご令嬢方が黄色い悲鳴を上げていましたから」
へぇ…そう言えば、王宮の二階からキャーキャーと黄色い声が上がっていた気がする。
模擬戦に夢中になり過ぎて気にしていなかったけれど、あれは全部ジョゼルへの熱い声援だったのか。凄いな…。
「ふぅん。まあ、確かに先ほどのジョゼルは凄く格好良かったからね。模擬戦も優勝したし、これで益々人気が高まるんじゃないの?」
紅茶に一つ砂糖を溶かしてから口を付けると、ふんわりと優しい甘さが口に広がった。
その様を見つめていたルイスは、まるで面白い物を見つけたかのように顔を輝かせる。
「成程~、つまりカールは私のところに来る前にジョゼル様の試合を観戦していたから遅くなったわけだね?そんなに見惚れるほど格好良かったわけだ」
ニヤニヤしながら言われた台詞に、思わず飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになってしまう。
「…ぐっ⁈ゴホッ…確かに、さっきの模擬戦は見ていたけれど、別にジョゼルだけ見ていたわけでも、ましてや見惚れてなんかいないよ」
…これは嘘だ。正直に言うと、あの時の私は完全にジョゼルの戦う姿に見惚れていた。
でもその後のジョゼルの贖罪であったり、彼とのやり取りであったりをルイスに話すつもりが無かったから誤魔化しただけだ。
それが不味かったのか、ルイスは益々楽しそうに「それにいつの間にか“ジョゼル”なんて呼び捨てになっているじゃないか。いつからそんなに親密な関係になっているのさ」と笑みを深める。
…どうしてこう彼は無駄に目敏いのだろうか。
「…友人として、呼び捨てして良いと許可を貰ったからね。そんな事より、ミアとメリルまでルイスと一緒になって騎士団の模擬戦を見に行くなんて、二人にはお目当ての騎士様でもいるのかい?それとも伴侶探しかな?」
これ以上ルイスに追及されていると、絶対にボロを出す自信があったので二人に話題を振るとミアもメリルも頬を染めて首を振っている。
「私はエルベ領から出稼ぎに来ているだけの平民の娘ですから。騎士様を恋人にしたいなどと大それたこと、考えたこともございませんわ。」
ブラウンの髪をキッチリ纏め、王宮のお仕着せを身に纏ったミアは大きなアーモンドの瞳に笑みを浮かべている。
「ミアのご実家はエルベ領にあるんだね。あそこは確か海辺の町として栄えていたんじゃなかったかな?」
「はい。主な産業は海魚の漁業と、海魚の加工品の製造販売で栄えていますわ。ですから我が家も同じように漁業を営んでいますので、どうしても女の身では家業の役には立てないからと、領主さまに金品を積んで王宮への紹介状を書いていただきましたの」
領主から王宮へ仕事を斡旋して貰うのは良く聞く話だけれど、金品と引き換えというのは初めて知った。
「昨年のエルベ領は漁獲量も増えて、これで収入も増えると家族一同喜んでいたのですが、漁業に必要な船の損傷が激しいからと、補修費用として領民には税金が上乗せされることになったのですわ」
エルベ領は、確かに漁業は盛んだけれど、全ての領民が船を持てるわけでは無い。殆どが領主に使用料を支払って借り出しているのが現状だ。だから領主に船の補修費用だと言われれば税金が不当に上がっても文句を言い出せないのだろう。
「おかげで、王宮の手当てから、少しでも仕送りを増やして欲しいと催促の手紙までくる始末ですわ。恋人が出来たところで、婚姻費用すらままならないのでは困りますから今は恋人探しどころではありませんのよ」
「そうか…じゃあ、メリルは?もう恋人はいるの?」
もう一人の傍仕えであるメリルに話を振ると、グレーの髪に漆黒の瞳を持つ彼女は恥ずかしそうに頷いた。
「私はバッヘンベルグ領の出身なのですが、掘削工をしている幼馴染と結婚の約束をしているんです」
「そうなんだ。じゃあ、恋人の傍に居たかったんじゃないの?何で、アーデルハイド王宮で働こうと思ったのさ」
王宮勤めをすれば、使用人は王宮の一角に部屋を与えられ、自由に家に帰ることは出来なくなる。恋人がいるのならば、そのまま領地で働いた方が会える頻度は高いだろう。
「結婚すればもう王都へ出てくる機会が無くなってしまうので、一度は外の世界を見た方が良いと両親に勧められました。領主さまもご親切に紹介状を書いてくださいましたし、王宮ならば変な輩も寄り付かないから安心だと彼にも勧められて…」
「成程…。バッヘンベルグの領主様にはお金を払って紹介状を書いて貰ったの?」
「いいえ?私と両親がご挨拶に伺った際に、その場でご用意いただけましたし、あの素晴らしい領主さまが金品を要求するなど、ありえませんわ」
…エルベの領主は金品を要求して、バッヘンベルグの領主は無償で紹介状を提供するのか…。
結局、こういったところに領主としての資質は現れてしまうのだろう。
領民の心を掴める者と、己の欲望ばかりを満たそうとする者の違い…。
それにしても、エルベの領主のがめつさは少し異常では無いだろうか…?
少し調べてみた方が良いのかもしれないと、カールは心に刻んだのだった。
(いやいやいや、ついうっかり模擬戦を最後まで見たりジョゼルと話し込んだりしちゃったけれど、よく考えれば最初から遅刻していたからね⁈何でこう私はマヌケなんだ)
思えば今日は、朝からフランツが訪ねてきたり、珍しい騎士団の模擬戦があったりと、つい気を取られる出来事が頻発していた。
だからといって三時間以上遅刻するのは人としてどうなんだろうか?
いつもの時間に来ない事で、ルイスが私の身を案じていたらどうしようか…などと急ぎ足で向かった扉の向こう側では“キャッキャウフフ”と楽しそうな笑い声が響き渡り、「あれ?カールがあんまり遅いから、今日は来ないのかと思っていたよ」と横目で睨むルイスの辛辣な一言が待っていた。
「今日は陽気も良いし、医師からも体力づくりを兼ねて散策を勧められたから、カールと一緒に騎士団の模擬戦を観戦しようと思って待っていたんだよ。まあ、来るのが遅すぎて、とっくに模擬戦は終わったけどね」
拗ねたようにソッポを向くルイスが可愛い。これは彼の演技だと判っていてもときめいてしまうのだから仕方ないだろう。
「フフ…遅くなってゴメンね。ルイスと約束したクッキーを焼いて持ってきたから、機嫌を直してくれると嬉しいな」
クッキーの包みを手渡すと、不機嫌さを忘れたかのようにパッと顔を輝かせて「今日のクッキーはドライフルーツ入り?」と聞いてくる。
頷くと、メイドのミアがルイスの向かい側に肘掛椅子を準備してくれたので腰を下ろす。
そしてもう一人の傍仕えであるメリルが温かな紅茶を用意してくれた。
二人にお礼を告げ、目の前でクッキーを頬張るルイスに「それで、先ほど私が来る前に随分と盛り上がっていた様だけれど、何の話をしていたの?」と尋ねてみる。
どうやら、中庭でのジョゼル達の白熱した戦いをルイスも離宮の一角から眺めていたようで、その話で盛り上がっていたのだと興奮した様子で実況してくれた。
「いやぁ、確かにジョゼル様の戦いは凄かったけれど、一番白熱したのはサロンのテラスだよねぇ」
「ええ‼あの場所取りで見せる女同士の激しい諍いは中々の見ものでしたわ~」
「最後は令嬢同士の髪の引っ張り合いにまで発展していましたもの。ジョゼル様の人気ぶりは凄まじいですわねぇ」
んんん?ちょっと待って欲しい。彼らが白熱して見ていたのは模擬戦ではなく観戦していた側のご令嬢の話なのだろうか?
「今日は騎士団の模擬戦があると聞きつけた未婚の貴族令嬢が、挙って王宮のサロンに詰めかけたんだよ。どうやら父親の伝手を使って、将来有望な騎士でも自分の伴侶として見つけるつもりで来たんだろうけど、危険だからと令嬢は中庭付近に出入りを禁止されているから、唯一出入りが許されている二階のサロンのテラスに鈴なりで、必死に身を乗り出しちゃってさ」
“アハハ”と笑うルイスは余程それが面白かったのかお腹を抱えて笑っている。
「そんなに凄かったの?」と尋ねると、ミアとメリルまで大きく頷いている。
「現在の王宮騎士団長様が登場された時にも歓声は上がっていたのですが、あの方は既に婚姻されているので、やはりジョゼル様が登場された時が一番激しかったですわ」
「しかも、敵を仕留める様が、美しくも鋭い牙を隠し持つ肉食獣のようだと、ご令嬢方が黄色い悲鳴を上げていましたから」
へぇ…そう言えば、王宮の二階からキャーキャーと黄色い声が上がっていた気がする。
模擬戦に夢中になり過ぎて気にしていなかったけれど、あれは全部ジョゼルへの熱い声援だったのか。凄いな…。
「ふぅん。まあ、確かに先ほどのジョゼルは凄く格好良かったからね。模擬戦も優勝したし、これで益々人気が高まるんじゃないの?」
紅茶に一つ砂糖を溶かしてから口を付けると、ふんわりと優しい甘さが口に広がった。
その様を見つめていたルイスは、まるで面白い物を見つけたかのように顔を輝かせる。
「成程~、つまりカールは私のところに来る前にジョゼル様の試合を観戦していたから遅くなったわけだね?そんなに見惚れるほど格好良かったわけだ」
ニヤニヤしながら言われた台詞に、思わず飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになってしまう。
「…ぐっ⁈ゴホッ…確かに、さっきの模擬戦は見ていたけれど、別にジョゼルだけ見ていたわけでも、ましてや見惚れてなんかいないよ」
…これは嘘だ。正直に言うと、あの時の私は完全にジョゼルの戦う姿に見惚れていた。
でもその後のジョゼルの贖罪であったり、彼とのやり取りであったりをルイスに話すつもりが無かったから誤魔化しただけだ。
それが不味かったのか、ルイスは益々楽しそうに「それにいつの間にか“ジョゼル”なんて呼び捨てになっているじゃないか。いつからそんなに親密な関係になっているのさ」と笑みを深める。
…どうしてこう彼は無駄に目敏いのだろうか。
「…友人として、呼び捨てして良いと許可を貰ったからね。そんな事より、ミアとメリルまでルイスと一緒になって騎士団の模擬戦を見に行くなんて、二人にはお目当ての騎士様でもいるのかい?それとも伴侶探しかな?」
これ以上ルイスに追及されていると、絶対にボロを出す自信があったので二人に話題を振るとミアもメリルも頬を染めて首を振っている。
「私はエルベ領から出稼ぎに来ているだけの平民の娘ですから。騎士様を恋人にしたいなどと大それたこと、考えたこともございませんわ。」
ブラウンの髪をキッチリ纏め、王宮のお仕着せを身に纏ったミアは大きなアーモンドの瞳に笑みを浮かべている。
「ミアのご実家はエルベ領にあるんだね。あそこは確か海辺の町として栄えていたんじゃなかったかな?」
「はい。主な産業は海魚の漁業と、海魚の加工品の製造販売で栄えていますわ。ですから我が家も同じように漁業を営んでいますので、どうしても女の身では家業の役には立てないからと、領主さまに金品を積んで王宮への紹介状を書いていただきましたの」
領主から王宮へ仕事を斡旋して貰うのは良く聞く話だけれど、金品と引き換えというのは初めて知った。
「昨年のエルベ領は漁獲量も増えて、これで収入も増えると家族一同喜んでいたのですが、漁業に必要な船の損傷が激しいからと、補修費用として領民には税金が上乗せされることになったのですわ」
エルベ領は、確かに漁業は盛んだけれど、全ての領民が船を持てるわけでは無い。殆どが領主に使用料を支払って借り出しているのが現状だ。だから領主に船の補修費用だと言われれば税金が不当に上がっても文句を言い出せないのだろう。
「おかげで、王宮の手当てから、少しでも仕送りを増やして欲しいと催促の手紙までくる始末ですわ。恋人が出来たところで、婚姻費用すらままならないのでは困りますから今は恋人探しどころではありませんのよ」
「そうか…じゃあ、メリルは?もう恋人はいるの?」
もう一人の傍仕えであるメリルに話を振ると、グレーの髪に漆黒の瞳を持つ彼女は恥ずかしそうに頷いた。
「私はバッヘンベルグ領の出身なのですが、掘削工をしている幼馴染と結婚の約束をしているんです」
「そうなんだ。じゃあ、恋人の傍に居たかったんじゃないの?何で、アーデルハイド王宮で働こうと思ったのさ」
王宮勤めをすれば、使用人は王宮の一角に部屋を与えられ、自由に家に帰ることは出来なくなる。恋人がいるのならば、そのまま領地で働いた方が会える頻度は高いだろう。
「結婚すればもう王都へ出てくる機会が無くなってしまうので、一度は外の世界を見た方が良いと両親に勧められました。領主さまもご親切に紹介状を書いてくださいましたし、王宮ならば変な輩も寄り付かないから安心だと彼にも勧められて…」
「成程…。バッヘンベルグの領主様にはお金を払って紹介状を書いて貰ったの?」
「いいえ?私と両親がご挨拶に伺った際に、その場でご用意いただけましたし、あの素晴らしい領主さまが金品を要求するなど、ありえませんわ」
…エルベの領主は金品を要求して、バッヘンベルグの領主は無償で紹介状を提供するのか…。
結局、こういったところに領主としての資質は現れてしまうのだろう。
領民の心を掴める者と、己の欲望ばかりを満たそうとする者の違い…。
それにしても、エルベの領主のがめつさは少し異常では無いだろうか…?
少し調べてみた方が良いのかもしれないと、カールは心に刻んだのだった。
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