狭間田市役所へようこそ  

矢島みち

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「準備が遅い‼」

 準備を終えて裏口から出ると、颯爽と私を待つ北条先輩が言った。
北条拓海(ほうじょうたくみ) 25歳、独身。彼女の有無は聞いたことないので知らない。…彼は見た目だけならそこらのモデル顔負けのかっこ良さだ。
 185cmの長身だけれど筋肉質な細身のルックス、少し茶色を帯びたサラサラの髪、切れ長で、少したれ目な瞳もあまり笑わない所も最高に素敵よね…と他の課のお姉さまたちがはしゃいでいたのも知っている。
 でもね、今現在の彼は膝までの長靴を履き、ツナギの作業着に軍手をし、右手には魂捕縛用の網を、左手には捕まえた魂を入れる捕縛袋を持っている…。
 見た目が完全に農作業のオッサンなのだ。コイツ完全に着こなしていやがるゼ☆

 そんなオッサンに怒られても「いや~ん♪遅くなってごめんなさーい」なんて言えるわけもなく…私は一言「はぁ…すみません」と頭を下げた。

 だってさー、残業中ですよ!今現在‼やる気なんて出るわけないじゃないですか?
 しかも私も北条先輩とほぼペアルック…農作業のオバちゃんですよ…うら若い乙女にはキツイ恰好…(涙)
 そんなやる気0の私にため息を吐くと、「お前が遅いから、西野と南原ペアは先に捕獲に向かってる…俺達には負けないって息巻いてた」と魂ウェブマップを寄越した。

 【魂ウェブマップ】と言うのは文字通り今現在、本日ご臨終しているにも関わらず、市役所で適正な手続きを行っていない不正な魂が、市内の何処にいるのかをマップ上に表示してくれる便利アイテムなのだ。
 葬儀社が魂に押印した【ご臨終】スタンプと連動しているために、余程のことが無ければこれで居場所を追跡できる。
 そのウェブマップ上では次々と点滅していた魂のランプが消え始めていた。

「これ…西野・南原ペアですかね…」

 ものすごいスピードで消えていくということは捕獲が順調ということだ。

「俺たちも急がないと、また奴らに嫌味を言われるぞ?」という先輩の言葉に慌てて私は網を握り締めた。

「何しているんですか、急ぎましょう!」いきなり走り出す理来に、北条は「だから言ったのに…」と無言で後を追いかけた。

「ハア…ハア…やっと一人の魂を…捕獲し、ましたぁ」

 私が網を振り回しながら、やっと一つ目の魂を捕縛袋に確保した時、既に【魂ウェブマップ】上には点滅する光は一つも無かった。

「お疲れ、それが最後の魂だったみたいだな。俺も3人分捕獲出来た」サラッと言いますけれど、北条先輩…私の3倍ですか?しかも息一つ上がってない…悔しいけど…運動不足だろうか…?

 最近ちょっと太ったし、腹の肉も気になる。ちょっとは運動した方が…なんて思いながらトボトボと市役所へと戻る私達。
 道すがら地元の小学生に「オバちゃん、何の虫取ったの?カブトムシ?ねぇいっぱい取れた?」なんて聞かれたのが地味に一番ツラかった…。

 市役所には既に西野先輩と南原うららかが涼しい顔で待機していた。

「うん、君たちが捕獲した魂が4つ…西野君たちが16…併せて20個の魂だね。これで逃げだした魂は全部だ、お疲れさん」

 田中課長が一応労ってくれる。課長はそのまま、魂を危険魂隔離室へと入れに行った。
 疲れたけれど、なんとか終わったし…と汗だくになった作業着を着替えに更衣室へ向かおうとした私たちを西野・南原ペアが呼び止めた。
 あ~…嫌味が始まってしまった…。これは長くなるかな…。

「私たちが全体の8割を捕縛したんですよねぇ?同じ時間で」と得意げに鼻をならす茶髪ロングヘアー美人は南原(みなみはら)うららか 21歳、私の同期でバッチリメイクの美人だ。

 彼女は…入庁当時から北条先輩に恋心を抱いているようで、私が先輩とペアになった時に私とペアを変われ‼と怒り狂ったのだ。もうね、鬼の形相で詰め寄られてとてつもなく怖かった。
でも、田中課長に『業務命令』と言われて一度はペア替えを諦めた彼女は、『もしも捕縛成績が良ければペア替えも認めようかな』と言われ俄然張り切りだしたのだ。

 …完全に田中課長に操られていますな…。
 そして隙あらばペアを変えようと私にいちいち嫌味を言ってくるようになってしまった残念な人だ。…せっかく美人なんだから、こんな無駄なところで張り合わなくても仕事後にデートに誘えばいいと思うのだけれど。
 しかも農作業ルックでモデル立ち!イヤイヤ…それはないわーと言いたいがグッと堪える。

「全くだよな~!たったの4つしか魂を捕縛出来ないなんて本当は寝ていたんじゃないのかぁ?」ハハハと高らかに笑う長身で細身のイケメンは西野 渉(にしのわたる)先輩、25歳だ。
 彼もまた非常に整った和風のイケメンで、黒髪に切れ長の瞳、自信ありげにほほ笑む唇とかって言われている。見た目だけならモデル並みのルックスと言える。

 でも、非常に残念な性格で、西野先輩は北条先輩をライバル認定しているためにしつこく彼に絡んでいるのだ。
 しかも絡むようになった理由が呆れる。
 北条先輩の方が自分よりも身長が1cm高かったことが許せないから…。

『俺の方がイケメンなのに、北条の方がキャーキャー言われるのは身長のせいだ』と北条先輩に言ったらしいと風の噂で聞いたけれど、多分、人気で負けているのはその性格が問題なんだろうなと思う。

 そんなわけで、うんざりする長い嫌味が始まったけれど、北条先輩は「おい、東雲。早く着替えてこい」と私に言うと騒ぐ二人に目もくれず立ち去ろうとした。
 これには嫌味を言い続けている二人も、そして私もポカーン…だった。
 この嫌味を無視できるって、メンタル強くない?しかも相手は興に乗ってめっちゃ生き生きと嫌味を言っているのにそれを無視って…。

「待て待て待て…北条、俺がまだ話しているだろうが‼」

 西野先輩が慌てて北条先輩の肩に手をかけて引き留めるが、北条先輩は我関せずだ。

「もうすぐ消灯になる。お役所だから電気を消される前に着替えないと、俺たち全員この格好で帰ることになるぞ」

 そう言うとさっさと着替えに行ってしまった。
 呆然としていた私たちは一瞬ののち「それだけは‼」と慌てて更衣室へと走ったのだった。
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