狭間田市役所へようこそ  

矢島みち

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 き…気まずい…。みんなが現場に出てから時計の音までもが大きく聞こえてきます。
 書類をめくる音しか響かない…これはキツい。
 何とかこの状況を打開せねばとこちらから話しかけることにした。

「あ、あの~北条先輩?」

「なんだ…?」おおう…先輩の声、いつもより一オクターブぐらい声が低い。

「ええっとですね、さっきの件なんですけれど…」言いかけて困ってしまった。

 だって昼休みに話していた内容を聞いていましたか?なんて普通聞くか?人の話を盗み聞きしていたんでしょ?なんて言えるのか?

「さっきの件って何だ?」さらに声が低くなった様に感じるのは私の気のせいだろうか?

「いえいえ、えーっとですね。昼休みに食堂で税務課の春原はるかちゃんとご飯を食べたんですが、あっ!はるかちゃんて知っています?あのいつも髪をお団子にしている可愛い顔の…少しぽっちゃりした…」

「知らない」

 チーン…会話になりません。誰か助けて…いえ、ここまで頑張ったのだからもう少し会話を続けよう‼ 
 私は勇気を奮い起こして続けました。

「知らない…そうですよね?…確かに別の課の女子なんて知りませんよねー、えっとそれで私がそのはるかちゃんとお昼を食べていた時に北条先輩って素敵だねって税務課で話題になっているって聞いたんですよ~凄いですね、さっすが北条先輩‼モテモテじゃないですか~」

「…それで?」ああ、ダメだ…会話が続かない。

 もう気分は太鼓持ちですよ。ヨイショーッと持ち上げまくるためだけに存在するあの太鼓持ち。でもこんなに盛り上がらない人を前にすると心折れそう…。

「えーっと、それで、税務課であまりに北条先輩の人気が凄いので変な噂が流れているって聞いて…その噂を否定しようと…」

「変な噂って何だ?」初めて北条先輩がこちらを見た。

「いえいえ、はるかちゃんに否定しておいたので大丈夫です‼もう噂は消えて…」

「だ・か・ら、噂ってなんだ?」北条先輩がじりじりと近づいてきます。

「え…っと、その先輩が不快になる…」
 言い淀みますが、私は自分の座る椅子と机を背にして、いつの間にか先輩にサンドイッチ状態にホールドされ逃げられません。
 ううう…なんでこんなことに…。それでもまだグズグズしている私にイライラしているのが伝わってきます。

「早く言えよ…さもないと…」ナニかされる⁈怖い‼

「私と先輩がいつもベタベタしているし、一緒に出掛けている様子だから付き合っているのかって聞かれたんですっ‼だから否定しておきましたー‼」

 私は最後には涙目で告白しました。本当に怖い…いつもの人には爽やかな先輩はどこへ行ってしまったのでしょうか…。あ、私しかいないから俺様に戻っているのか?

「なるほどね…で、お前は俺以外なら付き合ってもいいって言ったのか?」

 はぇ・・・⁇私、そんなこと言った覚えありませんけど。
 私の馬鹿面に可笑しくなったのか北条先輩の表情が少し緩みました。

「さっき、北条先輩以外が好みって…言っていただろ?」

 …⁇ ああ、あれか…‼ やっぱり聞かれていたようです。でも、先輩のくだけた様子に少し安心した私はまたも地雷を踏みぬく発言をかましました。

「だって、北条先輩と私が付き合うなんて万が一にもありえませんから。先輩ならいくらでも美人が寄ってくるし、私に色気を感じるほど先輩は女に不自由していないと思うので」

 ハハハと笑う私の前で先輩の顔が少しひきつるのを感じます。

「お前、この間から一緒に出張したり、人の裸まで見たくせに俺を見てもなんとも思わないのか?」と無駄な色気を出して言われても…。

「うーん、イケメンで王子様扱いされて大変だなとか、常に爽やかな仮面を被るのは俺様な先輩にはキツそうだなとか…ああ、引き締まった良い体してんなーとは思いましたけど」

 …私は何で、こんな近距離で彼の魅力を語らされているのだろう?
 …もしかして北条拓海様は全ての女が自分に夢中になると思っていたのに、なびかない私にイライラしているのだろうか?心せまっ‼でもあり得るよなー…。

「あ、でも北条先輩みたいな人と付き合えたら女性は全員嬉しいんじゃないですか?毎日傍でそのご尊顔を眺められればウットリと…」

 ああ…適当な太鼓持ちはやめておけば良かったのだ…。思ってもいないことは相手に見抜かれるし、不快にさせる。…そう、北条先輩は私にお怒りだったのだ。
 いきなり顔を抑えつけられるとそのまま激しく何度もキスを繰り返された。
 初めてのキス…それは別に好きでも何でもない先輩によって無理やり奪われた。
 そして、とどめの一言がこちらです。

「俺みたいな人と付き合えたら幸せ、なんだろ?…お望み通り付き合ってやるよ。噂も否定しなくてよし。…これから覚悟しとけよ?」

 ペロリと唇を舐める仕草もセクシーですが、そんな…私はそんなことを望んだつもりではなかったのです。

「あの…お互いを知って好きになってから付き合うのではないでしょうか…?私は北条先輩のことを何も知りませんし、好きかと言われても…その。なにとぞ今回のことはお許し願えませんでしょうか…?」

 無理やりキスしてきた相手にお付き合いするのを止めてくれって懇願する…こんな状況になるとは…惨めです。
 しかし北条先輩はすっかり機嫌が治り「拓海さんって呼べよ?」とすっかり仕事モードに切り替わったご様子で書類整理を始めました。

「ですから、北条先輩…あの…」

「仕事の時はそれでいいけど、プライベートでは拓海さんって呼んだ方が親密な感じ出るだろ?あと、週末は俺の家に来いよ。家族に紹介するから」

「はあーっ??な、何で今までただの後輩だった女を家族に紹介だなどと…?」

 狼狽える私を見て先輩は嬉しそうに「どうしようかと思ってたんだけど助かったわー」と大喜びです。

「家族に『そろそろ結婚して身を固めろ、彼女を連れてこないなら正式な見合いの場を設ける』って言われて困っていたんだよな。そこへお前が俺だけはナイわーみたいな話してるし、あげくに女なら俺の顔で喜ぶだろうなんて言いやがって!こっちは顔だけで食いつく女なんか願い下げなんだよ!本気でムカついたわ」

 …私は北条先輩の一番言われたくない言葉を言ってしまったようです。

「あの、先輩…本当にごめんなさい。先輩が顔だけなんて言って…」

 頭を下げると、ニヤリと邪悪な微笑みを返されました。嫌な予感…。

「俺、傷ついたなー…すっげー心の傷になった」

「ですから、お詫びを…あの何でも言うことを聞きますから許して下さい」

「よし、じゃあお前を彼女として家族に紹介する!まぁ、まだ結婚を前提にした初々しい恋人って設定で許してやるよ。理来ちゃんは…俺の心の傷を癒すために何でもしてくれるんだもんな?」

 ひ、ひどい…。また騙されたわコンチクショー‼
 外面が良くてイケメンで入れ食い状態なんだから、私みたいな女を選ばなくってもいいじゃないですかー‼ううう…あんまりだ…。

 ガックリと項垂れる私に「お前のその雑草みたいな折れないところが良いんだよなー。ちょっとぐらい踏みつけても平気そうだし」と高らかに笑う先輩の姿は見た目天使の中身は悪魔ですよ。しかもソレとお付き合い…のフリ…。
 私はこれから起こる嵐を思うだけで絶望しそうになりました。
 皆さん…口は災いの元ですよ…。
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