狭間田市役所へようこそ  

矢島みち

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「春原さん、それはどういう事かな?俺と理来は付き合っているのに、彼女の気持ちが他の男に向いているってこと?」
 北条先輩はあくまでも爽やかな笑顔のままはるかちゃんに問いかけた。

「でも、理来は先輩の気持ちを信じていませんよ?愛されていないと思わせているのは先輩の態度とか、彼女への接し方に問題があるからじゃないんですか?」

 はるかちゃんは見せかけの微笑みに騙されることなくズバリ言う。
 …そう、彼女は実は見た目のほわほわ感からは考えられないほどに鋭い…そして毒舌だ。
 相手ののど元にナイフを突きつけるようなキッツイ一言が世の男性から「怖い」と泣かれてきた。…私はそんな彼女が大好きなのだが、見た目に騙された男性からは「中身は可愛くねえ」と悪口を言われている。
 さすがの北条先輩も無言になる。恐れ入ったか大魔王め!

「女はイケメンだったら誰でもホイホイ言いなりになる訳じゃないんです。理来は特に見た目に惑わされないで内面で人を好きになる娘だから。北条さんが理来の浮気を疑うってことは自分の魅力が内面に無いって言ってるも同然ですよね?」

 …おおう…自分が言われている訳でもないのにキッツイ…。

「少し前に税務課の佐々木圭太さんが理来のことを『いつも一生懸命で可愛い娘だな、今度の同期会の時にでも食事に誘ってみるかな』って言っていた時に北条さん、わざわざ『あいつは俺のだよ?』って牽制にいっていましたよね?」

 へぇ~!そんなことがあったんだ?佐々木…?ああ、あの新人の歓迎会の時に私の後ろの席で居眠りして怒られたわんこみたいな人だっけ?彼から好かれる要因が判らないけれど。
 それにしても大魔王相手に居眠り勇者じゃあ直ぐに逃げ出しそう…。

「確かに彼じゃあ理来ちゃんには似合わないとは思いますけれど、それを決めるのは北条さんじゃなく、理来ちゃんですよね?心が狭い男は浮気されても仕方ないと思います」

 そう言い切りそっと席を立つ。

「もう昼休みが終わるので、続きはまた今度。でも今のままじゃ本気で好きになってもらうのは遠いですよ?…案外、トンビに油揚げ攫われちゃうかもしれませんからね」

 ニッコリ笑って、はるかちゃんは「理来、行こうよ!もう昼休みが終わっちゃう」と私の手を取って走り出した。

 彼女が私を大切な友達だと思ってくれていることが伝わって胸が熱くなる。
 こっそり「ありがとう、はるかちゃん」と伝えると、「ふふ、理来ったら。これから面白くなりそうよ?」と何かを含んだ笑みで返された。

 午後の業務に少し遅れて戻ってきた北条先輩はあからさまに機嫌が悪かった。
 コッソリと「ねえ、北条君、昼休みに何かあったの?」と田中課長が私に聞いてきたが「さあ…?お腹でも痛いんじゃないですか」と適当に答えておいた。

 先輩の機嫌が悪くても業務は進めなければいけない。書類手続きを確認していると、
「皆さん、お仕事お疲れ様です」と、【狭間田葬儀社】の春原さんが登場した。

 ああ…北条先輩がピリピリしているせいで雰囲気の悪い課の空気が和んでいく。

「春原さんこんにちは!ご無沙汰しております」

 私も笑顔で彼に挨拶すると、春原さんはいつもの穏やかな笑みで、わざわざ私の席まで来てくれた。

「この間の【天竺市】では犯人探しありがとうございます。おかげさまで、無事にあの悪霊の魂は【閻魔庁】へ引き渡しを完了することができました。」

 数週間前に起きた【天竺市】の悪霊騒ぎ…。あれ以来切り裂き魔などのニュースも無くなり、不審な犯罪は収まったかに見えたが…。

「結局、最後に悪霊が言っていたあいつらって言うのは誰だか分かったんですか?」

「…それに関しても、既に悪霊の自我が崩壊していて何を言っているのか分からない状態だったので、結局焼却処分となりましたし…」

 そうか…それでも、とりあえず表面化している事件だけは解決できたので良しとするべきかな。
 前向きに思っている私に春原さんが「じつは、その時のことで閻魔庁から北条さんと東雲さんにお知らせがありまして…」と言葉を濁す。

 …まさか…予算を使いすぎたから自己負担しろ、とかいう話ではないだろうか…?
 確かに、初日の高級レストランは高すぎだと思う。後で、酔っぱらったワインのお値段を見て心臓が止まるかと思った!味も覚えていないのに支払いだけ残るなんてあんまりだ…。それを自己負担なんて言われたら…今月は給料日まで生活できない…。
 …毎月リボ払いで許してもらえないかな…遠い目をする理来に春原は「東雲さん?前回の費用は無事に会計を通りましたから安心してください」とクスリと笑った。

「本当ですか?良かった~」と思わず気が抜ける。

「やっぱり東雲さんは面白い人ですね。妹から聞いていた通りだ」

 春原さんの言葉に驚く。
「えっ⁈春原さんて妹さんがいるんですか?しかもその口ぶりだと、私の知っている人…?」誰だろう…?

「あれ?あいつ、言っていませんでしたか?税務課でお世話になっている春原はるかです。いつも妹がお世話になっています」

えええーっ⁈聞いてないよー⁈…でもよく考えたら苗字が一緒だ。でも雰囲気が違い過ぎて兄妹だなんて思いもしなかった。

「わわわ!いつもはるかちゃんには仲良くしてもらっています。」

 いつもはるかちゃんにも、葬儀社の春原さんにも両方にお世話になっているのに知らなかったなんて恥ずかしすぎる‼…今まで、仕事の愚痴もはるかちゃんに聞いてもらっていたけれど、葬儀社の春原さんが大人で素敵だとか言っちゃった気がするし…ううう恥ずかしい…。

 一人で赤面していると隣からイライラした声で「それで、ご用件は?こっちも忙しいもので‼」という声がした。…大分イラついている様子だけれど、春原さんに対して失礼な態度にムッとする。

「北条先輩、お客様に対してちょっと失礼だと思いますけれど」

 つい、差し出口を挿んでしまう。それが更に北条先輩を激高させた。

「なんだよ⁈仕事中に来て、しゃべっている方が邪魔しているんだからそっちの方が失礼だろうが‼」

 北条先輩にしては珍しくムキになっている。少し冷却が必要かな?

「こんな不毛な言い争いをしている方が時間の無駄です」

 きっぱりと先輩に告げると、課長に断って応接室へ移動した。

「春原さん、先ほどはうちの北条が大変失礼しました」コーヒーを出しながら、春原さんに頭を下げると、彼はいつもの柔和な雰囲気に戻り「いえいえ、私の方こそ、確かに無駄話をしてしまい申し訳ありません」と言ってくれた。
 …やっぱり春原さんは対応も大人だな…とウットリしつつ、用件を確認する。

 そうそう、忘れるところだったと鞄を引っ掻き回すと彼はA4サイズのクリアファイルに挟んだ髪を寄越した。

「閻魔庁からのお知らせ…?」私が主題を読むと春原さんが楽しそうに肯定した。

「はい。この間の【天竺市】での調査結果が閻魔庁で認められ、褒章が出ることになったんですよ」

「へー?褒章ってお金でも貰えるんですか?」つい銭ゲバ発言をしてしまう。

「いえいえ、お金ではなく宿泊券が頂けることになりました。」

「宿泊券…?」バカのようにおうむ返しをしてしまう。

「はい。この間のご褒美に慰労を兼ねて、私達3人に温泉旅行が贈られることになりました。ぜひ、ご都合の良い日に一緒に慰労旅行へ行きませんか?」

 マジか⁈タダで温泉旅行?そんなの行くに決まっている‼ヤッホーかけ湯おいでませ露天風呂‼

「わー行きます行きます‼」私の返事を聞くと嬉しそうに分かりましたと春原さんは頷いた。

「それでは、ご都合の良い日程を今度改めて打ち合わせ致しましょう。北条さんの都合もご確認くださいね」と彼はにこやかに帰っていった。

 …ん?温泉旅行に浮かれて二つ返事したけれど、北条先輩と春原さんと私の3人だけで温泉旅行って問題しかないのでは…?
 …途端に青ざめる理来だった…。
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