10 / 35
自己の証
しおりを挟む
「確かに、時間の流れを遅くしたりする術はあるわ」
ライカたち六人を前に、クレアはゆっくりと語った。
「でも発動に必要な精霊の数は膨大だし、それだけの術を使えばあたしたちだって気付く」
ですよね、とシーナがつぶやく。
「警備部に確認したけど、監視カメラに不審者は映っていないし、リーゲルトを連れた人物なんて誰も見ていない。……困ったわね」
大きく息を吐きながら、テーブルに肘をつき、組んだ指に額を乗せる。
「目下、各神殿各枝部各国に協力を仰ぎ、行方を追っています。大丈夫です、あなた方だけに責任を負わせるようなことはしませんし、おとがめを与えることもしません」
イルミナが微笑みながら言うが、六人の表情が晴れることはない。
「やはり、イーゲル家の者なんでしょうか」
ディルマュラが神妙に問いかける。
わからないわ、とクレアが返し、続ける。
「あの家の関係者は全て捕縛し、リーゲルト以外は全員投獄されているわ。……でも、あの家が起こした反乱は、エウェーレルを二分するほどにまで広がって、国民の間にはまだまだ疑念が残ってる。誰もが新しい火種になり得るのが現状よ」
ふ、とやった視線の先にオリヴィアがいたのはほんとうに偶然だった。
あっ、と声を漏らしたクレアにオリヴィアはいちど息を長く吐いて。
「そもそもなんで、入植してから二百年も経ってないのに正当な王位継承者を巡って内乱が起きるんです。記録だってはっきり残ってるし、疑う余地なんてどこにもないじゃないですか」
困ったようにため息をついて、
「難癖を付けようと思えばいくらでも付けられるわ。記録は改ざんされたものだ、とかあいつは過去にこんな悪いことをしたんだ、とかね。でも、一回付いた疑念の火は簡単には消えないの。
オリヴィアが言ったように、たった二百年すら経ってないからこそ王家への信頼も盤石とは言えないから。
だから連中が必死になってやればやるほど信じるひとも出てくるし、否定すればするほどそれを信じたいひとにはより深く浸透する。……ひとの心なんてそんなものよ」
眉根を寄せ、クレアは口角をあげる。
「ここは人の業について論じる場ではありません。過ぎたことよりもこれからのことです。リーゲルトの捜索と保護。これを最優先とします」
イルミナの言葉に一同は強く頷いた。
* * *
「とはいえ、攫われた方法ぐらいは確認しておかないとね」
六人を部屋に一旦帰し、イルミナとクレアは議論に入った。
「お風呂でリラックスしていたとは言っても、ライカたちの目を盗んだだけじゃなく、痕跡も残さないなんて本当に可能なのかしら」
自身が淹れた紅茶に口を付けながら、クレアは落ち着いた口調で言う。
「おそらくは可能ね。その場合、あたしたちも加担したことになるけれど」
「え?」
「術の大きさと扱う精霊の数は比例する。これは常識。じゃあ小さな術なら精霊の数も少なくなる。当然よね。だったら」
「並列処理したっていうこと?」
「そう考えたほうが自然」
「でもどうやって?」
「それがわかれば苦労しないわよ。そんな風に精霊たちを使ったことなんていままで誰も居なかったんだから」
カップを取ろうとした手を止め、考え込むイルミナ。
「本当にそうかしら」
「どういうことよ」
「並列処理をいままで誰も扱ったことがないって点」
「だってそんな記録どこにも」
「じゃあなんでクレアは並列処理に気付いたの?」
え、と視線をさまよわせるクレア。
「だ、だって術の発動条件考えたら並列処理が一番自然じゃない」
「じゃあ外れてる可能性だってあるってことよね」
「う、うん」
「なのになんであんなに自信たっぷりに言えるの?」
「ちょ、ちょっと待って。あたしを疑ってるの?」
「あらゆる可能性を精査しないと、ちゃんと犯人にたどり着けないでしょ」
「そ、そ、そんなのイルミナだって同じじゃない!」
イルミナは一瞬目を丸くして、何度か瞬きをして、そっか、とつぶやいて。
「それもそうね。私が神殿の歴史の中で最初に反乱を起こした神殿長になるのかも知れないわね」
浮かべた笑みは長い付き合いのクレアでさえ見たことが無いほど邪悪な色を帯びていた。
いささか心配になって、
「どちらにしても、リーゲルトさんを誘拐した方々は、エウェーレル王家だけじゃなく私たちにもケンカを売った。よもや壁向こうの方々の差し金とは思えないけど、用心に超したことはないわね」
「観測班からはとくに目立った動きはないって聞いてるけど……、亡命してきたひとがそういう種を持ってきてる可能性もあるわね」
うん、と頷いて。
「いちど、全てを精査する必要がありそうね。もちろん、私たちも含めて」
「そうね。無意識に暗示とかかけられてたらシャレにならないわ」
そうは言っても、とイルミナはカップを手にする。
「自分が自分である証明なんて、どれほど正確にできるか分からないけどね」
「そういう哲学的なことはいまは考えちゃだめでしょ」
まあね、と苦笑して中身を一気に飲み干して立ち上がる。
「さて、忙しくなるわね」
「なんか嬉しそうね」
「最近事務処理ばかりだったから、ね」
はにかむ友人を、思わずかわいいと思ってしまった。
ライカたち六人を前に、クレアはゆっくりと語った。
「でも発動に必要な精霊の数は膨大だし、それだけの術を使えばあたしたちだって気付く」
ですよね、とシーナがつぶやく。
「警備部に確認したけど、監視カメラに不審者は映っていないし、リーゲルトを連れた人物なんて誰も見ていない。……困ったわね」
大きく息を吐きながら、テーブルに肘をつき、組んだ指に額を乗せる。
「目下、各神殿各枝部各国に協力を仰ぎ、行方を追っています。大丈夫です、あなた方だけに責任を負わせるようなことはしませんし、おとがめを与えることもしません」
イルミナが微笑みながら言うが、六人の表情が晴れることはない。
「やはり、イーゲル家の者なんでしょうか」
ディルマュラが神妙に問いかける。
わからないわ、とクレアが返し、続ける。
「あの家の関係者は全て捕縛し、リーゲルト以外は全員投獄されているわ。……でも、あの家が起こした反乱は、エウェーレルを二分するほどにまで広がって、国民の間にはまだまだ疑念が残ってる。誰もが新しい火種になり得るのが現状よ」
ふ、とやった視線の先にオリヴィアがいたのはほんとうに偶然だった。
あっ、と声を漏らしたクレアにオリヴィアはいちど息を長く吐いて。
「そもそもなんで、入植してから二百年も経ってないのに正当な王位継承者を巡って内乱が起きるんです。記録だってはっきり残ってるし、疑う余地なんてどこにもないじゃないですか」
困ったようにため息をついて、
「難癖を付けようと思えばいくらでも付けられるわ。記録は改ざんされたものだ、とかあいつは過去にこんな悪いことをしたんだ、とかね。でも、一回付いた疑念の火は簡単には消えないの。
オリヴィアが言ったように、たった二百年すら経ってないからこそ王家への信頼も盤石とは言えないから。
だから連中が必死になってやればやるほど信じるひとも出てくるし、否定すればするほどそれを信じたいひとにはより深く浸透する。……ひとの心なんてそんなものよ」
眉根を寄せ、クレアは口角をあげる。
「ここは人の業について論じる場ではありません。過ぎたことよりもこれからのことです。リーゲルトの捜索と保護。これを最優先とします」
イルミナの言葉に一同は強く頷いた。
* * *
「とはいえ、攫われた方法ぐらいは確認しておかないとね」
六人を部屋に一旦帰し、イルミナとクレアは議論に入った。
「お風呂でリラックスしていたとは言っても、ライカたちの目を盗んだだけじゃなく、痕跡も残さないなんて本当に可能なのかしら」
自身が淹れた紅茶に口を付けながら、クレアは落ち着いた口調で言う。
「おそらくは可能ね。その場合、あたしたちも加担したことになるけれど」
「え?」
「術の大きさと扱う精霊の数は比例する。これは常識。じゃあ小さな術なら精霊の数も少なくなる。当然よね。だったら」
「並列処理したっていうこと?」
「そう考えたほうが自然」
「でもどうやって?」
「それがわかれば苦労しないわよ。そんな風に精霊たちを使ったことなんていままで誰も居なかったんだから」
カップを取ろうとした手を止め、考え込むイルミナ。
「本当にそうかしら」
「どういうことよ」
「並列処理をいままで誰も扱ったことがないって点」
「だってそんな記録どこにも」
「じゃあなんでクレアは並列処理に気付いたの?」
え、と視線をさまよわせるクレア。
「だ、だって術の発動条件考えたら並列処理が一番自然じゃない」
「じゃあ外れてる可能性だってあるってことよね」
「う、うん」
「なのになんであんなに自信たっぷりに言えるの?」
「ちょ、ちょっと待って。あたしを疑ってるの?」
「あらゆる可能性を精査しないと、ちゃんと犯人にたどり着けないでしょ」
「そ、そ、そんなのイルミナだって同じじゃない!」
イルミナは一瞬目を丸くして、何度か瞬きをして、そっか、とつぶやいて。
「それもそうね。私が神殿の歴史の中で最初に反乱を起こした神殿長になるのかも知れないわね」
浮かべた笑みは長い付き合いのクレアでさえ見たことが無いほど邪悪な色を帯びていた。
いささか心配になって、
「どちらにしても、リーゲルトさんを誘拐した方々は、エウェーレル王家だけじゃなく私たちにもケンカを売った。よもや壁向こうの方々の差し金とは思えないけど、用心に超したことはないわね」
「観測班からはとくに目立った動きはないって聞いてるけど……、亡命してきたひとがそういう種を持ってきてる可能性もあるわね」
うん、と頷いて。
「いちど、全てを精査する必要がありそうね。もちろん、私たちも含めて」
「そうね。無意識に暗示とかかけられてたらシャレにならないわ」
そうは言っても、とイルミナはカップを手にする。
「自分が自分である証明なんて、どれほど正確にできるか分からないけどね」
「そういう哲学的なことはいまは考えちゃだめでしょ」
まあね、と苦笑して中身を一気に飲み干して立ち上がる。
「さて、忙しくなるわね」
「なんか嬉しそうね」
「最近事務処理ばかりだったから、ね」
はにかむ友人を、思わずかわいいと思ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる