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■第四話
5-2
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「んなことないべ」
すると和真が意味ありげにニヤリと笑い、次いでほかの三人を見回した。
「俺が陽史から〝派遣メシ友〟ってバイトをしてるって聞いたのは、ちょうど二人目のときだったんだけど。そのときから予兆っていうか、いつかこういうことを言うかもしれないって予感はあったんだよね。だから別に急だとも思わないし、むしろ、やっと言ったかーって感じ。……つーか、止めるわけないべ。〝派遣メシ友〟をして陽史は明らかに変わったんだ、自分が〝これだ〟って思う道がもう見えてるなら進むしかないべよ」
そう言うと、ですよね、と同意を求めるように三人の目を見る。
「そうか……陽史にもようやく〝何かになるための道〟ができたんだな」
それを受けて最初に口を開いたのは芳二だった。顔こそこちらに向けはしないが、そう感じ入るようにしみじみ言うと、日本酒を並々注いだお猪口をグイと煽る。
「私も素敵だと思います。泰野さんなら、絶対に成功させられますよ。いつ行っても美味しいご飯と温かな心遣いに触れられる場所があるだけで、一つそんな場所を知っているだけで救われる人はたくさんいるはずです。だって私、泰野さんのおかげで今はこんなにも家族が増えましたもん。表に出さないだけで、寂しさやつらさは男女の差も年齢も関係なく、きっと誰でも心に抱えていると思うんです。心が弱りかけたとき、そっと寄り添ってくれる場所が泰野さんのところなら、こんなにも心強い、ともしびはありませんよ」
そう言ったのはみさきだ。膝に乗せた茉莉の頭を優しく撫でつつ花が咲いたように微笑む彼女は、寝ている茉莉に「ねー?」と語りかけ、また慈しむように頭を撫でた。
「な? 誰も反対なんてするわけないんだって。数は少ないかもしれないけど、ここにいるのは陽史が心からやりたいと思うことを全力で応援したいと思ってる。それに実家の親父さんやお袋さんが陽史の変化に気づいてないわけないと思わん?」
「和真……」
どうだと言わんばかりに胸を張る和真に、陽史は言葉が続かない。
和真に言われると本当にそんな気になるのが不思議だが、特に盆にとんぼ返りしたときの母なんかは、息子の変化がよくわかったのかもしれないと今になって思う。
もしかして俺が言い出すのを待っているんだろうか。
そう思えば頬が緩むと同時に目頭に熱いものが込み上げてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。泰野は本当にそれでいいのか……?」
そこに声を上げたのは、これまで黙っていた喜多だった。
「こういう言い方はあれだが、泰野が〝派遣メシ友〟をすることになったのは、俺が強引に引きずり込んだからだ。白状する。初めて泰野を見たとき、気の弱そうな奴だ、上手く丸め込めると思った。それに当の俺は派遣メシ友とは似ても似つかない仕事に就く。影響を受けたなら、それは嬉しい。だが、なにも泰野がやる必要はないんだぞ? 〝派遣メシ友〟に責任を感じることもないし、もっと違う道だってあるかもしれないだろ」
そう早口でまくし立てると、不安げに瞳を揺らして陽史を見る。
「……ぶはっ。ちょっ、ぶっちゃけすぎですよ喜多さん」
けれど陽史は、そんなのどこ吹く風で笑い飛ばした。喜多があまりに不安げで、かつ今までになく必死な顔をしているものだから、くつくつと肩まで揺れてしまう始末だ。
「なぜ笑う!」
「あのね、喜多さん。俺、ほかに道なんて考えられないんですよ」
「なんでだ!」
「なんでって、だって、もう出会っちゃったし」
「……出会った?」
訝し気に聞き返す喜多にこくりと頷き、陽史は言う。
「繰り返しますけど、これが俺が心からやりたいと思うことなんです。考えてもみてください。やりたいことや好きなことを仕事にできる人って、どれくらいいると思います? きっとそう多くないですよ。だから、今の時点でそれがはっきりしてることは、すごく幸せなことだと思うんです。――ていうか、もしや喜多さん、俺に〝派遣メシ友〟を押し付けるような形になったって思ったりしてませんよね? 確かに影響は受けましたし、きっかけももらいました。けど、決めたのは俺です。そこに喜多さんの影はありませんよ」
「泰野……」
初めて喜多を目の当たりにしたとき、確かに陽史も思った――厄介そうな人だと。
でも、そんな喜多に文句を言いつつも付き合ってきたのは、他でもない陽史自身だ。
いつからか〝派遣メシ友〟という関係性にこだわることなく、出会う人、出会う人と美味いメシを食いたいと思うようになっていった。本当に一緒にメシを食いたい人のところへ、どうにかして送り出してやりたいと心から思うようになっていった。
それは陽史の中から自然と生まれた気持ちで、そこに喜多はいない。第一、いくら就活が忙しいからとはいえ、相手も陽史も、ほとんど放っておきっぱなしだったし。
……とまあ、それは冗談としても。
「とにかく、喜多さんが責任を感じることはありません。それでもって言うなら、いつになるかわかりませんけど、俺のところに足しげく通ってください」
そこまで言って、陽史はニッと口角を持ち上げた。
これ以上の二言は許しませんよ。そんな思いを込めて、満面の笑みで。
「……うぐ……」
喜多はほとほと言葉に詰まったようで、それでも何か言いたげに口をもごもごさせる。そしてそれは、しばし待っても変わらなかった。逆に時間が過ぎるほど喜多の口は貝のように閉じてしまい、最後には完敗だと言わんばかりに俯き、長いため息を吐く。
「どうやら陽史のほうに分があったようだな」
「ですね。喜多さん、陽史の気持ちは本物です。諦めたほうが早いですよ」
それまで静かに戦況を見守っていた芳二と和真が、相次いで陽史の勝利を告げる。その近くでクスクスと声を漏らして笑いながら、みさきが喜多の袖口をツイ、と引っ張る。
「……ん? なんだ?」
「ねえ喜多君。こういうときは、なんて言ったらいいんだっけ?」
「――んなっ!」
直後、喜多の顔が赤に染まった。
何年も前、茉莉に対して〝ごめんね〟が口癖になっていたみさきに言ったことを瞬時に思い出したのだろう。俺に言えと!? と驚愕の表情で目を瞠った喜多は、けれどみさきが「私も一緒に言うから」とやんわり強制したこともあり、とうとう観念したらしい。
おずおずと。気が進まないといった様子で本当におずおずと陽史に顔を向け、
「……あ、ありがとう」
みさきの声に掻き消えてしまいそうになりつつも、そう言って頭を下げたのだった。
すると和真が意味ありげにニヤリと笑い、次いでほかの三人を見回した。
「俺が陽史から〝派遣メシ友〟ってバイトをしてるって聞いたのは、ちょうど二人目のときだったんだけど。そのときから予兆っていうか、いつかこういうことを言うかもしれないって予感はあったんだよね。だから別に急だとも思わないし、むしろ、やっと言ったかーって感じ。……つーか、止めるわけないべ。〝派遣メシ友〟をして陽史は明らかに変わったんだ、自分が〝これだ〟って思う道がもう見えてるなら進むしかないべよ」
そう言うと、ですよね、と同意を求めるように三人の目を見る。
「そうか……陽史にもようやく〝何かになるための道〟ができたんだな」
それを受けて最初に口を開いたのは芳二だった。顔こそこちらに向けはしないが、そう感じ入るようにしみじみ言うと、日本酒を並々注いだお猪口をグイと煽る。
「私も素敵だと思います。泰野さんなら、絶対に成功させられますよ。いつ行っても美味しいご飯と温かな心遣いに触れられる場所があるだけで、一つそんな場所を知っているだけで救われる人はたくさんいるはずです。だって私、泰野さんのおかげで今はこんなにも家族が増えましたもん。表に出さないだけで、寂しさやつらさは男女の差も年齢も関係なく、きっと誰でも心に抱えていると思うんです。心が弱りかけたとき、そっと寄り添ってくれる場所が泰野さんのところなら、こんなにも心強い、ともしびはありませんよ」
そう言ったのはみさきだ。膝に乗せた茉莉の頭を優しく撫でつつ花が咲いたように微笑む彼女は、寝ている茉莉に「ねー?」と語りかけ、また慈しむように頭を撫でた。
「な? 誰も反対なんてするわけないんだって。数は少ないかもしれないけど、ここにいるのは陽史が心からやりたいと思うことを全力で応援したいと思ってる。それに実家の親父さんやお袋さんが陽史の変化に気づいてないわけないと思わん?」
「和真……」
どうだと言わんばかりに胸を張る和真に、陽史は言葉が続かない。
和真に言われると本当にそんな気になるのが不思議だが、特に盆にとんぼ返りしたときの母なんかは、息子の変化がよくわかったのかもしれないと今になって思う。
もしかして俺が言い出すのを待っているんだろうか。
そう思えば頬が緩むと同時に目頭に熱いものが込み上げてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。泰野は本当にそれでいいのか……?」
そこに声を上げたのは、これまで黙っていた喜多だった。
「こういう言い方はあれだが、泰野が〝派遣メシ友〟をすることになったのは、俺が強引に引きずり込んだからだ。白状する。初めて泰野を見たとき、気の弱そうな奴だ、上手く丸め込めると思った。それに当の俺は派遣メシ友とは似ても似つかない仕事に就く。影響を受けたなら、それは嬉しい。だが、なにも泰野がやる必要はないんだぞ? 〝派遣メシ友〟に責任を感じることもないし、もっと違う道だってあるかもしれないだろ」
そう早口でまくし立てると、不安げに瞳を揺らして陽史を見る。
「……ぶはっ。ちょっ、ぶっちゃけすぎですよ喜多さん」
けれど陽史は、そんなのどこ吹く風で笑い飛ばした。喜多があまりに不安げで、かつ今までになく必死な顔をしているものだから、くつくつと肩まで揺れてしまう始末だ。
「なぜ笑う!」
「あのね、喜多さん。俺、ほかに道なんて考えられないんですよ」
「なんでだ!」
「なんでって、だって、もう出会っちゃったし」
「……出会った?」
訝し気に聞き返す喜多にこくりと頷き、陽史は言う。
「繰り返しますけど、これが俺が心からやりたいと思うことなんです。考えてもみてください。やりたいことや好きなことを仕事にできる人って、どれくらいいると思います? きっとそう多くないですよ。だから、今の時点でそれがはっきりしてることは、すごく幸せなことだと思うんです。――ていうか、もしや喜多さん、俺に〝派遣メシ友〟を押し付けるような形になったって思ったりしてませんよね? 確かに影響は受けましたし、きっかけももらいました。けど、決めたのは俺です。そこに喜多さんの影はありませんよ」
「泰野……」
初めて喜多を目の当たりにしたとき、確かに陽史も思った――厄介そうな人だと。
でも、そんな喜多に文句を言いつつも付き合ってきたのは、他でもない陽史自身だ。
いつからか〝派遣メシ友〟という関係性にこだわることなく、出会う人、出会う人と美味いメシを食いたいと思うようになっていった。本当に一緒にメシを食いたい人のところへ、どうにかして送り出してやりたいと心から思うようになっていった。
それは陽史の中から自然と生まれた気持ちで、そこに喜多はいない。第一、いくら就活が忙しいからとはいえ、相手も陽史も、ほとんど放っておきっぱなしだったし。
……とまあ、それは冗談としても。
「とにかく、喜多さんが責任を感じることはありません。それでもって言うなら、いつになるかわかりませんけど、俺のところに足しげく通ってください」
そこまで言って、陽史はニッと口角を持ち上げた。
これ以上の二言は許しませんよ。そんな思いを込めて、満面の笑みで。
「……うぐ……」
喜多はほとほと言葉に詰まったようで、それでも何か言いたげに口をもごもごさせる。そしてそれは、しばし待っても変わらなかった。逆に時間が過ぎるほど喜多の口は貝のように閉じてしまい、最後には完敗だと言わんばかりに俯き、長いため息を吐く。
「どうやら陽史のほうに分があったようだな」
「ですね。喜多さん、陽史の気持ちは本物です。諦めたほうが早いですよ」
それまで静かに戦況を見守っていた芳二と和真が、相次いで陽史の勝利を告げる。その近くでクスクスと声を漏らして笑いながら、みさきが喜多の袖口をツイ、と引っ張る。
「……ん? なんだ?」
「ねえ喜多君。こういうときは、なんて言ったらいいんだっけ?」
「――んなっ!」
直後、喜多の顔が赤に染まった。
何年も前、茉莉に対して〝ごめんね〟が口癖になっていたみさきに言ったことを瞬時に思い出したのだろう。俺に言えと!? と驚愕の表情で目を瞠った喜多は、けれどみさきが「私も一緒に言うから」とやんわり強制したこともあり、とうとう観念したらしい。
おずおずと。気が進まないといった様子で本当におずおずと陽史に顔を向け、
「……あ、ありがとう」
みさきの声に掻き消えてしまいそうになりつつも、そう言って頭を下げたのだった。
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