七月の夏風に乗る

白野よつは(白詰よつは)

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■2.伝統って呼ばれるようになることだってあるんだし ◆浅石佑次

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 綿貫先生に何度も頭を下げ、職員室を出る。
「やったぞ、これでもう一歩前進だ!」
 佑次はルンルン気分で廊下を歩きながら、たまらず両腕を突き上げた。綿貫先生もやってみましょうと言ってくれた、これで本当の本当にきちんと生徒総会で取り上げてもらえる。こんなにおめでたい気分をルンルンじゃなかったらなんと表現したらいいのだろうか。
 しかしふと後ろを振り返ると、会長の表情は冴えないものだった。見なきゃよかったと思った。面倒くさいを通り越して確実に不機嫌だ。興奮のあまり生徒会室に乗り込む形になってしまったときから会長は不機嫌〝そう〟ではあったけれど、今はそれを隠そうともしていない。
 こいつ超怖えぇぇ。絶対今、生理前だわ。なんかそんな気がする。怖えぇぇ。
「箱石、顔怖くなってる」
 佑次の視線に気づいたノンフレームが声を潜めて彼女を窘める。けれど佑次にはばっちり聞こえているので、潜めた声のぶんだけ、なんだか惨めな気持ちになってくる。
「……あの、さ。会長って、もしかして、俺が面倒くさくなって途中で諦めるのを待ってたりすんの? いや、違うんだったら聞き流してもらって全然いいんだけど、一応、確認させてくんねえかな? 生理前の妹もよくそんな顔してるし、そんときは空気読むから」
 意を決して、おずおずと尋ねてみる。
 仲間外れにされて惨めな気持ちになる――佑次には幸い、そんな経験はないが、生理前の妹には兄の威厳なんて悲しいくらいなくなる。あれはあれで惨めだ。だから、一番イライラするときにイライラの種を増やすようなことは、できるだけ避けたいのが本音である。
 アレの前の妹は本当に怪物だ。三つ下の中三なのだが、反抗期の真っ只中も相まって、親も手を焼いている。こんなナリをしているが、下手《したて》に出るのは得意である。
「なんでそんなこと言うのっ! ほんっと信じらんないっ!」
 すると会長は顔を真っ赤にして声を荒げ、そのまま廊下をドスドスと歩いていってしまった。佑次の脇を通るときにきつく睨み上げてきた彼女の目は、明らかに軽蔑の色だ。
「え? なな、なんで?」
 遠ざかっていく会長の背中と、額に手を当て疲れきったため息を吐き出すノンフレームを交互に見ながら、佑次はわけがわからない。怒らせてしまったのだから、まずいことを言ったのはわかるのだが、クラスの女子は男子のいる前でも「もうすぐ生理でさー」とか「今日二日目なんだよねー」なんて普通に話している。男がそれを言っちゃダメだって法律で決まっているわけでもあるまいし、そんなに目くじらを立てて怒ることだろうか?
「お前……。ああいうこと言っちゃ、さすがにいかんだろ……」
「へ?」
「面倒くさくなって途中で諦めることを待ってるんじゃないかとか、妹を引き合いに出して下手に出るとか、高三女子としても会長としても、普通にプライドが傷つく。イライラしてんじゃないかな、もしかしたらそうなんじゃないかなって本心では思ってても、普段通りにするのが男にできる唯一のことなんだよ。お前、もう地雷踏みまくりだよ……」
「マジで⁉」
「マジさ。しばらく機嫌直んないよ、どーしてくれんの」
「あちゃー……」
 すっかり呆れ顔のノンフレームの言葉に、佑次は額に手を当て、宙を仰ぐ。生理前かどうかの真偽は定かではないが、どうやら言ったことすべてが会長にとって地雷ゾーンだったらしい。フォローを入れようにも、さっきの今じゃ、取り付く島もないだろう。逆にますます怒られてしまうこと必至だ。最悪、口をきいてもらえなくなるかもしれない。
 妹の場合もそうだが、女子全般の傾向として、いったん嫌いだすとそれからずっと嫌われてしまうことがあるように思う。急に生理的に受け付けてもらえなくなるのだ。生徒総会での生徒の反応次第では、これから密に関わっていくことになるかもしれないのに、初っ端からこれじゃあ、この先が思いやられる。なんということだろう。
「でも、別に箱石の肩を持つつもりじゃないけど、俺だって、どうして自分たちの代でこんな議案が出てくるんだって思わないわけじゃないんだ。かといって、浅石の気持ちもわからないわけじゃない。箱石もさ、迷ってるんだよ。伝統を変えるって、ある意味、ハイリスク、ハイリターンだと思わない? できれば何年かかけてじっくりやっていきたいんだよ」
「そっか……」
 それもそうだな。佑次はしゅんと肩を落とし苦笑を浮かべる。
「野球部はどうかわかんないけど、吹部の条件は、きっと伝統の面を考慮して慎重に出した答えなんだと思うよ。楽器の音が、とは言ってるけど、学校の備品として一応楽器は揃ってるわけだし。熱いパッションでどこまでやれるかは、浅石次第だよ」
 微苦笑しながら指の腹で押し上げたノンフレームがきらりと光る。佑次はそれ以上なにも言えなくなり、無言でそれを見つめるしかなかった。
 思えば、この話を持ち掛けたときの吹奏楽部も、自分たちでは判断できないからと綿貫先生に相談しに行ったという生徒会も、佐々木でさえ、どちらかというと消極的な意見からまず入った。綿貫先生も「やってみましょう」とは言ってくれたが、そう言う前の思案顔や鼈甲のループタイの鈍いきらめきが、今さらながらひどく気になってきた。
 まだまだ簡単に考えていたのだろうか。甘い考えだったのだろうか。
 ――生徒総会で生徒にかけ合う前から、なんか大ごとになってきたぞ……。
「とりあえず箱石のほうは俺がご機嫌取りしておくから」
 そう言ってくれたノンフレームとは、職員室からほど近い廊下で別れた。
 しかし、それ以降の佑次は、部活に行っても今ひとつ弓が乗りきらず、指導を任されている初心者の一年生に「先輩、どうかしたんですか?」と心配されてしまった。
 家に帰っても、佑次の頭と心は重く垂れ込めたままだった。
 自分がやろうとしていることは、間違ったことなんだろうか。今はなんだか、全校生徒にかけ合う前から前途多難な予感しかしないのが、佑次の正直な気持ちだった。
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