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続編

ヒロインの中身と悪役令嬢の揺れ

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ジュリアは顔を上げてその薄茶の瞳に私の姿を映した。
上から下まで目だけで見て、意味がわからないとばかりに眉根を寄せた。

……もしかして。

「…イヴァンジェリカ・アンドレイですわ。デビューおめでとうございます」
「フィリップ・ホルティスです。本日はおめでとうございます」
「…ありがとう、ございます…」

ジュリアは怪訝そうにしながら視線をフィリップへと移した。
途端、ぼふっと音が立ちそうなくらいの勢いで赤くなった。

……もしかして。

「まだまだ幼い娘ですので、よろしくお願いします」
「…はい、勿論です」

クレメント子爵がそう言って私たちはジュリアと別れた。
けれどその後、舞踏会の最中に何度も突き刺すような視線を感じた。

……もしかして。

「イヴ、少し離れます。すぐに戻るのでここにいてくださいね」
「えぇ、待ってるわ」

ちょうど、フィリップが私から離れたとき、待っていたようにジュリアが私に近づいてきた。
あどけない笑顔が私にはとても怖く見えた。

「イヴァンジェリカ様、少しお話ししたいのですけど、よろしいですか…?」
「…ごめんなさい、婚約者からここにいるようにと言われているので…」
「少しだけです。わたし、まだ誰も友人がいなくて、誰かとお話しがしたいんです…」

薄茶の瞳が濡れていく。居心地が悪くなって、私は了承してしまった。
怖い、ヒロイン怖い。エンドに導くって意味でも怖いが、このあざとさみたいな感じ。

「イヴァンジェリカ様、どうしてフィリップ様と婚約なさったのですか?」

いきなりすぎる。しかも直球。思わず「え?」と困惑した声が出た。

「…だって、フィリップ様はわたしのものなのに。どうしてあなたが--悪役令嬢が攻略キャラと婚約しているの?」
「………」

やっぱり。

「ねえ教えてよ。悪役令嬢サマ?」

この子、転生ヒロインか。

「…おっしゃる意味がわかりませんわ。疲れていらっしゃるの?」
「あ、しらばっくれてる?今さらだから気にしないで。フィリップとの婚約って話を聞いた時からわかっていたから」
「もしそうだとしたら、何?私に何をしろって?」

私は何もできない。私が動けば自分で自分の首を絞めることになる。
できればゲームに関係ある人とは関係を持ちたくないのに。なのにどうしてヒロインから近づいてくるのだ。

「--わたし、最萌えがフィリップなの!」
「……は?」
「王太子妃とか逆ハーとかどーでもいいっ!執事にどろどろに甘やかされたい!フィリップと結婚したい!」
「……」

予想外、なんてところじゃない。この子の言葉が理解できない。

最萌え?あぁ、前世で推しメンだったのが彼なのね、うんわかった。
王太子妃とか逆ハーとかどーでもいい?うん、フィリップ推しなんだからわかるわ。浮気になっちゃうものね。
執事にどろどろに甘やかされたい?ふむ、他人の夢には何も言わない。
フィリップと結婚したい…?

ふ ざ け る な ! !

「…自分がおっしゃっていることがわかってるの?」
「わかってる!だからこうして悪役令嬢に単独で近づいてるんじゃん。わたしフィリップ大好き。だからわたしにちょうだい!!」
「…貴女、本当に18歳?」

とてもじゃないがそんな風には見えない。
思慮深さに欠けるというか…はっきり言うと、バカっぽいし、幼稚。

「は?何言ってんの?ジュリアは18に決まってるじゃない」
「貴女自身、どうだったの?」
「ちゃんと制限は守ってましたー。うるさいなぁ。それよりフィリップと別れてよー」

だだをこねる子どものように言い、近づこうとするジュリアからさらに離れた。
これ以上話しても今は無駄だ。それに舞踏会とはいえ耳目がある。晩餐会じゃなくて良かった方だ。

「ごめんなさい、そろそろ失礼しますわ」
「あ、逃げるの…っ!?」
「御機嫌よう」

逃げるわよ、だって肉便器エンドなんて嫌だもの。それに、誰が好きな人と別れたいなんて思うのか。
面倒な時は逃げるに限る。逃げるが勝ちだ。
これ以上会場にいたらどこにでもついてきそうだったので、私は一人で主催者に挨拶して馬車に乗り込んだ。
父もフィリップも誰かのお相手をしていたので御者に我儘を言って先に公爵家まで送ってもらった。

あぁ、もう。疲れた。







ゲームのイヴァンジェリカにも今の私にも、母親がいない。
もうこの世には、いない。
イヴァンジェリカの場合はゲームに何も記述がなかったが私の場合は、幼い頃病気で母を失った。
それと入れ違いにか、同時期ほどにフィリップが私付きになったから、よく寂しくてフィリップにひっついていた。
けれどすぐあとに前世の記憶が蘇ったからちゃんと離れたが。

「…情けない」

私はいくつなんだ。幼い子どもじゃあるまいし、ちょっと言われたくらいで泣いてたらきりがない。
…フィリップはジュリアに恋に落ちただろうか。離れないで、なんて言ったけどきっとフィリップはジュリアを選ぶ。ゲームと違うところが少なからず見えるこの世界だが、ジュリアがフィリップと結婚したいと思っているのだから、ゲーム補正がされるだろう。

やっぱり悪役令嬢は、幸せにはなれないのだろうか。

舞踏会用のドレスを脱いで、侍女に頼んでコルセットを脱がしてもらって。
けれど寝間着に着替えるまでの力が残っていなかったから、下着姿のままベッドに沈んだ。

寝て覚めたらこの世界が夢だったら、私は喜ぶだろうか、悲しむだろうか。





いつの間にか眠っていた。それに気がついたのはぎしりとベッドが軋んだからだ。

「…ここにいてって、言ったのに…」

下着姿の私に毛布をかけ、金髪を柔らかく撫でた。
まだ微睡んでいる意識で思い出す。そうだ。ここにいてって言われていたのに。
先に帰ってしまって心配をかけただろう。

「ねえ、イヴ。…顔色の悪い貴女が泣きそうな顔をしながら出て行ったと言われました。この甲斐性なし、とも」

誰だ、そんなこと言ったのは。何もわかってないくせに。

「…どうして貴女は私に頼ってくださらないのですか?私が頼りないというよりももっと根深い原因があるように見える」

そこまで言ってフィリップは私の額に唇を落として、「良い夢を」と囁いてから部屋を出た。
すぐに意識はまた落ちていく。
…寝て覚めたら夢だった、なんてことになったら私はきっと大泣きするだろうな。

先ほどと矛盾する心に嗤い、再び闇に落ちた。
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