絵にしてみたい一日

ロム猫

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酒とタバコと昼飯と

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 昨年のこと、である。妻に内緒で小遣いを貯め、誕生日に旅行をプレゼントした。とは言っても、所詮は小遣い貯金。雀の涙を集めたところで出来ることには限りがある。少ない予算でも豪華に楽しめるものはないか、あれやこれやと探していると「グランピング」というものがあることを知った。「グランピング」とは「グラマラス」と「キャンピング」を掛け合わせた造語である。自然溢れる景観の中に大きなテントを張り、そのテントの中には寝具やら家具やらがまるでホテルの一室のように備えられてある。
 「グラマラスなほどに豪華なキャンプを堪能する」という新しいアウトドアのスタイルで、そのグランピングを旅行として企画をしたのである。
 私が選んだのは「伊勢志摩エバーグレイズ」というところであった。かつて妻がTV番組の紹介を羨ましそうに見ていたのを覚えていた。アメリカンな雰囲気が美しいアウトドア施設で、苦労をかけてきた妻に何らかの孝行を、と発起して一番高いグランピングプランをサプライズプレゼントしたのである。高いといっても一泊七万円程度、バーベキューの食材付きとあってまずまずの満足度であった。

 ところが、である。その体験に味をしめたのか、娘たちが今年のママの誕生日は何処に行くんだ? と騒ぎ出した。昨年は気まぐれに思いついたサプライズ企画。今年は五、六千円程度のプレゼントでお茶を濁そうと考えていたので当然小遣いなど貯めていない。宵越しの金は持たねぇ、が信条の江戸っ子気質な私は、娘たちの問いを適当にはぐらかしていたのであった。

 しかし、私は迂闊であった。奴らの狡猾さをみくびっていたのである。

「もう、予約取ったの?」

 妻が突然、問いかけてきた。どうやら娘たちが「今年もママの誕生日、エバーグレイズに行くんだって」と耳打ちをしたらしい。既成事実を作る作戦に出たのである。

「あっ、い、いや、こ、今年は休みが取れないからさ、ど、どおしようかなぁ、なんて思ってて……」

「どおすんの? 子供たち楽しみにしちゃってるよ?」

「ほ、本当はサプライズにしようかと思っててさ、ご、ゴールデンウィークなんかで考えてて……」

 突然のことで咄嗟に出まかせを言ったら、じゃあそれでいいよ、という運びになってしまった。

 ゴールデンウィークといえばまだ、二か月ちょっと期間がある。今から頑張れば七万円くらいは何とかなるか、その程度の認識でタカを括っていた。

 けれどもまた、私は迂闊であった。連休における日本人の行動をみくびっていたのである。

 ネットで予約を、とエバーグレイズのホームページをみたらゴールデンウィークはすでに満室。嫌な予感がして、他のグランピング施設も調べてみたら、何処も満室である。いやいや、まだ二月だろう、探せばどこか空いているところがあるはずだ、と思い探しまくっていみてもなかなか無い。ホームページを開いては閉じ、開いては閉じ、と繰り返すうちに、ようやく伊豆の離島にあるアウトドア施設に空きを見つけた。グーグルで検索したら家から五時間ちょっとで行ける距離である。

「エバーグレイズもいいんだけどさ、せっかくだから今年は違うとこにしようか」

一応、妻に確認をとる。

「そんなこと言って、エバーグレイズ、もう満室だったんでしょ? 動くの遅いよ」

図星である。

「で、場所どこ?」

私は小声で答えた。

「伊豆の離島……」

「はあ?! ゴールデンウィークで道が混むっていうのに伊豆なんて行けるわけないでしょ! しかも離島って!」

ですよね、である。

 これは困った。他を当たろう。頼むからどこか空いていてくれ、と祈るような気持ちでスマホと格闘をする。

「比較的近場でグランピングで、いやこの際温泉でもいいか、もう何でもいいや、見た目小綺麗であればあとはもうどうだって何だっていいだろ……」

 本人に聞かれたら質の良いパンチをお見舞いされるであろう危険な言葉をぶつぶつ吐きながら探し廻る。
 しかし、探せど探せど見つからない。こうしている間にも、私と同じ迂闊なお父さん達が探しまくっているかと思うと、焦りばかりが募る。何とか彼らよりも先に見つけ出さなければならない、と広大なネットの海を泳ぎ続けていると、ようやくまた一軒だけグランピングプランが見つかった。こちらの希望の日にちの空き状況は残り二室となっている。
 場所は三重県賢島。車で三時間ちょっと。伊勢志摩が有りなら、ギリギリセーフな距離であろう。あとは小綺麗かどうかだ。妻はその辺にうるさい。
 ホームページで部屋の様子を確認する。大きくて小綺麗なドーム型のテントに小綺麗で白いセミダブルベッドが二つ。中々に小綺麗な家具が揃えてあって、見て感じた印象は、小綺麗である、といったところか。
 よし、ここに決めた、と再び予約画面に戻ると、いつの間にか空き状況が残り一室に変わっている。

「くっ! 卑怯なり!」

 思わず言葉を発した。私が小綺麗かどうかの確認をしている隙を突いて、迂闊なおっさんのひとりが先に予約を済ませたに違いない。
 迂闊であった。ここに到れば小綺麗かどうかなどさしたる問題でもなかろうに。ようやく見つけたのというのにまた予約を危うくしてしまった。何ということだ。私は迂闊なおっさん界のなかでも輪を掛けて迂闊な存在であったということなのか。
 などと落ち込んでいる場合ではない。もうこれ以上の迂闊は許されない。急いで予約ページに個人情報を打ち込む。親指をぽちぽちとスマホに押しつける他の迂闊なおっさんの姿が頭に浮かぶ。急がなければ。奴らに先を越されてしまう。慣れない作業に苛つきながらなんとか最後の情報を打ち込み、祈るような気持ちで送信を押す。

ーー予約されました。返信メールで予約内容を確認して下さいーー

「勝った……」

 安堵のため息とともに自然言葉が漏れた。

 思いの他大変な作業であった。いつも、ディズニーランドやらユニバーサルスタジオやらの旅行を妻に任せきりにしていた私は、ようやく身に染みてその苦労を理解した。
 思えば、突き放すような妻の態度も、連休時の旅行の計画がいかに大変かというのを私にわからせようという想いがあったのかもしれない。
 何にせよ予約は取れた。私に敗れた他の迂闊たちを尻目に余裕の心持ちで予約内容を確認する。
 
・家族五人で大人二人、子供三人
・ゴールデンウィーク特別プラン食事付き
・夕食、朝食付一泊宿泊
・料金総額、131340円(税込)

よしよし、希望通りに予約出来たな。これでもう大丈夫だろう……やれやれ……とんだ災難だったな……って、ん? 131340円?!

 再三に渡っていう。私は迂闊であった。予約を焦るあまりに金額の確認をしていなかったのである。完全に予算オーバーだ。
 しかし、今更またネットの大海原に戻るには、私はいささか泳ぎ疲れていた。精も根も尽き果てていた。もう、迂闊なおっさんとの競争の世界に、到底戻れる気がしなかった。

 何とかなるだろう。そう思うことにした。何とかなるだろう。なあに、旅行当日まで、酒とタバコと昼飯をやめれば済むだけの話じゃないか。何とかなるさ。子供たちも楽しみにしている。妻もきっと喜んでくれるだろう。節制を解いた暁に食す、贅を尽くしたバーベキューはさぞかし美味かろう。何とかなるさ。
 勝利の美酒は別れの酒。こよなく愛した酒とも暫しの別れである。最後の焼酎を開け、ゴクリと大袈裟なほどに喉を鳴らす。三寒四温と春に向かう二月の一日《いちじつ》の、寒の方の夜。邂逅を果たすその日はきっと、日差しに少し汗ばむのであろう。名残りを惜しみつつ飲み込む酒の、束の間の酔いに身を任せ、私は家族の幸福を想うのであった。
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