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第三章 8月・夏休み
バッカラシイ戦い
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たちまち、周囲に緊迫した空気が漂う。
昨日の戦闘状態から、あまりにも短い休戦期間だった。
というか、もともとあまり、和気あいあいと言う雰囲気にはあまり縁のない場所ではあったが。
紀美はつい止めていた息をそっと吐く。
今日は春日のお手伝いだったので、目の前には細かくて軽いフジッピのマークがかなりの山になっていた、それらを吹き飛ばないようにという配慮というのも、あった。
居並ぶ面々も、固唾を呑んでふたりを見守っている、かと思えば案外そうでもない。
春日はどこまで真面目なのかよくわからない
「ひいっ、なんたるちーあ、さんたるちーあ」
と芝居がかったヒキをみせているし、エミリはいつものように黙々と下を向いてマークを仕分けている。しかし耳だけはちゃんと今までの流れを追っていたようだ。
うつむいた唇付近が笑いでひくついているのが、紀美からも見てとれた。
今日は案外大人しかったフジコは、はん、と息を吐くように笑ってみせた。
「あらら、面白え。こんな弱小サークルにナンバーワンがふたりもいるってコトかぁ?」
ひとり、ほんとうにうろたえているように見えたのは、
「や、やめてくださいよ、委員長もミドリコさんも」
いつもリアクションが小物感あふれる伊藤だけだった。
「確かにお二人ともいつも手際がよくて仕分けが速いのは、よく知ってますから」
ねえ? という顔で紀美の方を向く。
さすが伊藤、状況に応じてどこを使うといいのか即座に判断ができるのは、相変わらずのようだ。
「は、はい」
でも、と言いかけて紀美は思わず言葉を呑みこむ。
確かに裏を向いているものでも全て即座に判別できるのならば、紀美が一番最初に教えてもらった『机上のマークはまず全て、表にひっくり返してから作業開始』の手間も省ける。
元々、バッカラシイとは感じていた。
紙片をつまみ上げた時にどうせどこのマークか判るのだから表向きにしなくても、と常々思っていたし。
まあ、サンマークの作業そのものが紀美にとっては『バッカラシイ』の集大成ではあったのだが。
特に昨日の「台紙に貼らなくてもよいマークと貼るマークとの種別および商品ごとの対処方法に関する事案の定義としての一試案」みたいな話で、またうんざりしてきたところだった。
根本的に、そんな優劣の決着がついたとして、一体だれが得をするのか?
紀美は表に走り出して校庭の端にぽつんと立つ赤松にそう叫んでやりたかったのだが、とりあえず我慢した。
テーブルの端には、すでに委員長の指示によって、春日と伊藤とが判別の付けがたいマークを裏がえしに並べ始めていた。
いつもは面倒くさげに作業をしているフジコですら、嬉々として指定のマークを探しだしている。
「はい、チョコの箱が二、いや三種類か、ローチ、明和、あと、末永も箱のヤツがある、ほれ」
「あと、83にも大きいのがあるよね、スープの。それとエスエム食品の、切り方がドシロウトで大きさや形が判りにくいもの、あとラップもね」
委員長は快活に指示を飛ばす。
こんな場でも指示は的確で効率的、そしてさりげなく罵倒を混ぜ込んでいる。
「マーク回収期限切れ間近の14のバターも、まだ残っておりましたでしょ」
ミドリコが窓の外を眺めながら言うと、やはりテーブルに目をやらず黒板に向いていた委員長も同意する。
「そうそう、あの見た目は可愛らしいイラスト付きのくせに協賛から撤退しやがった……」
続く罵詈雑言は敢えて耳から流し、紀美は事の成り行きをただ、見守っていた。
ようやく、委員長指定のマークが揃ったらしく、委員長とミドリコは、並んで席についた。
彼女たちの目の前にそれぞれ三十枚ずつ、無造作に置かれているのは裏返しになったボール紙の四角い紙片たち。
委員長とミドリコとの協議の結果、時間指定でその三十枚のサンマークナンバー(企業名はナンバーで判るので不要)、点数、できれば商品名までを紙に記入、正答の多い方が勝者、ということになった。
マークナンバー正解で各二点、点数が各一点、商品名は各0.5点という配点と決められた。
フルスコアで一〇五点満点となる。
ただ、商品名まで把握して判定できるメンバーが果たしているのかは疑問だったが。
制限時間は一分。
ひとつのマークに対し、費やせる時間はたったの二秒ということになる。
お互いに、裏を見ただけで何のマークかが分かるというレベルらしいので、後は解答を書くスピードと、商品詳細まで確実に把握できているかが、勝敗のポイントになりそうだ。
よーい、とフジコが壁の時計の秒針が真上にくるのを待っている間にも、ふたりの視線は机上の紙片にくぎ付けだった。
委員長は何やら、口の中でつぶやいている。対するミドリコの口は静かに閉ざされているが、目線はせわしなく、行ったり来たりを繰り返していた。
「スタート!」
とたんに二人は脇の白紙に何やら書きなぐり始めた。
委員長は髪を振り乱すように全身を揺すりながら。
ミドリコはあくまでも笑みを絶やさずに、しかし手首から先は委員長以上に激しく動かしながら。
今や、室内の面々はふたりの動向から目を離せないでいた。
温度差はさまざまなものの、ふたりの対決はやはり、今年度に入って五本の指に入るようなイベントだったようだ。
紀美が見る限り、確実に判ったのは83のコンソメスープについている半円形の紙だけだった。
ボーナス問題として入れられたであろうそれですら、紀美にはやっぱりよく考えると本当に83なのだろうか、商品はコンソメで合っているのだろうか、そもそも何点の商品だったのか、など疑問は果てしなく湧きあがってくる。
やめ! の合図で、居並ぶ面々からつい、聞こえるほどの大きな吐息があがった。
昨日の戦闘状態から、あまりにも短い休戦期間だった。
というか、もともとあまり、和気あいあいと言う雰囲気にはあまり縁のない場所ではあったが。
紀美はつい止めていた息をそっと吐く。
今日は春日のお手伝いだったので、目の前には細かくて軽いフジッピのマークがかなりの山になっていた、それらを吹き飛ばないようにという配慮というのも、あった。
居並ぶ面々も、固唾を呑んでふたりを見守っている、かと思えば案外そうでもない。
春日はどこまで真面目なのかよくわからない
「ひいっ、なんたるちーあ、さんたるちーあ」
と芝居がかったヒキをみせているし、エミリはいつものように黙々と下を向いてマークを仕分けている。しかし耳だけはちゃんと今までの流れを追っていたようだ。
うつむいた唇付近が笑いでひくついているのが、紀美からも見てとれた。
今日は案外大人しかったフジコは、はん、と息を吐くように笑ってみせた。
「あらら、面白え。こんな弱小サークルにナンバーワンがふたりもいるってコトかぁ?」
ひとり、ほんとうにうろたえているように見えたのは、
「や、やめてくださいよ、委員長もミドリコさんも」
いつもリアクションが小物感あふれる伊藤だけだった。
「確かにお二人ともいつも手際がよくて仕分けが速いのは、よく知ってますから」
ねえ? という顔で紀美の方を向く。
さすが伊藤、状況に応じてどこを使うといいのか即座に判断ができるのは、相変わらずのようだ。
「は、はい」
でも、と言いかけて紀美は思わず言葉を呑みこむ。
確かに裏を向いているものでも全て即座に判別できるのならば、紀美が一番最初に教えてもらった『机上のマークはまず全て、表にひっくり返してから作業開始』の手間も省ける。
元々、バッカラシイとは感じていた。
紙片をつまみ上げた時にどうせどこのマークか判るのだから表向きにしなくても、と常々思っていたし。
まあ、サンマークの作業そのものが紀美にとっては『バッカラシイ』の集大成ではあったのだが。
特に昨日の「台紙に貼らなくてもよいマークと貼るマークとの種別および商品ごとの対処方法に関する事案の定義としての一試案」みたいな話で、またうんざりしてきたところだった。
根本的に、そんな優劣の決着がついたとして、一体だれが得をするのか?
紀美は表に走り出して校庭の端にぽつんと立つ赤松にそう叫んでやりたかったのだが、とりあえず我慢した。
テーブルの端には、すでに委員長の指示によって、春日と伊藤とが判別の付けがたいマークを裏がえしに並べ始めていた。
いつもは面倒くさげに作業をしているフジコですら、嬉々として指定のマークを探しだしている。
「はい、チョコの箱が二、いや三種類か、ローチ、明和、あと、末永も箱のヤツがある、ほれ」
「あと、83にも大きいのがあるよね、スープの。それとエスエム食品の、切り方がドシロウトで大きさや形が判りにくいもの、あとラップもね」
委員長は快活に指示を飛ばす。
こんな場でも指示は的確で効率的、そしてさりげなく罵倒を混ぜ込んでいる。
「マーク回収期限切れ間近の14のバターも、まだ残っておりましたでしょ」
ミドリコが窓の外を眺めながら言うと、やはりテーブルに目をやらず黒板に向いていた委員長も同意する。
「そうそう、あの見た目は可愛らしいイラスト付きのくせに協賛から撤退しやがった……」
続く罵詈雑言は敢えて耳から流し、紀美は事の成り行きをただ、見守っていた。
ようやく、委員長指定のマークが揃ったらしく、委員長とミドリコは、並んで席についた。
彼女たちの目の前にそれぞれ三十枚ずつ、無造作に置かれているのは裏返しになったボール紙の四角い紙片たち。
委員長とミドリコとの協議の結果、時間指定でその三十枚のサンマークナンバー(企業名はナンバーで判るので不要)、点数、できれば商品名までを紙に記入、正答の多い方が勝者、ということになった。
マークナンバー正解で各二点、点数が各一点、商品名は各0.5点という配点と決められた。
フルスコアで一〇五点満点となる。
ただ、商品名まで把握して判定できるメンバーが果たしているのかは疑問だったが。
制限時間は一分。
ひとつのマークに対し、費やせる時間はたったの二秒ということになる。
お互いに、裏を見ただけで何のマークかが分かるというレベルらしいので、後は解答を書くスピードと、商品詳細まで確実に把握できているかが、勝敗のポイントになりそうだ。
よーい、とフジコが壁の時計の秒針が真上にくるのを待っている間にも、ふたりの視線は机上の紙片にくぎ付けだった。
委員長は何やら、口の中でつぶやいている。対するミドリコの口は静かに閉ざされているが、目線はせわしなく、行ったり来たりを繰り返していた。
「スタート!」
とたんに二人は脇の白紙に何やら書きなぐり始めた。
委員長は髪を振り乱すように全身を揺すりながら。
ミドリコはあくまでも笑みを絶やさずに、しかし手首から先は委員長以上に激しく動かしながら。
今や、室内の面々はふたりの動向から目を離せないでいた。
温度差はさまざまなものの、ふたりの対決はやはり、今年度に入って五本の指に入るようなイベントだったようだ。
紀美が見る限り、確実に判ったのは83のコンソメスープについている半円形の紙だけだった。
ボーナス問題として入れられたであろうそれですら、紀美にはやっぱりよく考えると本当に83なのだろうか、商品はコンソメで合っているのだろうか、そもそも何点の商品だったのか、など疑問は果てしなく湧きあがってくる。
やめ! の合図で、居並ぶ面々からつい、聞こえるほどの大きな吐息があがった。
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