かうんと・ゆあ・まーくす!

柿ノ木コジロー

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第四章 9月

病院での盗み聞き

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 学校から出て行く救急車には、ミドリコが付き添って乗った。

 翌日の昼ごろには、グループ連絡に、委員長からさっそくメッセージが入っていた。
『貧血もあって、検査のため数日間、入院することになりました。ご迷惑をおかけしてすみません。
 来週には参加できると思いますので、カートリッジの箱は封をして送付状を貼っておいてください。個々にお願いしたいことは順に連絡入れますので、よろしくお願いします』

 結局のところ、翌日金曜日も、散らかしたままの作業室を片付けるためにメンバーは集まっていた。
 しかし出るのは委員長の話ばかりだ。

「お医者様は三日くらいとおっしゃってました」
 ミドリコの、一通りの報告が終わると
「貧血?」フジコが不思議そうに言った。
「健康だけがトリエだって、思ってたんだけどねー」
 フジコのことばに、エミリがつぶやく。
「それだけ弱ってたのかな……」
 エミリは紀美の方をちらりと見たが、紀美は答えなかった。

 あの日ふたりで聞いてしまった内容は、委員長の口から出るまで皆には内緒にしておこう、とエミリには何度も念押ししたつもりだった。
 このままでは、委員長が帰って来るまでに噂が広まってしまうかもしれない。

 委員長に、伝えに行かなければ。
 それと……どうしても、一対一になった時に、確認したいことがある。
 今なら、聞ける。

 入口が急に開いて、無遠慮な声が響いた。
「鍵がないと思ったら、今日もまた、やってんだー」
 平日なので髪がやや整った東海林が立っていた。伊藤が露骨に嫌な顔をする。
「片付けが残っていましたので」
 ミドリコは涼しい顔のまま答えた。
「ああ……」
 東海林がどこか明後日の方を眺めてからわずかに声を小さくする。
「昨日ドタバタだったらしいねぇ」
 同情しているのか何なのか、よく分らない言い方だが茶化しているわけでもなさそうだ。
「もうこのお部屋から出ますけど、何か?」
 ミドリコが言うと東海林は、週明けの会合で使う備品をチェックするので鍵を下さい、と手を出した。

「……サンマーク専門で使える部屋が、あるといいのにぃ」
 教室を明け渡し、廊下を歩いて行く間も伊藤はブツブツ言っていた。
「でぇ、ヤマダ先生が顧問になってくれたらいいのにぃ」
 フジコがぷふう、と変な笑いをもらした。
 
 土曜の午後、ちょっと出かけてくる、と紀美が言うとルイが
「ママ、どこに行くの? いっしょに行く!」と立ち上がりかけた。が、
「病院だから」と、あわてて玄関先を出た。
 何時頃戻るの? と不満げな泰介の声が背中に飛んだので、二時間くらいかな、と言いながらもさっさと車に乗り込む。

 休日にちょっと出るだけでも、夫や子どもに遠慮して早く帰らねば、と焦る自分がつくづくイヤになってくる。

 初めて訪れたこの町の総合病院、時間が限られていると思うとよけい、要領よく動けないものだ。
 さんざん迷って回り道をしたあげく休日窓口を見つけ、そこで守衛に場所を教えてもらい、中でも棟を渡り歩いたり階段を上ったり下ったり……ようやく成島洋乃という名札を見つけた時にはすでに家を出てから一時間は経っていた。
 お見舞いだし、様子だけ見て早めに切り上げよう、とドアをノックしようとした時

「……って言ってただろ?」
 言い聞かせるような男の声が耳に飛び込んだ。
 続けて、女性が何か答えるのが聞こえてきた。委員長のようだった。

 どうも、内輪で軽く、もめているようだ。
 紀美はまた、身をこわばらせてドアの前に立ちすくむ。
 ついあたりを伺うが、今度は隣に空き部屋がなさそうだ。かと言って、このまま入っていくのは少しためらわれる。
 盗み聞き、という思いが湧いたら急に男の声がはっきりと聞き分けられるように感じられた。

「みっちゃんにも何か頼んだって? わざわざ俺に連絡くれたんだよ。サンマークをたくさん家に持ち帰ろうとしたんだって? 家で進めるから、って言ったの? 俺はやだよ、今までも散々、ゴミだらけになったじゃん? だからみっちゃんちに置いてもらってるからね。それにみっちゃんも心配してたよ。こんなにたくさん家庭で作業する必要はないですよ、って。義兄(にい)さんからも、もっとしっかり休養するように伝えてください、って。オマエは何でもすぐ、一生懸命になりすぎて前が見えなくなっちゃうんだよな」
 それには答えがなかった。

 語っているのは旦那さんなのだろう。だが、『みっちゃん』って誰なんだろう? 委員長の妹さんなのだろうか? 
 男の声は続く。

「それにさ、学校からも、もう止めるって言われたんだろ?」
 旦那さん、どことなくうれしそうだ。
「これを機に、いっそのこと仕事に復帰すれば? 大輝だって中学に上がるんだし、オマエ、契約なら時間も決まってるから残業がなくていい、って乗り気だったじゃん」
「あのね」
 小さな反論開始の合図に気づかなかったのか、男の声が続いている。
「まあ、とりあえずゆっくり休養して、それからゆっくり考えても」
「あのね」委員長の声は低く、今にも爆発しそうな雰囲気だった。
「そういうんじゃなくて、あのね」
「いやちょっとオレの話も聞けよ」

 まずい。このままでは何時間も帰れなくなるパターンだ。
 紀美はとっさに、ドアをノックしていた。
 ぴたりと話声が止んだ。
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